血が繋がった家族という“他人”、両親が変わっていく姿を僕は一番近くで見ていた…。
2018年秋、アメリカで静かなエネルギーに満ちた新たな家族映画の秀作が公開されました。
実力派俳優ポール・ダノの初監督作品『Wildlife(直訳:野生動物)』です。
映画『Wildlife』の作品情報
【公開】
2018年(アメリカ映画)
【原題】
Wildlife
【監督】
ポール・ダノ
【キャスト】
ジェイク・ジレンホール、キャリー・マリガン、エド・オクセンボウルド、ゾーイ・マーガレット・コレッティ、ビル・キャンプ
【作品概要】
演出は『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(2007)で英国アカデミー賞助演男優賞にノミネート、『プリズナーズ』(2013)『それでも夜は明ける』(2013)など、様々な作品でベテラン俳優たちを圧倒するほどの演技を披露している俳優ポール・ダノ。
彼と共に脚本を手がけたのは『ルビー・スパークス』(2012)で共演、ダノの恋人であり2018年に子供を出産した女優、脚本家のゾーイ・カザンです。
主演を飾るのは『複製された男』(2013)『ナイトクローラー』(2014)『ノクターナル・アニマルズ』(2016)などビッグ・バジェットからインディペンデント映画まで数々の秀作に出演するジェイク・ギレンホール。
また『17歳の肖像』(2009)や『ドライヴ』(2011)でおなじみ、“オードリー・ヘップバーンの再来”とも言われる可憐な魅力を放つキャリー・マリガンです。
映画『ワイルドライフ』のあらすじとネタバレ
1960年代のモンタナ州。少年ジョーは父ジェリー、母ジャネットと3人で包まやしやかながらも穏やかな生活を送っています。
ある日、ジェリーは働いていたゴルフ場から解雇されてしまいました。酒をのみながら不遇を嘆く父を何とも言えない気持ちで見守る息子ジョー。
妻ジャネットは専業主婦でしたが仕事に戻ることを決め、水泳のインストラクターの仕事を得ます。ジョーも小さな写真館でアルバイトをすることにします。
ジェリーは昔の職に戻ることを提案されますが彼はプライドからそれを拒否、近くの山であるグレートフォールズで起こっている火災を鎮静させるための職に就くことに決めました。
その職は危険で低賃金、長い間家を空けなければいけません。ジャネットが止めるのも聞かずジェリーは家を出ました。
ジェリーが家を出、ジャネットはインストラクターとして、ジョーは学校とアルバイトに励む日々を送ります。
仕事が忙しい母に代わり、ジョーが夕食の買い出しに出かけるようにもなりました。
そんなある日ジョーが学校から帰宅すると、家に母と老年のでっぷりした男性がいました。彼の名前はミラー、会社を営む地元では名前の知られた裕福な人物。
ジョーはミラー氏と母の間になにやら気配を感じ、彼を警戒します。
ジャネットは以前より着飾るようになり、ジョーはそんな母の姿を複雑な気持ちで見つめます。
映画『ワイルドライフ』の感想と評価
ショットとカメラワーク
本作は1990年に出版されたリチャード・フォードによる同名小説を原作とした映画化です。
60年代の可愛らしい衣装、彼らの瞳の色とマッチした印象的なブルー、静粛で洗練された映像の中進むのはある平穏な家族がもつれあい壊れていく、徐々に大きくなっていく波のような印象を与える物語です。
『Wildlife』で注目すべきはショットとカメラワーク。
本作は息子のジョーの視点と“第三者”の視点、カメラは2つの視点を映し出します。
物語最初、まだジェリーが解雇されておらずジャネットが専業主婦として働いていたころ、夫婦は同じフレームに収まっています。
キッチンで何やら楽しそうに話す両親の姿を見つめるジョー。しかしジェリーが失業してからは、カメラはジェリーとジャネットをバラバラのショットで映し、彼らの心が分断されてしまったことを表します。
ジェリーが去った後、カメラはジョーの視点代わりとして多く機能するようになり、だんだんと母が変わっていく姿を見つめる不安な息子の心情が強調されます。
ジョーを映す際のカメラワークは彼がフレームに入る前、出た後もその空間を長く映し出す、ネオリアリズモ映画の特徴すら感じさせます。
最後の食卓のシーン、カメラは最初テーブルを囲む3人を一つにフレームに、そしてジェリー、ジャネット、ジョー1人1人を映してゆきます。
もっとも近しい関係である家族、そんな家族も一人一人の“個人”、“他人”が集まったものであり、個々が自立した状態で、“家族”という集合体となる。
自然で発生した火を鎮静させる仕事をしていたジェリーが、自分の手で小さくも火を起こしてしまう。
“Wildlife”=“野生動物”のように荒々しい感情を胸に秘めていた彼らが事件を乗り越え、“個人同士”として再び一堂に会し、写真館で一つのフレームに同じ方向を向いて収まるラストショットには涙がこぼれます。
キャリー・マリガンの演技力
本作で特筆すべきは、今回母親、妻、夫がいない期間に他の男性と関係を持つジャネットという役を演じたキャリー・マリガン。
最初は家族の温かい食事を作り家を守り、“理想の妻、母像”であったジャネット。
しかし夫の解雇をきっかけに社会に戻り、彼女は“自分の手でやっていける”と思いつつも他の男性にすがってしまうのです。
ミラー氏の自宅でディナーをするシーン、真っ赤なリップをつけ新緑色のドレスに身を包んだマリガンは美しくも、すぐに崩れ落ちてしまいそうな脆さ、やり場のない怒りを秘めひどく不安定。
それでも“可愛らしく”振舞おうとするジャネットの姿は少し痛々しく哀切であり、危なっかしい心の揺れ動きを表現したマリガンに圧倒されます。
ジェイク・ギレンホールもアルコール依存を匂わせる自暴自棄気味の男性。それでも家族を愛している父親の姿を哀愁たっぷりに演じ、息子のジョーに扮するエド・オクセンボールドも“家庭が崩壊していくことは分かるのに自分は何もできない、疎外感でいっぱい”そんな思春期の少年の姿を繊細に演じきっています。
まとめ
“家族の崩壊と再生”というテーマを緻密な映像表現、映画ならではの手法で美しく淡々と描いた『Wildlife』。
本作で監督デビューを飾ったポール・ダノ。
今後も彼の俳優活動はもちろん、映画監督としての活動も見逃せません。
ゆっくりとカメラが追う先、移り変わる視点がたどり着く先にある新たな“始まり”と“再生”、家族や愛のあり方について思いを馳せながら、ぜひご覧ください。