連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2019見破録」第10回
新年初旬よりヒューマントラストシネマ渋谷で始まった“劇場発の映画祭”「未体験ゾーンの映画たち2019」では、ジャンル・国籍を問わない貴重な58本の映画が続々上映されています。
第10回では、デンマークのミステリー映画『特捜部Q カルテ番号64』紹介いたします。
デンマークの人気ミステリー作家、ユッシ・エーズラ・オールスンの大ヒットミステリー小説で、累計1600万部の売上を突破した人気シリーズの「特捜部Q」。
その映画化第4弾が『特捜部Q カルテ番号64』。本国デンマークでは、国内映画で歴代No.1の興行成績を記録しました。
主演のカール役のニコライ・リー・コス、アサド役のファレス・ファレスは、シリーズを通しての出演です。
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CONTENTS
映画『特捜部Q カルテ番号64』の作品情報
【公開】
2019年(デンマーク・ドイツ合作映画)
【原題】
Journal 64
【監督】
クリストファー・ボー
【キャスト】
ニコライ・リー・コス、ファレス・ファレス、ヨハン・ルイズ・シュミット
【作品概要】
過去の未解決事件を専門に扱う、コペンハーゲン警察の新部署「特捜部Q」の活躍を描くミステリー映画。
ある日、市内のアパートの隠された一室から、3体の遺体が発見されます。その部屋の持主と被害者は、かつて少女たちを監禁していた更生施設でつながっていました。
捜査を続ける「特捜部Q」は、デンマーク社会に潜んだ巨大な闇と向き合います。
キャスト陣のお馴染みのメンバーであるカール役はニコライ・リー・カース、アサド役のファレス・ファレスらがともに続投。
演出は『恋に落ちる確率』のクリストファー・ボー監督が務め、脚本は『ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女』のニコライ・アーセルが担当。
ヒューマントラストシネマ渋谷とシネ・リーブル梅田で開催の「未体験ゾーンの映画たち2019」上映作品。
映画『特捜部Q カルテ番号64』のあらすじとネタバレ
1961年、デンマークの海岸に若い男女、テーイとニーデの姿があります。深く愛しあう2人はいとこ同士。それを怒ったニーデの父が、2人を引き離します。
現代のコペンハーゲン警察の“特捜部Q”。主任のカール警部補(ニコライ・リー・コス)に、アサド(ファレス・ファレス)が話しかけます。
アサドは他部署への異動が決まっていましたが、カールはあまり関心の無い様子。長年仕事を共にしたアサドはその態度が不満です。
同じ“特捜部Q”の紅一点ローセ(ヨハン・ルイズ・シュミット)は、そんなカールの態度をいつもの事とあきらめ気味。カールは不機嫌な顔で独り帰宅します。
2人のアラブ系と思われる若い娘が、クアト医師のクリニックに入ります。娘の1人マールは望まぬ妊娠をして、匿名で中絶できるこのクリニックを訪れました。
一方同じ頃、アパートの隠された一室の壁を壊す管理人と作業員。部屋の中からミイラ化した遺体が発見されます。
アサドの後任を希望する者と面接していたカールに、遺体発見の報が入ります。カールとアサドは現場へと向かいます。
アパートの住人はギテとなっていましたが、家賃だけを支払い長らく不在でした。
現場を見たカールは、テーブルを囲むように椅子にかけた3体の遺体を目にします。しかし4人目の席が空いたままだと気付きます。
1961年、スプロー島の女子収容所。ここは不良少女を収容、更生させる施設ですが、同時に“ふしだら”とされる女性も収容されています。
ここに送られたニーデは、医師と面談していました。彼女のカルテは“64”。医師は、新たな収容者にはこれを見せると語り、死体を並べた写真「死者の家族」を見せます。
その医師の名はクアト。傍らには看護婦のギテがいます。
現代。ミイラ化した遺体はニーデとリタ、共にかつてスプローに収容されており、部屋の持主ギテとの接点が判明されます。
ニーデも、そして娼館に関わっていたリタも別々の時期に失踪していました。
残る1体、男性の遺体は愛人と駆け落ちし、行方不明扱いのフィリップ弁護士。3人との接点は不明です。
また遺体は死亡直前にヒヨス(毒性・幻覚性のある植物)を服用していた事も判明。
一番の謎は3人の死亡時期が異なる事。犯罪は時間をかけ計画的に行われていました。
弁護士夫人を訪ねたカールとアサドは、ネットカフェからの駆け落ちを告白するメールで、夫人は夫の行方不明届を取り下げたと知ります。
フィリップ弁護士は、スプロー島女子収容所被害者の訴訟に関わっており、彼の接点も明らかになりました。
1961年の女子収容所で、ニーデとリタは同室でした。リタと看護婦のギテはヒヨスを煎じた茶を飲み、淫らな行為を楽しむ関係です。
リタはニーデも誘おうとしますが、彼女は拒みます。彼女はテーイの子を宿していました。
現代。“特捜部Q”の面々は、管理人のブラントの案内で、廃墟と化したスプロー島女子収容所の跡地を訪ねます。
島にヒヨスが自生している事を確認し、同時に懲罰室など収容所の過酷な実態を目にします。
収容者への虐待と人権侵害は訴訟になりましたが、収容所に関する公文書は破棄されており、被害者は救済されていません。
クアト医師も訴訟の対象で、それに関わったのがフィリップ弁護士。カールはクアト医師を捜査しようとしますが、上司から慎重な配慮を求められます。
クアト医師は不妊治療の第一人者として、社会的な名声を得た人物でした。
自分が何者かに盗聴されていると信じているブラントですが、ローセに情報の提供を申し入れます。
その頃アサドは、行きつけの食料品店の娘、マールが父に内緒で中絶した事を知ります。
カールはクアト医師を訪れ、被害者やギテとの関係を尋ねるも否定されます。
女子収容所での不妊手術に関しては、当時は法的に認められていた行為と説明するクアト医師。
医師の部屋には、「死者の家族」の写真が飾ってありました。
1961年のスプロー島女子収容所。ニーデはリタの手引きで、島に出入りする漁師の協力で脱走を図りますが、実はリタに売られていたニーデは捕えられ、ギテによって収容所に戻されます。
現代に戻り、スプロー島の管理人ブラントを訪ねたカールとアサド。
ブラントは2人に、女子収容所で行われた社会的弱者への強制断種が、今も行われていると訴えます。
過去に理想とされた弱者断絶の思想を信奉するグループ「寒い冬」。それは寒冷地に住む白人種こそ優生種、と信じる団体です。
彼らは今、デンマークに移民として来た他人種の若い娘に、密かに不妊手術を行っていると告げます。
証明できそうもない主張ですがアサドはマールの一件に思い当たり、彼女を別の病院で検査させマールに行われた不妊処置を確認します。
過去に強制断種を行っていた医師が、「寒い冬」に加わり密かに活動を続けていました。
その医師の弁護を引き受けていたのがフィリップ弁護士。カールとアサドは改めて、弁護士夫人宅に向かいます。
その頃、カールとアサドに情報を伝えた後、ブラントは身の危険をローセに訴えていました。
ブラントを落ち着かせる為に訪ねたローセは、そこで遺体となったブラントを発見します。
そこに殺人者も潜んでおり、ローセも襲われますが辛くも逃れます。
一方カールとアサドが訪ねた弁護士夫人は、夫の行っていた事に薄々気付いており、残された資料を保管していました。
それを受け取ったカールとアサドですが、バイクに乗った尾行者に襲われます。2人の車は横転炎上しますが、襲撃者を銃で撃ち負傷させ撃退します。
証拠の資料は炎の中に失われ、カールの手に“カルテ番号64”のファイルが残るのみ。
1961年の収容所。逃亡の罰として縛られたニーデに迫るクアト医師。抵抗した彼女は医師の耳を食いちぎります。
怒った医師はニーデを強制的に中絶、避妊手術を行います。彼女が意識を取り戻した時、全ては終わっていました。
命の危険にさらされ、捜査は手づまりとなった“特捜部Q”。移民であるアサドは憤り、カールに怒りをぶつけます。
そしてカールに海外にいたギデの調査報告が届きますが、何かを知った彼はそれを誰にも伝えません。
1962年のスプロー島。女子収容所に閉鎖のニュースが伝わります。喜ぶ収容者の中に、一人怒りに満ちた表情のニーデの姿があります。
映画『特捜部Q カルテ番号64』の感想と評価
かつてない巨悪と向き合った「特捜部Q」
シリーズ第1作『特捜部Q 檻の中の女』が「未体験ゾーンの映画たち2015」で公開された「特捜部Q」シリーズ。
参考映像:『特捜部Q 檻の中の女』(2015)
本作までの全4作が、すべて「未体験ゾーンの映画たち」で公開されています。
特捜部と言っても、当初は未解決事件の資料を整理するだけの左遷部署、主人公のカールでなくとも無愛想になる環境です。
しかし彼らはシリーズと共に次々難事件を解決し、今やミステリーファンの人気を集める存在です。
その「特捜部Q」が今回の作品では、従来の作品に無い巨悪に立ち向かいました。
原作ユッシ・エーズラ・オールスンの社会問題への関心
映画の原作小説は、ユッシ・エーズラ・オールスンによって記されました。
性科学者で精神科医の父を持ち、少年時代は精神病院内の邸宅で過ごした彼は、かつて女性収容所で行われた人権侵害に高い関心を寄せました。
映画や小説に登場した収容所はフィクションの存在ですが、モデルは実際に1921年から1962年までスプロー島に実在した女性収容所です。
収容されたのは軽度の知的障害の女性、そして当時の基準で“ふしだら”とされた女性でした。
収容された女性の出所には、不妊手術の同意が条件でした。“ふしだら”な女性は優生学的に劣る存在とされたからです。
忘れかけられた、国家ぐるみで行われた犯罪的行為に対し、エンターテインメントの形で光を当てた作品が『特捜部Q カルテ番号64』です。
カール警部補の頼りになる相棒、アサドはアラブ系の人物。人権問題に関する、ユッシ・エーズラ・オールスンの高い関心が見てとれます。
決して他人事ではない優生学に基づく人権侵害
かつて優生学の名の下に、知的障害者や難病患者が隔離、不妊処置などの人権侵害が行われた時代がありました。
社会問題に関心がない方でも、ホラー映画やドラマの舞台として、こういった背景を持つ病院や施設を知った方もいるでしょう。
誤った優生思想に基づく人権侵害といえば、多くの方がナチスをイメージします。
しかし現実では、欧米各国でもある時代までは主流の思想でした。
そして日本でも1948年から1996年までの間、「旧優生保護法」の下で知的障害者の女性に対する、本人の同意なき不妊手術が行われ、現在裁判も行われています。
エンターテインメント作品もまた、世を映す鏡の1つです。
まとめ
映画『特捜部Q カルテ番号64』は、実は原作小説と少し違った内容です。
原作は500ページを超える長編小説で、犯行の背景は同じでも、事件の詳細は大きく改変されています。
そして黒幕は新進政党も関与した、よりスケールの大きな存在として登場します。
これは映画が面白くない、という意味ではありません。映画という枠に相応しい物語を与えられた結果です。
本作の脚本は、小説『ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女』の映画化脚本を手掛けたニコライ・アーセル。
自身も映画監督である彼の手で、『特捜部Q カルテ番号64』は映像化に相応しい物語を得ました。
原作ファン、また映画を見て原作に興味を持った方は、その点に着目して双方をお楽しみ下さい。
最後にカール警部補。刑事ドラマ風にあだ名を付けるなら、“ツンデレ刑事”がお似合いです。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2019見破録」は…
次回の第11回はアルゼンチンの新感覚ホラー映画『テリファイド』を紹介いたします。
お楽しみに。