ナチス政権が続き、人種迫害が続いている現代。
ドイツから逃亡した男が、別の人間になりすました事で起きる美しい悲劇をサスペンスタッチで描いた映画『未来を乗り換えた男』。
ベルリン国際映画祭など、数々の映画祭で高い評価を受け、「今観るべき物語」とも言われる、本作をご紹介します。
CONTENTS
映画『未来を乗り換えた男』の作品情報
【公開】
2019年(ドイツ・フランス合作映画)
【監督・脚本】
クリスティアン・ペッツォルト
【原作】
アンナ・ゼーガース
【キャスト】
フランツ・ロゴフスキ、パウラ・ベーア、ゴーデハート・ギーズ、リリエン・バットマン、マリアム・ザリー、バルバラ・アウア、マティアス・ブラント、セバスティアン・フールク、エミリー・ドゥ・プレザック、アントワーヌ・オッペンハイム、ユストゥス・フォン・ドーナニー、アレックス・ブレンデミュール、トリスタン・ピュッター
【作品概要】
ドイツの作家アンナ・ゼーガースが、1944年に発表した小説「トランジット」の設定を、そのまま現代に置き換えたサスペンス。
監督は、『東ベルリンから来た女』『あの日のように抱きしめて』などで知られるクリスティアン・ペッツォルト。
主演に、2018年のベルリン映画祭で「シューティングスター賞」を受賞したフランツ・ロゴフスキー。
共演に、2017年のヴェネチア国際映画祭で「マルチェロ・マストロヤンニ賞(新人賞)」を受賞した女優パウラ・ベーア。
映画『未来を乗り換えた男』のあらすじとネタバレ
現代のフランス。
独裁体制となった祖国ドイツを逃れて来た青年ゲオルク。
ですが、滞在していたパリにも、ドイツ軍が進行しており、ドイツから逃亡してきた自身の立場がバレると、命すら危うい状況となっていました。
パリのカフェで、警察のサイレンを警戒していたゲオルク。
そこに、ゲオルクの同士が現れ、パリ市内のホテルに滞在している作家へ、手紙を渡してほしいと頼まれます。
指定されたホテルに手紙を渡しに行くと、滞在していた作家のヴァイデルは自殺しており、ゲオルクは遺品として、ヴァイデルのパスポートと原稿を受け取ります。
移民に対する取り調べが厳しくなっていくパリにゲオルクは危機感を覚え、パリ市内にいる知人を訪ねます。
知人は、大怪我をしている男、ハインツを連れて行く事を条件に、ゲオルクをパリから逃亡させます。
ハインツと共に、貨物列車に乗ったゲオルクは、預かったヴァイデルの原稿を読み、ヴァイデルの妻から差し出された手紙を読みます。
ヴァイデルの妻、マリーから差し出された手紙は2通あり、ヴァイデルに別れを告げる内容の物と、ヴァイデルを探しているという内容でした。
一見すると矛盾している2通の手紙に、ゲオルクは混乱します。
そして数日後、辿り着いたマルセイユで、ゲオルクは不法入国を取り締まる警察官の存在に気付きます。
ハインツを起こそうとしますが、すでにハインツは死んでいました。
ゲオルクはハインツの死体を置いたまま、貨物列車から逃げ出します。
マルセイユで、市内案内の看板を見ていたゲオルクは、女性に肩を叩かれますが、振り向いたゲオルクを見て、女性は不機嫌な様子でその場を立ち去ります。
ゲオルクは、亡くなったハインツの自宅を訪ね、妻のメリッサと息子のドリスに事実を伝えます。
ゲオルクは、そのままマルセイユに滞在する事を決めますが、宿泊先のホテルのオーナーが、移民であるゲオルクが滞在している事を、警察に伝える事は目に見えていました。
ゲオルクは、ヴァイデルの遺品を領事館に渡した後、マルセイユを出国する事を決めます。
次の日、領事館にヴァイデルの遺品を届けたゲオルクに、領事が直接会う事になりました。
ゲオルクの事をヴァイデルだと勘違いした領事は、預かっていたヴァイデルの身分証と小切手をゲオルクに渡します。
当初は、ヴァイデルではない事を説明しようとしていたゲオルクですが、身分証と小切手をそのまま受け取ってしまいます。
小切手を換金したゲオルクは、ドリスにサッカーボールをプレゼントし、その後も一緒に遊びます。
帰宅したメリッサとも、ゲオルクの故郷の歌を聞かせて、楽しい時間を過ごします。
その夜、ホテルの移民を連行する為、警察官が捜査に入ります。
慌てたゲオルクは、ヴァイデルの身分証を修正し、自分の身分証に捏造します。
警察はゲオルクを信用し、危機を乗り切りました。
映画『未来を乗り換えた男』感想と評価
現実と幻想が交錯する「リアルなおとぎ話」
ドイツ軍による人種迫害が続いている現代という、架空の設定を舞台に、ドイツから亡命した主人公のゲオルクが別人になりすまし、一時的に滞在したマルセイユでの物語。
設定を見ると、現在の難民問題などに通じる所があり、重たい社会派ドラマを連想しそうですが、本作は「おとぎ話」となっています。
まず、作中では、ドイツ軍による人種迫害が続いているという事ですが、それは登場人物の会話から察するしかなく、何が起きていて、どうなっているのか?は、作中で具体的に語られる事はありません。
その為、時代設定も明確ではなく、ゲオルクがドイツから逃亡している理由も明かされません。
「おそらく、こうだろう」と観客が想像しながら、作品の輪郭を埋めていくしかないのです。
また、本作では現代を舞台にしながら、スマホやパソコンなどの現在機器は存在しません。
これらは「映画とは夢のようなものであるべき」という、本作の監督であるクリスティアン・ペッツォルトの考えが反映されており、本作は時代も人物像もハッキリさせない事で「リアルなおとぎ話」という世界観を作り上げています。
何者でもなくなったゲオルクの心情
マルセイユに亡命した際のゲオルクは、知り合いもおらず、何も無い状態でした。
そこから、ドリス親子と会い、マリーに出会う事で、何も無かったマルセイユで自身の存在意義を見つけていきます。
しかし、ゲオルクという人間の存在は、公表する事ができません。
マルセイユでは、フランス人作家のヴァイデルとして立ち回らなければならず、心を奪われたマリーにすら、本当の自分は見せられません。
ゲオルクが頼らざる得ないのは、皮肉的にもマリーの夫であるヴァイデルの身分です。
作中でマリーはゲオルクに「あなたは何者?」と問いますが、ゲオルクは何も答えません。
何者でもないゲオルクの、辛い心情を表現したシーンとなっています。
ゲオルクが経験したトランジット
本作は「リアルなおとぎ話」という印象が強いですが、世界的な難民問題も意識されており、クリスティアン・ペッツォルト監督は「この問題は、細心の注意が必要」と語っています。
ペッツォルト監督は、現代の難民問題を強く打ち出す事はしませんでしたが、本作の原作となった1944年に発表された小説「トランジット」の時代背景は取り入れています。
例えば、マリーとリヒャルトが乗船し機雷に沈んだ船のエピソード。
これは、1944年当時、ヨーロッパを脱出する為に難民が乗り込んだ船は多くありましたが、多くの船が何処にも入港できず「幽霊船」となった時代背景があります。
また、船に乗船する為にマルセイユを訪れた難民たちが、行き場がなくなりマルセイユからも動けなくなるという事は実際にあったそうです。
ゲオルクはまさにそうで、マリーの死後も心を奪われた状態になり、バーに目的も無く入り浸るようになります。
本作の原題「トランジット」は一時的な滞在を意味します。
映画のラスト、マルセイユでのトランジットを経て、マリーの存在を感じたゲオルクの笑顔。
これまでの経緯の捉え方で、解釈が異なるラストシーンとなっています。
映画『未来を乗り換えた男』まとめ
本作では、物語を進行させる役割として、ナレーションが多用されています。
あえて第三者目線にする事で、ゲオルクを客観的に捉えながら進行するという手法で、ナレーションの主は、ゲオルクと一定の距離を置いている劇中に登場する誰かです。
しかし、ハッキリとは明かされません。
「おそらく、あの人でしょう」という検討はつくのですが「なぜその人なのか?」と考えると、ペッツォルト監督の作品に込めた意図が理解できるかもしれません。
本当に不思議な「おとぎ話」のような世界観の映画『未来を乗り換えた男』。
現実と幻想の入り乱れた、ゲオルクの不思議なトランジットを是非体験してみて下さい。