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Entry 2019/07/05
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映画『暁闇』感想と評価。阿部はりか監督が仕掛けた音楽と建築が結ぶ絶望感の刻限|銀幕の月光遊戯 37

  • Writer :
  • 西川ちょり

連載コラム「銀幕の月光遊戯」第37回

映像と音楽がコラボレーションした作品を送り出す若手作家の登竜門「MOOSIC LAB 2018」長編部門で準グランプリと男優賞を受賞した映画『暁闇』が、2019年7月20日(土)より、ユーロスペースにてレイトショー公開されます。

韓国の「第20回全州(チョンジュ)国際映画祭」(2019 5/2~11)のワールドシネマスケープ部門にてインターナショナル・プレミア上映され、大きな反響を呼びました。

『14の夜』、『アイスと雨音』の青木柚、『明日にかける橋』の越後はる香、『クレイジーアイランド』の中尾有伽がメインキャストである3人の中学生を演じています。

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映画『暁闇』のあらすじ

中学3年生のコウは、今日もつまらなさそうに、机につっぷしていました。

同じ中学で教師を務める父親は、生徒たちになめられ、おどおどと授業を続けています。生徒がいたずらで投げたホッチキスが顔に当たって血が流れても、彼は手で傷口をおさえるだけで注意さえしません。

コウはそれを黙って見ているだけでした。

放課後、靴を履き替え、校舎から出ると恋人のトモコが待っていましたがコウはにこりともせず歩き出しました。

別の中学に通うユウカ(中尾有伽)は、いつも2人の友人と一緒にいるものの、彼女たちがダンスの振り付けを考えているのにも参加せず、一人スマートフォンをいじってばかり。

放課後は出会い系サイトで知り合った男たちや街でナンパしてきた男たちと、つかのまの関係を持つのが常でした。

ユウカと同じクラスのサキ(越後はる香)は、休み時間はいつも図書館で一人本を読んで過ごしていました。

彼女の父親は、モラハラ、DV気質で、母は父が説教を始めるたびに精神が不安定になり、そんな両親にはさまれて彼女も大きな絶望感を抱えていました。

そんな3人が、インターネットで公開されていたある音楽をきっかけに導かれるように出会いを果たしますが……。

映画『暁闇』の解説と感想

絶望感をひた隠して

机につっぷしてつまらなさそうな顔をして音楽を聞いているコウ、涼し気な表情で電車に乗っているユウカ、無心に本の世界に没入しているサキ。

青木柚、中尾有珈、越後はる香が演じる登場人物のそれぞれの顔つきにまず引き込まれます。

3人共、若くして人生に絶望しており、日々、なんとか生きながらえているような状態にもかかわらず、それを誰にも悟られないようにしている、ぎりぎりの状態にいます。

一人はふてくされ、一人は素知らぬ顔をし、一人はポーカーフェイスで、それぞれ密かに武装し、誰かに信号を送ることさえ諦めているように見えます。

若さゆえの憂鬱というものとはまったく別の、決定的な愛の欠落と、希望のなさが彼らを取り囲んでいるのです。

生まれた時から、社会は緩やかに崩壊しており、繁栄の時を知らずに育ってきた今の日本の若者たちのひとつの姿がここにあります。

監督の阿部はりかは、「口をつつみ抱え込んだ痛みをすくい上げたいという一心で」この映画を撮ったと語っています。その切実さが緊張感を伴って伝わってきます。

音楽が持つ力

その3人を結びつけるのが、音楽です。彼らは皆、イヤフォンをつけ、音楽に耳を傾けています。

彼らが聴いている音楽はそのまま映画をエモーショナルに包み込みます。彼らが音楽に没入する感情が画面からひしひしと伝わって来ると共に、観る者も、その音楽に惹きつけられます。

映像と音楽がコラボレーションした作品を送り出す若手作家の登竜門「MOOSIC LAB 2018」の長編部門の一作として制作された本作。

音楽を担当しているのは、インターネットで音楽を発表し、若い世代に熱狂的な支持を集めているLOWPOPLTD.という1996年生まれの宅録アーティストです。

自分にとって特別な音楽を、同じように愛聴しているということが、これまで口も聞いたことがない者同士を結びつけ、やがて、思わぬ行動を生む原動力となります。

この心理は非常によく理解できます。音楽にはそういう不思議な力が宿っているのです。

同じ音楽を愛聴しているということが、何よりの信頼になりうることを本作は物語っています。

建築映画的な魅力

監督の阿部はりかは、これまで四作の演劇の脚本、演出を手がけてきました。『なっちゃんはまだ新宿』(2017/首藤凛)に美術として参加する他、多くの映像に美術、役者として関わり、本作で監督デビューを果たしました。

舞台演出家であること、美術を多く担当してきたということがこの作品に大きな力を与えています。

コウが放課後、恋人と歩いてきて、右手に坂道が続き、左手に階段が続く分かれ道のビジュアルも素晴らしいのですが、何より、コウ、ユウカ、サキが3人で集うことになる奇妙なビルの存在に惹きつけられずにはいられません。

まるで軍艦のような佇まいを見せるビルの屋上。壁のところどころに空いた不揃いの穴もなんだかアヴァンギャルドな奇怪な建物です。

よくこんな物件を見つけてきたなぁと感嘆してしまうくらい不思議な魅力を持った場所なのです。“建築映画”としても記憶されるべきでしょう。

3人はまるでここを隠れ家のようにして集うようになります。

さらに、このビルを見上げる、このビルから見下ろすという行為が、物語を動かしていくことになります。

その映像のダイナミズムが終盤の美しくも壮大な花火のシーンと共に、強く生命を感じさせるものになっています。

まとめ

“暁闇”とは、月が出ていない夜の、夜明けに近い最も暗い状態のことを意味しています。前も後ろも見えない状態ですが、いつしか夜明けがやってきます。

映画『暁闇』がどのような結末を迎えるのか、果たして彼らの夜は明けるのか? 

コウの恋人、トモコ役の若杉凩、コウの父親役の水橋研二の演技にも注目です。それにしても『月光の囁き』(1999/塩田昭彦)の倒錯した高校生役が未だ強烈な記憶として残っている水橋研二が父親役とは!

映画『暁闇』は、2019年7月21日(土)からユーロスペースにてレイトショー公開されるのを皮切りに全国順次公開されます。

次回の銀幕の月光遊戯は…

Netflixで配信中のアメリカ映画『ラスト・サマー ~この夏の先に~』を取り上げる予定です。

お楽しみに!

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