Cinemarche

映画感想レビュー&考察サイト

連載コラム

Entry 2019/05/11
Update

映画『リトル・フォレスト 春夏秋冬』あらすじと感想。手作りの韓国料理と自力で生き抜く大切さ|コリアンムービーおすすめ指南10

  • Writer :
  • 西川ちょり

読んで美味しいと話題の五十嵐大介の人気コミックスを韓国で映画化!

映画『リトル・フォレスト 春夏秋冬』がシネマート新宿、ヒューマントラストシネマ渋谷、シネマート心斎橋他にて2019年5月17日(金)より公開されます。

冬から春、夏、秋へと季節は移ろい、再び冬へ。故郷での特別な一年が、春を迎えるための新たな一歩となる…。 

都会の生活に疲れ、生まれ故郷に戻ってきたヒロインをキム・テリが演じ、『私たちの生涯最高の瞬間』、『提報者 ES細胞捏造事件』のイム・スルレ監督がメガホンをとりました。

【連載コラム】『コリアンムービーおすすめ指南』記事一覧はこちら

映画『リトル・フォレスト 春夏秋冬』のあらすじ


(C)2018 Daisuke Igarashi / Kodansha All Rights Reserved.

ソウルの大学に進学し、故郷を出たヘウォンは、就職も恋愛も思うように行かず、逃げるように故郷に戻ってきました。雪が積もった冬の日のことでした。

帰ってきたことを誰にも知られたくなかったのですが、すぐに親戚のおばさんにみつかってしまいます。さらには旧友であるジェハとウンスクにも再会します。

ジェハはソウルで会社員をしていたのですが、理不尽な扱いばかりする会社を見限り、故郷に戻って、農業を営んでいます。ウンスクは地元の銀行に就職し、一度も地元を出たことがないため、都会に憧れを抱いていました。

そんな彼らと心を通わせながら、自然に囲まれた故郷でヘウォンは、農作物を自ら育て、実った野菜を料理して食べる毎日を送り始めます。

季節は冬から春へ、そして夏、秋へと移ろい、再び冬が巡ってきました。生まれ育った故郷で一年を過ごしたヘウォンは、新たな春を迎えるために、一歩踏み出す決心をします。

映画『リトル・フォレスト 春夏秋冬』の解説と感想


(C)2018 Daisuke Igarashi / Kodansha All Rights Reserved.

自分の力で生き抜くこと

本作は五十嵐大介の大人気コミックを原作としています。日本でも橋本愛主演で映画化されていますが、日本版が「春夏」、「秋冬」の二部作だったのに対し、韓国版は四季すべてを一作におさめています。

セットやCGなどを一切使わず、実際の四季の風景をありのまま撮るために、クランクイン、クランクアップをそれぞれ4度ずつ繰り返したそうです。

韓国の四季の美しい光景が目の保養をしてくれるのは勿論のこと、陽の光の暖かさや、風が通り過ぎる気配、さらには土の匂いまで、本物の自然の感触がスクリーンから漂ってくるかのようです。

“癒やし”という言葉は昨今、コマーシャリズムにまみれた印象がありますが、本作が与えてくれる「癒やし」にはそうした意味合いはまったく感じられません。

生きるとはかくあるべきという説教臭さや、思想の押し付けのようなものもなく、都会と比較した田舎礼賛映画でもありません。毎日食事を作り、食べるという行為を丁寧に見せ、、”人が自分の力で生きていく姿“をユーモラスに爽やかに描いています。

手作り韓国料理の素晴らしさ


(C)2018 Daisuke Igarashi / Kodansha All Rights Reserved.

寒い冬の夜、人知れず故郷に帰ってきたヘウォンは、空腹を覚え、冷蔵庫を開けますが、当然のごとく何も入っていません。彼女は外に出て、雪に埋もれた白菜を掘り出して、スープを作ります。

それを実に美味しそうに飲むヘゥオン。体がみるみる温まっていく様子が伝わってきます。翌日は、白菜をフライパンで炒め、小麦粉ですいとんを作ります。また別の日は、花や青菜に小麦粉をまぶして天ぷらにします。

茹でたスパゲティの上に花びらをまぶしているので、見た目の美しさのためだろうかと思っていたら、その花びらも一緒に食べるのです。食べられるんだ!とスクリーンに目がくぎづけに。

他にも具沢山のサンドイッチや、チヂミ、じゃがいもパンなど季節ならではの美味しそうな献立が次々に登場。柿をどっさり剥いて、干し柿を作ったり、栗の甘露煮をこしらえて非常食として瓶詰めしたり、玉ねぎをくり抜いて詰め物をした料理など手間暇かけたものも登場します。

農作物を育て料理するというスウォンの行為は母から娘への確かな伝承の証です。母はしたいことがあるからと娘がソウルに行ったのを機会に家を出ており、回想シーンにしか登場しませんが、親の務めとして子供に生きる力、術を伝え、子もそれをしっかりと受け取っています。

そこには限りない愛が溢れており、だからこそ、なお一層、ヘゥオンが料理をする姿が眩しく、出来上がったものの美味しそうな様子に心が踊るのです。

素晴らしきキャスト陣


(C)2018 Daisuke Igarashi / Kodansha All Rights Reserved.

ヘゥオンに扮したキム・テリは、眩しいくらいの笑顔とユーモラスで爽やかな演技をみせ、観るものに清々しさを感じさせます。

パク・チャヌク監督の『お嬢さん』(2016)のオーディションで1500分の1の競争を勝ち抜いて抜擢されたあとも『1987 ある闘いの真実』(2017/チャン・ジュナン)といった話題作やイ・ビョンホンと共演した連続ドラマ『ミスター・サンシャイン』(2018)などに出演し、確実にキャリアアップし、韓国を代表する女優へと成長しています。

ジェハに扮したリュ・ジュンヨルは、『タクシー運転手~約束は海を超えて』(2017/チャン・フン)で、悲劇に巻き込まれる気のいい大学生を演じたかと思えば、『THE KING ザ・キング』(2017/ハン・ジェリム)では、主人公を守る裏社会の人間を演じるなど、幅広い演技力には定評があります。本作では、人生に迷いながらも、自分の信じる道を進もうとする青年を瑞々しく演じています。

ウンスクに扮しているのは、多数のドラマで活躍し、今回イム・スルレ監督に見出され、映画初出演となったチン・ギジュです。コメディー・リリーフ的な役割だけでなく、繊細で多感な少女像を作り上げ、もっとスクリーンで姿を観たいと思わせる好演を見せました。

この3人が交流するさまが生き生きと描かれ、3人の役者の息もピッタリです。

そして、思い出のシーンにしか登場しない不在の母親にはムン・ソリが扮しています。イ・チャンドン監督の『ペパーミント・キャンディー』(1999)で映画デビューし、同監督の『オアシス』(2002)で重度脳性麻痺の障碍者を演じて国内外の映画祭で多くの賞を受賞。二作とも最近、4Kレストア・デジタルリマスター版が日本でも公開されましたので、ご覧になった方も多いのではないでしょうか。

イム・スルレ監督作品は『私たちの生涯最高の瞬間』(2008)、『飛べ、ペンギン』(2009)に続き3本目の出演となります。韓国を代表する名女優ですが、大阪アジアン映画祭2019でグランプリを受賞した『なまず』(2018/イ・オクソプ)といった、若い作り手のインディーズ作品にも出演するなど、多方面で映画界に貢献しています。

そんな彼女が母親役だからこそ、娘のみならず、ジェハやウンスクたちに対してもどこかで優しく見守っているような、そんな安心感を与えてくれるのです。

まとめ


(C)2018 Daisuke Igarashi / Kodansha All Rights Reserved.

現代の韓国の若者の就職難や生き辛さについては、社会現象としてイ・チャンドン監督の『バーニング 劇場版』(2018)や、『金子文子と朴烈(パクヨル)』(2017/イ・ジュンイク監督)で金子文子を演じたチェ・ヒソが主演した『アワ・ボディ』(2018/ハン・ガラム/大阪アジアン映画祭2019で上映)などの映画でも言及されています。

本作には、ジェハのサラリーマン時代が少し語られますが、スウォンのソウル時代については恋愛部分がほんの少し語られるだけで、彼女が競争社会で疲労困憊したであろう部分はあえて描かれていません。

イル・スルレ監督はこの作品が人々にとって「休息となれば嬉しい」と発言しています。苦しくつらいときは少しばかり休んでもいい、一度つまずいても、人間は何度もやり直すことができる、という若い人々に対するエールが作品には込められています。

また、スウォンの母親は、早くに恋愛して結婚したため、やりたかったけれどできなかったことがある、それを今から始めてみる、遅いかもしれないけれど、と手紙を残して家を出ていったのですが、イ・スルレ監督は、ここにもやりたいことをするのに遅すぎることはないというメッセージを込めているのではないでしょうか。

人生に迷えるすべての人へ贈る、特別な四季の物語『リトル・フォレスト 春夏秋冬』は、シネマート新宿、ヒューマントラストシネマ渋谷、シネマート心斎橋他にて5月17日(金)より公開されます。

次回のコリアンムービーおすすめ指南は…


(C)2019 LOTTE ENTERTAINMENT & DEXTER STUDIOS All Rights Reserved.

公開前から話題沸騰の『神と共に 第一章:罪と罰』を取り上げます。

お楽しみに!

【連載コラム】『コリアンムービーおすすめ指南』記事一覧はこちら

関連記事

連載コラム

ホラー映画『人面魚』ネタバレあらすじと感想。 最新やばいTHE DEVIL FISHに魅入られたのはビビアン・スー!?|未体験ゾーンの映画たち2020見破録19

連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」第19回 世界各国の様々な映画を集めた、劇場発の映画祭「未体験ゾーンの映画たち2020」は、今年もヒューマントラストシネマ渋谷、シネ・リーブル梅田にて …

連載コラム

鬼滅の刃アニメ遊郭編名シーン/名言2|漫画ネタバレ有でキャラたちの名ゼリフを振り返る【鬼滅の刃全集中の考察9】

連載コラム『鬼滅の刃全集中の考察』第9回 大人気コミック『鬼滅の刃』の今後のアニメ化・映像化について様々な考察していく連載コラム「鬼滅の刃全集中の考察」。 前回記事に引き続き、本記事でも2021年内で …

連載コラム

元脱獄犯が出演!ジャック・ベッケル監督作品『穴』刑務所を舞台にした人間ドラマとは|偏愛洋画劇場7

連載コラム「偏愛洋画劇場」第7幕 手に汗握る脱獄もの映画は多々ありますが、今回はその中で私が最も好きな作品についてご紹介したいと思います。 色々な意味で似たような作品は一個もない映画、フランス映画の『 …

連載コラム

映画『ファルハ』あらすじ感想と解説評価。難民少女の実体験から‟扉の隙間から覗く戦争の真実”を描く|2022SKIPシティ映画祭【国際Dシネマ】厳選特集8

SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2022国際コンペティション部門ダリン・J・サラム監督作品『ファルハ』 2004年に埼玉県川口市で誕生した「SKIPシティ国際Dシネマ映画祭」は、映画産業の変革の中で新 …

連載コラム

映画『クローブヒッチ・キラー』感想評価とレビュー考察。結末の展開が読めない連続殺人事件の真相に俳優チャーリー・プラマーの演技が光る|サスペンスの神様の鼓動41

サスペンスの神様の鼓動41 映画『クローブヒッチ・キラー』は2021年6月11日(金)より新宿武蔵野館ほかロードショー予定!! 10年前に、ある小さな町で起きた未解決事件「巻き結び(クローブヒッチ)連 …

【坂井真紀インタビュー】ドラマ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』女優という役の“描かれない部分”を想像し“元気”を届ける仕事
【川添野愛インタビュー】映画『忌怪島/きかいじま』
【光石研インタビュー】映画『逃げきれた夢』
映画『ベイビーわるきゅーれ2ベイビー』伊澤彩織インタビュー
映画『Sin Clock』窪塚洋介×牧賢治監督インタビュー
映画『レッドシューズ』朝比奈彩インタビュー
映画『あつい胸さわぎ』吉田美月喜インタビュー
映画『ONE PIECE FILM RED』谷口悟朗監督インタビュー
『シン・仮面ライダー』コラム / 仮面の男の名はシン
【連載コラム】光の国からシンは来る?
【連載コラム】NETFLIXおすすめ作品特集
【連載コラム】U-NEXT B級映画 ザ・虎の穴
星野しげみ『映画という星空を知るひとよ』
編集長、河合のび。
映画『ベイビーわるきゅーれ』髙石あかりインタビュー
【草彅剛×水川あさみインタビュー】映画『ミッドナイトスワン』服部樹咲演じる一果を巡るふたりの“母”の対決
永瀬正敏×水原希子インタビュー|映画『Malu夢路』現在と過去日本とマレーシアなど境界が曖昧な世界へ身を委ねる
【イッセー尾形インタビュー】映画『漫画誕生』役者として“言葉にはできないモノ”を見せる
【広末涼子インタビュー】映画『太陽の家』母親役を通して得た“理想の家族”とは
【柄本明インタビュー】映画『ある船頭の話』百戦錬磨の役者が語る“宿命”と撮影現場の魅力
日本映画大学