連載コラム「銀幕の月光遊戯」第67回
映画『フェイクプラスティックプラネット』は、東京・名古屋での上映を好評のうちに終え、2020年8月15日(土)からは大阪のシネ・ヌーヴォに舞台を移して公開を開始。また京都みなみ会館でも上映が予定されています。
本作は、過去に自分とそっくりの人間がいたことを知ったことから、アイデンティティーが揺らぎ、窮地に追い込まれる女性を描いたサバイバルミステリーです。
宗野賢一監督は、本作で、前作『数多の波に埋もれる声』に続き、「2019年ゆうばり国際ファンタスティック映画祭」のファンタスティック・オフシアター・コンペティション部門に2年連続出品を果たしました。
CONTENTS
映画『フェイクプラスティックプラネット』の作品情報
【公開】
2020年公開(日本映画)
【制作・監督・脚本】
宗野賢一
【撮影】
小針亮馬
【音楽】
ヴィセンテ・アヴェラ
【キャスト】
山谷花純、市橋恵、越村友一、五味多恵子、長谷川摩耶、大森皇、右田隆志
【作品概要】
「2019年ゆうばり国際ファンタスティック映画祭」のファンタスティック・オフシアター・コンペティション部門や「ブエノスアイレス・ロホサングレ映画祭2019」に正式出品され、「マドリード国際映画祭2019」では最優秀外国語映画主演女優賞を山谷花純が受賞するという快挙を遂げました。
宗野賢一監督自身が仕事で貯めた300万円を予算に完全自主制作で撮影。宗野監督は前作『数多の波に埋もれる声』と本作で、2作連続の「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭」オフシアターコンペティション部門出品となりました。
映画『フェイクプラスティックプラネット』のあらすじ
貧困のためネットカフェ暮らしを余儀なくされているシホは、風俗で働くことで、なんとか生計をたてていました。
ある街角で初対面の占い師から、「あんた、25年前にも来たね」と言われたシホは、「25歳の私が25年前に占いに来たってどういうこと?」と戸惑います。
風俗の仕事の最中、セーラー服を着せられたシホは、客から昔好きだったアイドル女優、星乃よう子に似ていると言われます。ネットで調べてみると、確かに似ているように感じられました。
作品にも恵まれ、女優として高い評価を得ていた星乃よう子は、25年前に失踪し、そのまま行方不明になっていました。
そんな矢先、シホは、もう亡くなったと聞かされていた母親が生きているという情報を得ます。しかし、事態は思わぬ方向へと向かいます。
「自分はいったい何者なのか?」運命のいたずらがシホを巻き込んでいきます。
映画『フェイクプラスティックプラネット』の感想と評価
奇妙な魅力を放つナイトピープルの面々
『フェイクプラスティックプラネット』には、したたかだけれど腕はたしかな占い師の老女や、赤いシャツを着た除霊集団等、個性的で怪しげな面々が登場します。
中でもヒロインのシホを真夜中に呼び止める年配の女性が強烈なインパクトを残します。
荷物を運ぶのを手伝っておくれと頼まれるシホですが、荷物に目を移すと、それは明らかに死体を包装したものでした。女性は悪びれたふうもなく、むしろ嬉々として殺人を告白します。
光と影が織りなす夜の街に登場する個性的なナイトピープルたち。彼女、彼らは、シホを放っておいてはくれません。彼女は、気づかれ、声をかけられ、そして追われさえします。
しかし、そのように翻弄される彼女もまた、ナイトピープルの一員なのです。自分と同じ顔を持った別の女として、暗闇の中に立つシホ。それはほんのちょっとしたいたずら心からの行動に過ぎなかったのですが、当然そのままではおさまりません。
宗野賢一監督は、不穏で怪しげでありながら、奇妙な魅力に溢れた独特の世界を構築し、観るものを魅了します。
作品の中で、列車が何度も登場しますが、それらはまるで、一切止まること無く走り続けている美しい鉄の塊のように魅惑的に輝いています。
アイデンティティーの危機を描く
シホは、両親に死に別れ、頼るべき人もなく、孤独な暮らしをしていますが、“一人のほうが気楽だ“と自らに言い聞かせながら、生きています。
しかし、信じていたものが崩れ去った時、彼女は「自分は一体何者なのか」という疑問に直面します。
自分は実はクローンではないのかと疑うほど、彼女はせっぱつまります。現実と妄想の境界が失くなり、どこまでが夢でどこまでが真実なのか混沌とするダークファンタジー的な描写を交えながら、映画は、一人の女性のアイデンティティーの危機を直視します。
真実と思っていたものは全て偽ものではないのか。頼るべきものを失い戸惑い彷徨うシホの姿を通して、映画は、現代都市に潜むまやかしや、暴力性に焦点を当て、「貧困女子」「ネカフェ難民」など現代社会における様々な矛盾を浮かび上がらせます。
連帯と信頼
ネットカフェの、カーテンで仕切られた僅かなスペースで暮らす住人たちは、けっして良好な関係にあるとはいえませんが、狭い空間であるがゆえの不思議な連帯感が生まれてきます。
それらはどこか小津安二郎の長屋もののいくつかの作品を思い出させ、怪しげな男たちとのバトルシーンでは心地よい爽快感さえ味わうことができます。
宗野監督は、こうした人と人の関わりを、ディテールを積む重ねながら丁寧に描写し、場面一つ一つに大きな説得力をもたらしています。
友人・優子の信仰は“悩みを魔法のようにパッと消してくれる合言葉”にとびつくような安直ところがあって、実に現代的です。
ともすれば、カルトに走る危険性を伴っていますが、シホのことを本気で気遣う彼女の人間性は本物です。シホが、上辺の言葉だけで安心させられるのではなく、強い自分自身を見出していくのは、彼女が決して孤独ではないと気づいたからに他なりません。
シホの体験はある意味「地獄めぐり」とも呼ぶべき過酷なものですが、観終わったあと、清々しさを覚えるのは、こうした人間への暖かな眼差しが感じられるからでしょう。そこには今を生きる若者たちへの共感とエールが込められているのです。
まとめ
主演の山谷花純は、シホと、シホによく似た星乃よう子と、星乃よう子になりすましたシホという一人二役を越えた難しい役柄に挑戦し、「マドリード国際映画祭2019」では最優秀外国語映画主演女優賞を受賞しています。
また、星乃よう子が昔出演したアイドル的なCM映像なども登場して、山谷花純の多彩な表情を観ることができます。
シホの友人優子役の市橋恵や、ルポライター役の越村友一、占い師役の五味多恵子など個性的な俳優たちががっちり脇を固め、人間味溢れる演技を見せています。
宗野賢一監督は、高校を卒業後、アメリカで映画を学び、帰国後は東映京都撮影所で助監督として活躍し、2020年1月『科捜研の女』第27話にて、地上波監督デビューを果たしました。
長編映画は本作で2本目。現代社会の様々な問題点をすくい取りながら、エンターティメントとして見せる独特な世界観が魅力です。
その世界を見事に映像として表現した撮影監督の小針亮馬の手腕も特筆に値するでしょう。
映画『フェイクプラスティックプラネット』は、東京、名古屋での上映を好評のうちに終え、2020年8月15日(土)からは、大阪のシネ・ヌーヴォに舞台を移して公開を開始。さらに京都みなみ会館でも上映が予定されています。
次回の銀幕の月光遊戯は…
2020年10月に名古屋シネマスコーレで限定上映される大塚信一監督の『アメリカの夢』を取り上げる予定です。
お楽しみに。