連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』第15回
アメリカの女性や若者たちから絶大な尊敬を集める、「RBG」とは何者?
『だからドキュメンタリー映画は面白い』第15回は、2019年5月10日から日本公開される『RBG 最強の85才』。
85歳(2019年3月で86歳)で現役の最高裁判所判事としてアメリカで広く知られる女性、通称「RBG」ことルース・ベイダー・ギンズバーグの軌跡をたどります。
【連載コラム】『だからドキュメンタリー映画は面白い』記事一覧はこちら
CONTENTS
映画『RBG 最強の85才』の作品情報
【日本公開】
2018年(アメリカ映画)
【原題】
RBG
【監督】
ジュリー・コーエン、ベッツィ・ウェスト
【キャスト】
ルース・ベイダー・ギンズバーグ、ビル・クリントン、バラク・オバマ、シャナ・クニーズニク
【作品概要】
若き弁護士時代からアメリカの法を変え、最高齢の女性最高裁判事となった「RBG」こと、ルース・ベイダー・ギンズバーグの軌跡をたどったドキュメンタリー。
監督とプロデューサーを、ジュリー・コーエン、ベッツィ・ウェストの2人の女性が担当。
本作は、第91回アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞及び、ジェニファー・ハドソンが歌うバラード『I’ll Fight』が歌曲賞にノミネートされました。
映画『RBG 最強の85才』のあらすじ
1933年ニューヨーク、ブルックリンで生まれたルース・ベイダー・ギンズバーグ。
弁護士時代から、女性やマイノリティの権利発展に努めたのみならず、男性を含めた性差別撤廃なども目を向けてきました。
そんな彼女は、1993年にビル・クリントン大統領に、女性として史上2人目となる最高裁判事に指名。
以降、若者を中心に絶大な支持を得るアイコン「RBG」となった彼女は、いかにして誕生したのか。
ルースの家族や友人、同僚へのインタビューを踏まえた彼女の知られざる素顔に触れつつ、終生彼女を支え続けた夫マーティンとの夫婦愛も描かれます。
伝記映画も製作されたルース・ベイダー・ギンズバーグとは?
アメリカでは「RBG」の愛称で知られる、ルース・ベイダー・ギンズバーグ。
2019年時点で86歳となる彼女は、現役の連邦最高裁判事です。
ほとんど男性が占めた1950年代後半のアメリカの法曹界において、弁護士を目指したルースは、自身も性差の壁に直面しながらも、男女平等を巡る裁判6件を最高裁で争い、うち5件で勝訴するなど、男女差のある法律を一つ一つ覆していきました。
日本では2019年3月に公開された伝記映画『ビリーブ 未来への大逆転』では、オスカーノミネート女優のフェリシティ・ジョーンズがルースを熱演。
ルースが1971年に取り組んだ、母親を介護する独身男性のヘルパー代の税控除認可を求める裁判が描かれました。
参考映像:『ビリーブ 未来への大逆転』予告
グッズも発売、アメリカで最も尊敬される女性に
ルースの“RBG”という愛称が誕生したきっかけは、一人のロースクールの女学生でした。
ルースが裁判の際に発するリベラルな立場での意見(その大半が反対表明)に感銘を受けた学生のシャナ・クニーズニクが、24歳で夭折したヒップホップアーティストのノトーリアスB.I.G.にちなみ、2013年6月に「ノトーリアスRBG」というタイトルのブログを開設。
このブログに、ルースの数々の発言や彼女の写真が続々と投稿されたことで、若い女性を中心に熱狂的な支持を獲得し、彼女は80歳にしてブレイクを果たします。
その人気ぶりは、絵本の題材になったり、Tシャツ、マグカップといったノベルティグッズまで作られるほど。
また、アメリカの長寿バラエティ番組『サタデーナイト・ライブ』では、コメディエンヌのケイト・マッキノン(2016年のリブート版『ゴーストバスターズ』に出演)がルースに扮したコントも作られました。
ちなみに、本作ではルース本人がこの番組を観て感想を言うシーンもあります。
参考映像:『サタデーナイト・ライブ』のRBGコント
オシャレにも気を配り、素晴らしすぎる夫に支えられる
全米で性別・人種問わず愛されているルースですが、本作で映し出される彼女は、至って謙虚で控えめです。
それでいて、最高裁時に着る法服に飾り襟を付けるセンスの良さを発揮すれば、時間を見つけてはワークアウトに勤しみ、趣味のオペラ観劇に足を運びます。
一方で家族との時間も大切にし、孫娘との会話も楽しみます。
家族といえば、彼女を支え続けた夫マーティンとのエピソードも。
『ビリーブ 未来への大逆転』では、妻に深い愛情を注ぎサポートしていたマーティンの姿が描かれましたが、劇中での内助の功ぶりが決してフィクションではなかったことが、本作で伺えます。
映画製作前と完成後で大きく揺れたアメリカ
本作『RBG 最強の85才』の製作が本格始動したのは2015年1月ですが、監督とプロデューサーを共に兼任したジュリー・コーエンとベッツィ・ウェストの2人は、それより前からルースを被写体としたドキュメンタリー企画を進めていました。
そして、伝記映画の『ビリーブ 未来への大逆転』も、2014年時点で脚本の草稿が出来上がっています。
2作とも時系列的に見て、RBG人気が急上昇したことが企画立案の根本要因となったのは、ほぼ間違いないでしょう。
しかし、これらの作品が製作され公開された2015年から2018年のアメリカでは、いくつかの予期せぬ事態が起こりました。
一つは、2016年のドナルド・トランプ大統領就任。
移民排斥や人種差別的な言動に加え、自身の過去のセクハラ騒動まで取り沙汰されるなど、ルースが長年尽力してきた人権発展や差別撤廃の真逆をいく人物が、アメリカのトップになってしまったのです。
そしてもう一つは、2017~18年の「#MeToo」、「Time’s Up」運動です。
ハリウッドの大物映画プロデューサーのハーヴェイ・ワインスタインによる、女優たちへの長年のセクハラ行為が明るみになって以降、SNSでハッシュタグ「#MeToo」を付けての告発が、世界中に拡散。
それに追随するように、社会的・経済的待遇を含むあらゆる差別やハラスメントを撲滅する「Time’s Up」基金が設立されました。
こうした運動も、元をたどればトランプ政権発足が関係していると思われ、さらに言うとルースはトランプについて、彼が大統領候補者だった頃から「偽善者」と非難しています。
映画の企画立案こそルース人気にあやかったものかもしれませんが、いざ作品が完成・公開された頃には、この2作品が大きな意味合いを持って迎えられることになるとは、製作者たちも予想だにしていなかったのではないでしょうか。
「私の仕事はまだ終わっていない」
近年、ルースは2度のがん手術を行ったり、2018年11月には転倒して肋骨を折るケガを負ったりしているため、体力的にも年齢的にも引退が囁かれています。
そうした声に対し彼女は、「限界を感じたら身を引くと思う」と言いつつも、一方で「私の仕事はまだ終わっていないから、それまでは辞められない」とも答えています。
性格は謙虚で控えめながらも、言うべきことは言う。
「男性判事は性差別の存在を知らないから、幼稚園の先生になったつもりで説き続ける」といった語録を数多く残してきた80代のワンダーウーマン、RBG。
そんな彼女は、今日もダンベルを持ち上げるのです。
次回の「だからドキュメンタリー映画は面白い」は…
次回は、2016年公開の『マイケル・ムーアの世界侵略のススメ』。
『ボウリング・フォー・コロンバイン』(2003)のマイケル・ムーア監督が、アメリカ政府の片棒を担ぎ、世界で侵略と略奪(?)の限りを尽くします。