第32回東京国際映画祭・国際交流基金アジアセンターpresents CROSSCUT ASIA部門「フォークロア・シリーズ『母の愛』『TATAMI』」
2019年にて32回目を迎える東京国際映画祭。令和初となる本映画祭が2019年10月28日(月)に開会され、11月5日(火)までの10日間をかけて開催されました。
「CROSSCUT ASIA」は、アジアの国、監督、テーマなど、様々な切り口でアジアの現在(いま)を鋭く切り取った特集上映をおこなっており、TIFFの一部門として2014年に開催されてから今回で第六回となります。
その一本として、シンガポールのエリック・クー監督の総指揮によるオムニバス映画「フォークロア・シリーズ」の第一弾『母の愛』と第二弾の『TATAMI』が上映されました。
会場には来日ゲストとして「フォークロアシリーズ『母の愛』」のジョコ・アンワル、「フォークロアシリーズ『TATAMI』」の齊藤工監督と、俳優の北村一輝が登壇。またレッドカーペットには映画『TATAMI』に出演した神野三鈴が登場しました。さらに映画上映後には来場者に向けたQ&Aもおこなわれました。
CONTENTS
映画『フォークロア:母の愛』の作品情報
【上映】
2019年(シンガポール、インドネシアス合作映画)
【英題】
Folklore Series “A Mother’s Love”
【監督】
ジョコ・アンワル
【キャスト】
マリッサ・アニタ、テウク・ムザク・ラムダン
【作品概要】
ケーブル放送局HBOアジア製作、エリック・クー製作総指揮による、民間伝承を題材にした6話のTVオムニバス・ホラーの第一弾。とある母子家庭に起こった恐怖の体験を描きます。
インドネシア編として『悪魔の奴隷』などを手掛けたホラー王、ジョコ・アンワルが、自身の幼少時に母親から聞かされた恐ろしい母親の伝説にインスパイアされこの作品を作り上げました。
映画『フォークロア:TATAMI』の作品情報
【上映】
2019年(日本映画)
【英題】
Folklore Series “TATAMI”
【監督】
齊藤工
【キャスト】
北村一輝、神野三鈴、黒田大輔、大西信満
【作品概要】
「フォークロアシリーズ」第二弾。日本編として齊藤工が監督を担当、日本文化の象徴の一つである畳を題材に、人の怨念にまつわる恐怖を描きます。
主演に北村一輝、ほか神野三鈴、黒田大輔ら豪華ベテラン陣が脇を固めています。
ジョコ・アンワル監督、齊藤工監督、北村一輝のプロフィール
ジョコ・アンワル(写真右)
インドネシア出身。当初はジャーナリストとして活動、その後映画評論家に転身し、以後脚本家、プロデューサー、監督として活動しています。
主な作品は『禁断の扉』『悪魔の奴隷』など。「ホラー王」として知られており、これまで築いてきたキャリアで数々の国際的映画賞を受賞しています。
齊藤工(写真左)
1981年生まれ、東京都出身。俳優として活躍する一方で、2012年にショートムービー「サクライロ」で監督デビュー。2014年、「半分ノ世界」が『ショートショートフィルムフェスティバル&アジア2014』のミュージックShort部門で特別上映作品に選ばれました。
そして初監督作品『blank 13』を手掛け、2017年に上海国際映画祭の最優秀新人監督賞を受賞しました。
北村一輝(写真中央)
1969年生まれ、大阪府出身。1999年公開の『皆月』及び『日本黒社会 LEY LINES』でキネマ旬報新人男優賞、ニフティ映画大賞助演男優賞受賞を受賞し大きな注目を浴びてからは、コンスタントに話題作に出演を続けています。
近年ではNHKの朝の連続テレビ小説『スカーレット』に出演、主人公の父親・川原常治役を個性豊かに演じています。
映画「フォークロア・シリーズ『母の愛』『TATAMI』」のあらすじ
『母の愛』
シングルマザーのマルニは一人息子のジョディと二人暮らしの生活を送っていました。
そしてある日、とある屋敷のハウスキーパーの仕事にありつきます。しかし喜びもつかの間、息子と二人で暮らしている借家を追い出される羽目に。次の住み処が見つかるまでと、マルニたちは仕事場となった屋敷に隠れ住むことにしました。
ところが屋敷に移り住んだその夜、屋根裏から奇妙な音がするのに気付いたマルニがそっと 屋根裏を覗くと、そこにはなんとこれまで行方不明として捜索願いが出ていた子供たちが住み着いていたのでした。
驚きながらも警察に通報するマルニ。子供たちは無事保護されましたが、それがマルニたちにとって恐怖の体験の始まりとなることを、彼女らは知る由もありませんでした…。
『TATAMI』
怪事件を追うライター、キシ・マコト(北村一輝)は、ある日凄惨な殺人事件を追ってとある廃屋に一人で取材に行った日、マコトは父が亡くなったという連絡を受けます。
久しぶりに我が家に戻り、母(神野三鈴)に温かく迎えられたマコト。しかしマコトは、家の一角で開かずの間とされた一つの部屋に足を踏み入れたときに、忘れ去られた過去の記憶を思い出します。
そしてその瞬間、彼の呪われた過去が明らかになっていくのでした。
映画「フォークロア・シリーズ『母の愛』『TATAMI』」の感想と評価
民間伝承の意を指す「フォークロア」という言葉ですが、その意味で作品はそれぞれの国にまつわる過去からの伝承を反映させつつ、かつホラーという局面を丁寧に描いたうえで、現代の人たちが見ても共感できるものとして仕上がっており、今後続けて発表されるシリーズの続編も期待できるものとなっています。
『母の愛』はお化け+ジョコ監督の母との思い出がストーリーとされていますが、ここにシングルマザーという現代的な風味をさらにまぶして、かつエンターテインメントホラーとして仕上げています。
思わず驚かされる恐怖シーンはもとより、思わず疑念を抱かずにはいられなくなる伏線の張り方など、その仕上がりはさすが「ホラー王」と呼ばれているジョコ監督と感服せざるをえません。
そしてなおかつ何らかのジャンルにとらわれているものではなく自身のルーツや国の一面をうまく盛り込み、明らかにホラー映画というジャンル分けされながらも多様性のある面をもっています。
対して『TATAMI』は、日本古来からある畳という文化に徹底的にこだわったもの。そしてその古来からあるものに、人々の思いがどうかかっていくのかが映像で見られます。
日本人であれば普段何気なしに触れることも多い畳。そこに恐怖が宿るという着眼点は、他の国の文化では真似は難しくユニークなアイデアであり、それをうまく脚本、映像化した点には高い評価が与えられるところであります。
また全体的な映像の処理として、市川崑監督の映画『犬神家の一族』を彷彿させるような、フィルムの色褪せた画質を適用しており、映画が始まるとともについ気をとられてしまうような効果を作り上げています。
一方で、物語には古き時代の日本にはあったと考えられる家系の事情なども織り込まれ、『母の愛』とは違うテイストをにおわせながらも、どこか共通したテーマを感じさせるポイントも感じられるものとなっています。
上映後のジョコ・アンワル監督、齊藤工監督、北村一輝 Q&A
2日の上演時にはジョコ・アンワル監督、齊藤工監督、北村一輝が登壇、舞台挨拶をおこなうとともに、会場に訪れた観衆からのQ&Aに応じました。また、場内には『TATAMI』に出演した黒田大輔も来場しており、フォトセッションでは斎藤監督らとともに撮影に応じました。
──ジョコさんは俳優、監督と多彩な活動を展開されていますが、最初はどんなことをやられていたのでしょうか?
ジョコ・アンワル(以下、ジョコ):私は脚本から始めました。2003年に脚本を書いて、2005年に最初の映画を撮ったんです。
私は映画学校に行ったわけではなく映画を撮るのは素人で、最初は苦労しました。最初の作品はどちらかというと撮る真似というか、撮り方を知っている真似をしていまして(笑)。そこから現場でいろんなことを学んでいきました。
──今回これらの作品を作るにあたって、題材はどのような発想をもとに作り上げられたのでしょうか?
齊藤工(以下、齊藤):まず今回のオファーですが、僕が『家族のレシピ』というエリック・クー監督の映画に出演したときに、彼からこの企画に誘っていただいており、二つ返事でトライしたいと思っていました。
このプロジェクト自体が、アジアで一つのテーマとして描くものであり、スポーツのアジア予選みたいなつくり自体に興味をもちました。そこでまずメイド・イン・ジャパンの『フォークロア』、伝承を考えました。
そこで出てきたがこの『畳』という言葉。この言葉は英語の表現がなく、日本語の「たたみ」という表現しかなくて意味合いとしてもとても強いな、と思ったんです。
そしていろいろと『畳』を調べていきました。畳は基本的に表面は井草で中は藁(わら)なんですよね。だからその藁から「人型の藁人形に宿るもの」、それを釘で打つというイメージが浮かびました。
そして畳一畳分に宿る念みたいなものを題材にしたいと考えたんです。そんなふうに脳裏に浮かんだのが「畳」という題材でした。
ジョコ:インドネシアには怖いお化けの話があって、それは女性のお化けなんです。大変大きな胸をもっていて、親に愛されない子供を誘拐してはその胸の裏に隠してしまうという。
うちの母がよくこのお化けの話をしていて、よく僕が外に遊びに行ってなかなか帰ってないと「そのお化けにさらわれちゃうわよ」と怒られていたので、僕としてはすごく怖い思いをしたのが印象に残っていました。
それとこの映画中に出てくる母親は、僕の母親がモデルとなっています。僕の母親は怖くて厳しい母親だったけど、とても僕を愛してくれました。だからこの物語に出てくる男の子は僕がモデルで、お化けの話に僕と母のことを合わせた題材にしました。
──北村さんは『TATAMI』での役柄は事件ライターという役柄ですが、役作りとしてはどのようなことを考えられましたか?
北村一輝(以下、北村):俳優の仕事って、セリフをうまく言わなければいけないとか、舞台上でこういうことをしなければいけないということも求められます。
でも映画に関して僕が思うのは、脚本の魅力や世界観、監督が何を作りたいかということを表現すること。俳優はその作品の魅力を伝える使者という存在だと思うんです。
今回の物語は結構主人公目線で描かれているので、この主人公があまりリアクションを取り過ぎたり、お芝居し過ぎたりしないようにと考えました。
主人公を通して皆さんに見ていただき、見ていただいた方がどう怖く思うか、どんな思いになるか、ということを考えるポジションであるべきだ、と本を読んだときに思いましたので。
だからその中で、リアクションなんかは最小限とするように心がけ、どのようにカメラの中に納まればいいかを考えるよう心がけました。
──齊藤工監督はどんなタイプの方でしょう?
北村:まず嬉しかったかのが、準備というものにすごく時間をかけてもらえたことですね。脚本をどう読み込んでいくか、どんなふうに見せていきたいかと考える部分に、ちゃんと時間を取っていただいたので。
現場は彼の性格通り、穏やかに、爽やかの風のように(笑)流れていきました。撮っている作品とは全然違う感じで、みんなすごくフレンドリーに進んでいく中で、一つずつ「こういうふうにやってみよう」という感じでちゃんとディスカッションながら、スムーズに。
そこで俳優の意見を尊重してくださったりもして、本当にモノづくりとしてちゃんと話し合いながら作っていけたかなと思います。
──齊藤監督、最後に締めの言葉をお願いいたします。
齊藤:先日韓国で私の『blank13』という映画が公開となったんですが、上映時間70分に対して約2時間のQ&Aがあったり。
でもそれは結構、こうやって上映後に見た方の感想や質問を受けることで、より映画が深まっていくものだと思ったので、Q&Aの時間を日本の映画のシステムとしてももっと増やしてもいいのではと思います。
また、この作品でジョコさんもそうですが『アジアン・アカデミー・クリエイティブ・アワード』というアジアの映像作品に贈られる賞で、北村さんが主演男優賞、撮影の原敬さんが撮影賞、ジョコさんも脚本賞を受賞されました。
このプロジェクトはアジアから世界と勝負しているプロジェクトだと思いますし、こういったプロジェクトを応援していただきたいです。
付け加えて『TATAMI』の現場で、黒田さんのお芝居も本当に鳥肌が何度も立ちました。勇作や隼人(両名とも子役)のお芝居も。本当に僕は現場で役者さんに頼りっぱなしで、本当にスタッフや役者に引っ張ってもらった作品でした。
だからこのアワードの受賞をとても誇らしく嬉しく思っています。
それと、この映画は昨年の3月ごろに御殿場で全編撮影しました。御殿場は台風19号の影響で修善寺川が氾濫したり、亡くなった方も出たりしました。
僕がロケでお世話になった方は無事ではあったけど、かなり甚大な被害を受けている場所で、今も苦労されています。千葉もそうですし。
僕ら日本の映像クルーやお世話になった地域が本当に多大な被害を受けていることに対して、一日も早い復興を心から望んでいます。
まとめ
オムニバス形式の作品でもあり、他の作品とは一線を画し目を引く印象もありましたが、印象深いポイントとしてはその形式だけに限りません。
アジアという地域の中で国の垣根を越えて一つのシリーズを作り上げるというところには、国際映画祭という枠組みの中で出品される、新しくて大きな意義をもつ作品ともいえます。
そしてその第一弾、第二弾として世界的にも高く評価されるジョコ監督、そして俳優としての実力がある一方で映画に深く精通し、映画作りにセンスを感じさせる齊藤監督と、両監督がその意義あるシリーズの序章にふさわしい作品を作り上げてきました。
このシリーズの続編自体にももちろん期待したいところでありますが、さらにこの作品がこうしたインターナショナルな動きのきっかけとして世界に広がる、そんな動向にも注目してみたいところであります。