第32回東京国際映画祭「コンペティション」部門上映作品『列車旅行のすすめ』
2019年にて32回目を迎える東京国際映画祭。令和初となる本映画祭が開催されました。
そのコンペティション部門で上映された作品が、スペインとフランスの合作映画『列車旅行のすすめ』です。
知日家であるアリツ・モレノ監督が、文学教授で現在最もスペインで高い評価を得ている作家アントニオ・オフレドの著した、カルト的人気を持つ同名小説を映画化した作品です。
上映終了後のQ&Aにアリツ・モレノ監督と、原作者のアントニオ・オフレドが登壇し、映画製作の舞台裏について語って頂きました。
なおこの作品は、11月7日(木)より新宿バルト9、横浜ブルク13、梅田ブルク7にて順次開催される、第16回ラテンビート映画祭でも上映されます。
CONTENTS
映画『列車旅行のすすめ』の作品情報
【製作】
2019年(スペイン・フランス合作映画)
【原題】
Ventajas de viajar en tren
【監督】
アリツ・モレノ
【出演】
ルイス・トサール、ピラール・カストロ、エルネスト・アルテリオ
【作品概要】
列車旅行中の女編集者が、向かい側に座った男から話しかけられます。男が語る物語は、実に摩訶不思議な内容でした。何が現実で何が虚構なのか、ジャンルを越えストーリーが自在に羽ばたく、ユニークな映画です。
アリツ・モレノ監督のプロフィール
1980年、スペイン・バスク州のサン・セバスチャン生まれ。TV業界に入った後、2004年に初の短編映画『Portal mortal』を監督します。
その才能は評価され、2013年Variety誌が選ぶスペイン映画新鋭監督10人の1人に選ばれました。これまで彼が手掛けた作品は、世界の映画祭で500回以上入選し、90近い映画賞を受賞しています。
『列車旅行のすすめ』は、彼の手掛けた初の長編映画として、東京国際映画祭にてインターナショナル・プレミアとして上映されました。
原作者アントニオ・オフレドのプロフィール
1963年、スペイン・マドリード生まれ。マドリード自治大学でヒスパニック系言語学の学位を取得し、様々な国の大学に勤務した後、アルメリア大学で文学教授の地位に就きます。
1996年に小説、『FABULOSAS NARRACIONES POR HISTORIAS』を発表して作家としてデビュー。2000年に映画『列車旅行のすすめ』の原作となる、同名の小説を著します。
スペインでは、1960年代に生まれた世代の作家を代表する1人として、広く知られています。
映画『列車旅行のすすめ』のあらすじ
列車で旅行する女編集者エルガ・パト(ピラール・カストロ)の向かい側の席に、1人の男が座ります。その男アンヘル・サナグスティン(エルネスト・アルテリオ)は、妄想性人格障害の精神科医だと名乗ります。
アンヘルは彼が知る、最も重症の患者の話をエルガに聞かせます。それはゴミを通じて人々は監視されてると信じる、マルティン・ウラレス・デ・ウベタ(ルイス・トサール)の物語でした。
アンヘルの語るマルティンの物語は、幾重にも重なってゆく奇妙な物語でした。物語はやがて語り手のアンヘル、聞き手のエルガまで巻き込んでゆきます。
舞台を変え、登場人物の人格すら変え、自在に繰り広げられる摩訶不思議な物語。予期せぬ展開に巻き込まれた登場人物も、変幻自在に姿を変えていきます。
複雑に絡み合った奇妙で時に悪趣味で、そして痛快でもある物語は、如何なる結末を迎えるのか。
映画『列車旅行のすすめ』の感想と評価
アリツ・モレノ監督自らが、日本語で「ブッ飛んだ」作品であると語る『列車旅行のすすめ』。次から次へとイメージが飛躍する原作小説の世界を、見事に映像化した作品です。
エルガの前に現れた、精神科医を名乗る男アンヘル。この男が語った患者マルティンの物語も、男自身もどこか怪しげで、奇妙な物語はその内容も思わぬ方向へ飛躍していきます。
どこまでが真実でどこまでが虚言か、その虚言は完全な妄想か、それとも一抹の真理を含んでいるのか。観客は時に笑わせられながらも、いきなり目の前に現れる、下品かつ不道徳な描写の衝撃に沈黙させられる、まるでジェットコースターの様な展開に翻弄されます。
語り手のアンヘルに聞き手であったエルガも、物語にとりこまれていきます。全ての登場人物が重層的に絡む物語は、彼らの立場を二転三転させていきます。
前衛的な小説を意欲的に、そして挑発的に映画化した『列車旅行のすすめ』。原作を読んだモレノ監督が、とことん惚れ込んだことが良く伝わってくる作品です
アート系映画でも、特に「ブッ飛んだ」映画が好きという方は必見。しかしトークショーでは、奇妙奇天烈な映画ならではの、制作の苦労が語られました。
上映後のティーチイン
左から:アリツ・モレノ監督、アントニオ・オフレド(原作者)
11月1日のマスコミ向けの上映後、アリツ・モレノ監督と、原作小説を著したアントニオ・オフレドが登壇、記者会見を行うとともに、会場に訪れた観衆からのQ&Aに応じました。
──この映画の摩訶不思議な物語は、原作通りなのでしょうか。それともかなりアレンジして映画化したのでしょうか。
アリツ・モレノ監督:(以下、アリツ)私は原作小説の大ファンで、この本を読んだ時に絶対に映画化できるのではないかと考えました。オリジナルストーリーに出来る限り忠実に、セリフも原作に近いものにしています。
──原作者のオフレドさんにお伺いします。完成した映画を見た時の感想は、いかがだったでしょうか。
アントニオ・オフレド:(以下、オフレド)私は原作者であって、今回の映画の製作には関わっておりません。本来ならこの場所にいる人間ではない事を、最初にお断りさせて頂きます。
私が映画見た時の第一印象ですが、何とも不思議な思いにとらわれました。私が物を書くときには、言葉や動詞の並べ方などを考えて書いていきます。キャラクターの容姿や彼らが暮らす環境など、そういった事を考えずに書くのが、私の通常の創作スタイルです。
観客として完成した映画を見た時に、「このキャラクターが、こういった状況でこの様に行動してるんだ」という、執筆中に考えつかなかった新鮮な気持ちを感じさせてもらいました。
──監督は日本語がお上手で、エンディングにも日本語の入った歌が使われていますが、影響を受けた日本の作品などがあれば教えて下さい。
アリツ:私は年に1・2回日本に訪れます。なぜか日本には魅かれています。
お訊ねの曲ですが、音楽を担当したのはカナダ在住の人物(クリストバル・タピア・デ・ビール)です。
台本を読み映画のために、事前に40曲ほど集めてくれましたが、編集段階でサン・セバスチャンを訪れ最初のカットを見るや、「自分の用意した曲は全部ダメだ」と改めて選曲してくれました。彼は日本のアルバムや楽器を持っている、日本の音楽から影響を受けている人物です。その彼が選んでくれた曲が、最後に流れているのです。
──この映画は大変長い時間をかけて製作されたそうですが、完成させるまでの期間、どうやってモチベーションを維持されましたか。
アリツ:モチベーションを維持するのが、我々の仕事の中で一番大切な部分です。この映画の製作に5年かかりましたが、大切なプロジェクトであったので、それを最後まで維持出来たと考えています。
私にとって初の長編映画でしたが、ストーリーが優れていたので、必ず良い物が出来ると100パーセント信じていました。おかげで最後までモチベーションが維持できたと思っています。
──なぜ完成まで5年もかかったのか、その事情をぜひ教えて下さい。
アリツ:「判らない(日本語)」(笑)。
スペインで映画を作ることは、非常に難しいことです。またストーリー自体が非常に「ブッ飛んだ(日本語)」もので、また人間の暗い部分を描いた話でもあって、製作をもちかけたスペインの国営テレビ局は、全く支援してくれませんでした。様々な相手に話をしても断られてばかりで、やはりモチベーションを維持していなければ、映画を完成させることは出来なかったでしょう。
皆様は完成した映画を見たので、どういう作品かを理解して頂けたかと思いますが、資金集めの際には台本だけでは、これが一体どういう映画かを説明するのが、非常に難しかったのです。ヨーロッパ各国の出資者に支援を求めても、「どんな内容の映画か3分で説明してくれ」と問われると、相手に簡単に説明することが出来ませんでした。
作っている監督が上手く説明出来ない映画に対して、資金的に援助してくれる人など、考えれば普通あるえない話です。映画の「ルックブック(コンセプトを紹介するカタログ)」を製作し、視覚的に訴えることが出来るようになって始めて、出資者を納得させれる様になりました。
最終的には素晴らしいキャスト、スペインでは知名度のある俳優の起用が決まってから、テレビ局からの支援も決まり、ようやく映画を完成させる事が出来たのです。
──どうして素晴らしい役者さん方に出演いただけたのでしょうか。
アリツ:「…判らない(日本語)」(笑)。
おそらく台本、脚本が良かったのだと考えています。脚本を担当した人物(ハビエル・グヨン)が素晴らしく、彼が描いた非常にオリジナリティあふれる登場人物に、俳優たちが魅かれたのだと思います。
オフレド:私は映画の完成をワクワクしながら待っていました。製作中もモレノ監督とは連絡をとっており、セットの風景などの写真も送って頂き、早く完成版を見たいという思いで待っていました。
私は完成した映画を、1人の観客として見て楽しみました。皆様にも同じように楽しんで頂ければと、考えています。
まとめ
ファンタジックにしてナンセンス、奇想天外にしてブラックユーモアに満ちた映画が、『列車旅行のすすめ』。型破りでカラフルな映画を産み出してきたスペイン映画らしい作品です。
虚実が絡み、陰謀論じみた妄想に振り回され、そして物語の中で信じていた設定が、次から次へと覆される展開は、複雑に作られた映画ならではの愉しみを提供してくれます。
映画はユーモアに満ちていますが、同時に多くの毒も含んでいます。その毒気に参った方もいるようですが、私は大いに楽しませて頂きました。
知日家であるだけでなく、日本語で「私のワイフは岡山人です。」と告白してくれたアリツ・モレノ監督。最後に監督は日本人は「ブッ飛んで」いるので、きっと私の映画を理解してくれると思っていると、語ってくれました。
監督からの日本の映画ファンにあてたメッセージを、我こそはと受けとった方。心して「ブッ飛んだ」、実にユニークな作品を楽しんで下さい。