連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』第43回
“世界でいちばん貧しい大統領”と呼ばれた男の、激動の人生。
今回取り上げるのは、2020年3月27日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほかで公開の『世界でいちばん貧しい大統領 愛と闘争の男、ホセ・ムヒカ』。
世界三大映画祭で絶賛されたエミール・クストリッツァ監督が、5年の制作年月をかけて、予想外の政策を次々打ち出してきた元ウルグアイ大領領、ホセ・ムヒカの功績と過去を掘り起こします。
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CONTENTS
映画『世界でいちばん貧しい大統領 愛と闘争の男、ホセ・ムヒカ』の作品情報
【日本公開】
2020年(アルゼンチン・ウルグアイ・セルビア合作映画)
【原題】
El Pepe, Una Vida Suprema
【監督・脚本・キャスト】
エミール・クストリッツァ
【製作】
ウーゴ・シグマン
【編集】
スベトリク・ミカ・ザイッチ
【キャスト】
ホセ・ムヒカ、ルシア・トポランスキー
【作品概要】
『アンダーグラウンド』(1995)、『オン・ザ・ミルキー・ロード』(2016)などで知られる巨匠、エミール・クストリッツァ監督による3作目のドキュメンタリー。
南米ウルグアイの第40代大統領で、“世界で最も貧しい大統領”と称されたホセ・ムヒカに、クストリッツァ自ら2014年から約1年間密着。
想像を絶する半生を経て、大統領として国民に親しまれたムヒカの人物像に迫ります。
映画『世界でいちばん貧しい大統領 愛と闘争の男、ホセ・ムヒカ』のあらすじ
収入の大半を貧しい人々のために寄付し、職務の合間にはトラクターに乗って農業に勤しむ。
まん丸な体と優しい瞳。風変わりだけど自然体で大統領という重責を担った、南米ウルグアイの第40代大統領ホセ・ムヒカ。
そんな彼に興味を示した映画監督がいました。
祖国ユーゴスラビアの混沌とした時代と庶民をパワフルに描き、世界三大映画祭で絶賛された名匠エミール・クストリッツァ。
祖国が度重なる悲劇に見舞われたクストリッツアは、自ら旧式のフォルクスワーゲンを運転して政務に就くムヒカを、「世界でただ1人腐敗していない政治家」と評価し、2014年から彼に密着。
翌15年に大統領としての任期を満了する感動の瞬間までを、カメラに収めました。
ホセ・ムヒカとは?
本作の被写体である、“ペペ”の愛称で呼ばれるホセ・ムヒカ(本名ホセ・アルベルト・ムヒカ・コルダーノ)は、1950年代中盤から祖国ウルグアイで政治活動にのめり込み、60年代中盤にゲリラ組織「トゥパマロス」の人民解放運動に参加。
それにより何度も投獄されたり、何発も銃弾を浴びたりするも、1995年に国会議員となり、ついに2010年にウルグアイ大統領に就任します。
大統領になっても給料の大半を貧しい人々に寄付し、移動では愛車のワーゲンを自ら運転し、海外に行く際も他国の大統領専用機に同乗させてもらい、公邸に住まず農場で質素に暮らす彼は、いつしか“世界でいちばん貧しい大統領”と呼ばれるように。
そんなムヒカが一躍注目を浴びたのは、2012年にブラジルで行われた「国連持続可能な開発会議」でのスピーチ。
環境機器を引き起こしている真の原因は消費至上主義であり、経済発展は必ずしも人類の幸せに結びついていないという現状を訴えたのです。
このスピーチはまたたく間に世界中に広がり、翌2013年と14年のノーベル平和賞にノミネートされるほどの影響を与えました。
またムヒカは2013年に、世界で初めてマリファナの合法化に踏み切ったことでも話題に。
そのマリファナ合法化をコミカルに描いたウルグアイ映画『ハッパGoGo 大統領極秘指令』(2019)では、ムヒカも本人役でゲスト出演し、なかなかの役者ぶりを見せています。
冴えわたるユーモアセンスの裏に隠れる闘士の顔
本編開始冒頭、ブラジル南部の名物マテ茶を飲もうとするムヒカが映ります。
しかし、最初のひと口をストローで吸ったかと思えば、飲み込まずにすぐに吹き捨ててしまいます。
つぶらな丸い瞳とふくよかな体格から、温和な雰囲気を漂わせる彼ですが、何もそれは見た目だけではありません。
政務に向かう際は青の旧式フォルクスワーゲンで移動し、町での買い出しも自分で行います。
姿を現せばあっという間に市民に囲まれ、握手や写真を求められても嫌な顔一つすることなく応じる。
そんな彼が口を開けば、出てくるのはユーモアに満ちた言葉。
「前立腺を患っている人向けに携帯電話にトイレを付けてほしいね」と、自身の病状と携帯電話の利便性をかけたかと思えば、エミール・クストリッツァ監督に「大富豪のように大金を持っていたら?」と問われると、「だまされないよう必至に警戒する。それを心配するだけの人生さ」と洒落っ気たっぷりに返す。
言葉のチョイスだけでも彼がクレバーな人物であることが察せますし、一躍注目を浴びた国連持続可能な開発会議でのスピーチでも、それは伺い知れます。
しかし、そうした朗らかな顔の裏には、極貧家庭で育ち、トゥパマロスの一員としてウルグアイ政府と闘い、13年に及ぶ苛烈な拘留生活を過ごしてきた一面があります。
参考映像:Netflix映画『12年の長い夜』(2018)
本人も、「拳銃を手に銀行強盗をした時は最高だったよ」と、ゲリラ時代の行為をサラッと言ってのけます。
とかく公人に聖人君子ぶりを求める今の日本では、そうした人物が過半数以上の得票を集めて国家元首に選ばれること自体、ありえないことかもしれません。
なお、Netflix映画『12年の長い夜』(2018)では、若き日のムヒカが政治犯として独房に監禁されていた12年間が描かれています。
破天荒・反骨心を追い求める監督エミール・クストリッツァ
『アンダーグラウンド』、『オン・ザ・ミルキー・ロード』に代表されるように、登場人物たちの予想知れぬエキセントリックな行動や、狂喜乱舞する映像表現を多用するエミール・クストリッツァ監督。
そんな彼はドラマ映画以外に、2本のドキュメンタリー映画を手がけています。
自らギタリストとして参加するバンド「ノー・スモーキング・オーケストラ」のツアーを追った最初のドキュメンタリー『SUPER 8』(2001)は、ステージ上での破天荒なパフォーマンスや、実子でドラマーのストリボルと親子ゲンカ(!)を繰り広げるなど、いかにもクストリッツァらしい内容でした。
続く第2作『マラドーナ』(2008)では、数々のスキャンダルで世間を騒がせた伝説のサッカー選手、ディエゴ・マラドーナに密着しており、これまたクストリッツァならではな被写体のチョイスと言えます。
そして第3作となる本作の被写体であるムヒカも、武力による社会主義革命を目指して闘い、ついに大統領にまで上り詰めたという、波乱万丈すぎる人生を送ってきた人物。
それこそ、民族や宗教対立で祖国ユーゴスラビアが分断してしまったクストリッツァが、政府からの弾圧に屈しなかった彼に、強い思い入れを抱いたのも当然と言えましょう。
ムヒカを映すカメラアングルが、時おりドラマ映画的な演出を感じるあたりは、ご愛嬌といったところでしょうか。
立場は変わっても不変なもの
クストリッツァが約1年追い続けて迎えたクライマックスは、大統領職を終えるムヒカの姿です。
任期満了の日も、いつものように青のワーゲンで政務に向かいますが、驚くべきは見送りをしようと沿道に集まる人たちの多さ。
ここまで任期満了を惜しまれる大統領がほかにいただろうか、と思わせるほどの声援を受けながら、ムヒカは感動的な最後の挨拶を述べます。
大統領としての職務を全うした翌日も、いつものように自宅でマテ茶を口に含んで、すぐに吹き捨てる。
クストリッツァから吹き捨てる理由を聞かれ、「最初のひと口目は苦いんだよ」と微笑みながら答えるムヒカ。
彼がいたトゥパマロス内では「苦いマテ」という名の機関誌を発行し、情報共有に努めていたと云われます。
ゲリラ活動や拘留生活など、傍目には苦いことだらけな人生を過ごしてきたように見えるかもしれませんが、彼にしてみれば、それらも単なる“最初のひと口”に過ぎなかったのかもしれません。
次回の連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』もお楽しみに。
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