こんにちは、映画ライターの金田まこちゃです。
このコラムでは、毎回サスペンス映画を1本取り上げて、作品の面白さや手法について考察していきます。
今回取り上げる作品は、実在した“伝説の運び屋”をモデルに、クリント・イーストウッドが10年ぶりに監督・主演で映画化したサスペンス『運び屋』です。
CONTENTS
映画『運び屋』のあらすじとネタバレ
農園を営み、デイリリーという高級ユリの栽培を手掛けるアール・ストーン。
彼は品評会でも高い評価を受けていますが、デイリリーの栽培に集中するあまり、アールは家族の事を考えず生きて来ました。
アールは品評会を優先させ、娘のアイリスの結婚式にも姿を見せず、家族は心底愛想を尽かせていました。
数年後。時代の波はインターネットでの販売に変わり、時代の変化に対応できなかったアールは、自身の農園を廃業する事になりました。
農園を廃業したアールは、孫娘のブランチパーティーに出席します。
ですが、家族からは良い顔をされない為、居心地の悪を感じたアールは、パーティー会場から抜け出します。
そこへ、アールの様子を見ていた1人の男性が声をかけて来ました。
アールは仕事で、アメリカのほとんどの州を車で渡っており、無事故、無違反という優良なドライバーでした。
男は「あんたにピッタリの仕事がある」と、あるタイヤ工場の連絡先をアールに渡します。
当初は男の話を警戒していたアールですが、孤独で行く場所も無く、寂しい気持ちを紛らわせる為、指定されたタイヤ工場を訪れます。
タイヤ工場には、メキシコ人の男性が数名おり、アールは指定された荷物をモーテルへ運ぶ事を指示されます。
条件は1つだけ「中の荷物は覗かない事」。
アールは、言われた通りにモーテルへ荷物を運び、報酬として大金を手に入れました。
麻薬捜査官のコリン・ベイツは、新たに配属された部署で、主任特別捜査官から結果を出すように言われます。
コリンは相棒のトレビノと共に、麻薬組織の捜査を開始します。
サスペンスを構築する要素①「闇の社会に足を踏み入れるアール」
『運び屋』の主人公アールは、90歳で麻薬の運び屋という「闇の社会」へ足を踏み入れます。
途中から、自身が運んでいる荷物が麻薬である事を知っても、アールは運び屋の仕事を続けます。
これまで「闇の社会」に無縁だったアールが、何故、危険な仕事と知りながら、運び屋を続けたのでしょうか?
長年、家族の事を考えずに生きてきたアールですが、自身が心血を注いできた農園を廃業しなければならず、行く場所を無くしていました。
そこで、寂しさを紛らわすように、運び屋の仕事を始めます。
ここで印象的なのは、麻薬組織のメンバーが、全員アールを受け入れ、優しく接してくれている事。
アールは、自分を必要としてくれる、麻薬組織に居場所を見つけ、次第に運び屋の仕事を続けていくようになります。
家族にも見放された老人を、受け入れてくれたのが麻薬組織でした。
本作は社会での役目を終えた老人の、その後の孤独を、皮肉と恐怖を交えて描いています。
サスペンスを構築する要素②「迫りくる警察の捜査」
運び屋の仕事に自身の居場所を見つけたアールは、次第に組織でも認められるようになり、その姿は、運び屋の仕事に喜びを感じているようにも見えます。
そこへ麻薬捜査官のコリンが登場し、少しづつ、しかし確実にアールを追い詰めて行きます。
アールとコリンの距離が、じわじわと縮まるにつれて、映画全体に緊迫感が生まれていきます。
そして、緊迫感が最高潮に達した時に、コリンは運び屋としてのアールと、顔を会わせる事になるのです。
コリンを演じているのは、2018年に『アリー/スター誕生』を監督した事でも話題の俳優、ブラッドリー・クーパー。
コリンを人間臭く魅力的に演じており、アールを演じたクリント・イーストウッドとの共演シーンは少ないですが、どれも見逃せない場面となっています。
サスペンスを構築する要素③「逃れられない運命」
本作の後半では、アールを取り巻く環境が大きく変わります。
麻薬組織のボスが変わり、運び屋の仕事を強制されるようになった事に加え、アールの妻メアリーも亡くなります。
2つの変化により、アールはこれまで逃げてきた事や、目を背けてきた事に向き合わなければならなくなります。
そして、自身の居場所を求めて続けていた、運び屋の仕事が間違いである事、これまで家族を悲しませていた事を認める事になります。
最終的に、アールは全ての罪を認めます。
これは麻薬を運んでいた罪だけでなく、これまでの自身の人生の過ちを、全て認めたように見えます。
映画のラスト、再びデイリリーを育て始めたアールの姿は、これまで自身の運命から逃げ続けていた事への、罪滅ぼしのようにも見えます。
『運び屋』は、家族や周囲の人間の中で生きる事の意味。
そして社会における、自分の居場所と必要性について問いかける、人間ドラマであると言えるでしょう。
映画『運び屋』まとめ
本作は、「The New York Times Magazine」に掲載された記事から、着想を得て作られた作品です。
1人で大量の麻薬を運んでいた、87歳の逮捕歴も無い老人、レオ・シャープが2011年に麻薬取締局に確保されたという事件です。
映画のモデルにする為、クリント・イーストウッドはレオ・シャープの事を知る人間を探しましたが、誰も見つかりませんでした。
分かっている事は、記事に書かれた情報のみで、レオ・シャープがデイリリーを育てていたのは事実です。
クリント・イーストウッドは、レオ・シャープの不明な部分は、全て想像力を働かせて作り上げました。
本作の主人公、アールは老若男女問わず、気さくに話しかけ、誰からも好かれるキャラクターになっています。
その姿は、理想の老人像とも言えるでしょう。
ただし、家族には嫌われており、アール自身もその現実から逃れるように仕事へ夢中になります。
「仕事に夢中になるあまり、家族の事を考えない男」という部分が、今回の作品でクリント・イーストウッドが掘り下げたかったテーマである事を、インタビューで語っています。
過去には、家族のイベントより仕事を優先させてきた事も語っており、この作品は、作中のアールのように、クリント・イーストウッド自身の、家族への罪滅ぼしの意味が込められた作品なのかもしれません。
アールの娘、アイリスを演じたのは、実際にクリント・イーストウッドの娘である、アリソン・イーストウッドでした。
キャスティング案は、キャスティングディレクターから出されたそうですが、クリント・イーストウッドが、このキャスティングを受け入れたのも『運び屋』が家族の映画である事を象徴していますね。
クリント・イーストウッドは、前作『15時17分 パリ行き』では、犯人を取り押さえた本人達を起用し、事実を忠実に再現していましたが、『運び屋』では、ほとんどのエピソードを創作しています。
同じ実話をベースにした作品でも、違うアプローチを見せており、次回作は何をテーマに、どんな作品にするのか?楽しみですね。
次回のサスペンスの神様の鼓動は…
有名心霊スポットとして知られる廃病院に、足を踏み入れた若者たちが遭遇する恐怖を描いた韓国ホラー映画『コンジアム』を、サスペンス的な演出に注目して、ご紹介します。