連載コラム「永遠の未完成これ完成である」第16回
映画と原作の違いを徹底解説していく、連載コラム「永遠の未完成これ完成である」。
今回紹介する作品は『さくら』です。直木賞作家・西加奈子の同名ベストセラー小説が、『三月のライオン』の矢崎仁司監督によって、実写映画化となりました。2020年11月13日、全国一斉公開となります。
長谷川家は、父・昭夫、母・つぼみ、長男・一(ハジメ)、次男・薫、長女・美貴、そして犬の「サクラ」の5人と1匹の家族です。
しかし、長男ハジメの死をきっかけに、長谷川家はバラバラになっていきます。久しぶりに実家に帰ることになった次男の薫は、家族の歴史をたどるかのように、幼い頃の記憶を思い起こしていきます。
ストーリーテラーでもある薫役には北村匠海、自由奔放な妹・美貴役には小松菜奈、カリスマ的存在の長男ハジメ役には吉沢亮がキャスティングされています。
映画『さくら』の公開に先駆け、原作のあらすじ、映画化で注目する点を紹介します。
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映画『さくら』の作品情報
【公開】
2020年(日本)
【原作】
西加奈子
【監督】
矢崎仁司
【キャスト】
北村匠海、小松菜奈、吉沢亮、小林由依、水谷果穂、山谷花純、加藤雅也、趙たみ和、寺島しのぶ、永瀬正敏
映画『さくら』のあらすじとネタバレ
「年末、家に帰ります。おとうさん」。薫の元に2年ぶりに父から手紙が届きました。驚きすぎて一度出たしゃっくりが止まりました。
年末には彼女と過ごす約束をしていた薫は、犬のサクラを見に帰るという言い訳にもならない言い訳を残し、久しぶりの実家に帰ります。
長谷川家は5人と1匹の家族でした。兄の一(ハジメ)が4年前に亡くなり、父・昭夫が3年前に家を出て、次男の薫が上京してからは、実家には母・つぼみと妹の美貴、そして12歳になる犬のサクラの女系家族のみとなっていました。
薫は、そのまま家に上がるのをためらい、まずは庭にいるサクラに会うことにしました。
「サクラ」。返事がありません。庭には、また一段と太った母親が庭いじりをしていました。
「おかえり、お父さんが、帰ってきはったよ!」。母の顔は見えなかったが、笑っているようでした。
反対にサクラは随分痩せていました。両目は白内障で真っ白になっていたけれど、薫の声に頭を膝にすりつけてきます。
美貴はソファに座って足にマニキュアを塗っていました。「おかえり」。「ただいま」。こちらはまた随分と綺麗になったようです。
その日の晩御飯は、父のリクエストで鍋となりました。母の大きな話し声だけが響く中、どこか気まずそうな父と薫。
そんな中、美貴に家に入れてもらったサクラが、「ぐふぅ」とクサイ息を吐き、皆を和ませてくれます。
サクラは、長谷川家の幸せだった時代の象徴です。薫はサクラが家にやってきた日を思い出していました。
サクラは近所の家で生まれた子犬で、5匹いた中でも1番小さく、痩せていて、とても頼りない子でした。
濡れた目で、時折ふと遠くを懐かしそうに見つめる姿が寂しそうと感じた薫は、美貴の反対を押し切ってこの子に決めたのでした。
帰り道、ふてくされていた美貴でしたが、抱っこしてみると愛情が湧いてきます。弱々しくしっぽを振った子犬から透き通るようなピンクの花びらが落ちました。
美貴は、「この子が桜の花びらを産んだんや!女の子だもんな。名前はサクラや!」と興奮し、頬ずりしたものです。
薫たち3兄妹はサクラとよく遊びました。兄のハジメは、幼い頃からそれはそれはカッコよくスポーツ万能で、クラス中の女の子が好きになってしまうという「はじめレジェンド」を巻き起こしていました。
「ハジメ君の弟」と呼ばれ歯がゆい思いもした薫でしたが、兄ちゃんは薫と美貴にとってもヒーロー的存在でした。
特に妹の美貴は、兄のハジメにべったりでした。兄ちゃんに認めてもらいたくて危険な遊びにも参加し、そんじゃそこらの男の子には負けない伝説を残しています。
男勝りでわがまま放題の美貴でしたが、兄に劣らない美しい容姿と深みのある瞳は、誰もが振り返るほどでした。
いつも一緒だった3兄妹も、徐々に思春期に入り別々の時間が増えていきます。中学生になると、兄のハジメが彼女を家に連れてきました。
母はいつもないフルーツ盛りを置いてみたり、父は普段の休日の恰好より明らかにお洒落をしていたし、薫は「女の子は皆、犬を可愛いと言って触るもの」だと思い込み、サクラをシャンプーで洗いあげました。
美貴だけは、ふてくされ部屋から出てきませんでした。
ハジメの彼女という期待の中やってきた彼女は、薫が想像していたよりもずっと大人でした。
髪の毛をくるんと後ろにカールして、ピンクのリップを塗り、褪せたジーンズの上下を着こなし、鋭い目つきの、なんてゆうか「なめんなよ」といった感じでした。
矢嶋優子さんは、いわゆる不良と呼ばれるタイプでしたが、タバコを吸ったり喧嘩をしたりというわけではなく、一般的な家族の愛情を知らない子でした。
彼女が小さい頃、両親が離婚してからというもの、次から次へと男を連れ込んでくる恋多き母親の影響で、今までの恋愛も「こんなもの」と思い付き合ってきた矢嶋さん。
「はじめレジェンド」を巻き起こしてきた男の本気の愛情に触れ、自分は寂しかったのだと気付きます。
それからの矢嶋さんは、化粧を落とし髪をショートにし、サクラの頭をなでたり、口をあけて笑うようになっていきます。2人は幼いながらも真実の愛を育んでいました。
しかし、幸せはそう長くは続きませんでした。矢嶋さんが引っ越すことになったのです。15歳の2人はいつか絶対に結婚しようと誓い合って別れます。
一方、兄の本気の恋を目の当たりにしてきた薫にも彼女ができました。学年トップ成績の須々木原環。帰国子女の環は、なんとゆうか手慣れていました。
あれよあれよと付き合うことになった薫でしたが、興味はその人ではなくその人の身体にありました。
妹の美貴はというと、中学にあがり、ぼぉーとすることが多く、あまり笑わない顔はますます整い、凛とした美しさをたたえていました。
「妹紹介してくれよ」。薫はさんざん声をかけられたものです。しかし、当の本人はそんなことには興味がないようでした。
気に入らないと絡んでくる先輩たちを滅多打ちにし、校舎の2階から飛び降り脚を骨折したりと、相変わらずつむじ風のような存在です。
ある日、長谷川家にちょっとした嵐が吹き荒れます。父親宛てに「溝口サキコ」という人から手紙が届きました。
面白がって中身を朗読する美貴、じりじりと関係を問いただす母。長谷川家の女の怖さに震え上がる男3人。
父の答えは信じ難いものでした。溝口サキコさんは、父の高校の同級生で「溝口サキフミ」という男の人だったのです。
父は、卒業してから店を持つことになったサキフミさんに、少しばかり援助をし、たまにお店に通っていたようです。
母が言い出します。「サキコさんのお店に行ってみたい」。なぜか、家族全員で行くことになった長谷川家。はじめて、おかまバーと呼ばれる場所に足を踏み入れました。
女の感といいますか、母はサキフミさんが父のことを好きだと気付いていました。
殴り合いにならないか心配する子供たちをよそに、母とサキフミさんは意気投合するのでした。
その頃、兄ちゃんのところへ毎日のように来ていた矢嶋さんからの電話や手紙が、ぱったりと途絶えていました。
ハジメは、事あるごとにポストを覗き、そこにあるべきものがない状況に、ぐったりとうなだれ考え込むことが多くなっていきます。
映画『さくら』ここに注目!
『サラバ!』で直木賞を受賞した人気作家・西加奈子の、累計55万部を超えるベストセラー『さくら』がいよいよ映画化され公開となります。
西加奈子作品では『きいろいゾウ』『円卓』『まくこ』に続き、4作目の映画化となりました。
長谷川家の5人と犬のサクラの物語。家族の日々の幸せや、子供たちの成長、それぞれの恋のこと、そして思いがけない事故と死。バラバラになっていく家族模様が切なく心を締め付けます。
物語のクライマックス、崩壊寸前の家族が再び思いを寄せ合う瞬間、不細工な家族愛に感動の涙が止まりません。
実写映画化に伴い、長谷川家のメンバーを演じる俳優さんたちの演技にも注目ですが、物語のキーとなる存在、犬のサクラの演技にも注目です。
3兄妹のつながり
長谷川家の3兄妹、長男の一(ハジメ)、次男の薫、妹の美貴。それぞれを演じるのは、吉沢亮、北村匠海、小松菜奈と実力派若手俳優たちです。
物語のストーリーテラーでもある次男・薫(北村匠海)。誰よりも周りをよく観察し、様々な経験を通して成長していきます。
兄の後ろをついて歩くだけだった薫が、兄を亡くし無気力になるも、もう一度生きる意味を探し出すまでの心の変化に注目です。
自由奔放な孤高の女王様、末っ子の妹・美貴(小松菜奈)。兄ハジメへ、どこまでも真っ直ぐな愛情をぶつけます。
小さい頃から大好きだった兄への想いは、思春期になり叶う事のないものだと知ります。さらに、側にいたいという願いすら叶いませんでした。
最愛の兄、最愛の人を亡くした美貴の喪失感。痛々しい描写も多い美貴を小松菜奈がどのように演じるのか注目です。
学校でも家族の中でも常にヒーロー的存在だった兄・一(吉沢亮)。その持って生まれたカリスマ性を出し惜しみせず、皆を幸せな気持ちにさせる天才です。
事故をきっかけに、光を放つ存在から闇の世界へ堕ちていくハジメ。そして人生をギブアップと諦めた姿は、昨今の相次ぐ芸能人の自殺を思い起こさせ胸が痛みます。
兄妹の形としては歪だったかもしれない長谷川3兄妹。それでも、ラストには3人がいるだけで幸せだったということが感じられます。
サクラのおしゃべり
物語の中で犬のサクラは、おしゃべりをします。それは、ストーリーテラーの薫の想像によるものですが、サクラの性格を現しているようで、とても和やかです。
「ぐふぅ」ともらす声はお決まりで、ハジメの彼女には「どうも初めまして、長谷川サクラです。うふふ」と照れたり、大好きなタワシに「タワシがこんなにいっぱい!」と興奮したり、ボールの話に「あの、軽やかな跳ね!」と尻尾を振ったり。
場の雰囲気をまったく読めないサクラですが、長谷川家にとって欠かせない癒しの存在です。サクラと家族の微笑ましいエピソードの数々にも注目です。
まとめ
2020年11月13日公開の映画『さくら』の原作、西加奈子の同名小説を紹介しました。
生きていれば想像もつかない辛いことが起こるかもしれません。それでも、家族にはたくさんの幸せな思い出も残っていました。それがある限り、生きていくのです。
生きることの辛さ、それでも生きる意味を教えてくれる作品『さくら』。長谷川家の物語は、あなたの家族の物語かもしれません。
映画『さくら』は、11月13日全国一斉公開です。
次回の「永遠の未完成これ完成である」は…
次回紹介する作品は『青くて痛くて脆い』です。
青春時代のまさに、青くて痛くて脆い体験を描いた、住野よるの同名小説が、吉沢亮と杉咲花の共演で実写映画化され、公開となりました。
「なりたい自分になる」という活動目標を掲げ、楓と秋好は2人だけのサークル「モアイ」を立ち上げます。
秋好の存在がなくなり、意識高い系のサークルへ変貌していく「モアイ」。楓は秋好の意思を引き継ぎ、真の「モアイ」を取り戻そうとします。
映画『青くて痛くて脆い』について、原作との違いを比較し、作品をより深く考察していきます。
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