連載コラム「銀幕の月光遊戯」第19回
中国の現代美術家アイ・ウェイウェイが難民問題に切り込んだドキュメンタリー映画『ヒューマン・フロー 大地漂流』が現在、東京・渋谷のシアター・イメージフォーラムで上映されています。
アイ・ウェイウェイは、スタッフとともに、23カ国40カ所の難民キャンプを訪れ、増加し続ける難民たちを取材。映像素材はトータルで900時間分にも上ったそうです。
2時間20分にまとめられた作品は、衝撃的な難民叙事詩となっています。
今後、大阪、岡山、沖縄でも順次公開の予定です。
映画『ヒューマン・フロー 大地漂流』の感想と評価
難民問題の現状を観る
冒頭、救命胴衣を着た人を詰め込んだゴムボートが、美しいインディゴブルーの海を進んでいく様子を俯瞰で捉えた映像のあと、「生きる権利がほしい 跳ねるヒョウやはじける種のようなー 持って生まれた権利がほしい」というトルコの亡命詩人、ナーズム・ヒクメットの詩(1902-1963)が紹介されます。
ギリシャ・レスボス島に、難民が上陸する瞬間を映画はとらえます。アイ・ウェィウェィが上陸した人々に声をかける姿や、手持ちカメラ、スマートフォンで撮影する姿も映し出されます。
2015~2016年にかけてシリア、イラク、アフガニスタンなどの国から100万人以上の難民がギリシャに押し寄せました。
彼らは想像を絶する苦労の果てにやっとここまでやってきたのです。
これほど大勢が故郷からヨーロッパに避難したのは第二次世界大戦以来のことで、国際問題として考えるべきだとUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)広報担当者は述べます。
さらに衝撃的なのが、それほどの苦労をしてたどり着いた難民たちの受け入れを拒否するヨーロッパ諸国の姿です。
アメリカのトランプ大統領がメキシコとの国境に壁を設けると公約して様々な問題を生んでいることはよく知られていますが、ハンガリーが移民の流入を止めるため、国境に有刺鉄線をぐるりと巡らした風景は実にショッキングです。
周辺には戦車がものものしく配備され、軍隊と警察が警備にあたっています。難民たちは、命がけでヨーロッパに入っても、水も電気もない簡易テントでの暮らしを強いられています。仕事もなく、子供は学校にも行けず、未来の見えない生活が続くのです。
また、仮に公共の施設に入ることが出来ても、外出などは極度に制限され、自由がありません。幼い少女が「この場所が今までで一番つらい」と訴えるシーンは切実です。
イタリア南部にはアフリカからの避難者が21万人を超え、ヨルダンには内戦から逃れた130万人のシリア人が避難しています。
ミヤンマーで迫害を受けたロヒンギャ難民や、イスラエルによる閉鎖が続くガザ地区、イラクの戦争地帯にもカメラは入り、厳しい現状を伝え、人々の切実な声を拾います。
映画はこうした事態を激しく糾弾するような過激な撮り方はしていません。難民に敬意を払いながら、寧ろ静かなトーンで進行していきます。
しかし、膨大な取材に基づく映像には圧倒的な説得力が宿っています。
映画の前半、幼い子供と一緒にギリシャにたどりついた男性が、この先の生活に思いをはせ、「いつか感謝の気持ちを伝えたい」と語っていましたが、今、彼はどうしているのだろう、目的の場所にたどり着くことはできたのだろうかと考えずにはいられません。
監督のアイ・ウェィウェィとは?
アイ・ウェィウェィは1957年、北京生まれ。今、世界に最も影響力がある現代芸術家として知られています。
建築家、キュレーター、文化評論家、社会評論家としても活躍し、表現手段も多岐にわたっています。
2008年、北京オリンピックの主会場である北京国家体育場(鳥の巣)建設の芸術顧問として、スイス人建築家ヘルツォーク&ド·ムーロンとコラボレーションし、一躍世界に名を知られることとなりました。
2008年に起きた四川大震災では、校舎の下敷きになって死亡した生徒たちに対して当局が責任をとらないことに抗議し、ブログを通じて犠牲の実態調査を始め、当局に対する責任追及を行いました。
それらの活動により2011年には自宅で軟禁され、2012年には監視下のもとでアーティストとして生きる自身の生き様に迫るドキュメンタリー『アイ・ウェイウェイは謝らない』を発表。
その後も国内での展覧会活動を禁止されたり、脱税容疑をかけられるなど様々な圧力を受け、一時は拘束されますが、国際的な批判が高まる中、保釈にいたります。
2015年にはベルリンに移り住み、ベルリン芸術大学のアインシュタイン客員教授に就任。2015年以降、中国には一度も戻っていません。
『ヒューマン・フロー 大地漂流』ではアイ・ウェィウェィが、ギリシャにたどり着いた人や、難民キャンプの生活を余儀なくされている人々に声をかけている姿が何度か観られますが、ただ励ますだけでなく、人間の尊厳を称えているように見えました。
なぜなら厳しい生活の中で、尊厳というものは失われがちだからです。アイ・ウェィウェィ自身、故郷である中国に戻れない立場にあるからこそ、かけるべき言葉がわかるのでしょう。
撮影方法の意味
本作にはドローンによる空撮や、スマートフォンによる撮影が多用されています。
スマートフォンで撮られた映像は、アイ・ウェイウェイ自身によるものです。”難民“という一括りでしばられてしまう人々の個々の姿や動作、息吹を捉え、リアルさを伝えると同時に、個人の存在を強調しているのです。
空撮による壮大な映像は、難民問題を、個々の国の対応に委ねるだけでなく、国際問題として理解しようという、大きな視点、広い視野を示唆するのに、非常に有効です。
映像的な面白さもあります。タオル地の模様のように見えたものが、ドローンカメラが下降して行くに連れ、トルコに設けられた広大な難民施設であることがわかる場面などその例です。
それらとは別に空撮といえば、“神の視点”という発想をしてしまうのですが、映画のラストで、シリア人の元宇宙飛行士のムハンマド・ファリスが語った言葉にはっとさせられました。
「宇宙から地球を見て人類は1つだと感じた。人類は1つの国に住む兄弟なのだとね。シリア人、インド人、中国人やアメリカ人もこの美しき星で共に生きているのだ。資源は分かち合うべきだ。この星を守るには結束と愛の力が要る」
ドローンによる空撮は、そうした神ならぬ宇宙的視野を持ち、強い意思を感じさせます。
まとめ
『ヒューマン・フロー 大地漂流』は映像の力というものをまざまざと見せつけてくれます。
今、世界で何が起こっているかを伝える力、学ばせる力、そして考えさせる力です。
日本では難民に関するニュースはあまり報道されませんし、遠い国の出来事と思いがちですが、これは知っておかなければならないし、共に考えなくてはならないことがらなのです。
”観てほしい“でなく、是非”観るべき“映画、それが『ヒューマン・フロー 大地漂流』です。
『ヒューマン・フロー 大地漂流』は、現在、東京・渋谷のシアター・イメージフォーラムで上映中です。
また、2月15日(金)より大阪・テアトル梅田、3月2日(土)より岡山・シネマクレール丸の内での公開が決まっています。沖縄の桜坂劇場ホールでも順次公開される予定です。
次回の銀幕の月光遊戯は…
次回の銀幕の月光遊戯は、2019年3月9日(土)公開の『マイ・ブックショップ』を取り上げる予定です。
お楽しみに!