映画『カニバ パリ人肉事件38年目の真実』は2019年7月12日(金)より、ヒューマントラストシネマ渋谷ほかロードショー!
1981年、フランス・パリで起きた、前代未聞の猟奇殺人事件として世間を騒がせたパリ人肉事件。
犯行を犯したのは日本人留学生、佐川一政。被害者の遺体を遺棄しようとしているところを目撃され、逮捕されましたが精神鑑定の結果、心神耗弱状態での犯行であったと判断され、不起訴処分となります。
1984年に日本に帰国すると、日本の警察と病院は刑事責任を追及すべく動きますが、フランス警察の方針もあり起訴は不可能となり断念、その後社会復帰を遂げることになります。
以降彼は小説家・エッセイスト・アダルトビデオ出演など、様々な活動を行っていましたが、時と共にその活動と姿を目にする機会は減っていきます。
このドキュメンタリー映画は現在の佐川一政の姿と、彼を身近に支える人物の姿を描きます。そこには、内なる欲望を抱えた人間の、赤裸々な姿が映し出されていました。
あまりに衝撃的な内容に、各国の映画祭で途中退場者続出、そして日本の全配給会社が買い付けを拒否したという、いわく付きの問題作です。
その一方でヴェネチア国際映画祭オリゾンティ部門審査員特別賞を受賞し、世界の優れたドキュメンタリー・ノンフィクション作品に与えられる、シネマ・アイ・オナーズ賞で、佐川一政がアンフォゲッタブルズ賞を受賞しています。
CONTENTS
映画『カニバ パリ人肉事件38年目の真実』
【公開】
2019年7月12日(金)(フランス・アメリカ合作映画)
【監督・撮影・編集・製作】
ヴェレナ・パラヴェル、ルーシァン・キャステーヌ=テイラー
【出演】
佐川一政、佐川純、里見瑤子
【作品概要】
2013年に脳梗塞で倒れて以来、実弟の介護を受けて暮らしている佐川一政。映画は兄弟の姿を、至近距離から捉えた徹底したクローズアップで、密着かつ濃密な映像で描きます。
被写体に過剰なまでに接近する事で、今も闇を抱える彼と、それを支える弟の現在の姿を浮かび上がらせ、彼らの魂の極北まで描き出していきます。
網の中でもがく魚や、空中を飛ぶカモメの視点など、今までに無い映像と音響で漁船漁業を描いた、海洋ドキュメンタリー映画『リヴァイアサン』を監督・撮影・編集・製作した、ヴェレナ・パラヴェルとルーシァン・キャステーヌ=テイラー。
その2人が人間の秘めたる欲望、カニバリズムの意味を問うために描いた、衝撃のドキュメンタリー映画です。
映画『カニバ パリ人肉事件38年目の真実』のあらすじ
カメラは老いた佐川兄弟に肉薄します。実弟・佐川純に介助され、食事をとる佐川一政。
妄想の1つですと、口にする佐川一政。ルネ(パリ人肉事件の被害者)の名を呟き、あんまり厳密には判らない、ただ妄想の中ですから、細かく分析した事は無いと、言葉を続けます。
ルネに食べられたいという気がすると言葉を続け、自ら秘めた狂気を告白する佐川一政。その姿を黙って見つめる弟。
フランス語も交え事件を振り返り、むなしかったと語る佐川一政。カリバリズムはフェティシュな願望によるものだ、原始的な欲求の延長線上にあるものだと、淡々と語ります。
ルノアールやディズニーも好きだと語った後、彼は言葉に詰まります。語る事を止めた兄に代わって佐川純が、彼は親の影響でそういったものを好んでいると補足します。
兄の中にカリバニズムと、芸術的なものという両極が存在すると説明する弟。そう説明するしかないと、少し笑みを交えて佐川純は語ります。
同じ環境に育った事で、兄に影響を与えたものは理解しているし、それは自分と共通していると語る弟。無論カリバニズムは理解出来ないがとの言葉を、黙って聞いている佐川一政。
優しく笑いながら、カリバニズムは人を殺さなくても、出来たのではないかと問う弟。自分に相談してくれれば良かったのに、世の中には食べれられてもいいと言う女性もいたかも、と語りかけます。
今更言ってもしょうがないけど、と言葉を続ける弟。静かな笑みをたたえて言葉を交わす兄弟。
母は僕をカトリック教徒にしたかったと、英語で語る佐川一政。でも無理だ、僕は汚れ過ぎていると、彼は言葉を続けます。
母の流産の体験を語り、その時流れ出た血や肉を自分の体だと感じた、と彼は話します。母の話し方がすごくリアルだったと告白する表情を、カメラは画面一杯に大きく写しだします。
兄の体に糖尿病の注射を打つ佐川純。自分が死ぬのも、他者が死ぬもの怖いと呟く兄に、事件の時の心境を尋ねる弟。すると話題を変えた兄の態度を見て、弟は笑い出します。
死ねなくてがっかりした、同時に生きたいと語る佐川一政。その言葉の矛盾を指摘する弟。
画面にはかつて佐川一政が出演した、アダルトビデオの映像は映し出されます。女性の裸体にむしゃぶりつく姿は、疑似的なカリバニズムを思わせます。
高槻彰監督作品のアダルトビデオ『実録SEX犯罪ファイル』で、彼に“喰われる”体験を演じている女優・里見瑤子。
漫画を描いている時は、体が自然に動く感じだと、弟に告白する佐川一政。衝動、欲動、欲望…衝動で動く波のようなものに、突き動かされたと説明します。
兄の描いた漫画、「まんがサガワさん」を読む佐川純。パリ人肉事件を詳細に、独特のタッチで描かれた作品を、弟は笑いながら読み進めていきます。
漫画で事件は生々しい描写と、白人女性への憧れと、自らの貧弱な肉体へのコンプレックスが描いた佐川一政。
笑いながらも、よく描けるなぁと指摘する弟。描きたかったから描いたのかとの質問に、判らないと答える兄。
漫画の内容に私はダメだと、読むの止めた佐川純。これを描いた理由を尋ねる弟に、兄は判らないといいつつ、描きたい衝動があったと説明します。
漫画を閉じ、これは私の趣味ではないと語る弟。この漫画は世の中に出す必要の無いし、これによって兄貴の評価されている部分も無くなってしまう、と言葉を続けます。
画面には仲良く遊ぶ幼い佐川兄弟を映した、モノクロの8㎜フィルムが流されます。父と母と共に、仲良く遊ぶ兄弟の姿。弟は2人は双子の様に育ったと説明します。
足の力が弱くて、三輪車のペダルが踏み込めなかったと、告白する佐川一政。訪問医の診察を受ける、幼くひ弱な彼の姿を8㎜フィルムは捉えていました。
そしてカメラは佐川一政だけではなく、その実弟の内面にも踏み込んでいきます。人間観察に徹したドキュメンタリー映画は、最後に思いもよらぬ光景を見せてくれます。
映画『カニバ パリ人肉事件38年目の真実』の感想と評価
“心の闇”の一言で語れぬ人間の欲望
猟奇的な事件が起きた時、人はその犯人を怒りの対象として、同時に好奇の対象として受けとめ、やがて忘れ去ります。
この映画の監督の2人は、ハーバード大学感覚民俗誌学研究所に所属する人物。美学と民族誌学の連携を推進する実験的なラボで、様々な映画・ビデオアート・音響・写真、インスタレーション作品を発表している研究所です。
ルーシァン・キャステーヌ=テイラーは映像作家であり、ヴェレナ・パラヴェルは人類学者でもある人物です。2人は日本では好奇と嫌悪の対象として消費され、忘れ去られた佐川一政の内面に存在する、人間の奥底にある本質的な欲望を描き出していきます。
その真摯な人間観察は彼だけでなく、周囲の人物の内面にも迫る事となり、人間という存在の複雑さをあぶり出していきます。
社会復帰した後、糊口を凌ぐために、己の行為を売り物してきた様に見える彼の行為。その姿を浅ましく感じる人もいるでしょうが、監督はそれを自分にたいする罰と受け止め、同時に今だカリバニズムの欲望を語る彼の、複雑な内面を描くことに成功しています。
人は他人の行為を、自分の描いたストーリーに従って、厳しく断罪する傾向にあります。しかし人を突き動かすものは、そんな単純なものでしょうか。
そして佐川兄弟の一見掴みどころの無い会話と、献身的に介護する姿を見た者は、彼らの姿に人間の愛情と欲望という、心に秘めた存在改めて確認させられます。
対象に収まらない視点を持つ
ドキュメンタリー映画といえば、対象となるテーマや人物を追求し、多くの場合その作家が、意図した姿を暴いていく事が基本スタイルと言えます。
しかし優れたドキュメンタリー作品は、描くべき対象の周囲にある物も捉え、それが如何なる形で対象に、深く関わっているかを描きます。時には対象から視点を移し、周囲にあった物を深く掘り下げる作業を厭いません。
劇映画『ゴーストワールド』を撮ったテリー・ツワイゴフ監督の作品に、著名なアンダーグラウンド漫画家、ロバート・クラムを描いたドキュメンタリー映画『クラム』があります。
毒舌漫画家の姿を通し、芸術と狂気を描いた作品『クラム』は、実はクラムは家庭環境の産んだ狂気を、芸術に昇華できた幸運な人物であって、その兄弟こそ狂気に翻弄された、悲劇的な人物であったという、衝撃的な事実を描き出しています。
『クラム』はサンダンス映画祭でドキュメンタリー賞を受賞、このジャンルの映画として珍しく一般公開され、異例の大ヒットを記録しました。
『カニバ パリ人肉事件38年目の真実』は『クラム』と同様の、優れた視点を持った作品です。決して怖いもの見たさを満足させるだけの作品ではありません。
まとめ
人間、佐川一政とその周囲の人物。彼らの世界の向こう側に何があるのかを、鋭くえぐり出して見せた映画が『カニバ パリ人肉事件38年目の真実』です。
この映画の人間模様は、フィクションでは物語として成立しない様な、将にエクストリームな展開が存在します。最後まで見た人だけが、人間というものの奥深さを実感できる作品です。
サブカルや猟奇的なものに興味のある方、好奇心の強い方の注目を集めている作品ですが、佐川一政の先に、人間の本質を描いたヒューマン・ドキュメント作品です。
佐川兄弟に肉薄したカメラが捉えたものを、ご自身の目で確認して下さい。