2018年12月7日(金)より公開された中島哲也監督のホラー・エンターテイメント作品『来る』。
独特の作風で人気を誇る中島哲也監督が、「第22回日本ホラー小説大賞」を受賞した澤村伊智の原作『ぼぎわんが、来る』を映画化。
松たか子主演の映画『告白』から8年ぶりに、中島哲也監督が挑んだ作品は、ホラー・エンターテイメントでした。
今回は松たか子演じる最強の霊能力者・比嘉琴子をはじめ、何故、“アレ”によってムシを吐くのか。
あの幼虫にはどのような意味が隠されているのか、解説をしていきます。
映画『来る』の作品情報
【公開】
2018年(日本映画)
【企画・プロデュース】
川村元気
【原作】
澤村伊智「ぼぎわんが、来る」(角川ホラー文庫)
【脚本・監督】
中島哲也
【キャスト】
岡田准一、黒木華、小松菜奈、松たか子、妻夫木聡、青木崇高、柴田理恵、太賀、志田愛珠、蜷川みほ、伊集院光、石田えり、西川晃啓、松本康太、小澤慎一朗
【作品概要】
代表作『嫌われ松子の一生』『告白』『渇き。』で知られる中島哲也監督が、第22回日本ホラー大賞にて大賞を獲得した澤村伊智の小説『ぼぎわんが、来る』を実写映画化。
実力演技派の岡田准一を主演に迎え、黒木華、小松菜奈、松たか子、妻夫木聡ら注目のキャストで魅せる必見のホラー・エンターテイメント作品。
映画『来る』のあらすじ
物語は、妻夫木聡演じる田原秀樹が、親族の13回忌の法要に恋人の加奈を連れて行く場面から始まります。
秀樹と加奈は結婚をし、幸せな新婚生活を過ごしていました。
そんな時、秀樹の会社に謎の来訪者が現れます。
取り次いだ後輩の高梨に「知紗さんの件で」との伝言を残していきます。
知紗とは妊娠して身ごもった加奈のお腹の子に名づけた名前でした。
何故その名前を知っているのか不可解さに秀樹は戦慄を覚えます。
結局、来訪者が誰かわからぬまま、取り次いだ後輩の高梨が大怪我を負い、まるで呪いをかけられたのような謎の死を遂げます。
それから、約2年の月日が経ち、秀樹の周囲で不可思議な出来事が次々と起こります。
不安にかられた秀樹は、親友で民俗学の准教授の津田を通じて、野崎というルポライターと霊能力者真琴を紹介してもらいました。
真琴は出会ったばかりの秀樹に、妻の加奈と娘の知紗を大切にしてあげて欲しいと告げると、秀樹は憤慨してその場を立ち去ります。
心配を募らせた真琴は、独自に身につけた霊能力で“アレ”と対峙しますが、そのことが却って“アレ”を刺激して、力を与えてしまいます。
怯える秀樹と加奈、そして知紗を前に真琴が手に負えずにいると、謎の“アレ”の存在を察知した国内一の霊媒師で、真琴の姉琴子から連絡が来ました。
やがて、琴子は“アレ”を調伏するために全国から霊能の猛者たちを召集するのですが、その半数を失ってしまい……。
映画『来る』の感想と考察
なぜムシを吐き出すか?
なぜ本作『来る』の劇中に、多くの虫が登場したのでしょう。
国内随一の霊能力者である琴子は、“アレ”を撃退するお祓いの最中に、血液に混じったムシ(幼虫)を吐き出しました。
またマンションの外部でも、お祓いに参加した神官が、同じようにムシを吐き出して倒れこみます。
“アレ”の存在によって弱みに付け込まれた者のすべてが、体内からムシを吐き出しています。
そもそも昔から人体の中に、ムシが棲んでいるとされることからきています。
この記事ではムシに注目して解説をしていきます。
映画『来る』どこからムシ(幼虫)は登場したか
本作『来る』は大きく3部構成で作られた物語です。
第1部は田原秀樹を中心に描き、彼が“アレ”に殺される直前から、走馬灯のように幼少の山での出来事や結婚及び新婚生活、そして知紗の誕生と思い出していきます。
第2部はシングルマザーの香奈と娘の知紗の生活。ここでネグレストであった香奈の母親と香奈自身が同一化していく様子が描かれます。
第3部は琴子や野崎たちと“アレ”の全面対決でした。
この第1部から第3部まで、一貫して登場しているのがムシ(幼虫)の存在です。
幼い頃の秀樹の前にいた少女知紗は、両親からネグレストの虐待を受けていたと、13回忌の法要に出席していた秀樹の親族が呟いていました。
少女知紗は、生きていることの恐怖と死への魅力(好奇心)に惹かれており、おそらく自傷行為をするとともに、昆虫の命を殺めていました。
アゲハ蝶の羽根をむしり取り、大量の蝶を踏みつけていました。
それだけでなく、アブラゼミの体に小さな蟻たちが集り、蝕み食する様子を興味深く見つめています。
知紗の赤い靴や赤いランドセルに幼虫は群がり、加奈は自分の腕に這う幼虫を見つめ笑みをこぼし、琴子は“アレ”に憑依されると血液混じりの幼虫を嘔吐します。
ここで重要なのは成虫のアゲハ蝶ではなく、幼虫であるということです。これは、大人と子どもという親子の対立軸の物語ということに関わっています。
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成虫の蝶に孵化すれば(大人も)、好きな所に飛んでいけますが、幼虫という子どもの場合は、その場で這いつくばって生きるしかありません。
人間の赤ん坊が親なしでは生きることができない比喩もそこには含まれています。
つまり、“アレ”の存在は、当初から子どもの怨念が導くものでした。
いつまでも大人になりきれない子どものような大人の存在、または知恵を持たない幼稚さばかりの大人の存在、子どもの気持ちを分かろうとせずに大人の都合を押し付けてしまう存在、このような“大人としての弱さ”に、“アレ(子ども)”の存在はつけ込み、怨念を抱かせたのでしょう。
幼虫というメタファー「虫の知らせ」
「虫の知らせ」とは、よくないことが起こりそうな気がすることや悪い予感がした際に使用される言葉です。
田原秀樹が働く会社に“アレ”が来たのは、その後の展開の「虫の知らせ」だともいえます。
古来から人の体内には虫が棲むと信じられ、意識や感情にさまざまな影響を与えるものだと考えられてきました。
潜在意識や感情の動きをみせた時に、予知能力としての「第六感」や「霊感」など、予見した情報が「虫の知らせ」です。
どちらかといえば一般的には、あまり良いお知らせではないものを、「虫の知らせ」で知ったという事象が多く、親しい人が亡くなったり、災いの知らせがあったりするのが主なものです。
また、その他にも「虫」が体内に棲むからこそ使用する言葉は、次のように例えられます。
秀樹のイクメンぶりの行為は「虫がいい」。
後輩の高梨や親友の津田は秀樹のことを「虫が好かない」。
育児に疲れた加奈は娘の知紗に対して「虫のいどころが悪い」。
虫のつく言葉が古くから用いられた理由は、体内を虫がいて、時おりアチラコチラと動き出したり、時に体内から抜け出して、その人間に何かを知らせるという道教にある教えが由来した語源だとされています。
あなたの身体にも虫は棲んでいますよ。ご用心、御用心。
まとめ
本作『来る』に登場した霊能者である比嘉琴子。彼女が虫を吐いたのは、「アレ」によって、自身の弱さが露出したからでした。
しかしそれは、常にポーカーフェイスで完璧な琴子が人間としての弱みを覗かせた場面でもあります。
通常は体内で眠っているはずの虫が動き出してしまうほど、彼女は妹の真琴が心配だったのです。
だからこそ、同じように真琴を慕う野崎の力も借りたかったのでしょう。
さて、プロデューサー川村元気と、映像作家として異彩を放つ中島哲也監督がタッグを組んだ映画『来る』は様々なことに想像を掻き立てられる秀作です。
本作『来る』は、劇場鑑賞がオススメです。それは音響が重要な鑑賞アイテムだからです。
せっかくのホラー・エンターテイメント作品です。音響の良い劇場を探して、ぜひ、ご覧ください。