連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2019見破録」第41回
ヒューマントラストシネマ渋谷で開催中の“劇場発の映画祭”「未体験ゾーンの映画たち2019」。今回は、韓国で大ヒットした映画を紹介します。
日本でも大ヒットした韓国発のサバイバル・ゾンビ映画『新感染 ファイナル・エクスプレス』を製作したキム・ウテク。
数々の世界的ヒット作を放つ、彼が製作総指揮を務めたスリラー映画が登場します。
偶然連続殺人鬼の犯行を目撃した平凡な男。彼が家族を守る為にとった行動が、彼自身と家族を追い詰めていきます。
第41回は韓国のサスペンス映画『目撃者』を紹介いたします。
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CONTENTS
映画『目撃者』の作品情報
【日本公開】
2019年(韓国映画)
【原題】
목격자 / THE WITNESS
【監督】
チョ・ギュジャン
【キャスト】
イ・ソンミン、キム・サンホ、チン・ギョン、クァク・シヤン
【作品概要】
平凡な会社員サンフンはある日、深夜に泥酔して自宅のマンションに帰宅しました。悲鳴を聞いたサンフンが窓の外をうかがうと、女が男に殴り殺されている光景を目撃します。
彼は家族が事件に巻き込まれる事を恐れ、警察への通報を断念します。しかし犯人は、サンフンが自分の凶行を目撃していると確信していていました。
主人公サンフンを『工作 黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男』の演技で、2018年大鐘賞映画祭と韓国映画評論家協会賞の主演男優賞を獲得したイ・ソンミンが演じます。
ヒューマントラストシネマ渋谷とシネ・リーブル梅田で開催の「未体験ゾーンの映画たち2019」上映作品。
映画『目撃者』のあらすじとネタバレ
音楽を鳴らし夜の街を走り抜ける車を、帽子を深く被った男が運転しています。車のトランクには女が閉じ込められていました。
車はガソリンスタンドに入り、店員が給油を始めますが、トランクの中から物音が聞こえます。
店員は不審を覚えますが、運転していた男は音楽のボリュームを上げ、トランクからの物音をかき消します。スタンドを出た車は山道を進んでいきます。
山の中に車を止め、男は穴を掘ります。トランクを開けると中の女は飛び出して男を殴り、必死に逃げ出します。
同じ日の日中、保険会社に勤めるサンフン(イ・ソンミン)は、妻スジン(チン・ギョン)の知り合いの、娘が交通事故にあった母親の訴えを聞いていました。
事故現場には目撃者を求める看板が立っていましたが、事故を証言する者もなく、サンフンは力になれないと告げ、形通りに頭を下げます。
サンフンは事故の件を会社の同僚に警察を頼っても無駄と語り、妻には他人の事は放っておけと告げます。彼はそんな男でした。
居酒屋で同僚たちと飲み、マンションを購入した事を持ち上げられ泥酔するサンフン。皆と別れ深夜、独りで家路につきます。
郊外の山のふもとに建つマンションに住むサンフン。先程男から逃れた女が、その明かりを目指し必死に進んでいました。
エレベーターで4階の住人の女と乗り合わせた際、彼女を驚かせてしまったサンフンは詫びます。
不安そうな表情の彼女は、悲鳴が聞こえたと訴えますが、何も聞いていないサンフンは困惑します。彼女を見送ってサンフンは自宅のある6階に向かいます。
午前2時頃、帰宅したサンフンは、暗い部屋で起こさぬ様に愛娘ウンジの寝顔を眺め、缶ビールを開けソファーで飲み始めます。
外から女の悲鳴がします。何事かと思うサンフンに、今度は助けて下さいと叫ぶ、女の声が聞こえてきます。サンフンは窓から様子を窺います。
マンションの敷地内にある花壇の傍で、帽子の男が若い女の頭を、ハンマーで殴りつける姿が目に入ります。
思わぬ光景に固まったサンフン。警察に通報しようと電話を手にしますが、夫の帰宅に気付き目を覚ました妻のスジンが、部屋の電気を点けます。
犯人に気付かれてしまうと思い、サンフンは慌てて電気を消します。夫の行動を不審がるスジンを何とか誤魔化し、サンフンは慎重に外の様子をうかがいます。
犯人の男がこちらを見ていると知り、身を隠すサンフン。住居が知られたと思った彼は警察への通報を断念します。犯人は指で灯りのついた部屋の階数を確認していました。
犯人が乗り込んでくるのでは、との恐怖からバットを手に玄関を守るサンフン。いつしか眠ってしまった彼は、悪夢で目を覚まします。
午前4時頃、殴られて倒れた女はまだ生きていました。彼女はスマホを操作し、警察への通報を試みます。
しかし現場に犯人が戻ってきました。彼女のスマホを取り上げると、ハンマーを振り上げ止めの一撃を加えます。
翌朝サンフンが目を覚ました時、事件現場は警察による捜査が行われており、騒ぎとなっていました。その光景を彼はベランダから眺めます。
スジンが現場を見に行こうとすると、関わらない方がいいと告げサンフンは制止します。
妻に娘ウンジの幼稚園からの迎えは、必ず車で行けと念を押し、彼は会社に向かいます。
マンションのエレベーターを降り、ポストをのぞいたサンフンは男に手紙を奪われ驚きます。相手は同じマンションの住人、コーラのあだ名で呼ばれているチョ・ピルクでした。
知的な障がいを持つチョ・ピルクですが、家族の為に不要なチラシなどを集めて売り、生計の足しにしていました。
マンションの警備員はそう説明して、サンフンに後で手紙は戻しておきますと告げます。
ソンフンは多くの野次馬と共に、殺害現場で行われる捜査を見ていました。その姿を何者かがカメラで撮影しています。ソンフンは警察を避ける様に出勤します。
現場ではチャン刑事(キム・サンホ)が後輩の刑事と共に捜査にあたっていました。被害者はユン・フィオン、マンションの住人ではないと判明し、事件の目撃者はありません。
サンフンは職場でも落ち着きがありません。テレビニュースの目撃者も手がかりも無いとの報道に不安を募らせ、彼は娘の迎えに遅れたスジンを責めます。
チャン刑事はマンションで聞き込みを行いますが、目撃者は現れず手がかりとなる情報も得られません。2時頃悲鳴を聞いた女学生が現れますが、外を見る事は親に止められたと語ります。
高学歴でモラルも高いという、マンションの住人たちの非協力な態度にチャン刑事は困惑します。
帰宅したサンフンは、妻から婦人会会長の用意した書類を見せられます。それは住民たちが一致団結して、警察・マスコミへの協力に反対する事への同意書でした。
会長を中心とする住民たちは騒ぎに巻き込まれる事、そして事件の風評被害でマンションの資産価値が落ちる事を恐れていました。
スジンは犯罪捜査に協力しない会長らの態度に批判的でしたが、サンフンは犯人に顔を見られても通報するのかと問いかけます。
サンフンは匿名で犯罪を通報するサイトを開きますが、家族の写真に目をやると断念します。
チャン刑事はマンションの裏山に入っていました。被害者の状態から、山から逃げて来たと推測したのです。
女学生が悲鳴を聞いたのは午前2時、被害者が警察に通報を試みたのが午前4時。その間、犯人が何をしていたのかが謎でした。
チャンは捜査状況を説明しますが、上司のチェ班長は2時の段階で通報されていれば警察の責任になったと口にします。
責任を逃れるようなチェ班長の口ぶりに、チャンは通報があれば被害者は助かったと答えます。
被害者が襲われてから2時間生きていた件はニュースで報道され、サンフンは罪悪感を感じます。ところがスジンに無言電話がかかり、不安に襲われます。
以前にも無言電話があったかと妻に尋ねるサンフン。そして娘のウンジは、飼い犬のピッピがいなくなったと訴えます。
サンフンとスジンは犬を捜しに外へ出ますが、その姿を帽子の男が見ていました。
翌日、チャン刑事はマンションの聞き込みを行い、サンフンの自宅にも現れます。
応対したスジンは、自分は寝ていて何も見ていないと答えますが、夜2時頃夫が帰宅して目を覚ました時に、電気を点けると夫がすぐ消した事を伝えます。
チャン刑事は、この部屋から事件現場が見下ろせると確認しました。チャンはスジンに何か思い出したら連絡下さいと、名刺を渡します。
帰ろうとする刑事にウンジはピッピを捜して下さいと、尋ね犬のチラシを渡します。
会社から家に向かっていたソンフンは、街に張り出された尋ね犬のチラシを見て驚きます。そこには連絡先として、氏名と電話番号が書いてありました。
ソンフンは慌ててチラシをはがして回ります。その姿をバイクに乗った男が見ていました。
そこにチャン刑事が現れ、物腰柔らかく2日前の殺人事件について、何か見ていないか尋ねますが、バイクの男に気付いたソンフンは、妻の前で急に電気を消した事を否定します。
犯人は犯行現場に現れる事が多いので、警察は現場に現れた人物の写真を撮影しますと説明するチャン。その中から住人と記者を除くと、この人物が残ったと写真を渡します。
サンフンは証言を拒否しまが、チャン刑事に容疑者が見つかったとの連絡が入ります。
警察は殺害されたユン・フィオンにストーカー行為を働いていた男、パク・サンテを容疑者として追っていました。
パクは警察から逃亡しますが、彼の携帯にユン・フィオンから電話がかかってきます。恐る恐る電話をとるパクの背後に、何者かが近づいていました。
青酸カリを服用し死亡したパクが警察に発見されます。パクの自宅から犯行に使った凶器も発見されました。
チェ班長はストーカーであったパクが犯人で、自殺を図ったと断定しますが、チャン刑事はパクが自宅に証拠の凶器を置いていた事を不自然だと感じていました。
一方サンフンはチャン刑事から渡された、犯人の顔の写真に帽子を被せてみます。この男は犯人では無いと気付き、サンフンは慄然とします。
6階にあるサンフンの自宅を、事件の夜エレベーターで出会った女が訪ねてきます。405号室のチェ・ソヨンと名乗った彼女も、警察の追っている男が犯人では無いと気付いていました。
真犯人を見たと語るソヨンは、あなたも犯人を見たでしょと、サンフンを問い詰めます。彼女の家にも事件後無言電話があり、犯人らしき男が近所をうろついていると訴えます。
2人で警察に証言に行こうと求めるソヨンに、サンフンは私は見ていないと主張します。諦めて自宅に戻るソヨンが乗ったエレベーターに、帽子の男が乗り込み彼女は沈黙します。
エレベーターを降り自宅の扉を開けたソヨンに、帽子の男が駆け寄ってきます。
サンフンはソヨンがスマホを忘れた事に気付き、届けに405号室に向かいますが、扉が開いています。中の様子をうかがった彼は、ソヨンの遺体を引きずる何者かの姿を目撃します。
ソヨンのスマホの着信音が鳴り響き、サンフンは慌てます。犯人に気付かれ追われた彼は、階段を駆け下ります。
マンションの無人の警備室にたどり着き、電話をかけようと試みるサンフンに、妻子の姿が目に入ります。視線の先には帽子の男が立っていました。
スジンは夫の不自然な様子に疑問を覚えますが、犯人に言動を観察されていると知るサンフンは、言い繕って誤魔化します。
そこにチャン刑事が現れ、改めてサンフンにこの人が犯人ですか、と写真を見せ尋ねます。
サンフンの不自然な態度に気付いたチャンはうなずくだけ、目くばせでもいいから答えてくれと、伝えます。しかし彼は、わずらわせるなとチャン刑事を怒鳴ります。
その権幕に娘のウンジは泣き出します。妻子はいなくなった飼い犬を見つけていました。
テレビのニュースは、ストーカーのパク・サンテがユン・フィオンを殺害後、自殺したと伝えます。
しかしチャン刑事は事件の当日マンションの裏山に、不審な車が向かっていないかを調べます。その結果不審な盗難車の存在が浮かび上がります。
その頃マンションではチェ・ソヨンの夫が、行方不明になった妻の行方を尋ねるビラを配っていました。ビラはあちこちに貼られ、その行為を婦人会会長がとがめます。
彼女は妻に逃げられただけだと言い張り、許可なく貼り紙をしたと警備員を味方につけ、その行為を止めさせます。婦人会会長は事件後の風評被害を恐れていました。
その行為を目撃していたスジンは婦人会会長に抗議しますが、サンフンは黙っているしかありませんでした。
チャン刑事は乗り捨てられ燃やされた盗難車を発見します。車内は片付けられていましたが、カーナビのメモリーカードを手に入れ、復元を試みます。
ナビのデータから1軒の家を割り出したチャン刑事は、そこに張り込んだ結果、帽子の男が出入りする姿を目撃します。
状況証拠はそろえたものの、逮捕に踏み切れないチャン。1人でも証人がいればと悔しがります。
一方サンフンは、新聞配達をしているチョ・ピルクも事件の日、犯人を目撃していたと知り警備員に彼の行方を尋ねます。
ようやくビルクと出会ったサンフン。警察に聞かれても、犯人を見ていないと証言するよう彼に依頼します。
そこにチャン刑事らが現れます。チャンは改めてサンフンに目撃証言を求めますが、彼は警察は家族を守ってくれるのかと拒否します。
あなたの証言があれば、行方不明のチェ・ソヨンは救われるかもとチャンに訴えられ、サンフンは返事に詰まります。
姿を消したチョ・ピルクを、サンフンとチャン刑事は探します。サンフンは路上に彼が好きなコーラの缶が転がっているのを発見します。
その先の工事現場で、頭を殴られ倒れているチョ・ピルクが発見されます。重傷でしたが幸いにも息はありました。
チョ・ピルクが運ばれた手術室の前で、サンフンはついに証言を決断します。拒否し続けた事を身勝手な行為だと思ってますねと、チャン刑事に呟くサンフン。
サンフンには妻と子、借金して手に入れたマンションが全てでした。守るものがある自分には、この件は荷が重すぎるとチャンに訴えます。
失踪した女性、チェ・ソヨンは死にましたと、サンフンはチャンに告げました。
映画『目撃者』の感想と評価
どこの国にも共通する都会の無関心
都会に暮らしてる人間は、他人の行為に無関心になるもの。都会に住む人間は他人に冷たい存在だと、当然の様に思っていませんか。
社会心理学の用語に「傍観者効果」という言葉があります。ある出来事に対し、自分の他に傍観者がいると、率先して行動を起こさなくなる心理状態です。
ネット上でもネタになっている程知られている、有名な集団心理現象です。それをテーマに今さら映画化した『目撃者』は、陳腐な作品と言って良いのでしょうか。
「傍観者効果」を世に知らしめた有名な事件に、1964年にアメリカで起きたキティ・ジェノヴィーズ事件があります。
アパート街で若い女性が襲われ殺害され、38人も目撃者がいたのに、誰も通報しなかったとニューヨーク・タイムズに報じられ、この心理現象を有名にし、同時に都市に生きる人間の冷淡さを示したものとして、世界中に広く知られています。
ところでキティ・ジェノヴィーズの実の弟が、傍観者とされた人々を含む、事件の関係者をインタビューした映画があるのをご存知でしょうか。
この2015年に製作されたドキュメンタリー映画『38人の沈黙する目撃者』は、Netflix配信で日本でも紹介されました。
参考映像:『38人の沈黙する目撃者』(2015)
映画は38人とされた目撃者数に実は根拠が無く、「目撃」とされた状況も多様に渡り、警察の対応の問題、そして報道関係者による事実のねじ曲げが明らかになっていきます。
世界中の人々が「傍観者効果」の実例として信じていた事件は、実は恣意的かつセンセーショナルに創作された物語でもあったのです。
『38人の沈黙する目撃者』は、他にも被害者遺族と目撃者、事件関係者や加害者遺族を向き合わせた面でも、見応えのあるドキュメンタリー映画になっています。
そして紹介した『目撃者』の英題も、『38人の沈黙する目撃者』の原題も共に『The Witness』。
偶然というより必然で一致したタイトルかもしれませんが、この韓国映画は著名な事件を新たに紹介した、ドキュメンタリー映画の登場を踏まえて作られたと見るべきでしょう。
巻き込まれ型主人公によるサスペンス
この映画の主人公は、身勝手とはいえ小市民的には納得できる理由から口を閉ざす事を選び、その報いとして、またドラマ的必然として、殺人鬼との対決を余儀なくされます。
しかし登場する殺人鬼、単独犯にしては実に行動力があり過ぎて、サスペンス映画としての展開を軽く、説得力の無いものにしている感があります。
凶器としてハンマーを振るうのは、パク・チャヌク監督の『オールド・ボーイ』の影響でしょうか。痛々しい描写もあるものの、韓国映画のバイオレンスとしては控え目です。
最後は自然の力で悪を懲らしめるという展開、唐突ですが前フリは用意されているのでご安心を。
平凡な主人公が事件に巻き込まれる姿に共感するか、お約束なラストに向け突き進む2時間ドラマ的作品とみるか、見る人によって意見の分かれる映画です。
まとめ
本作のストーリー展開は軽く感じられますが、ソンフンを演じたイ・ソンミン、チャン刑事を演じた『焼肉ドラゴン』に出演のキム・サンホの小市民的な姿が、登場人物への感情移入を助けます。
行動力のあり過ぎる殺人鬼を演じたクァク・シヤン、その不気味なたたずまいと被害者にダッシュして襲いかかる姿は、魅力ある悪人像を表現しています。
若手の注目株として紹介されているクァク・シヤン、この映画の為に13キロ増量したそうですが、役に対する入れ込みと演技力には確かなものがあります。
韓国映画を支える俳優陣の、確かな演技力を確認させてくれる1本です。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2019見破録」は…
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次回の第42回は南アフリカから誕生した、新感覚ウェスタン・アクション映画『ファイブ・ウォリアーズ』を紹介いたします。
お楽しみに。