連載コラム「銀幕の月光遊戯」第33回
僕が子供でいられた最後の夏。
1970年代末のポーランドを舞台に、少年期の終わりを描いた、アダム・グジンスキ監督の映画『メモリーズ・オブ・サマー』。
2019年6月01日(土)よりYEBISU GARDEN CINEMA、UPLINK吉祥寺ほかにて全国順次公開されます。
映画『メモリーズ・オブ・サマー』のあらすじ
1970年代末のポーランドの小さな田舎町。
12歳の少年、ピョトレックは夏休みを母親のヴィシャと共に過ごしていました。父イェジは外国へ出稼ぎに行っており、月に一度電話をかけてきます。
母と息子はまるで友達や姉弟のように、石切場の池で泳いで遊んだり、自転車で列車と競争したりして休日を過ごしていました。
家では毎晩チェスをするのが日課です。大概ピョトレックが勝つのですが、母は根気よく付き合ってくれました。
ビョトレッックがテレビを観ていると、母はレコードをかけ、ピョトレックにダンスしようと手をさしのべました。
ふたりの間には強い絆があり、ピョトレックは母のことが大好きでした。母とふたりでいればそれで幸せでした。
しかし、母は何かと理由をつけて、出かけていくことが増えていきます。職場からの呼び出しだといいながら、着飾って、うきうきしている様子にピョトレックは不安を覚え始めます。
そんな時、都会からマイカという少女がやって来ます。母親に連れられ、おばあちゃんの家へ遊びに来たらしいのですが、マイカはふてくされた表情を見せ、反抗的な態度をとっていました。
ピョトレックが声をかけても、彼女は不機嫌で、自分の母親のことを悪く言い、こんなところ退屈でしょうがないと吐き捨てるように言って立ち去ります。
それでもピョトレックとマイカは次第に親しくなり、ピヨトレックはいつも母と行く石切場の池に彼女を誘い、一緒に泳いだり、自転車に乗って列車と競争して遊ぶのでした。
母は毎晩のように出かけていきました。それが気に入らないピョトレックは、ある日、わざと大事なテーブルクロスにジューズをこぼしました。それは母の白いドレスも汚し、母は「全部台無しだわ!」とピョトレックを激しく叱咤しました。
しかし夜遅く戻ってきた母は、新しいドレスを着ていて、酒に酔ってご機嫌な様子でした。
父イェジから電話がかかってきました。最初に母がしゃべり、ピョトレックに変わりました。父としゃべるのは嬉しいはずなのに、「夜はさびしくないか?」と尋ねられ、口ごもってしまいます。あわてて母が受話器をとって変わりに話し出しました。
シーツをたたみながら、母は息子をにらみつけました。「なぜ、あんな態度をとったの? お父さんが心配するでしょ? 私達が楽に暮らせているのはお父さんのおかげなのよ」。
さらに、父親を心配させるようなことは言ってはいけない、約束しなさい、誓いなさい、と母は息子を責めたてました。
母が仕事に行って、一人家にいたピョトレックのところに、中年の女性が訪ねてきました。母は留守ですと伝えますが、「待たせてもらうわ」と女性は家に入り込んできました。
女性はしきりにタバコを吸いながら、ぼんやりと心ここにない感じでしたが、哀しみの表情を浮かべて突然立ち上がると出ていってしまいました。
マイカは年上の不良少年に誘惑され、彼の仲間たちと行動を共にするようになっていました。どうしようもない寂しさに、ある夜、出ていこうとする母にすがりつくピョトレック。
母は悲しそうに顔を歪めながら、息子のために外出をとりやめ、チェスに付き合ってくれますが、電話がかかってきます。ピョトレックが出ると相手はすぐに切ったようでした。
そんな折、父が帰ってきます。ピョトレックには大きな本格的なチェス盤を、母にはドレスをお土産に。しかしそのドレスは母が恋人にもらったものと同じものでした…。
映画『メモリーズ・オブ・サマー』の解説と感想
1970年代末のポーランド
70年代のテレビ番組、Anna Jantarのレコード、インテリアやドレスまで、ノスタルジックな1970年代のポーランドが魅惑的に再現されています。
1970年代後半のポーランドとはどういった時代だったのでしょうか?
1970年に政権についたエドヴァルド・ギェレクの政策による経済成長は、当時のポーランド国民に明るい展望を開きました。しかし、70年代後半になると政策は行き詰まり、70年代末にはマイナス成長に転落。ギェレク時代は終わりを告げます。
本作では、主人公の少年の父親は出稼ぎに行っており、国が経済的に苦しい時代を迎えていることが伺えます。
しかし、ギェレクの時代はポーランド国民からは懐かしい時代として好意的にとらえられているそうで、本作はそうした“古き良き時代の終末”と、“最後の少年時代”がシンクロしあい、響き合っています。
観察者としての少年
少年のひと夏の成長物語という主題は決して目新しいものではありません。むしろ、古今東西、様々な形で描かれてきたものです。しかし本作において特筆すべきなのは、主人公の少年ピョトレックが、観察者であるということです。
寡黙で従順な少年は、くもりのない瞳を大きく見開いて静かに人々に視線を送ります。
少年は常に母をみつめており、その変化にも敏感です。少年の視線の中で、母は恋する女性の姿を最初は隠し、次第にその浮き立つ姿を隠せなくなり、最後には、居直りともいえる態度に出て、少年に忠誠さえ求めます。
少年はささやかな抵抗をするものの、母の変化を観続けねばなりません。
少年はさらにワルシャワから来た不機嫌そうな少女をみつめ、母親の相手の妻であるらしい中年の女性とも何度か視線を交わすようになります。観客がみるものは全て彼の視線がとらえたものといっても過言ではないでしょう。
唯一、彼が見守らなかった、見守ることを拒否したメガネをかけた少年に関するエピソードも、後悔と不安という繊細な心理をもたらす印象的なものとなっています。
甘美さと冷酷さ
小さな田舎町に住む母と息子の蜜月から始まる映画は、ポーランドの豊かな自然を惜しみなく映し出します。母と息子が2人きりで水遊びする、森林の緑の色を吸い込んだかのようなエメラルドグリーンの湖水の美しさには目を見張ります。
母さえいれば少年は幸せでした。しかし母が離れていくことで、少年の孤独が際立っていきます。都会から来た少女は彼の倍ほどのスピードで大人への道をかけのぼり、彼は取り残されます。母を失うことで、美しかった町も息苦しい退屈な町になりさがります。
イエジー・スコリモフスキの『アンナと過ごした4日間』(2008)、『エッセンシャル・キリング』(2010)を手がけた撮影監督アダム・シコラは、そうした少年の繊細な姿を、美しい牧歌的な光景とともに明瞭に映し出しています。
父が戻り、幸せを取り戻したかのように見える一家が、遊園地の遊具ではしゃぐ姿は、線香花火の最後の輝きのようです。
アダム・グジンスキ監督は、静かに控えめな演出を心がけながら、甘美でありながら冷酷な、忘れ難い夏の記憶を見せてくれるのです。
まとめ
物静かで澄んだ瞳を持つ少年、ピョトレックを演じるマックス・ヤスチシェンプスキは、本作がデビュー作とは思えない落ち着いた演技を見せています。この演技でネティア・オフカメラ2017ライジングスター賞を受賞しました。
母、ヴィシャを演じたウルシュラ・グラボフスカは、フェリックス・フォーク監督作品『Joanna』(2010)で、イーグル賞主演女優賞、モスクワ国際映画祭女優賞など、数々の映画賞を受賞しているベテラン女優です。
監督のアダム・グジンスキは短編映画で頭角を表し、2006年、『Chlopiec na galopujacym koniu』で長編デビューを果たしました。『メモリーズ・オブ・サマー』は長編2作目にあたります。
誰もが経験する子供時代の終わりを静謐なタッチで描きながら、鮮烈な印象を与えています。
映画『メモリーズ・オブ・サマー』は、2019年6月01日(土)からYEBISU GARDEN CINEMA、UPLINK吉祥寺他にて全国順次公開されます。
次回の銀幕の月光遊戯は…
6月7日(金)よりTOHOシネマズシャンテ他にて全国ロードショーされる日本映画『エリカ38』を取り上げる予定です。
お楽しみに!