『アヴリルと奇妙な世界』はカリテ・ファンタスティック!シネマコレクション2019にて上映。
70年代に誕生したカルト映画『ファンタスティック・プラネット』。
恋愛映画の巨匠パトリス・ルコントが手がけたブラックユーモアたっぷりの『スーサイド・ショップ』。
フランスには独自の作風が魅力的なアニメ作品が多々ありますが、今回ご紹介するのは先日2019年7月にカリテ・ファンタスティック!シネマコレクション2019にて上映された作品『アヴリルと奇妙な世界』です。
映画『アヴリルと奇妙な世界』の作品情報
【日本公開】
2019年(フランス・ベルギー・カナダ合作映画)
【原題】
Avril et le monde truque
【監督】
クリスチャン・デスマール、フランク・エキンジ
【キャスト】
マリオン・コティヤール、フィリップ・カトリーヌ、ジャン・ロシュフォール、マルク=アンドレ・グロンダン、オリビエ・グルメ、ブーリ・ランネール、アンヌ・コエサン
【作品概要】
原作者でビジュアル総監督を務めたのは『アデル ファラオと復活の秘薬』(2010)のフランスの漫画家、ジャック・タルディ。
主人公アヴリルの声を担当するのは『インセプション』(2010)『ミッドナイト・イン・パリ』(2011)そして『エディット・ピアフ〜愛の讃歌〜』(2007)にてアカデミー賞主演女優賞を受賞したフランスを代表する女優マリオン・コティヤール。
アヴリルの祖父、ポップス役には『自由の幻想』(1974)『髪結いの亭主』(1990)に出演、セザール賞を二度受賞している名優ジャン・ロシュフォール。2017年に亡くなった彼の温かみのある声が心に響きます。
また『息子のまなざし』(2002)でカンヌ国際映画祭男優賞を受賞、ダルデンヌ兄弟作品『ある子供』(2005)『午後8時の訪問者』(2016)などに出演するオリヴィエ・グルメと実力派俳優が集結。
本作はアヌシー国際アニメーション映画祭にてグランプリを受賞しました。
映画『アヴリルと奇妙な世界』のあらすじとネタバレ
物語の始まりは1870年。
ナポレオン3世は不死身の秘薬の開発の催促をしに科学者ギュスターヴの元を訪れます。
しかし爆発事故が起き皇帝もギュスターヴも死亡。息子のナポレオン4世はプロイセンとの友好の条約に調印し戦争は回避されましたが、それから70年に渡って世界中の科学者が失踪する事件が相次ぎました。
それにより技術の進歩が妨げられ、蒸気と石炭の時代に世界はとどまることになります。炭鉱が枯渇するにつれて森林は木炭を生産するために次々と伐採され、残る木はただ一本となっていました。
世界が戦争の気配に恐々とする中、フランス帝国は残る科学者を探して隔離しようとしていました。
ギュスターヴの息子科学者“ポップス”と彼の息子ポール、妻のアネットは隠れながらギュスターヴが取り組んでいた実験を完成させようと努めていました。
なかなか成果は現れず、幼い娘アヴリルの飼い猫ダーウィンが人間の言葉を喋れるようになっただけ。
しかし不死身の効力を持つ完璧な血清が完成したと思われた日、警察官ピッツォーニ率いる舞台に見つかってしまい、アネットは急いでスノードームに血清を隠し、家族は逃げ出しました。
ポップスと離れ離れになったポール、アネット、アヴリルはベルリン行きのロープーウェイで脱出しようと試みますが見つかってしまい、そこに雷が直撃したことによりポールとアネットは亡くなってしまいます。
間一髪のところで血清とダーウィンと共にロープーウェイから逃げ出したアヴリルもピッツォーニに捕まり孤児院へ。
しかし目を逃れて彼女は街へ逃げ出し、責任を問われたピッツォーニは降格されてしまいました。
10年後。
アヴリルはナポレオン3世を記念して建てられた巨大な像の頭の中に実験室を作り、病気にかかったダーウィンを救うために血清の開発に取り組んでいます。
ピッツォーニは未だ捕獲に夢中になっており、孤児で前科持ちの青年ジュリアスに彼女の尾行を命じていました。
アヴリルは街に薬品を盗みに出かけますが捕まってしまい、ジュリアスに助けられます。
その後実験に取りかかったアヴリルは息も絶え絶えのダーウィンにようやく完成した血清を与えますが失敗したようで、自暴自棄になり実験装置を破壊してしまいます。
その衝撃で母親の血清が入ったスノーボールにヒビが入り、中の液体を舐めたダーウィンは回復しました。
そこに偵察機であるネズミや怪しげな雷を携えた雲が接近、アヴリルはダーウィンと何故か自分を追ってきたジュリアスと共に脱出。
居場所が無くなってしまったアヴリルはジュリアスの住処に泊まりました。
映画『アヴリルと奇妙な世界』の感想と評価
まず本作の魅力は荒廃したパリの街の世界観です。
舞い上がる黒煙やガスマスクの人々、唸り軋んで動く蒸気機会や煤にまみれてくすんだ空の色、同じくフランスの映画監督ジャン=ピエール・ジュネの作品『ロスト・チルドレン』(1995)を想起するようなスチームパンク調の画。
有機物と無機物の同居や日本が誇るアニメ『ハウルの動く城』(2004)へのオマージュでしょうか、手足を持って蠢く大きな建物などフェティッシュな魅力が光ります。
冒頭から博物館や研究所のような画が映し出されて、そのこってりしたタッチと精密な動植物/機械の絵に終始好奇心をそそられる作品です。
もうひとつの魅力はヒロイン、アヴリルのキャラクター。
両親が囚われて孤児になり、たった一人で研究に明け暮れるアヴリル。彼女は全くと言っていいほど“可愛らしい女の子”とは掛け離れている存在として描かれています。
10年もの間猫のダーウィンと暮らしていた彼女は身を隠すため、当然おしゃれとは無縁。
帽子を目深にかぶりジュリアスとは変わらない男の子のような格好をし、髪はショートカット、知り合う前のジュリアスにも「尾行するならもう少し美人がいい」と言われるようなキャラクターです。
ところが“科学者の娘”というアイデンティティしか自認していなかった彼女も初めて同年代の男の子と知り合い、“少し着飾ってみること”や“恋心”を意識し、祖父ポップスの館で女性らしいピンクのワンピースに着替えます。
それでもクライマックスは父や母と同じ、自分の確固たるアイデンティティである科学者のユニフォーム。
ディズニー映画『ムーラン』では女性らしさを強要される主人公が男性として冒険をし、“本来の自分”へとたどり着く旅路が描かれますが、本作は“放浪者”から自分が思う“女性性”を意識し、そして女性、科学者、どちらも同じくらいの強さで存在するアイデンティティとして受け入れ自分という人間が確立する成長が描かれているのです。
本作で描かれるジェンダー的側面はもうひとつ、それはアヴリルの両親とトカゲの夫婦の異なる点。
自らの研究の為なら家族を想う心にも目をつぶるアネットと自分の命よりも他者を優先し、“犠牲的”な道をたどるチミーヌ。
アヴリルの父ポールは娘を心から心配しておりいくら研究に従事しようとも心は売ろうとせず、トカゲのロドリゲは独裁的な人物。
対照的な立ち位置を同じジェンダーのキャラクターに演じさせる描写も興味深い点です。
本作が描くのは行き過ぎた科学がもたらす悲劇ではなく、共存の道を辿らなかった行く末、文明が搾取や独裁によて失われた道筋。
頽廃の世界を描きながらもフランス映画らしいエスプリの効いたセリフやどこか憎めないキャラクターたち、次々と起こるハプニングに展開される物語と笑って楽しめるエンターテイメントに仕上がっています。
まとめ
マリオン・コティヤールの好演にしゃべる猫ダーウィンの奔走、アインシュタインを始めとする実在の科学者たちのカメオ出演と抜群にチャーミングなヌーヴェルアニメーション『アヴリルと奇妙な世界』。
お洒落で審美的な冒険譚、SF作品を楽しみたい時に手にとってみてはいかがでしょうか?