連載コラム「銀幕の月光遊戯」第51回
2018年に開催された第31回東京国際映画祭「日本映画スプラッシュ部門」に、史上最年少の22歳で招待された高橋賢成監督の鮮烈なデビュー作品『海抜』が11月23日(土)よりアップリンク渋谷、12月6日(金)よりアップリンク吉祥寺にてロードショーされます。
城西国際大学メディア学部生の卒業制作として撮影された自主映画が、第31回東京国際映画祭正式招待、ドイツ日本映画祭ニッポン・コネクションでは最高賞を受賞。
待望の劇場公開が今秋いよいよスタートします。
CONTENTS
映画『海抜』の作品情報
【公開】
2019年公開(日本映画)
【製作・監督・脚本・編集】
高橋賢成
【キャスト】
阿部倫士、松﨑岬、佐藤有紗、奥田誠治、三森晟十朗、三枝百合絵、広瀬慎一、名取佳輝、森真人
【作品概要】
城西国際大学メディア学部の四期生による卒業制作作品。
高橋賢成監督をはじめ、主人公の浩役を演じた阿部倫士らメインキャストと30名のスタッフは、当時全員大学生。
高校時代に中学時代の同級生の女子生徒が暴行されているのを目の当たりにしながら、何も行動できなかった男の12年間に及ぶ苦悩を描く。
第31回東京国際映画祭・日本映画スプラッシュ部門に出品。ドイツで開催された第19回ニッポン・コネクション日本映画祭ではニッポン・ヴィジョンズ部門で最高賞となる審査員賞を受賞している。
映画『海抜』のあらすじ
新聞配達員として働いている渡辺浩は、無口で、仕事仲間とも付き合いをもとうとしません。そんな彼を訝しがる同僚たち。所長は「いろいろあるんだよ」と彼らをたしなめつつ、心配そうに浩の方を見やるのでした。
浩には忘れたくても忘れられない出来事があり、そのことが彼の人生に重くのしかかっていました。
高校時代のある日、浩は中学の同窓生、佐藤達也と山本健吾に偶然出逢い、無理やり海辺まで連れてこられます。そこに通りかかったのは同じく中学の同窓生の村上理恵でした。浩は達也たちから理恵を呼べと言われ、彼女に声をかけたあと、彼らに頼まれたジュースを買いに向かいました。
戻ってくると3人の姿はありません。彼がいない間に達也と健吾はボート小屋で理恵に性的暴行を加えていたのです。あわてて扉を開けた浩でしたが、彼は理恵を救うことができませんでした。
それから数年後、成人式を迎えた浩は同窓会に出席します。トイレに行こうと席を立つと、同窓生の一人が「今はいかない方がいいよ」と声をかけてきました。浩がすぐに戻ってくると同窓生は「な、いっただろう?」と得意げに言うのでした。
しかし浩は目の前にあったビール瓶を手に取ると、再びトイレへと向かいました。その先には達也の姿がありました・・・。
一人の若者の12年間に渡る罪の意識が描かれます。
映画『海抜』の感想と評価
大学の卒業制作から生まれた力強い作品
若い作り手は、その出発点として身近なことを題材にした青春映画を選ぶことが多いのですが、城西国際大学メディア学部の四期生による卒業制作作品『海抜』は、“性暴力”という重い題材を選び、それに真正面から取り組んでいます。
センシティブでもあるテーマを取り扱うことへの作り手の覚悟と真摯な態度は確実に観客の心を捉え、さらに12年もの長きに渡る物語を展開させることで、学生映画に対する一種の偏見を覆してみせます。
「学生映画、なめんじゃないぞ!」と言ったような下品な表現を彼らは決して使わないでしょうが、「なめているつもりはなかったんですが、どこかで甘くみていたかもしれません」と思わず反省の弁を述べずにはいられません。
アマチュアだから、という甘えや逃げ道のようなものが一切感じられず、演出、演技、撮影、構成など、どれもきちんとプロフェッショナルな仕事そのもの。それでいて、アマチュアであるからこその大胆さや、思いっきりの良さなどがきちんと現れていて、映画としてとてつもなく魅力的なものに仕上がっています。
見て見ぬふりをする罪、なかったことにする罪
主人公・浩は、直接の加害者ではありませんが、現場にいながら被害者を救えなかった間接的な加害者として罪の意識を抱え続けます。
グレ―を基調とした風景は寒々としていて温かみが感じられず、罪の意識を背負った男の姿を、映画はひたすらシリアスに淡々と描写していきます。
阿部倫士は、3度髪型を変え、容貌まで変えて、浩という人物の12年間を生きます。12年間は、高校時代の1999年、2年後の成人式の年、東日本大震災が起こった2011年をピックアップすることで表現されます。
浩だけでなく、その間における加害者2人の変貌も、さりげなく、しかしきっちりと描かれています。
達也はいっこうに反省もせず同じことを繰り返し、もうひとりはすっかり良い人になり、過去をなかったことにして生きようとしています。加害者のふたりには被害者への罪の意識などはまるでないように見えます。あったとしても彼らはそれを軽く乗り越えているのです
成人式で姿を見せた達也が以前よりも荒れているのは、過去の罪への反省ではなく、ノストラダムスの大予言で世界が滅びると信じていたのに何も起こらず生き延びてしまったことへの不満の爆発なのではないかと思わされます。
このはらわたが煮えくり返るような不公平さは何なのか。被害者の気持ちを思えば、不公平さなどという言葉は不適切かもしれませんが、思わずそう叫びたくなるような憤りや理不尽な想いが胸の奥に沸き起こってきます。
さらに映画は、多くの人が正義の心を持っているにも関わらず、見て見ぬ振りをしてやり過ごし、事なかれ主義に生きているという事実も容赦なく暴いています。
観客も遠くからの見物人ではいられず当事者として否応なく巻き込まれていくのです。
非凡さを表す画面設計
日が暮れようとしている中、平地にぽつんと存在し、ぼんやりと光を放っている自動販売機を引きの固定カメラで撮っている画面の素晴らしさ。
ワンシーン・ワンショットの長回しで撮られた2つのシーンの衝撃度。
時間軸を巧みにずらした構成、奥行きのある物語設定、見せないことで見せる力、等々、映画『海抜』は多くの点で観るものを引きつけます。
本作は、第31回東京国際映画祭・日本映画スプラッシュ部門に出品され、ドイツで開催された第19回ニッポン・コネクション日本映画祭ではニッポン・ヴィジョンズ部門で最高賞となる審査員賞を受賞しています。
ジム・ジャームッシュがニューヨークのコロンビア大学映画学科の卒業製作として撮った『パーマネント・バケーション』がいきなり劇場公開されたのに匹敵するといったら言いすぎでしょうか。
才能ある作り手の出現を手放しで称賛したくなるほどの興奮を『海抜』は与えてくれるのです。
まとめ
監督の高橋賢成は、1996年生まれ。北海道、北見市出身。10歳のときに、自宅で眠っていた古いVHS-Cカメラを手にし、映画監督を夢見るようになりました。
2014年、城西国際大学メデイア学部に入学。短編、中編を何本か撮り卒業制作として『海抜』の制作・監督・脚本・編集を務めました。『海抜』は高橋賢成の長編劇映画監督デビュー作であると同時に劇場デビュー作でもあります。
制作・監督補を務めた田村太一、名取佳輝らと共に『イエローカップル』として映画作品を製作しています。
2019年の邦画は『海抜』を観ずに語ることはできないでしょう!
映画『海抜』は、2019年11月23日(土)よりアップリンク渋谷、12月6日(金)よりアップリンク吉祥寺にて全国順次公開されます!
次回の銀幕の月光遊戯は…
ベトナム映画『サイゴン・クチュール』を取り上げる予定です。
お楽しみに。