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【考察解説】あいみょんがしんちゃん2019を再解釈する『映画クレヨンしんちゃん 新婚旅行ハリケーン ~失われたひろし~』|映画道シカミミ見聞録40

  • Writer :
  • 森田悠介

連作コラム「映画道シカミミ見聞録」第40回

こんにちは、森田です。

今回は4月19日に全国公開された『映画クレヨンしんちゃん 新婚旅行ハリケーン ~失われたひろし~』を紹介いたします。

「野原一家を再解釈してほしい」とのプロデューサーの依頼に応え、主題歌を書き下ろしたあいみょんの視点を借りて、大冒険の先に一家が見つけた“愛のかたち”をとらえていきます。

【連載コラム】『映画道シカミミ見聞録』記事一覧はこちら

『映画クレヨンしんちゃん 新婚旅行ハリケーン ~失われたひろし~』のあらすじ

(C)臼井儀人/双葉社・シンエイ・テレビ朝日・ADK 2019

人気TVアニメ「クレヨンしんちゃん」の劇場版27作目。

いまさらですが、初めての「新婚旅行」に出かけた野原一家の冒険活劇です。

ある日、みさえ(cv.ならはしみき)が見つけてきた激安新婚旅行ツアーに家族で参加することになった野原家。

しかし旅先のオーストラリアに到着早々、ひろし(cv.森川智之)が謎の仮面族にさらわれてしまいます。

じつはその秘境“グレートババァブリーフ島”には、50年に1度の金環日食の日、お姫様に花婿を贈ることでお宝がもらえるという伝説があり、その“花婿”にひろしが選ばれてしまったのです。

さらには、“お宝のカギ”となったひろしを奪おうと、世界中のトレジャーハンターたちが島に集結。

ここに野原家と仮面族、そしてトレジャーハンターたちとの三つ巴の争奪戦が勃発します。

しんのすけ(cv.小林由美子)も当然、父ちゃんを奪還すべくジャングルの奥深くへ。

彼らが最終的に発見した“お宝”とはなんだったのか。それをここでは明かしていきます。

橋本昌和監督のメッセージ

(C)臼井儀人/双葉社・シンエイ・テレビ朝日・ADK 2019

本作の監督を務めたのは、シリーズ最高の興行収入を記録した『映画クレヨンしんちゃん オラの引越し物語 サボテン大襲撃』(2015)を手がけた橋本昌和。

シリーズ物の宿命として、似た設定に依拠せざるを得ないこと(今回は海外旅行)が挙げられますが、4度目の登板となる橋本監督は、そのことについてパンフレットではこう語っています。

野原家は今までにも何度か海外旅行に行っているので、今回だけの特別な何かが欲しかった。そうして思い至ったのが新婚旅行だったんです。新婚旅行だからこそ、「愛」が試され、「愛」を意識する。そういう旅にしたかったんです。(映画公式パンフレットより)

今回は明確に「愛」がテーマとして掲げられています。

「愛」は手垢にまみれた言葉であり、それだけでは新鮮さはありません。

問題は、幾千ものかたちがある愛で、野原家が新たに見つけたものを絞りこむことです。

そのためのアプローチのひとつが、あえて「愛とは無縁な者」を登場させることでした。

本作ではインディ・ジュンコ(cv.木南晴夏)という、「インディ・ジョーンズ シリーズ」を模したキャラクター出てきます。トレジャーハンター側の人間です。

橋本監督は彼女をこのように位置づけます。

インディ・ジュンコはこの映画オリジナルのキャラなので、ドジっ子なのか有能なのか、恋愛に対してポジティブなのかネガティブなのか、大恋愛を経験しているのかいないのか、いろいろ試行錯誤した結果、恋愛に興味のないサバサバとしたプロフェッショナルなんだけど、とにかく運の悪いトレジャーハンターになりました。(映画公式パンフレットより)

“恋愛に興味がない”人々は、もはやドラマでも日常でも珍しくない存在です。

ただそれが「金さえあれば大丈夫」に結びついてしまうところに考えるべきテーマが潜んでいます。

“恋愛”の代わりに“お金”の物語を生きようとする人は少なくないでしょう。

それは恋愛観の多様性を示しているのではなく、生きるにあたり「別の依存先=物語」を見つけたに過ぎません。

また、“とにかく運の悪い”というのもポイントです。

ジュンコのやることなすことは、罠にかかったり、乗り物がパンクしたりと、必ずオチがついてまわります。

「お金の物語」を生きようとするが、運のない環境に陥っているトレジャーハンター。

それを現実社会では“ロストジェネレーション”と呼びます。

ジュンコはみさえに「もっと豊かで価値ある人生」を目指すように言い聞かせます。

ここに、彼女が「すでに失われた物語」から抜け出せないか、つまりは「自立した愛」をもてないかという問いが浮かびあがってきます。

「仮面族」はいまの「日本社会」である

(C)臼井儀人/双葉社・シンエイ・テレビ朝日・ADK 2019

それを補足するかのごとく、島の伝説に生きる「仮面族」に対して、橋本監督のこの言葉はやや辛辣です。

仮面族は、上中下の階級ごとに決められた仮面をかぶった個性のない集団で、言われるがままに働いている人たちなんです。みんな質素に生活しているけど、長(おさ)だけは自宅のパソコンを使って、アマゾンとかで買い物しちゃってる。だから宝を手に入れても長以外は生活がそんなには変わらない。その宝ってそんなに価値があるの? もっと大事なものがあるでは? というのがこの映画のメッセージのひとつかなと思っています。(公式パンフレットより)

これは日本の国民性を言い表しているのみならず、野原家を一般的な中産階級とみなすことの限界を露呈させています。

いまの社会で、みんながある程度に豊かであるとは、とうてい言い切れないでしょう。

みんなで“宝”の獲得を目指して働いても、その恩恵に預かれる者は一握りだけになってしまいました。

仮面族の「仮面」は、かつて中産階級と呼ばれていた人たちが、その現実から目を背けるために使う道具(比喩)です。

それでも“長”を理想に働いてしまうわたしたち。

それは「欲望とは〈他者〉の欲望である」と喝破した精神分析家のジャック・ラカンの知見を借りるまでもなく、だれもが実体がないもの、見えないものに突き動かされている姿を表現しています。

自分の欲望とはなにか。この問いも「自立した愛」の問題につながっていきます。

プロデューサーからあいみょんへの依頼

(C)臼井儀人/双葉社・シンエイ・テレビ朝日・ADK 2019

「今回、『クレヨンしんちゃん』の根幹・原点である『家族』を見つめる物語にしたい」と考えた本作のプロデューサーは、その企画に沿う主題歌をつくれる歌手として、あいみょんに白羽の矢を立てました。

あいみょんさんの楽曲は、聞いた瞬間から言葉が頭にこびりついて離れず、情景や主人公の表情までもが映像で浮かんできてしまう、とても物語性の高いものばかりです。そんな、あいみょんさんならではの鋭い切り口で、野原一家を再解釈して頂けたら、何か素敵な事件が起きるのではないか! と思いました。(映画公式サイトより)

あいみょんといえば、いまもっとも注目を浴びている若手シンガーソングライターといっても過言ではないでしょう。

4月17日に発売された本作の主題歌「ハルノヒ」は、先行配信のデイリーランキングですでに1位を獲得。

2016年にシングル「生きていたんだよな」でメジャーデビューした彼女は、「君はロックを聴かない」「マリーゴールド」などのヒット曲でまたたく間に人気を博し、2018年の紅白歌合戦への出演も果たしました。

プロデューサーは「広い意味での“愛の歌”を」と依頼をしたそうです。

ここまで「金でしか愛のかたちを知らぬジュンコ」や、「みずからの欲望を知らぬ仮面族」をみてきましたが、“野原一家の再解釈”を期待されたあいみょんの楽曲に、ひとつの処方箋を求めてみます。

あいみょんと野原一家の再解釈

あいみょんは「女性シンガーソングライターの中で、たぶん私が一番しんちゃんを好きです!」と公言するほどの熱烈なファン。

原作やレギュラー放送で描かれた「ひろしのみさえへのプロポーズ」に着想を得て、「ひろし目線」で主題歌を書き下ろしています。

あいみょんとしんちゃん

彼女は主題歌の制作を任されて「改めてしんちゃんのことを掘り下げたくなっちゃって」と意気込みを語っています。

そのなかで、自分としんちゃんの関係を意外な面から強調しています。

別の作品にはなるのですが、2001年公開の「オトナ帝国の逆襲」を観て、太陽の塔に出会い、今では岡本太郎の虜です。また、吉田拓郎さんやベッツィ&クリスに出会わせてくれたクレヨンしんちゃんに、頼りないかも知れませんが私からのささやかな恩返しとなれば幸いです。(公式サイトより)

『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ! オトナ帝国の逆襲』は2001年に原恵一監督が手がけた作品です。

大人たちが昔を懐かしむテーマパーク「20世紀博」に通いつめ“子どもがえり”してしまう本作では、ラストで東京タワーを駆けあがったしんちゃんに「大人になりたい!」と叫ばせることで、過去を美化することに警鐘を鳴らし、あくまで「現在」に目を向けることの重要性を説きました。

では「現在」とはなんでしょう。前述したように、野原家のような一戸建てのマイホームに住む中産階級は、どれほど存在しているでしょうか?

平成を丸ごと生きた野原家=失われたひろし

(C)臼井儀人/双葉社・シンエイ・テレビ朝日・ADK 2019

4人家族で、ペットがいて、庭付きの持ち家があって……。

これは原作者の臼井儀人が『漫画アクション』で連載を開始した1990年の標準世帯だったのでしょう。

その関係を再構築することでは、新しい愛のかたちなど、見つかるはずはありません。

いわば平成は“失われたひろし”そのものです。

平成が終わり、令和を迎えようとするわたしたちの時代では、別の仕方で「自立した愛」を探すほかないのです。

あいみょんの楽曲「ハルノヒ」からは、彼女らしいノスタルジックで叙情的な歌詞が聴こえてくる一方で、「いつかはひとり、いつかはふたり」といったようなフレーズが挟まれています。

ここに、プロデューサーのいう“あいみょんさんならではの鋭い切り口”があります。

いつかはひとり、でも愛がある時代へ

(C)臼井儀人/双葉社・シンエイ・テレビ朝日・ADK 2019

ただ聴き流せば、子どもがひとり、ふたりと増える幸せを歌っているように思えます。

しかし、現代は少子化の傾向に歯止めがきかないことくらい、統計上明らかです。

むしろ「いつかはひとりになることの覚悟」に愛のつながりを求めている、そう受け止めることはできないでしょうか。

本作の最後でひろしは、花嫁の巨大コアラの手を逃れ、崖の急斜面を下ってみさえのもとに駆け寄ります。

これは「オトナ帝国」でしんちゃんが東京タワーを走り上った姿と対照的です。

ひろしのこの描写は、現在=現実を見据えて、“戻ってきた”ことを示唆しているようです。

もう昭和ではない。平成ですら過ぎ去ろうとしている。

いつかはひとり。だからこそ「人生をかけて夢中になれるものが宝」になります。

ひろしは、コアラやトレジャーハンターにそう告げて、みさえに2度目のプロポーズをします。

依存の先にではなく、“いつかはひとりだ”という覚悟の上で、新しい愛のかたちを育んでいこう。

本作にあいみょんの楽曲の補助線を引くと、そう読みとることができます。

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