連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2019見破録」第13回
1月初旬よりヒューマントラストシネマ渋谷で始まった“劇場発の映画祭”「未体験ゾーンの映画たち2019」では、ジャンル・国籍を問わない貴重な58本の映画が続々上映されています。
第13回では、ジム・キャリー主演のサイコスリラー映画『ダーク・クライム』紹介いたします。
ポーランドで起きた、怪しげなクラブで起きた過去の事件を1人追求する刑事。しかし彼の捜査は思わぬ方向へと進みます。
共演に『イコライザー』マートン・ソーカス、そしてシャルロット・ゲンズブールを迎えた意欲作です。
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CONTENTS
映画『ダーク・クライム』の作品情報
【公開】
2019年(イギリス・ポーランド・アメリカ合作映画)
【原題】
Dark Crimes
【監督】
アレクサンドロス・アブラナス
【キャスト】
ジム・キャリー、マートン・ソーカス、シャルロット・ゲンズブール、アガタ・クレシャ、ロベルト・ビェンツキェビチ
【作品概要】
ポーランドで起きた実際の事件を基に描かれた、本格サイコスリラー映画。
警察の記録係、タデックはかつて捜査を担当し握り潰された殺人事件の再捜査に乗り出します。
事件現場となった性風俗クラブ「ケージ」のビデオ映像を見たタデックは、過激な小説を書くコズロフこそ犯人と目星をつけます。
コズロフのパートナー、カシアが「ケージ」で働いていた事を知ったタデックは、捜査のため彼女に接近していきます。
いつしかタデックは、妖しい世界に引き込まれていきます。
ヒューマントラストシネマ渋谷とシネ・リーブル梅田で開催の「未体験ゾーンの映画たち2019」上映作品。
映画『ダーク・クライム』のあらすじとネタバレ
画面の中で虐げられる女性の映像。それを見つめる刑事のタデック(ジム・キャリー)。
その後、タデックは1人で車を尾行、監視しています。
自宅で妻マルタ(アガタ・クレシャ)と娘と朝食をとるタデック。彼は目玉焼きを几帳面に切り分ける。食卓に全く家族の会話がありません。
タデックは未解決に終わった、青年実業家サドウスキーが殺害された事件を独自に追っています。
サドウスキーの遺体が川から回収された時の映像を改めて見た彼は、同僚と共に再調査し、遺体を現場に棄てた人物は大柄だと推測します。
サドウスキーがセックスクラブ「ケージ」に出入りしていた事実を掴んだタデックは、関係者からクラブの内部を撮影したビデオテープを入手に成功します。
「ケージ」はサドウスキー殺害事件後、閉鎖されていました。
入手したテープには「ケージ」で行われた、様々なSM行為が映し出されています。
絞殺されたサドウスキーは縛られ、遺体からは薬物のロヒプノールが検出されていました。
タデックは彼がSM行為の最中に、「ケージ」に関係する誰かに殺されたと判断します。
再捜査に動くタデックですが、この未解決事件には現警察長官のグレガー(ロベルト・ビェンツキェビチ)が関わっていました。
タデックが閑職にあるのは、かつてグレガーに逆らった結果です。
彼の再捜査は周囲の者に歓迎されませんでした。
勤務を終えると、タデックは1人暮らしの母のアパートに立ち寄ります。老いた母は孤独な彼の心の支えです。
タデックはテープの出どころである、閉鎖された「ケージ」の建物の管理人を訪ねます。
彼は管理人から「ケージ」には、多くのアーティストが出入りしていたとの証言を得ます。
その1人が作家のコズロフ(マートン・ソーカス)てした。
彼は倒錯的な内容の小説と、挑発的な言動で人気を博している作家です。
タデックは小説をダウンロードすると、時間があれば聞き内容を確認します。
コズロフを監視するタデックは、彼がアパートに住む2人、カシア(シャルロット・ゲンズブール)とその娘に会う姿を目撃します。
自宅で朝食をとる際もコゾロフの小説を聞くタデック。その態度を妻のマルタは非難します。
ビデオの映像とコズロフの小説を確認するタデック。彼は小説に「ケージ」で行われた行為や、やサドウスキー殺害事件に似た記述があると気付きます。
そして遺体の縛り方など、事件の当事者しか知り得ぬ点まで酷似しています。
サドウスキー事件の、公式な再捜査を求めるタデック。彼の熱意に上司は、くれぐれも慎重に行う条件で認めます。
コゾロフは取材に集まった多くの記者の前で、インタビューに答えていました。時に手厳しい質問も飛びますが、彼は堂々と「真実は、作るものだ」自説を述べます。
タデックはコゾロフを多くの者が見守る中連行し、尋問を開始します。
反抗的な態度のコゾロフですが、「ケージ」に出入りしていた事、サドウスキーと友人であった事実を認めます。
タデックは小説の記述を指摘し、コゾロフが著作で犯行を自白したと追求しますが、彼は否定します。
コゾロフが会っていた女、カシアは「ケージ」にいた女の1人と判明します。彼女は客であるサドウスキーやコゾロフと関係がありました。
カシアの口からも、事件に関する有力な情報は引き出せません。
嘘発見器のテストもクリアしたコゾロフは釈放されました。その際、彼は警察で不当な取り調べを受けたと記者に訴えます。
人気作家の逮捕、釈放劇は世間の注目を集めました。
コゾロフの自白を引き出せなかったタデックは、責任を問われます。
コゾロフの訴えをグレガーが取り上げれば、タデックは地位を失います。しかし、警察内部の汚職に手を染め出世したグレガーを快く思わない者はタデックに協力的でした。
タデックは彼らから、内密に盗聴器を手に入れます。
タデックはカシアの家に忍び込み、盗聴器を仕掛けようとしました。
しかし、そこにコゾロフとカシアが帰宅。やがて2人は、「ケージ」で行わたように愛し合います。
コゾロフに暴力的に支配されているカシアの姿を、タデックは目撃します。
ポーランドでは警官の多くが社会主義時代も、現在も不正に手を染めてたのです。
独り正義を貫く姿勢のタデックを、警察幹部のピヨートルは評価しましたて。
何者かに監視され始めるタデックですが、ピヨートルに励まされ捜査を続けます。
タデックにグレガーからの「忠告」が伝えられます。最悪の事態は、人から「羨望」される事だ。
真実を知るカシアの口を、コゾロフが援助と脅しで封じていると見たタデックは、カシアに接近していきます。
タデックの追求を否定するカシア。彼女の態度は被虐的になります。そしてタデックは彼女に加虐的に振る舞います。
2人はそのまま、激しく関係を結びました。
いつしかタデックは、妖しげな世界に魅了されていました。そんな彼から妻は離れていきます。
捜査が行き詰ったかと思われた時、コゾロフが警察に出頭。「私が、サドウスキーを殺した」と証言をしました。
映画『ダーク・クライム』の感想と評価
“事実に基づく”物語の正体
本作品『ダーク・クライム』は、冒頭に“事実に基づく”と紹介される映画です。
この映画は2008年、雑誌「ニューヨーカー」に紹介された記事を基に製作されました。
2000年、クリスチャン・ベラは1人の人物を殺害する。ところがこの男は2003年に事件を題材に推理小説を書いて出版、それを読んだ警察が捜査し、事実が明るみになりました。
結局ベラは逮捕され、懲役25年の刑を受けましたが、事件はポーランド社会を大きく騒がしました。このてん末を紹介したのが先の記事でした。
「事件の犯人が、犯行をネタに小説を書いた」。この部分だけが事実で、その先は「インスパイア」されたものです。
あまりの酷評がニュースになった映画
『ダーク・クライム』は完成直後、日本ではすでにWOWOWのジャパンプレミアにて放送されている作品です。
2018年に全米で公開されましたが公開後の、アメリカの著名な映画評論サイト「ロッテン・トマト」の評価は0%。この話題は芸能ネタのニュースになり、日本にも伝わりました。
確かに娯楽映画の様な明確さ、爽快さの無い作品ですが、他サイトのユーザー評価はそこまで低くありません。
2015年の婚約者自殺後、その夫(別居状態だが、離婚はしていなかった)や母から訴えられるなど、私生活でトラブル続きのジム・キャリー。
辛い日々に嫌気がさしたのか、しばらく彼はハリウッドとも距離を置きます。
そんな状況にあったジム・キャリーの、コメディと真逆の暗く重い役柄への挑戦は、辛口を自認する評論家が叩きやすい環境にあったと推測します。
映画公開時の批評や興行は、その時のムードに大きく左右されるもの。彼の挑戦は批評的にも興行的にも時期に恵まれなかったのです。
ジム・キャリーのファンには暗い話が続きましたが、現在彼は2018年9月からコメディドラマ『Kidding』に出演中。
2019年のゴールデングローブ賞で『Kidding』はテレビ部門のコメディ・ミュージカル部門で作品賞にノミネートされました。
ジム・キャリーも同じ部門で、主演男優賞にノミネート。共に受賞には至りませんでしたが、彼は復活をとげています。
職務に忠実でも報われない刑事の物語
危険な世界に誘われ、身を滅ぼす刑事や探偵。古典フィルム・ノワールの定番の1つで、近年それを意識したネオ・ノワールと呼ばれる作品も登場しています。
欲や好奇心で身を滅ぼすのは自業自得ですが、中には本作のジム・キャリーの様に職務熱心から身を滅ぼす者もいます。
参考映像:『殺人課』(1991)
そんな渋い映画の一つに、アメリカの演劇界を代表する劇作家・演出家のデヴィッド・マメットが手掛けた映画『殺人課』があります。
『ダーク・クライム』の不器用な主人公の生き様に共感を覚えた方は、隠れた名作『殺人課』もぜひご覧下さい。
まとめ
映画『ダーク・クライム』は職務熱心な刑事が、その姿勢ゆえに闇の、倒錯した世界に魅かれてゆく話です。
倒錯した世界は東欧的な、ロシア文学的な荒涼とした風景の中で繰り広げられます。
この環境で絡み合うジム・キャリーとシャルロット・ゲンズブールの、生活感のある退廃が描かれます。
過激なコメディ演技の中に、狂気じみた毒を漂わせていたジム・キャリー。かつて毒の部分の演技を全面に出した主演映画『ナンバー23』もありました。
『ダーク・クライム』は『ナンバー23』の系譜にある作品です。
彼の毒を味わい方は、心してご覧下さい。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2019見破録」は…
次回の第14回はアメリカのアトラクション・ホラー映画『トラウマ・ゲーム 恐怖体験アトラクション』を紹介いたします。
お楽しみに。