第32回東京国際映画祭・アジアの未来『死神の来ない村』
2019年にて32回目を迎える東京国際映画祭。令和初となる本映画祭が2019年10月28日(月)に開会され、11月5日(火)までの10日間をかけて開催されました。
この映画祭の「アジアの未来」部門は、これまでの製作履歴が長編3本目までの新鋭監督によるアジア地区の作品を対象としたもので、「作品賞」と「国際交流基金アジアセンター特別賞」(監督賞に相当)を目指して競い合います。
その一本として、イランのレザ・ジャマリ監督による映画『死神の来ない村』が上映されました。
そして本作はこの部門で「国際交流基金アジアセンター特別賞」を受賞しました。
CONTENTS
映画『死神の来ない村』の作品情報
【上映】
2019年(イラン映画)
【英題】
Old Men Never Die
【監督】
レザ・ジャマリ
【キャスト】
ナデル・マーディル、ハムドッラ・サルミ、サルマン・アッバシ、ネダ・ハグシェナス、ウェラタト・クープデル、セファト・アハリ、ラスル・アリネジャド
【作品概要】
45年間、一人の死者も出ていないという長寿の村を舞台に、不死の老人たちをめぐる大人の寓話を描きます。
どちらかというと少年少女が主人公というケースの多いイラン映画ですが、劇中で最も登場するのはほとんどが老人であり、その意味でも非常にユニークな作品となっています。
レザ・ジャマリ監督のプロフィール
1978年生まれ、イラン、アルダビール出身映画製作を学んだあとに、数多くの短編映画を製作し国内外の映画祭で多数の映画賞に輝きました。そして今作が長編として初の監督作品になります。
映画『死神の来ない村』のあらすじ
若いころに軍隊で過酷な生活を送ってきたアスラン。いまや100歳となった彼が村にやってきてから45年間、村の中では一人の死者も出ていませんでした。
老人で埋め尽くされた村。中にはアスランの軍隊時代の不祥事が村に呪いをもたらしたという噂まで流れ出す始末。そして老人たちはもはや死ぬためには自殺するしかないと思いはじめ、それぞれが死に向けて様々な思いをめぐらせていきます。
映画『死神の来ない村』の感想と評価
本作は、改めて「死」とは何なのだろうかと、考えさせられる映画です。物語は山奥ののどかな風景から幕を開けます。
そこで「早く死にたい」とのたまう主人公アスランと、彼の“自殺行為”をいつも邪魔するボランティア兵が登場。
そしてあの老人も、この老人も井戸端会議で口をひらけば「いよいよ死人が出るのか?」「いつ死ぬんだ?」などとおっかない言葉が。
しかしその光景は、かなり滑稽に見えます。温泉に入れば窒息して死んでやろうとお湯に潜り、ボランティア兵から無理やり引きずり出されて湯冷めの光景へ。ここまでくるとさすがにコント劇にしか見えてきません。
それ故に「死」という存在の正体を、改めて考えることになります。人はいつかは死ぬ運命にありますが、それを敢えて求める人たちもいる。勝手に訪れるものかと思えば、無理やり手に入れようとするものもいる。
できれば死にたくないと考える人がいる一方で、逆に受け入れたいとユーモラスに構える人がいる。「死」とは恐怖の象徴であるという考えが、必ずしもそうではないとも考えられるわけです。
そういった概念を、100歳を超える老人たちばかりが住むコミュニティーでの生活を通して描くわけですから、特別に奇抜な感じを見せているわけではない一方で、非常に哲学的な理論を考えさせてもくれます。
死を待つ老人と、それを阻む若者たち。その対比が非常に整然としていて、かつ改めて人はどう生き、終わりを迎えていくか、その心構えなどをはっきりと心に植え付けてくれるような作品です。
第32回東京国際映画祭「審査委員特別賞」受賞コメント
11月5日におこなわれた映画祭のクロージングにて、本作が「アジアの未来」部門で「国際交流基金アジアセンター特別賞」を受賞したことが発表され、レザ監督が受賞の喜びを語りました。
レザ:この作品は私のデビュー作であり、この作品で東京国際映画祭においてこのような素晴らしい賞を頂けて、嬉しく思います。
この映画を作るとき本当に手ぶらでしたし、プロデューサーがいなければ、この作品はできませんでした。そしてまた辛く大変なときを一緒に過ごしてくれた奥さんにも感謝しています。
時差ボケで 2 時間くらいしか寝られなかったですが、これで今夜も興奮して寝られないと思います。
実は今、2本目の作品の撮影が終わったばかりでポスプロに入るところなのですが、今回の受賞は自分の目線を大事にして、また次の作品を作るときの自信につながっていくと思います。
まとめ
物語の老人たちにとって、ある意味「死」こそが老人たちの「生きる希望」であるという、非常に滑稽なテーマを描いたこの寓話。
一方で生きる目的を見失い、「生きる」という意味を見出せず悩む少年、少女たちがこの世の中にはいます。対照的に長く生きられないことに関して深い絶望感を抱く人もいます。
そういった現状に、この映画は何か深い疑問を投げかけているようにも見えます。
長く生きたから、あるいは人生に希望がないから人生を終えようとするのか、あっという間に閉じていく生涯には、果たして長く生きられる人生に比べて希望はないのか、など人それぞれの生き方に対して、いろんなことを考えさせてくれることでしょう。