連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2019見破録」第17回
1月初旬よりヒューマントラストシネマ渋谷で始まった“劇場発の映画祭”「未体験ゾーンの映画たち2019」では、ジャンル・国籍を問わない貴重な58本の映画が続々公開されています。
第17回はロシアのダーク・ファンタジー・ホラー映画『黒人魚』を紹介いたします。
スラブ民族に伝わる水の精霊、また水の霊でもある“ルサールカ”の伝説。
その“ルサールカ”に魅入られた男と、その男を必死に守ろうとする恋人の姿を描いた作品。
『ミラーズ 呪怨鏡』『ゴースト・ブライド』とホラー映画を手がけ続けている、スヴィヤトスラフ・ポドゲイフスキー監督が演出を務めました。
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CONTENTS
映画『黒人魚』の作品情報
【公開】
2019年(ロシア映画)
【原題】
RUSALKA / The Mermaid: Lake of the Dead
【監督】
スヴィヤトスラフ・ポドゲイフスキー
【キャスト】
ヴィクトリア・アガラコヴァ、エフィム・ペトゥルニン、ソフィア・シドロフスカヤ、ニキータ・エレンヴェ、イゴール・クリプノ
【作品概要】
邪悪な水の霊にとり憑かれた、若い男女の運命を描くファンタジー・ホラー映画。
湖畔にある別荘に友人たちとパーティーにやってきたローマは、夜の湖で謎の女と出会います。それ以来、謎の女の幻影に襲われローマは衰弱していきます。
彼の身を案じる婚約者のマリーナも幻影に悩まされながら、その正体を探り始めると、たどり着いたのは“ルサールカ”の伝説と湖で起きた過去の事件。マリーナは謎の女からローマの身を守れるか…。
主演はスヴィヤトスラフ・ポドゲイフスキー監督の『ゴースト・ブライド』に続き、ヴィクトリア・アガラコヴァが務めます。
ヒューマントラストシネマ渋谷とシネ・リーブル梅田で開催の「未体験ゾーンの映画たち2019」上映作品。
映画『黒人魚』のあらすじとネタバレ
…夜の湖には人魚がいるから、近づくなという伝説。
夜の湖の桟橋に男(イゴール・クリプノ)が立ち、何者かに向け、連れていってくれと叫びます。その男を引き留めようと女が現れますが、水面に浮かんだ彼女の体を無数の手が掴み、湖の底へと沈んでいきました。
現在。スイミングプールでマリーナ(ヴィクトリア・アガラコヴァ)は、婚約者のローマ(エフィム・ペトゥルニン)に泳ぎの手ほどきをうけています。
ローマは将来有望な水泳の選手。友人のイリヤ(ニキータ・エレンヴェ)が彼に声をかけ、2人はマリーナを置いて泳ぎ始めます。
プールの縁から手を離した泳ぎの苦手なマリーナは、溺れてしまいます。ローマは溺れる彼女に気付き、マリーナは無事助け出されました。
自宅に戻っても怒っていたマリーナですが、ローマの姉オリガになだめられます。
話題はローマが父から譲り受けた、古い別荘に移り、マリーナはその別荘を改装しローマと移り住もうと考えています。
オリガは20年も音信不通だった父が、突然別荘を弟に譲ったことを不審に思います。
ローマはイリヤと共に、その別荘へと向かっていました。
父は母を亡くしておかしくなったとローマは語ります。彼は父と話したこともありません。父は妻の死後、世を捨てて1人で暮らし始め、ローマは祖父母に育てられたのです。
湖の傍にある別荘に到着したローマとイリヤ。荒れ果てていますが、ヒューズボックスを操作すると電気が灯ります。
そして2人は、暗い水をたたえた地下室を目にします。
一方で家に残っているマリーナは、オリガの髪を切っていルト、占いなどに詳しいオリガは髪には霊力が宿ると語ります。
夜の別荘に男友たちが続々とやってきます。イリヤはローマのために、男だけの婚前パーティーを企画していたのです。
ストリッパーも登場し盛り上がるイリヤたちですが、マリーナに気兼ねしたローマは、散歩すると告げ別荘を後にします。
ローマは夜の湖に飛び込み、水草をかき分け泳ぎ始めます。
静かな湖に激しく水面を叩く音が鳴り響き、不審に思ったローマは湖面から桟橋に上がります。
そこには、いつの間にか1人の女(ソフィア・シドロフスカヤ)がいました。彼女は濡れた長い髪を櫛でといでいます。
魅入られたかのように、ローマは女とキスを交わします。「私を愛してる」とローマに尋ねる女の口元は、妖しく笑っていました。
翌朝、戻らぬローマを友人たちが探していました。彼らは桟橋の傍の水辺で倒れているローマを見つけます。
意識を取り戻したローマは、うわごとのように女がいたとつぶやきます。
友人たちに連れられて行くローマ。イリヤはそこで落ちていた古びた櫛を拾い上げます。
自宅に戻ってきたローマの荷物の中から、マリーナは櫛を見つけました。
大会に向け水泳のトレーニングに励むローマですが、成績が伸びません。ローマは眠れなくて調子が出ないと訴えます。
プールを出てシャワーを浴びるローマ。彼は1人になると、怪しい気配を感じ取ります。
ローマの前でひとりでに開くロッカー。彼の背後に忍びよった人影が、「私を愛している」と彼に尋ねます。
自宅に戻ったローマの、疲れ切った状態にマリーナは驚きます。
ベットで休むローマを、マリーナとは別の何者かが触れていきます。
マリーナに介抱されるローマは、うわごとで愛していない、とつぶやきます。
マリーナはオリガに、彼は別荘から帰ってきてからおかしくなったと告げます。そして彼女はオリガに、ローマが別荘から持ち帰った櫛を見せます。
オリガはその櫛が、父と亡き母の写真に写っていたものと同じだと気付きます。写真に写る父と母の姿は、かつて夜の桟橋にいた男と湖に消えた女の姿と同じでした。
オリガが机に置いたカップから、なぜか水がしみ出て広がっていました。周囲に怪しい出来事が起き、悪夢を見たマリーナも不安に襲われます。
翌日、ローマは水泳大会の選考レースに臨みます。競技用プールで泳ぐローマの周囲に水草が現れ、いつしか彼はあの湖にいました。
彼の前にあの女が現れ、「私を愛している」と尋ねます。ローマが答えないでいると、彼女の姿は恐ろしいものに変わります。
プールでおぼれていたローマは、周囲の者に助け出されていました。
病院に運ばれた彼をマリーナと、オリガとイリヤが見舞い、衰弱したローマはマリーナに、あの夜に湖で女と出会い、キスを交わしたと告白。
その女はいつも目を閉じて、その姿が野獣のように変わるとローマは語りますが、告白にショックを受けて去る彼女を、慌ててローマは追います。しかし2人は怪しい現象に翻弄されます。
マリーナの目の前で部屋に閉じ込められるローマ。部屋の中であの女が彼に迫ります。
マリーナは、オリガとイリヤの助けを借りて扉を開きます。部屋の中でローマが倒れていました。
4人は車で移動します。オリガの指示で、一行は姉弟の父の元へ向かっていました。
みすぼらしい姿で女の姿を描いている父は、ローマが持ち帰った古びた櫛を見せられると動揺します。
彼は息子のローマに、絶対に彼女に話しかけるなと訴えます。
父も別荘の傍の湖で、あの女に出会い憑りつかれました。父を救おうと母は手を尽くしましたが、逆に命を奪われたのです。
母が父を救うために、何を行っていたかは父も知りませんでした。
4人は父を残し、ローマを救うために別荘に向かい、そこで休むローマにマリーナは、2人で危機を乗り越えようと言い聞かせます。
オリガはイリヤに櫛を見つけた場所へ案内させると、彼に湖の底を探らせ、イリヤは湖の中で何かを見つけます。
それは“リーサ・グリゴリエヴァ”と刻まれた墓石でした。
一方で別荘の外にある井戸を使っていたマリーナは、隣の廃屋に人影を見つけ、そこに入ると無数の蝋燭が灯る中で何か儀式を行っている女の姿がありました。
その女は宝と引き換えに彼を返してと訴えると、女の姿は消え去り、マリーナは廃屋の中に1人立っていました。彼女は別荘に戻ります。
マリーナは目撃した女は、ローマの亡き母に違いないと彼に語ります。突然、ローマは、水の満ちた地下室へと引き込まれて行きます。彼女は戻って来たオリガとイリヤの力を借りて彼を救います。
地下室へ続く扉をイリヤが封鎖した後、オリガは皆に説明します。ローマに憑りついたのは、“ルサールカ”だと…。
映画『黒人魚』の感想と評価
黒人魚=“ルサールカ”とは
本作のタイトルは“黒人魚”と名付けられた“ルサールカ”、正体はスラブ民族の神話に登場する水の精霊です。
元々は水によって恵みをもたらす、豊穣神の性格を持つ“ルサールカ”でしたが、各地で伝承を重ねる内にその姿は変貌します。
地方により美しい水の精として語られる事もあれば、若くして死んだ花嫁や、水の事故で死んだ女性、産まれてすぐ死んだ赤ん坊の化身ともされました。
時に人の命を奪う水への恐れと結びついて、いつしか妖怪じみた存在になった“ルサールカ”。
“ルサールカ”は、ファンタジー・RPGゲームのキャラクターとして登場しており、ご存知の方もいるでしょう。そのもっとも恐ろしい姿を映像化した作品が『黒人魚』です。
何故か身近に感じるロシアの“妖怪”
“ルサールカ”に限らず、ロシアの民話や文学、そして映画に登場する怪物は、どこか日本の妖怪じみた性格と雰囲気を漂わせています。
ソビエト時代の1967年に製作された、ロシアの文豪ゴーゴリの短編小説「ヴィー」を映画化した『妖婆 死棺の呪い』という作品があります。
日本ではテレビ放送という形で紹介されましたが、牧歌的な雰囲気のなかで、ラストに登場する異形の群れは、見た者に強烈な印象を残しました。
カルト的な人気を得た『妖婆 死棺の呪い』は、1985年に改めて劇場公開されるという異例の流れを遂げました。
西欧に古くから伝わる精霊、妖精といった存在は、キリスト教文化が広まると共に否定されたり、神に反する悪魔の類いに貶められました。
比較的キリスト教文化の伝わりが遅く、また魔女狩りや宗教裁判といった過激な教化も少なかったスラブ圏では、土着的な精霊、妖精の伝承が生き残る余地がありました。
こうして語り継がれたロシアの怪物たちは、どこか日本の妖怪に似た性格を持っているのです。
参考映像:『レジェンド・オブ・ヴィー 妖怪村と秘密の棺』(2014)
『妖婆 死棺の呪い』は、2014年に『レジェンド・オブ・ヴィー 妖怪村と秘密の棺』としてリメイクされていますが、旧作のカルト的な人気は今だに衰えていません。
ティム・バートンも愛したロシアの怪奇物語
ロシアの牧歌的な怪談を愛したのは、日本人だけではありません。
参考映像:『ティム・バートンのコープスブライド』(2005)
怪奇的な物の映像化を愛して止まないティム・バートンが監督した、『ティム・バートンのコープスブライド』もロシア民話を題材にした作品です。
裏切られて死んだ花嫁の呪い、という物語はまさに『黒人魚』と共通しています。
『ティム・バートンのコープスブライド』のストップモーション・アニメを手がけたスタジオライカは、この作品で一躍名を上げました。
その後スタジオライカは独自に『コララインとボタンの魔女』などを製作、ストップモーション・アニメ製作スタジオのブランドを確立しました。
ロシアの怪談話を手がけたスタジオライカは、後に日本を舞台にした映画『KUBO/クボ 二本の弦の秘密』を製作しています。
怪奇ファンタジーを得意とする、スタジオライカ作品の舞台となったロシアと日本。やはりどこか似た風土を持っているのでしょう。
まとめ
本作は森の中の湖というロシア的風景を舞台に、CGで作られたモンスターを登場させる現代的なスタイルのホラー映画です。
迫りくる“ルサールカ”の恐怖はJホラー的に描き、モンスターとの対決はハリウッド的な描写で見せる、ホラー映画に慣れたスタッフにより手堅く作られた作品。
合わせ鏡を行ったり、霊力が宿る髪が弱点と見抜いたりと、映画の主人公らのオカルト適応力が実に優れているお蔭で、物語は駆け足で進みます。
これは日本人が“コックリさん”など多くのオカルト的伝承を知っているように、ロシアの人々も多くの伝承を知り、共有している背景があるのでしょう。
主人公らの行為は、ロシアでは周知の上でのお約束の行為。そう解釈すれば物語が、最小限の説明で急展開するのも理解できます。
ホラー映画には様々な形で、舞台となる国の文化的背景や、恐怖の対象やその受け止め方の違いが描かれています。
異なる国のホラー映画を楽しむには、この様な視点でご覧になると面白いですよ。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2019見破録」は…
次回の第18回はイラクの地を舞台にしたアクション・スリラー『タイガー・スクワッド』を紹介いたします。
お楽しみに。
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