FILMINK-vol.4「Lars Von Trier: ‘Art Is Difficult to Define’」
オーストラリアの映画サイト「FILMINK」が配信したコンテンツから「Cinemarche」が連携して海外の映画情報をお届けいたします。
「FILMINK」から連載4弾としてピックアップしたのは、2019年6月14日(金)より、新宿バルト9ほか全国公開されるラース・フォン・トリアー監督の『ハウス・ジャック・ビルト』。
映画監督ラース・フォン・トリアーの作品制作への考えをジェームス・モットラムのインタビューでご紹介します。
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62歳の鬼才監督ラース・フォン・トリアー
最新作『ハウス・ジャック・ビルト』の監督をつとめたデンマークの挑発者とも言えるラース・フォン・トリアー監督。これまで彼が手がけた映画『奇跡の海』、『ダンサー・イン・ザ・ダーク』、『アンチクライスト』そして『ニンフォマニアック』は、いつも賛否両論の評価になっています。
2011年のカンヌ国際映画祭で行われた『メランコリア』の記者会見では、トリアー監督は「ヒトラーに共鳴する』などと発言をしたため、大きな批判を集めました。その後、2018年に許されるまで、彼をカンヌ国際映画祭から追放処分を受けていました。
そんなトリアー監督の最新作『ハウス・ジャック・ビルト』は、アメリカを舞台にした作品で、マット・ディロン演じるシリアルキラーが数十年にわたって引き起こす恐ろしい事件を描いています。
現在62歳のトリアーはFIlmlinkのインタビューでは、この連続殺人犯について、監督自身の不安について、またカンヌに戻ってきたことについて語りました。
映画『ハウス・ジャック・ビルト』の着想やテーマ
──『ハウス・ジャック・ビルト』の主人公は連続殺人犯(シリアルキラー)ということですが、監督自身は長年にわたって連続殺人犯に興味を持っていたのでしょうか?
ラース・フォン・トリアー(以下、ラース):いいえ。私ではなく私の周囲の女性たちが、まっすぐな理由から連続殺人犯に興味を抱いていました。大量殺人犯に興味を持つというのは、大変女性的な感情だと思っているんです。
あなたが本屋に行った時、書棚に大量殺人についてのたくさんの本がある。僕にはよく分からないけれど、それは何だか、セクシーで魅了される。よく分かりませんがね。
──ではなぜテーマに殺人犯を選んだのでしょうか?
ラース:私はただそのことを主題として取り上げました。もしあなたがシリアルキラーとしての気質を持っているのならば、誤った道を行くことはできないものです。シリアルキラーの行為は何であれ非常に突然で、非常に危険で、時に愚かです。特に精神病を患っている、主人公のジャックはそう言えるでしょう。
サイコパスは自らの能力を過大評価する傾向があります。だからジャックは、警察に対し、我々から見たら完全に馬鹿だと思えることを平気で言います。しかしその言動の背後には、実は彼が捕まりたいと思っていることがわかるのです。
──ジャックが犯罪時に手袋を着用しないのはその理由からですか?
ラース:ええ。でもその当時(1970年代後半)はDNA鑑定が発達する前でした。もし警察がジャックの指紋を持っていても、彼らはわからなかったでしょう。私は意図的に警察を騙されやすい集団として描き、女性を現実よりも一層愚かに描きましたね。
──なぜ女性を愚かな者として描いているのですか?
ラース:その質問は、私の精神分析医に尋ねないといけません…性別が違う時により激しくなります。
ジャックのキャラクターについて
──ジャックはOCD(強迫性障害)を抱えています。どうしてでしょう?
ラース:強迫性障害は、本当に体に辛い症状を引き起こします。私自身も強迫性障害に苦しんでいますが、辛くて仕方がありません。
どういうことかというと…図書館にいる女性。その女性が病気の正体です。彼女は書棚の本を正確にその場所に戻し、本を整頓している。そして私にこう言うのです。「きちんとしてなくても、それは大して悪いことじゃないのよ」と。
外出してから、(きちんと鍵がかかっているか確かめに)家に5回戻ってきたら、それはかなり悪い症状だと言えるでしょうね。
子供の頃にそれをよく感じたことですが、物事が秩序ある適切な場所にない場合には、世界が破滅するような気持ちになるのです。
──ジャックは彼の犠牲者の死体を使っておぞましいアート作品を作り出しますよね。何があなたにそのアイディアを与えましたか?
ラース:それは私にとっては明らかなことでした。彼は大量殺人犯で、では死体に対して何をするか?彼は巨大冷凍庫に保管していたので、“材料”には困らなかったの。その事実は私を納得させました。私に言えるのはこれだけです。
芸術性とラースの過去作
──この映画は芸術の本質について語ったものなのでしょうか?
ラース:優れたとは言えなくとも芸術家、限界まで追いこまれた芸術家の話です。64人殺害することが芸術になるかもしれない、ということに同意できるのです。なぜそれはいけないのか? 芸術、それ自体を定義することは難しいでしょう。この作品で自分が芸術の本質について言うつもりはありません。
──作品の中にあなたの過去作から抜粋が見られますが…
ラース:それはちょっとしたジョークなんです。幾つか映画のクリップの使用に際し、支払いが必要になった!だから私は言ったんです、「おいおい、私たちはここに20本の映画(過去作品)の権利を持っているんだよ。なんでそれを使っちゃならないの?」と。それで抜粋したというわけです。
出演した俳優たちについて
──映画の撮影はいかがでしたか?
ラース:映画を作ることだけが唯一私をリラックスさせてくれます。今うつ病から回復しているので、仕事は快調です。ですが今回の作品の撮影は大変でした。マット・ディロンは素晴らしい俳優です、それにブルーノ・ガンツ…皆のパフォーマンスは素晴らしかった。
──キャストたちも大変だったのではないでしょうか?
ラース:ええ、そうですね。マットが出演するシーンは、キャストたちにとってハードなものでした。しかしマットは自由で、自分の可能性を信じて、その役を演じきりました。本当に素晴らしかったよ。
それにマットを起用したのは、『ゴッドファーザーⅡ』のキャスティングをしたのは、あの映画プロディーサーのフレッド・ルースです。だからマットは完璧な男にちがいない!ってね。
女性や政治的な風潮について
──映画での暴力、女性に対する暴力。それは観客を挑発する究極的な行為なのですか?
ラース:『ニンフォマニアック』による観客の反応は理解できます。でも私がこれまで見た多くの映画にももっと恐ろしい暴力や、飛び散る血がありましたが、それを挑発的だと思うことはありませんでした。おそらく私の映画を見るのは普段スプラッター映画を見ない観客なのでしょうね。
──#Me Tooの討論に対するコメントは?
ラース:残念ながら脚本は#Me Too以前に作成されました。非常に興味深いと思ったのです。ジャックが殺人を行う前、なぜ男性が常に犯罪者であるのかというモノローグをします。確かに彼(男性)が犯罪者でしたね。
──あなたはカンヌ映画祭で“厭わしい人物”とされましたが、昨年カムバックを果たしました。全て許されたと思いますか?
ラース:私が抱えている問題は、許すべきことが本当にあるとは思っていないことです。『メランコリア』の記者会見はめちゃくちゃでした。私の父が本当の父親ではないと言い遺した母について話そうとしていたのです。大切に思っていたユダヤ人家族と実は本当のつながりがなかった、とわかった瞬間が『メランコリア』の始まりでした。
私はユダヤ人ではありませんが、ドイツ人…デンマークではドイツ人について話したら、ジョークまじりに“ナチ”と呼ぶことがあります。もちろん彼らはナチではありません!
人は皆、最悪の中にあっても最善の能力を持っていることを理解しなければなりません。特にナチス政権下では、そのシステムや、ヒトラーの演説技法は非常に巧妙に作られていました。その中で注目すべきことは、彼らは宗教を用いなかったということです。
通常独裁者として君臨したい場合宗教を利用しますが、彼らはそうしなかった。彼らはそれぞれの宗教を持っていました。
そして程度の差はありますが、私が「ジャックが作った家」という地獄をまとめたように、様々な情報源から架空の「円卓の騎士」による帝国をまとめ上げたのです。
──カンヌ映画祭では上映中、多くの観客が退場しました。それについてどう思われますか?
ラース:私はドアの開閉する音をしか聞こえなかったので、観客が去ったかどうかわからなかった。私が『エレメント・オブ・クライム』を上映した時には、10分後に人々は去り始めました。そしてあちこちからブーイングが聞こえましたね。いつでも新しい「犯罪」が起こるたびにブーイングの嵐でしたよ。
──昨今の政治的正しさに関する風潮についてどうお考えですか?
ラース:この風潮には懸念しています。とても危険だと思うのです。差別用語として“ニグロ”という言葉を排除していkことは、民主主義の崩壊だと思うのです。例えばデンマークではナチスであることは法律違反ではない。排除しないことは素晴らしいと思うのです。私は言論の自由を信じています。
FILMINK【Lars Von Trier: ‘Art Is Difficult to Define’】
written by James Mottram
映画『ハウス・ジャック・ビルト』の作品情報
【公開】
2018年 デンマーク・フランス・ドイツ・スウェーデン合作映画
【原題】
The House That Jack Built
【監督】
ラース・フォン・トリアー
【キャスト】
マット・ディロン、ブルーノ・ガンツ、ユマ・サーマン、シオバン・ファロン・ホーガン、ソフィー・グロベル、ライリー・キーオ、ジェレミー・デイビス
映画『ハウス・ジャック・ビルト』のあらすじ
1970年代のアメリカのワシントン州。
独身のジャックは建築家になることを夢見ていました。しかし、ある出来事をきっかけにアート創作するかのように殺人に没頭していきます。
そんなジャックの5つのエピソードから明かされる、12年間の「ジャックの家」を建てるまでのシリアルキラーとしての軌跡とは…。
英文記事/James Mottram
翻訳/Moeka Kotaki
監修/Mitsunori Demachi(Cinemarche)
英文記事所有/Dov Kornits(FilmInk)www.filmink.com.au
*本記事はオーストラリアにある出版社「FILMINK」のサイト掲載された英文記事を、Cinemarcheが翻訳掲載の権利を契約し、再構成したものです。本記事の無断使用や転写は一切禁止です。