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Entry 2020/08/15
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映画『友達やめた。』感想評価と考察解説レビュー。コミュニケーションの壁を乗り越える心の越境ドキュメンタリー|だからドキュメンタリー映画は面白い53

  • Writer :
  • 松平光冬

連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』第53回

友達って、ハンディキャップって、コミュニケーションって何?

今回取り上げるのは、2020年9月19日(土)より新宿K’s cinemaほか全国順次劇場公開、オンライン配信も同時スタートされる映画『友達やめた。』です。

聴覚障がいを持つ今村彩子監督が、アスペルガー症候群の友人・まあちゃんとの関係を、自らのカメラでありのままを映し出します。

【連載コラム】『だからドキュメンタリー映画は面白い』記事一覧はこちら

映画『友達やめた。』の作品情報

(C)2020 Studio AYA

【公開】
2020年(日本映画)

【監督・撮影・編集】
今村彩子

【構成】
山田進一

【音響効果】
野田香純

【音楽】
やとみまたはち

【キャスト】
わたし(今村彩子)、まあちゃん

【作品概要】
『珈琲とエンピツ』(2011)、『Start Line』(2016)などのドキュメンタリー映画を手がけてきた今村彩子監督の作品です。

ろう者である今村監督が、アスペルガー症候群の友人との関係を、2017年秋から自らカメラを回して撮影。2人のやりとりから、ハンディキャップとは何か、人間関係とは何かといった様々な問題と向き合っていきます。

映画『友達やめた。』のあらすじ


(C)2020 Studio AYA

空気を読みすぎて疲れてしまい、人と器用につき合うことができない、アスペルガー症候群の「まあちゃん」。

かたや、理解があるような顔で、内心悶々としたものをかかえる、映画監督の「わたし」。

些細なことでギクシャクする間柄を繰り返す2人が、これからも友だちでいるためにはどうすればいいか。

そう考え、「わたし」はカメラを回しはじめますが、たどり着いたのは、「友達やめた」という結論でした。

はたして、2人の関係はどうなる?

マイノリティとディスコミュニケーション


(C)2020 Studio AYA

本作は、撮影者でもある、聴覚障がいを持つ「わたし」こと今村彩子監督(あやちゃん)と、友人の「まあちゃん」の2人を被写体としています。

発達障がいの一種とされる、アスペルガー症候群の「まあちゃん」は、聴覚過敏の併発もあり、「わたし」との対話を手話で行います。

プライベートはもちろん、映画制作時の編集作業を手伝ってもらうなど、仕事面においても「まあちゃん」と関わり合いを持つ「わたし」は、ハンディキャップを抱える者同士として、何でも分かり合えると思っていました。

しかし、相手の思考を思ったり、気配りすることを不得手とする「まあちゃん」との間に、次第にコミュニケーションの齟齬=ディスコミュニケーションを感じるようになっていきます。

聴覚障がい者というマイノリティであると自覚していたはずの「わたし」が、「まあちゃん」と接するとマジョリティ側になってしまう。

「まあちゃん」とのディスコミュニケーションは、それがアスペルガーから来るものなのか、それとも彼女自身の性格から来るものか、といった疑問も生じるようになります。

合わせ鏡な2人


(C)2020 Studio AYA

「わたし」である今村監督は、「コミュニケーションとは何か、ハンディキャップとは何か」というテーマを、自身を被写体に追究し続けてきました。

前作『Start Line』では、監督が沖縄から北海道まで健常の伴走者と一緒に自転車で旅をする様子を、カメラに収めています。

旅を続けていくうちに、疲労から伴走者の話を聞くのを止めたり、自分が聴覚障がい者だからと卑屈になり、周囲への気遣いを面倒がっていく監督。

そんな彼女に対し伴走者は、ハンディキャップが必ずしもコミュニケーションの妨げの原因になるわけではないと、何度も叱責します。

『Start Line』での監督と伴走者は、本作での「わたし」と「まあちゃん」であり、さらには「わたし」と「まあちゃん」は合わせ鏡な関係にも見えてきます。

参考映像:『Start Line』(2016)

本作を観ていると、デヴィッド・フィンチャー監督作『ソーシャル・ネットワーク』(2011)を連想させます。

世界最大のソーシャルネットワーキングサイト「Facebook」の創設者マーク・ザッカーバーグの半生を描いたこの作品では、明示はされていないものの、主人公のザッカーバーグが他人の思考を察することができない、一種のアスペルガー症候群の人物であるかのように描かれています(実在のザッカーバーグがアスペルガーとは公表されていない)。

喜怒哀楽の感情も表に出さないザッカーバーグは、次第にFacebookを取り巻くビジネスの潮流に呑み込まれ、ついには友人にして共同経営者のエドゥアルドとの関係にも変化が生じていきます。

しかしながら、本作の「まあちゃん」はザッカーバーグとは違い、笑顔を絶やしませんし、涙も流します。

何よりも、「わたし」からの不満を受け、自身のハンディキャップを自覚しつつ、「わたし」に歩み寄ろうとする姿勢を見せます。


(C)2020 Studio AYA

終盤、徐々に「わたし」の中に沸いていた「まあちゃん」への不満が、とある理由で一気に噴出する事態に。

『ソーシャル・ネットワーク』でのザッカーバーグは、Facebook上で数百万もの知人を作っていく一方で、直に対話できる一人の友だちを失います。

ザッカーバーグのように、「わたし」と「まあちゃん」も、「友達やめた。」状態になってしまうのか?

その後の顛末は是非とも本編を観てもらうとして、一つ言えるのは、ディスコミュニケーションは、新たなコミュニケーションを生むきっかけにもなるということです。

映画『友達やめた。』は、2020年9月19日(土)より劇場公開とオンライン配信を同時スタート。新宿K’s cinemaほか全国順次公開です。

次回の連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』もお楽しみに。

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