連載コラム「永遠の未完成これ完成である」第29回
映画と原作の違いを徹底解説していく、連載コラム「永遠の未完成これ完成である」。
今回紹介するのは伊吹有喜の小説『今はちょっと、ついてないだけ』です。玉山鉄二主演で柴山健次監督が映画化。2022年4月8日(金)に公開予定です。
かつてネイチャリング・フォトグラファーとして脚光を浴びていた立花裕樹は、バブル崩壊ですべてを失い、実家に戻ります。借金返済の日々を送り気付くと40歳を過ぎていました。
とあるきっかけで再びカメラを手にした立花は、カメラを構える喜びを思い出します。「もう一度やり直そう」。立花はシェアハウスから新たな人生をスタートさせるのでした。
映画公開に先駆け、原作のあらすじ、映画化で注目する点を紹介します。
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CONTENTS
映画『今はちょっと、ついてないだけ』の作品情報
【公開】
2022年(日本映画)
【原作】
伊吹有喜
【監督】
柴山健次
【キャスト】
玉山鉄二、深川麻衣、音尾琢真、団長安田、高橋和也、かとうかず子、山村美智、奥山佳恵、川津明日香、Erna、大友花恋
小説『今はちょっと、ついてないだけ』のあらすじとネタバレ
立花裕樹は入院している母に頼まれ、同室だった宮川静枝の退院の写真を撮ることになりました。
母は、息子がプロのカメラマンであることを自慢していましたが、当の立花はここ何十年もカメラに触れていませんでした。携帯電話のカメラの操作もままなりません。
「ネイチャリング・フォトグラファー」という肩書は、当時所属していた事務所の社長・巻島雅人が付けたものでした。
立花が出演していたテレビ番組「ネイチャリング・シリーズ」は、アラスカ、北極、アマゾンの奥地、チベットの山々など秘境へと撮影旅行をするという内容で、立花は一躍時の人となっていました。
しかし、バブルが崩壊しスポンサーが手を引き、写真家としてのオファーも途絶えていきます。社長の巻島は多額の負債を残して自己破産。連帯保証人であった立花が被ることに。
住む場所を失い、田舎に戻り15年。借金返済に費やして生きてきました。自分の存在は、バブルの時の人、まさに泡沫という言葉そのものでした。
静枝を迎えにきた息子が立花に気付き、昔の話をしてきます。「懐かしい、あのテレビシリーズ好きだったんですよ」。こわばる立花の態度に、写真は止めて早く帰ろうと母を説得しています。
病院の玄関に飾られたクリスマスツリーを背に、車いすの母にしゃがみ込み声をかける息子。立花は思わず携帯のカメラを構え写真を撮っていきます。
後に静枝に、母がお世話になったお礼にと、フォトアルバムにしてプレゼントしました。この縁で、静枝の東京に住む孫娘からダンスの公演のチラシやパンフレットの写真を撮らないかとオファーが入ります。
何がやりたかったのかと自分に問えば、カメラこそがずっとやりたかったことでした。立花は、母の退院を機にもう一度東京へ戻り、写真を撮ることを決意します。
静枝の息子・宮川良和は、東京の自宅で母のことを思っていました。静枝は入院先から介護施設に移ってまもなく、風邪をこじらせ肺炎で亡くなりました。
立花に撮ってもらったという遺影を前に、母の事をないがしろにしていた自分を責めます。長年務めてきた製作会社では、肩たたきにあい退職に追い込まれていました。昼間から発泡酒を飲み、妻や娘からも邪魔者扱いです。
とうとう家を追い出された宮川でしたが、娘の奈々子の舞台公演が気になり、こっそり会場へと向かいます。安宿に泊まるようになってから酒の量は増えるばかりです。
舞台の上で舞う娘の姿と母の姿が重なり、帰る場所のない自分に吐き気を覚えます。会場の外へ飛び出した宮川は、植え込みに疼くまり動けなくなってしまいました。
目を覚ますと、かつて母の入院先で会ったネイチャリング・フォトグラファー立花の部屋でした。立花は、宮川の母・静枝から孫の奈々子の公演の写真を頼まれていたため、その場に居合わせたようです。
立花が住んでいたのはシェアハウスでした。飾られている写真に目を通せば、母が気に入っていた写真でした。朝日を拝む少女の写真。
「ひとりに戻ってみようか。生まれ変わった気持ちでやり直そうか。朝日の当たる場所から、もう一度」。宮川はこのシェアハウスに越してきます。
「ナカメシェアハウス」には、もうひとり同居人がいました。瀬戸寛子は化粧品専門店から、まつげパーマ、ネイル、エステにメイクと美容のすべてを提供するサロンに転職し腕を磨いていました。
ところが店舗の縮小に伴い解雇されてしまいます。美容師の資格もあり、腕にも自信がある瀬戸でしたが、接客や人付き合いが苦手でした。
ブライダルメイクの会社の面接を受けたものの和装の着付けもできる即戦力を求められ、自分はこの先どんなふうに、何を仕事にしていったらいいのだろうと思い悩む日々です。
後から引っ越して来た立花や宮川が、庭でなにやら女性の写真を撮っています。立花がかつてのネイチャリング・フォトグラファーであることは知っていました。
撮影されている女性のメイクが少し気になります。聞けば、婚活用の写真をお願いしていると言います。瀬戸は、自分のメイク用具からチークを施しました。血色が良くなり表情も明るく見えました。
のちに立花の撮った写真をみて、この女性の婚活は上手くいくと確かな手応えを感じたものです。
それから宮川の営業力で「ナカメシェアハウス」は、各種証明写真からウェブのプロフィール撮影、あらゆる出張撮影に応じるフォトスタジオと、ネイル・エステも行う美容サロンが併用したシェアハウスとして営業活動をスタートさせます。
映画『今はちょっと、ついてないだけ』ここに注目!
『四十九日のレシピ』『ミッドナイト・バス』と映画化が続く、伊吹有喜の映画化第3弾『今は、ちょっとついてないだけ』。
過去の栄光、その先の挫折、失敗。主人公・立花は過去を引きずって生きていました。そんな立花は、もう一度、自分の夢と向き合い人生を楽しむことを始められるのか。
シェアハウスには、立花の他にも、それぞれに悩みを抱えた者たちが集まってきます。彼らが、将来に向けてどんな選択をしていくのかも見どころです。
仕事での挫折、恋愛の失敗、家族問題、生きていれば誰もが経験するであろう人生の停滞期。どん底に思える時、「今はちょっと、ついてないだけ」と、気休めにでも言われると、心が少し軽くなるの気がするから不思議です。
自分再生物語、『今はちょっと、ついてないだけ』の映画化に伴い注目する点を紹介します。
ナカメシェアハウスの人々
フォトグラファーとして一度失敗し田舎に帰っていた立花浩樹は、もう一度カメラを持ち上京。シェアハウスから生活をスタートさせます。
映画化で演じるのは、カメラマン姿が様になりそうな玉山鉄二です。無気力な日々を送っていた立花が、夢を取り戻していく姿に注目です。
シェアハウスの1番の古株である美容師・瀬戸寛子は、腕は確かでも接客が苦手で美容サロンを解雇されてしまいます。
演じるのは、元乃木坂48の1期生、深川麻衣。不器用ながらも好きなことに一生懸命な瀬戸が、自分に合った働き方を見つけ出していく姿に注目です。
そして、立花の金魚のフンとしてやってくる宮川良和。母の死に後悔し、製作会社を追い出され、家族にも見放される宮川。
演じるのは、チームNACSの音尾琢真。まさに人生のどん底にいながら、明るくムードメーカー的な存在である宮川にぴったりの配役となりました。
シェアハウスのメンバーではないのですが、もうひとり注目して欲しい人物がいます。落ち目のお笑い芸人・会田健です。
出演のオファーは減っても体を鍛え続けた会田が、一念発起しもう一度芸人として返り咲こうと頑張る姿に共感を覚えます。
映画で演じるのは、安田大サーカスの団長安田。等身大の団長を思わせるような配役に、どんな演技を見せてくれるのか注目です。
ワイルドカードの意味
この物語には人生の挫折に苦しんだ時に抜け出すヒントとなる素敵な言葉が出てきます。
「人生にも敗者復活戦みたいなものがあったらいいな」と立花がつぶやきます。そして、「人生でワイルドカードを使えるのは、やはり勝者だけ。まったくの敗者はゼロから復活するわけではない」とも嘆きます。
特殊な役割を果たすワイルドカードに気付くことができるのか、そのカードをどう使うのか。嘆いて悩んでばかりでは、そのカードは紛失し他人に渡るかもしれません。
富や名声だけが勝者の条件ではなく、心豊かに暮らしているか、自分次第で人生の勝者にも敗者にもなれるのだと気付かされます。
「願えばきっと、どこにでも行ける。いろいろ遠回りしてきたけれど、今だからこそ見える景色がある」。過去を受け入れ自分の存在を認め、将来の進む道を決めた立花の言葉です。
過去の自分がいて今の自分がいる。これまでの歩みは決して無駄なことばかりではなかったはずです。今の自分に見える景色に目を向けてみると思わぬ気付きがあるはずです。
「今はちょっと、運が向いてないだけです」。息子のやる気のなさを周りの同じぐらいの歳の子供と比べて情けなく思い憤る立花の母でしたが、もう一度旅立つ息子にかけた言葉です。
やる気を取り戻した浩樹が母へ宛てた「ついてない時期は、抜けたようです」のメッセージが、母への応えになっていて感動的です。
まとめ
伊吹有喜の小説『今はちょっと、ついてないだけ』を紹介しました。玉山鉄二主演で映画化、公開は2022年春の予定です。
過去の失敗に捉われ無気力に過ごしていた主人公が、過去を受け入れて前に進む再生の物語。
物語の中で母と息子が送り合うチョコレートの箱に書かれていた言葉です。「メリークリスマス&ハッピーニューイヤー」。クリスマスの後にはハッピーなニューイヤーが必ずやってきます。
そんな決まり事のように、辛い時期の後には幸せが必ずやって来るに違いありません。
次回の「永遠の未完成これ完成である」は…
次回紹介する作品は、櫻いいよの小説『君が落とした青空』です。福本莉子とジャニーズJrの松田元太主演で映画化、2022年2月18日(金)にい公開予定です。
目の前で恋人が交通事故に遭いパニックになる主人公・実結。目を覚ますとそこは事故当日の朝でした。恋人の事故を防ぐため奮闘する実結でしたが、次第に恋人が隠していた事実を知ることになるのでした。
映画公開の前に、原作のあらすじと、映画化で注目する点を紹介していきます。