仕事に家事に育児に恋に。
奮闘する女性への応援メッセージ。
現代は、多様化するライフスタイルで、家族の在り方も様々です。ひとつの存在に縛られて生きる時代ではありません。
結婚して母になっても、1人の女性として社会で働き、恋もします。家族のために奮闘しながらも、自分の幸せの追求も大切なことです。
それと同時にいつの時代も変わらないものもあります。
それは母親という存在の特別さです。誰もが物語の始まりは、母のお腹の中からなのです。
様々な女性の生き方を交差させ、母性について考えさせられる群像劇『パリの家族たち』を紹介します。
映画『パリの家族たち』の作品情報
【日本公開】
2019年(フランス映画)
【監督】
マリー=カスティーユ・マンシオン=シャール
【キャスト】
オドレイ・フルーロ、クロチルド・クロ、オリヴィア・コート、パスカル・アルビロ、ジャンヌ・ローザ、カルメン・マウラ、ニコール・ガルシア、ヴァンサン・ドゥディエンヌ、マリー=クリスティーヌ・バロー、パスカル・ドゥモロン、ギュスタヴ・ケルヴェン、ノエミ・メルラン
【作品概要】
パリで働く様々な女性の姿を通して、幸せの在り方を提示する群像劇『パリの家族たち』。
監督は、『奇跡の教室 受け継ぐ者たちへ』(2016)でカンヌ国際映画祭をはじめ世界各国で高い評価をされたマリー=カスティーユ・マンシオン=シャール監督です。
出演は、女性大統領アンヌ役に『最強のふたり』(2011)のオドレイ・フルーロ、舞台女優のアリアン役に『愛を綴る女』(2016)など監督としても活躍するスコール・ガルシア、三姉妹の次女ダフネ役に『パリ、恋人たちの影』(2016)のクロチルド・クロが共演しています。
それぞれの家族の問題と向き合いながらも、力強く生きる女性たちを美しく演じています。
映画『パリの家族たち』のあらすじとネタバレ
物語が始まる場所は、皆同じです。それは、母親のお腹の中。
母親には色々あります。世間一般の理想の母親から、悪い母親まで。
どんな母であれ、自分を産んでくれた存在です。そして母親とは常に特別な存在なのです。
パリの5月。もうすぐ母の日がやってきます。日頃の感謝の気持ちを込めて、母親に贈り物をする日です。
とある社会人クラスでは教師が「このクラスでは母の日の贈り物を作りません」と提案しています。昨今の複雑な家庭環境に対応できないというのが理由です。
女性大統領のアンヌは、職務と母親業の狭間で不安に揺れていました。3か月になる我が子をゆっくり抱くことも出来ず、夫に押し付けてしまう自分はダメな母親だと自覚していました。
一方、イザベルとダフネ、ナタリーの三姉妹は、認知症が進む母親の介護に戸惑っています。
三姉妹の母・ジャクリーヌは決して優しい母親ではなく、幼いころに母親から受けた仕打ちが、それぞれの心にトラウマを残していました。
長女のイザベルは小児科医で、養子を受け入れることを考えていました。ジャクリーヌの面倒を積極的に見ようとしますが「小さい頃から、面倒くさい子ね」と言われ、母親の愛に疑問を抱き傷つきます。
次女のダフネは、2人の子供を持つシングルマザー。ジャーナリストの彼女は仕事を優先するあまり思春期の子どもたちとは上手くいっていません。子どもたちは母親よりシッターのテレーズに心を許しています。
末っ子のナタリーは、独身を謳歌する大学教授で、教え子との恋愛を楽しんでいます。彼女は、世間の母親に強烈な偏見を持っていました。
講義では、母性や家族愛を象徴する絵として、画家ジェームズ・マクニール・ホイッスラーの「灰色と黒のアレンジメントNO.1-母の肖像」を取り上げ、母の日の必要性が本当にあるのかを説きます。
ナタリーの彼が通うタップダンス教室に、舞台女優のアリアンがやってきます。彼女は病気を患っており、残された時間をタップダンスに舞台にと人生を謳歌していました。
そんなアリアンを心配する息子・スタンは、彼女の生活へ過剰に干渉してきます。息子の愛情を嬉しく思うも、親離れをし自分の家族を作って欲しいと願うアリアン。
スタンには、花屋で働くココという彼女がいました。母親の世話で電話にも出てくれないスタン。
ココは、スタンの子どもを妊娠していました。悩んだすえ、子どもを産むことを決心したココは、ある姿でスタンの前に現れます。
映画『パリの家族たち』の感想と評価
本作の中で重要なキーワードである「母の日」。すべての物語を繋ぐものとして母の日の由来が登場します。
南北戦争後、アン・リーブス・ジャービスという人物が中心となり、「母の友情の日」と題した活動を通して、かつての敵同士を結び付ける平和活動を行っていました。
さらに娘のアンナ・ジャービスによって、1908年に初めて「母の日」が誕生します。
母の日はそもそも、>自分の母親と過ごし、母親がしてくれたことに感謝をする日でした。
それがいつのまにか、カードを贈りプレゼントを用意することが主体の商業的な日に変貌していき、母の日のお祝いは義務化してしまいました。
この変化に不満を持ったアンナは皮肉にも母の日の撲滅運動にその後の生涯を捧げました。
映画の中では、社会人クラスで、母の日の贈り物を作らないという提案をするシーンがあります。
昨今の複雑な家庭環境に対応できないというのが理由ですが、生徒の中には何がなんでも「母の日は大切な日」と主張する者は多く、義務化している現代の様子が伺えます。
面倒に思いながらも、母の日に贈り物をしないとダメな子どもとレッテルを張られてしまう。世間体ばかりが重要になっています。
母の日とは感謝の気持ちを伝えるきっかけの日となる一面もあれば、心が伴っていなければ何の意味もない日にもなってしまう。今一度、どんな日なのか考えるきっかけになりました。
また、映画では三姉妹の末っ子ナタリーの「子どもを産んだ母親は偉いと言うの?」という言葉がとても印象的です。
女性だから子どもを産み、母親になるのが一番の幸せという考えは、もはや時代遅れとなりました。それでも、女性にとって人生の中で子どもを産むか産まないかは大きな選択のひとつです。
何が幸せかは人それぞれです。その人の選択した道を他人が評価してはいけません。
そして、映画の中では様々な母親が登場します。世間一般で理想とされる母親から、自分勝手な母親まで。どんな母であれ、自分を産んでくれた存在は偉大なものです。
子どもは時に母親を愛し、同時に嫌い、世間は母親を賞賛し、時に無視もします。
都合の良い様に扱われがちな母親。母親に多くを求めるのは、母親は不死身に見えるからなのかもしれません。母は強しのイメージです。
しかし、母親もひとりの女性であり、ひとりの人間です。幸せを追求してもいいのです。
母性をテーマにしているこの映画ですが、何にも縛られず自分らしく生きるパリの女性たちの物語でもありました。
まとめ
パリで働く女性たちとその家族を通して、母親という存在にせまる群像劇『パリの家族たち』を紹介しました。
母親との関係の煩わしさや、母親業と仕事とのバランスの難しさを率直に描いた本作は、現代社会を生きる私たちの心に響くものがありました。
本作のエンディングに見られる、多くの家族の母親とのハグシーンに、あなたもきっと大切な家族に会いたくなることでしょう。