連載コラム「銀幕の月光遊戯」第13回
主要キャストがアフリカ系俳優で占められる作品は、制作が難しいと言われていた時代もありましたが、昨今は、『ムーンライト』がアカデミー賞作品賞を受賞したり、『ブラックパンサー』が大ヒットしたり、と少しずつですが変化の兆しが見られます。
そんな中、現れたのが、今回、ご紹介する『キックス』です。カリフォルニアを舞台に、少年が大人へと成長する通過儀礼とスラムの現実を、スニーカーカルチャーを交えながら描いたニューエイジ・ブラックムービーです。
12月01日(土)より渋谷シネクイントにて公開されるのを皮切りに、全国順次ロードショーが予定されています。
CONTENTS
映画『キックス』のあらすじ
カリフォルニア、リッチモンドに住む15歳の少年ブランドンは、宇宙船があれば、といつも密かに願っていました。
背が低く、ボロボロのスニーカーを履いているブランドンは、学校ではいじめられ、女の子にも相手にされません。宇宙なら静かで誰にもバカにされたりしないはずです・・・。
友人は二人。いつもハイなグータラ野郎のリコは、女にモテモテ。自称R&Bの天才、アルバートは女の話ばかりしています。リコはエア・ジョーダン3,アルバートはエア・ジョーダン6のいかしたスニーカーを履いていました。
三人が校舎に入ると、男子生徒が二人、ラップでバトルしていました。
そのうちの一人が履いている靴にブランドンの目がとまりました。ブレッドカラーのエア・ジョーダン1でした。
ブランドンはジョーダンを手に入れるべく、ためていたお金をかき集めました。そしてついに最強のスニーカー、エア・ジョーダン1を手に入れます。
リコたちにも羨望の眼差しで見られた上に、女の子の方から彼に寄ってきて、デートに誘われてしまいました。
これで、何もかもが変わる! 嬉しさを隠しきれず、帰り道を歩いていたブランドンでしたが、地元のチンピラたちに襲われ、エア・ジョーダン1を奪われてしまいます。
ブランドンはなんとしてもエア・ジョーダン1を取り戻そうと決意します。「やつらはやりすぎた。こっちもやってやる!」
チンピラたちのうち、フラコという名の男だけは顔見知りでした。彼はオークランドにいることがわかりました。
オークランドには叔父が住んでいます。長い間刑務所に入っていたやばい人で、長年、会っていませんでしたが、ブランドンは、リコとアルバートを巻き込んで列車に乗り、叔父の家へと向かいました。
ブランドンは叔父に事情を話し、力になってほしいと頼みますが、子どもの喧嘩に手は出せないと断られます。がっかりして友人たちのところに戻ろうとした時、ベッドの上に銃が置かれているのに気が付きました。ブランドンは銃を手に取ると、それをポケットにしまいます。
従兄弟たちがフラコを知っているからついてこいとブランドンたちを車に乗せました。これまでギャングに関わったことのないリコとアルバートは不穏な雰囲気に戸惑いを隠せません。
ブランドンは、フラコの息子が自分のスニーカーを履いているのを見つけ、後を追いますが・・・。
ジャスティン・ティッピング監督のプロフィール
1985年生まれ。本作にも登場するカリフォルニア州オークランドのベイエリア出身です。
『キックス』以前の監督作は、各国の映画祭で数々の賞を受賞したショートフィルム『Nani』(2012)が知られています。『Lowriders』(2016/Ricardo de Montreuil)では制作に関わり、大手映画会社の脚本も手がけています。
『キックス』は、ティッピングが16歳の時に体験したことがもとになっています。ジョシュア・バーン=ゴールデンと共に書き上げた脚本は、プロデューサーのデヴィッド・カプラン、アデル・ロマンスキーに認められ、長編映画監督デビューを果たしました。
映画『キックス』の感想
象徴としてのスニーカー
タイトルの“キックス(Kicks)”とは靴のことで、ヒップホップカルチャー、ブラックカルチャーのコミュニティでは、靴をスニーカーとは呼ばす“キックス(Kicks)”と呼びます。
良い“キックス(Kicks)”を履いていることが、ステータスとなり、強力なシンボルとなることは、ブランドンがエア・ジョーダン1を手に入れた途端、女の子たちががらりと態度を変えることからもよくわかります。履いている靴が人格にまで関わってきます。
それを奪われるということは、一度築いた(築きかけたというのが正確でしょうが)ステータスを、失ってしまうということです。ステータスを保持するため、ブランドンは我を忘れ、これまで関わることのなかった世界へ足を踏み入れてしまいます。
靴を奪われるといえば、『DOPE!』(2015/リック・ファムイーワ監督)でも、1990年代ヒップホップカルチャーを愛するスラム街出身のオタク少年の主人公が、買ったばかりの新品のスニーカーをいじめっ子たちに奪われていました。彼もブランドンと同じく、小柄な、おとなしい少年で、常にターゲットになっていました。
自分たちよりも弱いものからは奪っても良いという不良少年たちの理不尽なルールがまかり通っています。
また、学校内のイジメとは別に、高価なスニーカー欲しさの強盗も珍しくなく、殺人まで発展するケースもあるようです。そのような特別なヒッップホップカルチャーが物語の背景にはあり、非常に興味深いです。
通過儀礼と男らしさについて
本作は“少年が大人へと成長する通過儀礼を描いた成長物語”ですが、単純に、そう言い切れない苦々しいものが存在しています。
勇気を出しさえすればなんとかなるという世界ではないからです。ギャングと呼ばれる街のチンピラたちは、ほぼ全員が銃を持っています。ちらつかせるだけでなく簡単に発砲します。
人が死んでもここはベイエリアだから、と誰も悲しみません。これまでこうした世界に無縁だった少年にとって、ここは危険すぎます。
“イノセントな少年期の終わり”などという青春映画にありがちな言葉では表現できない、それ以上の何かをブランドンは喪失してしまったのではないか?
ジャスティン・ティッピング監督は、若い頃、ナイキを履いてウエストオークランドを歩いていた際、襲われてぼこばこにされた経験があるそうです。彼は、その時、兄からかけられた「男になったな」という称賛の言葉に違和感を感じたといいます。
暴力を奮ったり、暴力を受けたりすることが「男らしさ」といえるのだろうか、という疑問を抱いたことが、本作を制作する上でのヒントになりました。
荒廃した若者たちの心、スラム街が抱える社会問題を踏まえながら、ブランドンが生きる世界の厳しい現実を映画は映し出しています。
マジックリアリズムの手法と緻密なサウンド
スニーカーを手に入れる以前、ブランドンは宇宙船があればいいのにと願っていました。宇宙なら誰も自分をバカにすることはないだろうと。
こうした思いは多かれ少なかれ、誰でも持っているものではないでしょうか。絶対に実現できないものなのですが、つい、人は、何かに助けを求めたり、何かにすがりたくなるものです。
妄想することで、少しでも現実から逃げられたような気分になるのです。
画面には宇宙飛行士がしばしば登場します。スニーカーを盗られておぼつかない足取りで階段を登っている時に、上から降りてきたかと思えば、ブランドンが座っているベンチのはしっこに座っていたりします。
こうした表現をジャスティン・ティッピング監督は「マジック・リアリズム」と呼んでいます。正統的なリアリズムとは違い、ファンタジーなどの要素を取り込んだ独特な表現方法で昨今のアメリカ文学にも多く見られる手法ですが、宇宙飛行士は時にブランドンを見守っているようであり、ブランドンを写す鏡のようでもあります。
また、本作ではWu-TangClanや、Iamsu!などのヒップホップサウンドが多数流れるのも魅力のひとつですが、ブランドンの心情に合わせ、時に無音になるなど、サウンド全体が非常に緻密に構成されているのが特徴です。
ハードなアクションシーンも見どころですが、ブランドンの友人二人の明るい鷹揚な性格がハードな世界を和らげ、温かみをもたらしているのにも注目してみてください。
まとめ
主人公のブランドンを演じるのは、ジャギング・ギロリー。撮影当時は13才でした。9才のころから、CMやMVなどに出演。ラッパーとしても活動しているそうです。小柄ながらも時に大人っぽい表情を見せ、ブランドンの複雑な心理を見事に表現しています。
友人のアルバートを演じたのは、ノートリアス・B.I.G.とフェイス・エヴァンスを両親に持つクリストファー・ジョーダン・ウオレス。
リコ役のクリストファー・マイヤーは現在19歳の新鋭。男性にも一目置かれ、女性にモテる人物を爽やかに演じています。
スニーカーを強奪したフラコ役のコフィ・シリボエは、アイス・キューブの『奇跡のロングショット』(2008)でスクリーンデビューし、デイミアン・チャゼル監督の『セッション』(2015)にも出演しています。
ブランドンの叔父を演じたのは、『ムーンライト』(2016/バリー・ジェンキンス監督)で第89回アカデミー賞助演男優賞を受賞したマハーシャラ・アリ。ほぼ若者しか出てこない中、唯一の大人として貫禄の演技を見せています。
『キックス』は、12月01日(土)より渋谷シネクイントで公開される他、12月08日(土)よりシネマート心斎橋、UPLINK吉祥寺でも12月中の公開が決まっており、以後、全国順次ロードショーされる予定です。
次回の銀幕の月光遊戯は…
次回の銀幕の月光遊戯は、12月08日(土)より公開される、タイの刑務所を舞台にした問題作『暁に祈れ』をご紹介いたします。
お楽しみに。