映画『マチルド、翼を広げ』は、2019年1月12日(土)より、新宿シネマカリテほか全国順次公開。
マチルドと母のもとにやって来た小さなフクロウがふたりを未来へと繋ぐ…。
「コミカルなフレンチ映画?」または「フクロウと話せるファンタジー映画?」
それとも「超前向きになれる映画?」 残念ながらそうではありません。
ひとりのフランス人女性監督が描いた、幻想的でちょっぴり重い現実に立ち向かおうとする家族の物語です。
今回はノエミ・ルヴォウスキー監督の自伝的ヒューマンドラマ映画『マチルド、翼を広げ』のあらすじと感想をご紹介します。
CONTENTS
『マチルド、翼を広げ』の作品情報
【公開】
2019年(フランス映画)
【原題】
Demain et tous les autres jours
【監督】
ノエル・ルヴォウスキー
【キャスト】
ノエル・ルヴォウスキー、リュス・ロドリゲス、マチュー・アマルリック、アナイス・ドゥムースティエ、ミシャ・レスコー
【作品概要】
監督は前作の『カミーユ、恋はふたたび』でセンセーショナルな人気を博したノエミ・ルヴォウスキー。女優でも名を馳せたフランス人女性監督が本作で挑んだのは”我が幼少時代の記憶を振り返ること”。大好きだったけど、周りと違う母ザッシンガー夫人役を監督自らが演じ、複雑な過去を肯定的に描き出した作品になっています。
主人公マチルド役は本作が女優デビュー作となるリュス・ロドリゲス。マチルドの父親役を『007 慰めの報酬』のマチュー・アマルリックが演じています。
映画『マチルド、翼を広げ』のあらすじとネタバレ
学校で孤独な日々を送る9歳の女の子マチルド。そんな彼女を心配した先生は、母のザッシンガー夫人を呼んで三者面談を開きました。
しかし、マチルドの母は支離滅裂な話をし、会話が続きません。
それをマチルドが必死にフォローするも、母は同じことを繰り返して言うばかり。ついには、窓ガラスにいる鳥の巣を指して、マチルドを机の上に登らせてしまう。
精神的に不安定な母は、最後に「私は良い母ではありません」と言って面談を終わらせてしまいます。
マチルドはそんな母の手をしっかりと握って家路に着きました。
マチルドは母との二人暮らし。ある時、彼女は小さなベットに入って父とのテレビ電話を楽しみます。
冗談を言い合う、仲の良い父と娘ですが、仕事が忙しく別居中の父とはどことなく距離がありました。
父は母の様子を尋ねますが、その時ザッシンガーは家にはいませんでした。
彼女は夜のパリを、昼間に買ったウエディングドレスを着て練り歩いていたのです。
裾がグチャグチャになった姿のまま家に帰った母でしたが、マチルドは既に夕食を済ませていました。
「明日から新たな一歩を踏み出すわ」と、疲れ切った表情をして言いました。
ある日、母は何やら生き物が入っているカゴを用意してマチルドの帰りを待っていました。
学校から帰宅したマチルドが早速中身をのぞいてみると、子供の手サイズほどの小さなフクロウが入っていました。
母曰く、そのフクロウは勝手にアパルトマンに入ってきたといいます。
喜んだ彼女は早速フクロウを手なずけ、自分の部屋で飼うことにしました。
夜、フクロウにおやすみを言ってカゴに布をかけると「お休み」とどこからか声がします。
最初は父がいると思ったマチルドは、声を出したのがフクロウと知った途端、恐怖を感じ、母を呼びにいきます。
しかし母にはその声がフクロウの鳴き声にしか聞こえません。
するとフクロウは「この声は君にしか聞こえないよ」と言いました。
映画『マチルド、翼を広げ』の感想と評価
自分の母親役を監督自らが演じる
本作『マチルド、翼を広げ』は、ノエミ・ルヴォウスキー監督の幼少期の思い出を基に、時にコミカルに、時に生々しく、厳しいく描かれ、観客の心を強く揺さ振る質の良い作品です。
精神に異常が見られ、社会的に見ると「負」の一面を持ち合わせる実際の母親を、ルヴォウスキー監督自ら演じています。
物語はそんな母の奇行に振り回されながら強く生きていくマチルドにスポットライトが当たり続けます。
一見、映画は彼女の明るく強く成長するさまが押し出されているように見えましたが、観ている者は母の弱さ、そして病的な資質を感じとることができます。
そういった、暗い面が意外にも多く組み込まれていることに驚かされました。
いくつかポイントを挙げていきましょう。
まず、フクロウが彼女に話かけてくるという設定、これは明らかにマチルドの声が反射したものです。
汚い言葉を吐いたり、自分を奮い立たせてくれる言葉をかけてくれる、これは彼女の押し殺したストレスから発せられる「妄想」のようなものと捉えることができます。
さらに、その妄想は広がり標本のガイコツを埋葬するために、学校から盗み出し服まで着せてしまいます。
確かに、これらは幼い子供の豊かな想像力によってのことと言えるかもしれません。
しかし、彼女は何度もある悪夢を見てしまいます。
絵画「オフィーリア」と同調させた悪夢
それはマチルドが池に沈みそこから這い上がれないというなんとも不安になる悪夢です。
このシーンには明らかに”ある絵画”が象徴されています。
それはジョン・エヴァレット・ミレー作の《オフィーリア》です。
この作品はシェイクスピアの戯曲「ハムレット」を参考に描かれたもので、発狂し川に落ち、這い上がる意思を捨て、そのまま死んでしまった悲しい女性を描いたものです。
「発狂」、まさにマチルドが身近に感じるもの。彼女自身もお母さんのように発狂し、死んでしまうという素直な恐怖が夢という形で現れたと言うことができます。
そんな一抹の恐怖を監督はあえて隠さずあらわにしました。
しかし、ノエミ・ルヴォウスキーは、「オフィーリア」をメタファーとして引用しつつも、その結末を覆す最後を用意していました。
その最後こそ、母の奇行とも言えるダンスを一緒に演じきる場面です。
大粒の雨が降りしきる中、力強く体を動かし、母を受け止め自ら受け継ぐその姿勢が全力で描かれています。
そして、エンドロールの直前、彼女が池から這い上がる姿を見ることができます。
運命を拭い去ることはできないとしても、母と生を肯定した瞬間でした。
自分の母を演じるという重い責務を受けたノエミ・ノヴォウスキー監督の「現実から逃れようとしない勇気のある姿勢」には胸に迫るものがありました。
妻と娘を見守り続けた重厚な存在
本作『マチルド、翼を広げ』には陰ながら大きな存在感を示していた人物がいます。夫役のマチュー・アマルリックです。
マチュー・アマルリックはアルノー・デプレシャン監督作品の『クリスマス・ストーリー』で情緒不安定なダメ息子を演じたり、スパイ映画『007慰めの報酬』で悪役を演じたりと、フランス国内外問わず幅広い活躍を見せています。
現在のフランスを代表する名優ですが、本作では離婚中の精神的に不安定な妻と幼い娘を陰ながら支える父を演じました。
彼は唯一の娘を守るために、残酷で厳しい選択に迫られます。
彼の瞳孔の開いた目は、時に不安を感じながらも、正気を失った母とまだ幼い娘に変わってバランスを取ろうともがいているようでした。
そして、彼は唯一「現実的」に私たちに今を打開する方法を投げかけてきます。
その彼の語らずとも落ち着いて行動してみせる“昭和の男のようなダンディさ”は美しいものでした。
まとめ
本作品『マチルド、翼を広げ』は、ノエミ・ルヴォウスキー監督の亡き母親、つまりザッシンガー夫人の捧げられたものです。
たくさん苦しみ、自分を愛してくれた母への精一杯の恩返し。
大人の味わいを、ぜひ劇場で。
映画『マチルド、翼を広げ』は、2019年1月12日(土)より、新宿シネマカリテほか全国順次公開です。