連載コラム「最強アメコミ番付評」第38回戦
こんにちは、野洲川亮です。
今回は、故ヒース・レジャーがバットマンの宿敵ジョーカーを演じ、大きな話題を呼んだシリーズ第2作の『ダークナイト』(2008)を考察していきます。
『ジョーカー』の全世界的大ヒットで注目が高まる、ジョーカーというキャラクター像を中心に、その魅力に迫っていきます。
CONTENTS
『ダークナイト』のあらすじとネタバレ
ピエロのマスクをした集団が、ゴッサムシティの銀行に強盗に入ります。
ジョーカーに命令されたという集団は、それぞれの役割を終え次第、お互いを殺すように指示されており、最後に残った一人がマスクを外すと、それが顔を白塗りにしたジョーカー本人(ヒース・レジャー)だったのです。
一方でバットマンことブルース・ウェイン(クリスチャン・ベイル)はゴッサムの自警団として、スケアクロウ(キリアン・マーフィー)とマフィアたちの麻薬取引を潰すなど、ゴッサムのはびこる犯罪組織を抑え込んでいました。
バットマンだけでなく、ゴッサム市警のジム・ゴードン警部補(ゲイリー・オールドマン)や、新任検事のハービー・デント(アーロン・エッカート)の奮闘により、ゴッサムの治安は好転しつつあったのです。
“光の騎士”として活躍するハービーの姿を見て、バットマンの引退を決意し、かつて将来を誓い合ったものの、今はハービーの恋人になったレイチェル(ケイティ・ホームズ)との仲を取り戻すことを意識しだします。
バットマンやハービーに追い詰められ、ジョーカーにマネーロンダリングの資金を強奪されたマフィアたちは会合を開いていました。
そこには、ブルース・ウェインの会社、ウェイン産業と合弁事業を行う予定になっているラウ社長もテレビ電話で参加しており、捜査の手が及ぶ前に資金を全て香港に移して、自身も香港に逃れようとしていました。
そこへ突然ジョーカーが乱入し、マフィアの邪魔になるバットマンを始末する代わりに、資金の半分もらうと提案し、その場を去ります。
一部のマフィアはジョーカーに懸賞金をかけて殺そうとしますが、逆に返り討ちに遭ってしまい、その様子を見ていたマフィア幹部たちは、ジョーカーの提案を受け入れることにします。
ラウが持つマネーロンダリングの証拠をおさえるため、バットマンは香港へと向かいラウの身柄を確保、ゴッサムへ連れ戻しました。
ラウの持つ証拠を元に、ハービーは500人以上のマフィアを逮捕、起訴し、組織に大ダメージを与えます。
そんな中、バットマンに正体を明かせと脅迫し始めたジョーカーは、市警本部長、裁判長を殺害、さらにウェインのパーティーに参加していたハービーを狙い、会場に乱入します。
ハービーを隠れさせ、ビルから突き落とされたレイチェルを間一髪で救ったバットマン、しかしジョーカーは次に市長を狙うことを宣言します。
そして本部長の葬儀の最中、警官に変装していたジョーカーが市長を狙い発砲、体をはって市長をかばったゴードンでしたが、銃弾を受け死亡してしまいます。
自分のために次々と死人が増えていく状況に悩んだバットマンは、“光の騎士”ハービーにゴッサムを託すことを告げ、正体を明かすことを決意しました。
翌日ハービーは記者会見を開き、バットマンがこの場で正体を明かすと話し、ブルースが名乗り出ようとしますが、ハービーは自分がバットマンであると宣言し、警察に連行されます。
これはジョーカーをおびきだすためのハービーの作戦で、狙い通り護送中のハービーをトラックに乗ったジョーカー一味が襲撃に現れました。
バットマンも交えた激しいカーチェイスの末、ジョーカーはバットマンに自らをひき殺させようとしますが、バットマンはジョーカーを避けて転倒し気絶します。
マスクをはがそうとするジョーカーでしたが、死を偽装して護送に参加していたゴードンによって取り押さえられ、警察所へ連行されます。
ついにジョーカーを捕らえた警察は、次の市警本部長にゴードンを指名し盛り上がりますが、ジョーカーのスパイとなっていた警官の手引きにより、ハービーとレイチェルがそれぞれ別の場所に監禁されてしまいます。
警察の取調室でジョーカーを尋問したバットマンは、二人の居場所を聞き出し、バットマンはレイチェルの元へ、ゴードンはハービーの元へと救出に向かいます。
その間に警官を人質に取ったジョーカーは携帯を要求し、電話をかけます。
すると同じ署内で捕まっていた男の腹が爆発、ジョーカーは同じく拘束されていたラウを連れて逃走します。
監禁場所に到着したバットマンですが、ジョーカーが告げたのは反対の場所で、そこにはレイチェルではなくハービーの姿がありました。
ゴードンの救出は間に合わずレイチェルは爆弾の爆発で死亡、バットマンに救出されたハービーも顔半分に大火傷を負ってしまいます。
レイチェルは死亡前にブルースの執事アルフレッド(マイケル・ケイン)に、ブルース宛ての手紙を託していました。
そこにはバットマンを辞めたとしても、自分はハービーと結婚すると記されていました。
しかしアルフレッドは、レイチェルは自分を選ぼうとしていたと勘違いしているブルースを見て、手紙を渡せませんでした。
正義、秩序、善意、全ての常識と欺瞞を破壊する“混沌の使者”ジョーカー
クリストファー・ノーランが、バットマン誕生を描いた『バットマン ビギンズ』(2005)に続き監督を務めた、最強の敵ジョーカーとの戦いを描いたシリーズ三部作の第2弾。
その中心を担ったのはタイトルロールのバットマンではなく、原作コミックではおなじみの宿敵ジョーカーでした。
ヴィランとしてのジョーカーの特徴は、怪力や超能力といったものではなく、底知れぬ悪意を武器に知略と奸計で相手を陥れていくことにあります。
本作でもジョーカーはバットマンや警察と対峙する際、人並み以上の戦闘力があることは見られるものの、それを行使するような場面はわずかで、戦闘ではバットマンに到底かないません。
ですが、ジョーカーの目的は戦いに勝つことではなく、時には自分の命すらも軽々しく賭けながら、正義や秩序を守るような存在を悪の道へと陥れることなのです。
それは中盤のカーチェイスシーンで、バットポッドに乗り向かってくるバットマンに対し、「俺を轢け!」と叫び銃を乱射するシーンが象徴的でしょう。
さらに、その悪意を向ける対象はバットマンだけでなく、一般人にも及びます。
クライマックスでジョーカーは、一般人が乗るフェリーと囚人用の船に爆弾を仕掛け、お互いの船の起爆装置を乗客たちに渡します。
それは自分の命を助かるために他人を犠牲にするという状況を強いて、人々の持つ善意を揺さぶるゲームでした。
劇中では船に乗り合わせた人々はジョーカーのゲームには乗らず、起爆装置を押さず善意を示してみせます。
しかし、“光の騎士”ハービー・デントはジョーカーの計略にハマり、復讐のための殺人を犯してしまい、ゴッサムの人々にとっての正義の象徴を悪へと堕としてみせます。
ジョーカーに勝たせないために、止む無くバットマンは殺人の濡れ衣を被り、自らを盾にして正義を守り抜きます。
そうまでして守った仮初めの正義はしかし、続編で完結作となる『ダークナイト・ライジング』の劇中で白日の下にさらされてしまいました。
こうして全ての常識と欺瞞を破壊する“混沌の使者”、ジョーカーとバットマンの戦いはジョーカーの大勝利に終わります。
本作公開当時の2008年に社会に漂っていた閉塞感、不安、恐怖を煽り、破壊していくジョーカーの姿は、絶対的な悪のシンボルであり、それと同時に人々が抱く不満や怒りの象徴にもなっていました。
それが本作のジョーカーにカリスマ的な存在としての評価を与え、映画史に残るキャラクターとして語り継がれることに繋がっていったのです。
そして、その社会的背景は『ジョーカー』(2019)が世界的な大ヒットとなった現在でも続いているということが言えるでしょう。
命を燃やした役作りでジョーカー役に挑んだヒース・レジャー
ジョーカーを演じたのは、『ブロークバック・マウンテン』(2005)でアカデミー主演男優賞を受賞した、若手演技派のヒース・レジャーでした。
当時、演技派ではあったものの、スマートなビジュアルを持つレジャーは絶対悪の象徴のジョーカー役にふさわしくない、という批判も一部では挙がっていたそうです。
実際にレジャーは『バットマン・ビギンズ』(2005)でバットマン役の候補に挙がっていたと言い、当時ヴィランを演じるイメージはありませんでした。
そんな声を吹き飛ばすかのように、レジャーは1ヶ月以上ホテルにこもって家族や友人と連絡を絶つ役作りを敢行し、ジョーカーが持つ悪意やサイコパスを表現することに成功します。
得体のしれない悪のカリスマを見事に演じきったレジャーの演技は絶賛を浴び、アメコミ映画としては初めてのアカデミー賞助演男優賞を受賞しました。
ただ、その栄光は彼がこの世を去ってからのものでした。
薬物の過剰摂取による死後、レジャーのアパートではバットマンやジョーカーにまつわる資料が大量に見つかったそうで、彼の死の原因にジョーカー役があったのではと噂は世界中にあふれました。
その後、レジャーの家族からの「彼はジョーカー役を楽しんでいた」という証言、また婚約の解消も重なっていたこともあり、その噂は否定されましたが、死亡時期が撮影終了から公開前だったこと、何より観客を圧倒した魂の演技が噂に信ぴょう性を持たせてしまったのでしょう。
ジョーカーが完成させたノーラン監督の“リアル路線”
『バットマン&ロビン Mr.フリーズの逆襲』(1997)以来、10年以上の時を経てシリーズを復活させるにあたり、クリストファー・ノーランが表明したのは人間ドラマに重きを置き、より現実的な描写を強調した“リアル路線”でした。
しかし、シリーズ第1作となる『バットマン ビギンズ』で描かれたゴッサムシティは、街中から煙が立ち込める幻想的な雰囲気があり、登場するキャラクター、エピソードも、まだコミック然としていました。
シリーズ第2弾の本作において、ノーランは目指していた世界観に到達することになります。
ロケ地となったシカゴの雰囲気をそのまま残した街並みは、現地に詳しい人にすればすぐにピンとくる場所ばかりで、その生々しさは観客にこの映画が創作されたフィクションの世界ではなく、現実と地続きの世界で起こっているストーリーだと認識させるものになりました。
そして、その世界観を完成させる役割を果たしたのが、主役バットマンを喰らう存在感を発揮したジョーカーです。
『バットマン ビギンズ』のリーアム・ニーソンが演じたラーズ・アル・グール、シリーズ第3作の『ダークナイト ライジング』(2012)でトム・ハーディが演じたベイン、共にどことなくリアル路線というよりは、現実離れしたヴィランでした。
比較してヒース・レジャーのジョーカーも、もちろんコミックのキャラクターではあるものの、どこか現実にいる人物が、狂気の果てに行きついたようなリアリティーを感じさせ、それがまた本作のリアル路線の説得力を強めていきます。
例えば、ヒース・レジャーが役作りの一環として自ら行った白塗りメイクの仕上がりは、『バットマン』(1989)でのジャック・ニコルソン版ジョーカーと比べると、明らかにくすんで所々ムラのある不完全なものですが、これも精神が破たんしているジョーカーが自ら施した姿を容易に想像させ、ここでもやはりジョーカーの存在が世界観を前に進めています。
監督が示した映画全体のリアリティーラインと、それを的確に読み取った表現を見せたキャストのアンサンブルが、本作の評価を確実なものとしました。
そして近年のアメコミ映画史において本作は伝説的な存在となり、現在に至るまで大きな影響を与え続けているのです。
次回の「最強アメコミ番付評」は…
いかがでしたか。
次回は、MCUに参戦決定し再映画化となるアクションシリーズ『ブレイド』を考察していきます。
お楽しみに!