韓国No.1俳優ソル・ギョングが、北の独裁者に⁈
国家に翻弄される親子を描いた韓国映画『22年目の記憶』をご紹介いたします。
映画『22年目の記憶』の作品情報
【公開】
2019年(韓国映画)
【原題】
My Dictator
【監督】
イ・ヘジュン
【キャスト】
ソル・ギョング、パク・ヘイル、ユン・ジェムン、イ・ビョンジュン、リュ・ヘヨン、イ・ギュヒョン
【作品概要】
自身を北朝鮮の最高指導者、金日成(キム・イルジョン)と思い込む俳優にソル・ギョング、そんな父に翻弄される息子にパク・ヘイルが扮し、親子が織りなす葛藤と絆を描いたヒューマンドラマ。
監督は『ヨコヅナ・マドンナ』(2006)のイ・ヘジュンが務めており、本作は2014年制作の作品であり、今回、満を持しての日本公開となります。
映画『22年目の記憶』のあらすじとネタバレ
冴えない俳優のキム・ソングンは、劇団の『リア王』の公演で、リア王を代役で演じるチャンスを得ました。
自分が売れないせいで、友達に嘘つき呼ばわりされている息子のテシクを不憫に思い、自ら台詞が頭に入っていると演出家に売り込んだのです。
公演にはテシクが父親の晴れ舞台を観に、友達を連れてやってきました。
しかし、舞台に上がったソングンはすっかりあがってしまいます。台詞が飛び、芝居は台無しになってしまいました。
客席に目をやると、がっかりしてうなだれているテシクの姿が見えました。
そんな彼にある男が近づいてきて、君のような俳優を探していたんだと、オーディションを受けるようにすすめます。
なんとしても今度はしっかりと役をもらい、息子を喜ばせたいという一心で、オーディションに挑むソングン。
一次審査を通過して喜んだのもつかの間、目隠しをされて連れてこられた場所で、激しい拷問を受けます。
「もういい加減に吐いたらどうなんだ。みんな、自分の罪を認めて家に帰ったぞ」と男たちは言い、ソングンに罪の告白をするよう強要しますが、ソングンが口にしたのは俳優への強い思いでした。
妻が病気になっても自分は演劇を忘れることができなかったこと、息子の観ている前で台詞を忘れたことを息も絶え絶えに語り、命だけは息子のために勘弁を、と懇願します
こんな状況では、嘘をついてでも、罪の告白をするものですが、そうしないソングンは、「口の固い俳優」として認められ、オーディションの合格を告げられました。
1972年、南北共同声明が発表され、初の南北首脳会談に備えて、韓国は、リハーサルのため、北朝鮮の最高指導者・金日成(キム・イルソン)の代役オーディションを密かに敢行したのです。
大学の演劇科のホ・サムウン教授の指導のもと、日夜厳しい訓練が行われ、ソングンは、金日成の身振りや口調だけでなく、彼の思想や思考なども深く探求し、次第に金日成が乗り移ったように演じられるようになっていきます。
しかし、いつまでも本番の声がかからない中、極秘ミッションを統括しているオ長官がやって来て、「当分司令は来ない」とチーム解散を告げます。
ソングンは「こうなると思っていた、別の役者がいるんだろ!いつも役を奪われる」と叫ぶと、血相を変えて走り出しました。
別の役者がいると睨んで、ある扉を開けたソングンの目に飛び込んできたのは、政治犯が拷問を受けている姿でした。彼は呆然とたたずむしかありませんでした。
代役が日の目をみることがないまま22年の月日が過ぎ去ります。
すっかり青年となったテシクはマルチ商法に従事し、やさぐれた生活を送っていました。
いつも彼を追いかけてくるソン・ヨジュンという女性とは数回関係を持った仲ですが、テシクは彼女を冷たくあしらいます。
ある日、テシクの部屋に借金取りが取り立てにやってきて、危うく熱々のプレートに顔を押し付けられそうになります。
その時、たまたま観た新聞広告で、テシクの実家が、マンション建設の候補地にあがっていることを知り、立ち退き料を謝金返済にあてることを目論みます。
そのためには実印が必要なのですが、テシクにはその在処がわかりません。彼は入院している父親のソングンの元に車を走らせます。
年老いた父は自らを金日成だと信じ込んでいました。テシクは父を退院させ、家につれて帰ります。
テシクがジャージャー麺の出前を頼むと、父は、南の人間はたるんでいる、食事は自炊するものだと彼をしかりつけました。
テシクはヨジュンを呼び出し、金を払うから料理を作ってくれと頼みます。ヨジュンは水曜日は休みという条件で引き受けました。
彼女が作った食事は、ソングンも満足の様子でした。
金貸しが、長く居座れば土地の値が上がると言うので、テシクは持ち前の巧みな話術で、地域住民をたきつけ、立ち退き反対運動を加速させます。
ヨジュンは妊娠しており、毎週水曜日に産婦人科にかかっていました。
妊娠のことを知ったテシクに彼女は「私も家族を持ちたいと思ったの。あなたは今まで通りでいいってこと」と告げますが、テシクは激しい拒絶反応を示します。
彼は、自身が中学3年生の時、父が仁川から船を盗み北へ行こうとして捕まり、彼自身も、対共施設に連れて行かれたことを語り出しました。
大人たちに激しく問い詰められ、そのせいで高校の入学試験も受けることができなかったのです。
「あの日、父は僕を捨て、僕も父を捨てた」とテシクは語り、「父親になんてとてもなれない」とヨジュンに告げ、彼女を悲しませます。
そんな中、テシクが父と二人で歩いていると、門衛が、驚いたようにこちらを観ているのに気が付きました。
彼は父に敬礼し、父も敬礼を返しました。男はホ・サムウン教授でした。
「中には俳優を飲む役もある。彼は飲まれるどころが、役を飲み込んだ」と教授はテシクに語りました。
そしてソングンに向かって「君の演技はよかった。君の演技は私が観た。もうやめるんだ」と説得しますが、父は「騙されるものか」と聞く耳を持ちません。
ある日、ブルドーザーなどの工事車両が彼らの家を取り囲んでいました。
いつの間にか住民たちは和解して、当初よりも三割増の立ち退き料を条件に、立ち退きに同意したというのです。
工事関係者は、立ち退こうとしないこの親子をちょっと驚かせてやろうとショベルカーを発動させ、家の壁を突き破ります。
ソングンは南北の戦争が始まったと思い込み、火炎瓶を投げましたが、それは力なく落下していきました。
ソングンが倒れたのをみて、工事関係者は一旦立ち去ります。
父は入院し、テシクは医師から父の脳のレントゲン写真を見せられました。脳にコブがあり、長くはないと宣告されます。
軒下に無造作に放り込まれていた実印を借金取りが見つけ、彼らは思惑通り立ち退き料を手にしていました。
借金の分を差し引いて、残りは振り込んだ、もううちには来るんじゃないぞと彼らはテシクを戒めます。
相変わらず金日成でありつづける父に、テシクは「なぜ僕を苦しめる?」と怒りを爆発させますが、父は言うのでした。「テシク、忘れたか? 秘密の話をしただろう?偉大な演劇を用意していると」。
父は退院し、妄想は徐々に落ち着いてきましたが、テシクにとってはそれが不安に感じられるようになりました。父が消えていくような気がしたからです。
ところがある日、黒い車が家の前にやってきました。オ長官が22年ぶりにソングンの前に現れたのです。
映画『22年目の記憶』の感想と評価
22年間、金日成を演じ続け、その人に成り切ってしまった男という奇抜なアイデアは、韓国と北朝鮮の南北首脳会談に際し、リハーサルが行われたという実在の報道記事から着想を得たのだそうです。
優しい良き父であった男は、最大の舞台を完璧に演じるために人生をかけます。
それは「役者魂」という名の人間の“業”のようなものでもあり、息子はそれにより、“父”を失うことになってしまいます。
映画の前半は人情喜劇のように進んでいきますが、22年後に登場した息子であるテシクは、やさぐれていて、あの瞳をきらきらさせていた少年が歩んだ人生の壮絶さを想像せずにはいられません。
しかし、クライマックスとなる大舞台で、父の息子への想いが溢れる時、あの小さかった時と同じく、テシクは大きく目を見開き、父を見つめることとなります。
この父親はなんと不器用な演劇人なのでしょうか。本作は芸術と家族の複雑な関係を描いた野心作としても評価に値します。
売れない大根役者が金日成を演じるために切磋琢磨し、挙げ句に金日成に成り切ってしまう様を名優ソル・ギョングが見事に演じています。
優しい父と、演劇にかける芸術家という二面性が圧倒的な演技力で表現されます。
元祖「カメレオン俳優」と言われるほど、役への成り切りぶりが高く評価されているソル・ギョングの真骨頂といってもいいでしょう。
大人になってからのテシクを演じるパク・ヘイルも、ひょうひょうとしたやさぐれ感を醸し出し、葛藤を抱えながらも人の良さが出る憎めない人物を巧みに演じています。
彼が終盤、堰を切ったように号泣する場面は涙なくしては観られません。
まとめ
金日成を演じるよう命じられ、最大限の準備をしたのに、南北両国間の都合で、延期になり、人生を狂わされていく本作の主人公を観ていると、同じくソル・ギョングが主演した『シルミド SILMIDO』(2003/カン・ウソク監督)を連想せずにはいられません。
『シルミド SILMIDO』は、1971年に韓国政府が極秘に進めた金日成暗殺のために集められた工作員部隊を描いた作品でした。
国の方針が変わったことから、作戦は中止になり、挙げ句に工作員は国家から命を狙われます。かなりの脚色がなされていますが、こちらは史実に基づいた作品です。
『シルミド SILMIDO』にしても、あるいは出世作となった『ペパーミント・キャンディー』(1999/イ・チャンドン監督)にしても、ソル・ギョングは、国家に翻弄され、人生を狂わせてしまう男を演じ続けています。
『22年目の記憶』も、韓国の現代史を巧みにとり込み、時代の変遷を画面にきざみながら、南北関係の緊張とともに、ある一家に流れる時間とその絆を映し出しています。