難民となった青年が自身の半生を語る真実の物語をアニメーションで描く!
第94回アカデミー賞(2022)にて、史上初となる国際長編映画賞、長編ドキュメンタリー賞、長編アニメーション賞の3部門同時ノミネートの快挙を成し遂げたドキュメンタリー映画『FLEEフリー』。
アフガニスタンに生まれた少年アミンは、ある日突然居場所を失い、「難民」として過酷な旅を余儀なくされます。
タイトルの「FLEE」とは、危険や災害、追跡者などから逃げるという意味。今や30代半ばとなったアミンが過酷な半生を語る物語は、アニメーションという表現方法をとり、観る者の心に深く染み込んできます。
映画『FLEE フリー』の作品情報
【日本公開】
2022年公開(デンマーク・ スウェーデン・ ノルウェー・ フランス合作映画)
【原題】
FLEE
【監督】
ヨナス・ポヘール・ラスムセン
【脚本】
ヨナス・ポヘール・ラスムセン、アミン・ナワビ
【作品概要】
国を脱出し、難民となった少年の過酷な経験と、ゲイである自身のアイデンティティーをみつめる物語をアニメーション映画として描いた作品。
第94回 アカデミー賞(2022年)ノミネート(長編ドキュメンタリー賞 国際長編映画賞、長編アニメーション賞)、 第79回 ゴールデングローブ賞(2022年)ノミネート(最優秀長編アニメーション映画賞)、第73回 カンヌ国際映画祭(2020年)カンヌレーベル「アニメーション」出品をはじめ、数々の映画祭で、多くの賞を受賞しています。
映画『FLEE フリー』あらすじとネタバレ
アフガニスタンで生まれ育ったアミンは、優しい兄とバレーボールに興じたり、姉のお話を聞いたりと、温かい家族と共に元気に暮らしていました。
しかし、アフガニスタンは長年内戦状態が続いており、兄は徴兵対象の年齢で、不安がっていました。
父が当局に連行されたまま戻らず、残された家族も命の危険を感じる日々が続きました。間一髪で祖国を脱出した際、アミンは恐ろしさで泣き続けていたと言います。
デンマークへと亡命したアミンは、今や30代半ばとなり、研究者として成功を収め、恋人の男性と結婚を果たそうとしていました。
しかし、彼は20年以上抱え続けてきた過去の出来事を恋人に話せていないことを気に病んでいました。また、彼にはニューヨークからの仕事のオファーも来ていました。
そんなアミンは、あまりに壮絶で過酷な半生を、学生時代からの旧友である映画監督の前で、静かに語り始めます。
アフガニスタンを脱出したアミンの一家は、飛行機でモスクワに到着。当時、ロシアだけがビザを発行していたからです。
当時のロシアは、共産主義が崩壊し、不安定な社会情勢でした。ストックホルムに住む一家の長男が、家族に仕送りしてくれたおかげで、一家はなんとか生きながらえていました。
長男は1980年に兵役を拒み、国を出て、ストックホルムへ亡命していました。彼は家族全員をストックホルムに呼ぼうとしていましたが、そのためには莫大なお金が必要です。
ロシアの警官は悪どく、身分証を見せろと彼らをみかけるたび脅し、金を巻き上げていました。迂闊に街を歩くことも出来ず、老いた母と2人の姉、次男と末っ子のアミンの5人はみすぼらしい高層団地の部屋に籠もりきりで、息苦しい生活を余儀なくされていました。
兄からの仕送りに頼るしかない状況では一家揃って、ヨーロッパに入国することは難しく、まず、2人の姉がストックホルムに向かうことになりました。
仲介するのは密入国業者で、金のために動くろくでもない連中です。姉たちはコンテナに詰め込まれ、船にコンテナごと乗せられました。
コンテナの中には大勢の人がひしめき合い十分な酸素がなく、港に着いた時は子どもを含む何人もの人が亡くなっていました。アミンの姉たちもあやうく窒息死しかけましたが、なんとか生き延びて、兄の元に着くことができました。
次は、アミンたち3人の番です。夜、暗い森の中を何キロも歩かされる人々。中には自力で歩けなくなった人もいて、業者の男は、「撃ち殺すぞ」と凄んでいました。
助け合いながらなんとか目的地に到着した人々は、船に乗せられます。暗くて狭い空間にたくさんの人が押し込められていました。20分もすると、皆が船酔いで吐き始めました。
さらに浸水が起こり、皆は、閉められた入り口をこじ開け、外に出て、水を掻き出さなくてはなりませんでした。無線もなく、誰にも助けを求めることができません。
夜が開け、白日のもとにさらされた船のもとに、大型船が近づいてきました。人々は船を見て、助けてもらえると安堵し、手を振りますが、彼らに突きつけられたのは無情な言葉でした。
「諸君は送還される」。
警備隊に逮捕された一行は、ノルウェーに連行され、廃墟となった劣悪な環境の建物に収監されました。
取材に来る記者たちに救いを求めましたが、彼らはカメラでアミンたちを撮影し、自国で難民問題について放映するだけで、何もしてくれませんでした。
当局からは2つの選択肢を突きつけられました。「ここに残る」か、「モスクワに戻る」かです。
アミンたちはロシアに到着した途端、逮捕され、アフガンに送り返すと言われます。しかし、ロシアの警察は腐敗していたので、金を渡すと、開放されました。
長男には10年も付き合ったフィンランド人の恋人がいましたが、兄はアミンたちに金を送らなくてはならず、ついに別れてしまったといいます。
次男は責任感が強く、アミンと母親を先に出国させようと懸命でした。前回のこともあり、安全で確実なルートにこだわりました。
結局、一人分しか金が用意できず、アミンがひとりで出国することになりました。アミンは業者の男から偽のパスポートを渡され、名前と生年月日を覚えるようにと言われました。
映画『FLEE フリー』解説と評価
本作は、デンマーク出身のヨナス・ポヘール・ラスムセン監督が、15歳のときに出会った友人アミン(仮名)の半生を描いたドキュメンタリー作品です。
戦火のアフガニスタンを命からがら脱出したアミンとその家族。難民となった彼らの壮絶な体験が語られていきます。
アミンは長い間、自分が経験した恐ろしい出来事について、口をつぐんできました。人は恐ろしい体験をした時、それを誰かに話すことができなくなってしまうことがあります。アミンのような凄惨な体験をしたらなおさらでしょう。
ラスムセン監督は、ドキュメンタリー映画の出身で常に様々なアプローチ方法を模索してきました。アニメーションであれば、顔を出さずにすみ、家族にも迷惑をかけずに話ができるだろうというアミンの意向に沿い、本作をアニメーション映画として制作することにしました。
プライバシーを守るという点でそれは非常に効果的ですが、勿論それだけではありません。画や線のひとつひとつの動きや、色合い、光と影のコントラストなどがアミンたちの不安な心理を克明に表現しています。アニメーションだからこその描写の強さが本作の語りを揺るぎないものにしていると言えます。
そして改めて、「難民」となったアミン一家の過酷な日々に衝撃を受けることになります。
国民同士が争う戦争。「難民」を食い物にするロシアの警官たち。必死で工面した金を信用のおけない業者に支払い、劣悪な環境のもとなんとかヨーロッパにたどり着いても、安住の地にはほど遠い現状が待ち受けているのです。
映画の冒頭、アミンがラスムセン監督に「君にとって祖国とは?」と問われて答えた言葉が印象的です。
曰く、「そこにいることが出来て、よそに行かないで住む場所。一時的でなくずっといられる場所」。
映画を見終わった時、この言葉の持つ意味が、深く、心に染み込んできます。
当時、まだ幼い彼を支えたのは、家族でした。暖かで強靭な家族の愛には強い感動を覚えずにはいられません。
また、ヨーロッパへ脱出を図る旅路で、年老いて力尽きた人を見放さず、難民同士で最後まで支え合うシーンには、人間の良心の尊さを目撃した思いです。
弱い者に付け込み搾取したり暴力を振るう人間がいる一方、助け合い、誰も見捨てない人々が存在することに深い感銘を受けました。
そして第三の人間、大型船のデッキから難民たちを興味本位に見下ろしていた人に代表される「無関心な人々」の姿も映画は捉えています。
映画は、その点をさりげなく描いていますが(この時、アミンは恥ずかしさを感じたと述べています)、このシーンは一つの大きなメッセージとして受け取るべきものでしょう。
まとめ
アミンは自身がゲイであることを早い時期から自覚していました。アフガニスタンでもロシアでもゲイであることは決して許されず、誰にもそのことを告白することが出来ませんでした。もし誰かに知られてしまえば、家族まで弾圧されてしまうからです。
それはどんなに大きな苦しみだったことでしょうか。だからこそ、終盤のあるシーンは涙なくしてはみられません。
自身の半生を語るアミンに対して、彼の心や体調を気遣うラスムセン監督。アミンと監督の確かな信頼関係が感じられます。
本作は、ひとりの人間が、これまで語ることの出来なかったことを語っていく中で、徐々に心を開放していく過程を描いた作品でもあるのです。