近年、そのあるべき姿と存在意義が問われる機会が増え、それをテーマにした映画も数多く作られているジャーナリズムと、それに関わる人々の姿。
新たに混迷を極める地ソマリアに身を投じた、若きジャーナリストの実話を映画化した作品が公開されました。
『ボーダーライン ソマリア・ウォー』(米国版予告)
トム・ハンクス主演の映画『キャプテン・フィリップス』でも注目を集めた、ソマリア沖で活動する海賊の実態を取材した、ジェイ・バハダーの著作を映画化した作品です。
経験も無いままに成功と名声を求め、単身ソマリアに乗り込んだ青年は、そこで何を体験し、何を伝える事になったのか。
CONTENTS
映画『ボーダーライン ソマリア・ウォー』の作品情報
【日本公開】
2019年(ソマリア・ケニア・スーダン・南アフリカ・アメリカ合作映画)
【原題】
The Pirates of Somalia
【監督・脚本】
ブライアン・バックリー
【キャスト】
エヴァン・ピーターズ、メラニー・グリフィス、バーカッド・アブディ、アル・パチーノ
【作品概要】
無謀にも自らソマリアに乗り込み、海賊の取材を試みた青年の姿を描いた社会派サスペンス映画。
主人公である実在のジャーナリスト、ジェイ・バハダーを演じるのは、『Xーメン』シリーズや、『アメリカン・アニマルズ』への出演でお馴染みの、エヴァン・ピーターズ。
主人公の母をメラニー・グリフィス、彼に影響を与えた伝説的ジャーナリスト役でアル・パチーノと、2人のベテラン俳優が共演しています。
『キャプテン・フィリップス』でソマリアの海賊を演じ、一躍有名になったバーカッド・アブディが、本作では主人公を支えるソマリア人通訳として登場します。
映画『ボーダーライン ソマリア・ウォー』のあらすじとネタバレ
後にリーマン・ブラザーズが破綻する事になる、金融危機の最中の2007年に大学を卒業したジェイ・バハダー(エヴァン・ピーターズ)。彼はそれを最悪のタイミングだったと語ります。
政治学と経済学で博士号を取りながらも、就職先に恵まれずスーパーを回り、市場調査を行う職についていたジェイ。彼は家族と同居して暮らしていました。
ジェイはあちこちの出版社に、自作の小説を送っていましたが、帰ってくるのは最初に「残念ながら」と書かれた、不採用を告げる返事ばかり。
クリスマスを前にした2008年のある日、ジェイは母マリア(メラニー・グリフィス)から、雪かきをするよう頼まれます。
家にお金を入れないなら、代わりに雪かきを行うのが両親との取り決めでした。仕方なく雪かきを始めるジェイ。
そんな彼の前に友人が現れ、遊びに行こうと誘いますが、ジェイはそれを断りジャーナリストになる夢を実現するため、ハーバード大に入る考えを語ります。
しかし彼は、友人から思いを寄せていた地元の女の子、トレイシーが年上の担当教授と婚約したと聞かされます。失意のジェイは挙句の果てに、雪かき中に腰を痛めます。
治療の為病院を訪れたジェイは、偶然そこに居合わせた人物が自分が憧れていたジャーナリスト、シーモア・トルビン(アル・パチーノ)と知り驚きます。シーモアは従軍記者として書いた、ベトナム戦争の記事で名を馳せた人物でした。
尊敬している人物だと彼に告白したジェイは、ジャーナリストになる夢を語ります。シーモアは彼のハーバードで学ぶ考えを否定し、ジャーナリズムは学べない、それより実際に誰も行かない危険な場所に取材に行き、経験を積むべきだと諭します。
その言葉を聞いて、ジェイはソマリアに行く事を思いつきます。彼は大学で民主政権に移行するソマリアについて、レポートを書いていました。
後日ソマリアの海賊について報じるニュースを見て、ジェイはソマリアに記者がいない事実を知ります。危険な場所で報道機関保険の対象外であり、大手記者は誰も現地に入ってませんでした。
ソマリア行きを考えたジェイにチャンスがやって来ます。2008年11月23日、彼がメールを出して接触した、ソマリアのラジオ局の担当者から電話が入ります。
モハマド・ファロレと名乗る相手は、接触してきたジャーナリストはあなただけだと伝え、ぜひソマリアに来て欲しいと告げます。ジェイの為に力になれるという彼は、ソマリア大統領の息子でした。人生初の幸運に驚くジェイ。
ジェイは早速シーモアに相談します。シーモアは彼が試しに書いた記事を読み、面白いと評価していました。
シーモアは彼を知り合いの記者、アブリル・ブノアに紹介したいと持ち掛けます。まだソマリアのラジオ局に接触しただけだと語るジェイに、強引にでも売り込める企画を作り出すようアドバイスするシーモア。
シーモアはこれからジャーナリストの道を歩むジェイに、一本の葉巻を与え吸う様に薦めます。その葉巻を記念に取っておくジェイ。
こうしてジェイのソマリア行きは具体化します。彼は両親にこれがジャーナリストになる唯一の方法だと納得させ、500ドルを借りて準備を進めます。
2008年12月6日、ジェイはソマリアに向け出発します。それは何度も飛行機を乗り継ぐ旅でした。
かつてソマリアは、詩人の国として知られていたと語るジェイ。人々は争いの解決には武器ではなく、詩の力で交渉していました。
20世紀に入り、イギリスとイタリアがソマリアを植民地化を狙い動き出すと、状況は大きく変わります。植民地化を拒否した人々は、武器を持って戦います。
抵抗とそれに続く内戦は100万人の難民を生み、彼らを干ばつや洪水、そして飢餓が襲います。
目的地に到着したジェイを、ファロレが手配した通訳・アブディ(バーカッド・アブディ)が迎えます。気さくな彼はジェイに、親指を立てる仕草はソマリア人を侮辱する行為だと教えます。
ジェイは早速ソマリアの海賊についてアブディに尋ねますが、彼は海賊ではなく“海の救世主”“海上警備隊”という言葉を使います。そしてジェイに、不用意に海賊という言葉を使わぬよう説明するアブディ。
護衛の兵士と共に目的地に向かうジェイは、現地の嗜好品である植物の葉・カート(覚醒作用のある植物)を勧められ、早速自ら体験します。
ラジオ局に到着し、ファロレと会ったジェイ。ファロレは“海の救世主”との言葉を聞き、それは古い考え方で、彼らは海賊に過ぎないとアブディに注意します。ソマリアの人々にとっても、海賊に対する評価は分かれていました。
ファロレの紹介で早速大統領に会ったジェイ。大統領は彼の護衛として、オマル大佐を紹介します。大統領はジェイによって、ソマリアの現状が世界に広く知られる事を望んでいました。
ソマリアには子供たちが通える学校が少ない、と語る大統領。学ぶ機会の無い子供たちにとって、成功した大人の姿は、残念ながら海賊だと説明します。
ジェイはソマリアでの宿泊場所として、アブディが家族と共に住むアパートの一室が用意されます。ようやく彼は休む事が出来ました。
2008年12月10日。目覚めたジェイはアパートの窓を開け、外の様子をビデオカメラに収めます。窓を開ける行為は安全上、オマル大佐に禁じられていましたが、そこでジェイは美しい女性に目を留めます。
彼女を1番大きな海賊グループのボス、ガラードの妻で、市場でカートを売っているマリアンだと、ジェイに教えるアブディ。
アブディの手配で、地元に3つある海賊グループの1つのボス、ボヤを取材する事になったジェイ。ボヤは自分は500人の手下を持ち、欧米・中国・韓国の漁船から自分たちの漁場を守り、政府がやるように彼らから税金を取り、部下に分配しているだけだと説明します。
部下は誰も殺していないと語るアブディ。取材は順調に進むかに見えましたが、ジェイは渡すべき手土産を持っておらず、それに怒ったボヤは去って取材は中断します。
それでも取材が出来たジェイは、早速自分の企画をシーモアから紹介された、アブリルに売り込みます。アブリルから買い手を探すとの返事を貰い、有頂天になるジェイ。
ボヤの手土産にするカートを、マリアンから購入するジェイ。マリアンはアメリカ映画を見て英語を覚え、彼と会話する事が出来ました。マリアンも他の住民たちも、彼がソマリアの現状を世界に伝えてくれると信じていました。
ボヤへの2度目の取材は、手土産のカートも効いて順調に進みます。ジェイは彼から、海賊の船舶への襲撃方法を、細かく聞き出す事に成功します。
2009年2月28日、順調に取材を進めていたジェイは、アブリルから思わぬ返事を貰います。ジェイの企画の買い手が付かないと言うのです。
“フック船長”、すなわち明確な悪役の海賊がいないと売れない、と語るアブリル。この時期売れている本と言えば「トワイライト」シリーズ。厳しい説明にジェイは言葉を失います。
怒るジェイに対し、アブリルは自分は味方だとなだめ、一つの提案をします。海賊の人質となった船員の映像が手に入れば、CBSに1000ドルで売れると語るアブリル。
それは困難だと説明するジェイに、当座の活動費にもなるので、努力してみてはと告げるアブリル。話は物別れに終わりますが、確かに取材費は尽きかけていました。
ジェイは眠っていたアブディを起こします。2人は今や、互いを兄弟と認め合う仲になっていました。そのアブディに、ジェイは打ち明けます。
自分はここで皆が信じているような、有名なジャーナリストではない。また本を出版する話も無くなった。私は皆に対して嘘をついたと告白するジェイ。
それでもソマリアの現状を世界に伝え、取材を続けるには海賊の人質の映像を撮る事が必要だ。それが唯一の方法だが、それには君の協力が必要だ。
得た金は山分けにするとのジェイの言葉に、アブディはそれは賢明な方法ではないと答えます。お金の問題ではない、海の上ではあなたの身は守れない、海賊に殺されると告げます。
映画『ボーダーライン ソマリア・ウォー』の感想と評価
取材困難な地でのジャーナリズムの実態
邦題から戦争映画をイメージする方が多いでしょうが、ご紹介した通りこの映画は、紛争地で困難な取材に望むジャーナリストの姿を描いた作品です。
ジャーナリズムに対する自己責任論やフェイクニュースの追求、それに対し報道の自由の重要性への訴えなど、様々な意見が飛び交っていますが、本当に大切なのは取材対象に向き合う記者の姿勢です。
『ボーダーライン ソマリア・ウォー』の主人公、ジェイ・バハダーはカナダ人ジャーナリスト。物語の筋書きや登場人物は映画的に創作、単純化されていますが、学校で学ぶより、困難な地を取材して本物のジャーナリストになろうとした姿勢は事実です。
彼が偶然に助けながらも地元の人々と、あらゆる手を尽くして関係を結び、そして困難な取材対象に迫る姿には、サスペンス映画的な面白さが満ちています。
報道の重要性を語るには、この様な取材に対する姿勢を踏まえて語るべきでしょう。そのような示唆に富んだ、報道をテーマにした映画です。
異国の地でも共通体験できる作品
主人公は文化も価値観も、身の安全性も全くことなる地で取材活動を行いますが、そこで美しい女性マリアンと知り合います。
このマリアンという人物は、アメリカ映画を見て英会話を覚えた人物として描かれます。好きな映画は『G.I.ジェーン』でデミ・ムーアの大ファンです。
ソマリア人である彼女は当然、『ブラックホーク・ダウン』が嫌い。主人公は当然、米軍がソマリア市民を攻撃するから、と思いますが彼女はあの映画には、誰1人ソマリア人が登場していないから、と語ります。
彼女の不満はあの映画が、ソマリアの真の姿を描いていない事でした。マーケットを視野に、様々な国を舞台にして映画が作られる一方、その描写がフィクションを口実におろそかになっている、ハリウッド映画の現状に対する風刺でしょう。
その一方彼女は、自分の口の悪さを『チーム・アメリカ ワールドポリス』に例えます。美しく若い女性が見るには、宗教を差し置いても問題がある映画ですが、時に他国で好き放題正義を振るうアメリカを皮肉った引用です。
無論映画的に創作されたエピソードですが、映画など文化の共有体験は、異国の人々との交流に有効です。政治的・文化的な、相手との違いにしか目を向けない風潮への批判と受け取れます。
映画などを通じて海外の文化にふれている人は、その様な交流のツールを持っている。そう自覚すると、映画ファンは少し胸を張れませんか。
実は南アフリカで撮影された映画
その一方で『ボーダーライン ソマリア・ウォー』は、主要なシーンを南アフリカで撮影しているという、マリアンのセリフを裏切る様な行為を行っています。これが現在の、ハリウッドの映画製作のスタイルである、と指摘する事もできます。
その一方でこの映画は、ソマリア問題に対し独自の製作姿勢を貫いています。
バーカッド・アブディだけでなく、ソマリアのシーンに登場する俳優・エキストラの大半は、実際のソマリア難民を起用しています。
更に本作はエンドロールで、多くの人名の横に年月日が表示されています。これはその人物がソマリア難民であり、いつ難民となったのかを示しています。
打算的にソマリアの海賊問題に関わり、成功を遂げた主人公。しかし彼の行為はソマリアの現実を世界に知らしめ、世の中を動かす原動力となりました。
映画も商業的に作られながらも、同時にソマリア難民の雇用と、彼らの存在を訴える事に力を注いでいるのです。
まとめ
ソマリアに対する姿勢、政治的現状も報道も、難民の存在も表も裏も含めて取り上げた映画『ボーダーライン ソマリア・ウォー』。作り手が諸問題に真摯に向き合った映画と言えます。
なおこの映画は主人公の悪夢や心象風景を描き、劇的なアクションシーンをアニメーションにするなど、表現の飛躍がある作品です。
これにはアクション映画を期待して見た方には、更に違和感を感じさせるかもしれません。
監督のブライアン・バックリーは、アカデミー最優秀短編映画賞にノミネートされた事もある、優れたCM製作者として有名な人物。
かつてニューヨークタイムズは、彼を“スーパーボウルの王”と呼びました。全米で注目を浴び高い視聴率を誇る、スーパーボールのコマーシャルフィルムを2000年以来50本以上も手掛け、その実績から与えられた称号です。
アメリカの国民的イベント、スーパーボウルのCM料は極めて高く、それ故に大手企業期待の新商品の発表や、新作超大作映画予告のお披露目などにも使用されている、特別のCM枠です。
この作品の様々な表現の飛躍には、監督ならではの計算と試みがあるのです。
なお、主人公の悪夢の中で海賊に射殺される人物が登場しますが、これが本作の自伝原作者であるジェイ・バハダー本人。監督らしいお遊びです。