身分が違う男女の、道ならぬ恋を描いた映画『近松物語』。
監督は、女性映画の巨匠と呼ばれた、溝口健二監督です。運命に身を焦がす男女の姿が、厳しくも美しく描かれています。
京都の大店を営む大経師の若妻と、腕利きの経師職人は、あらぬ疑いをかけられ、やむなく一緒に逃亡します。江戸の世の叶わぬ恋の結末は?
世界の映画人に多大な影響を与えた溝口健二監督の代表作の1本、『近松物語』をご紹介します。
映画『近松物語』の作品情報
【公開】
1954年(日本映画)
*2018年に4Kデジタルリマスター版を公開
【原作】
近松門左衛門「大経師昔暦」
【監督】
溝口健二
【キャスト】
長谷川一夫、香川京子、進藤英太郎、小沢栄太郎、南田洋子、田中春男、浪花千栄子、菅井一郎、石黒達也、水野浩、十朱久雄、玉置一恵、橘公子
【作品概要】
映画『近松物語』は、近松門左衛門の人形浄瑠璃の演目「大経師昔暦」を、川口松太郎が劇化し、「忠臣蔵」の脚本家としても有名な依田義賢が脚本を担当。
監督は、映画『西鶴一代女』(1952年作品)、『雨月物語』(1953年作品)、『山椒大夫』(1954年作品)と3年連続でヴェネツィア映画祭にて銀師子賞を受賞し、世界の映画界に多大な影響を与えた溝口健二監督です。
身分が違う男女の道ならぬ恋を描いた、溝口健二監督の代表作の1本『近松物語』を、4Kデジタル復元版でお楽しみいただけます。
映画『近松物語』のあらすじとネタバレ
時は江戸時代。
朝廷御用の、経巻・仏画などを表装した職人の長「大経師」が、翌年の新暦(経師歴)の専売権を独占し、大儲けをしていました。
京都で大店を営む大経師以春は、若い後妻・おさんをもらいながら、女中のお玉にも手を出す始末。今で言うセクハラです。
お玉は、店の手代で腕利きの茂兵衛へ思いを寄せており、以春のセクハラのことを相談します。真面目な茂兵衛は、「奉公する身分をわきまえ事を荒げるな。なによりも奥さんに知れたら可愛そうだ」と相手にしてくれません。
ある日、おさんの所に兄の道善が訪ねてきました。道楽者の道善は、借金の利子の支払いに困りその返済を妹に泣きつきます。
いくら裕福な店とはいえ、金に細かい主人・以春がすんなりお金を貸してくれるはずがありません。夫にも相談できず、困ったおさんは茂兵衛に相談します。
おさんの願いを叶えたい茂兵衛は、仕方なく店のお金を一時用立てる手配をします。
しかしそれを見ていた人物がいました。番頭の助右衛門は、ことの次第を主人の以春にばらします。
怒った以春は、なぜお金を工面したのか茂兵衛を問いただしますが、茂兵衛はおさんのことは決して口にしませんでした。なおも怒り狂う以春は、茂兵衛を追い出そうとします。それを止めに入ったのは、お玉でした。
お玉は、茂兵衛がお金を用意した理由は自分にあると嘘をつき、茂兵衛を庇おうとします。お玉と茂兵衛の仲を勘違いした以春はさらにヒートアップ。茂兵衛を蔵に閉じ込めてしまいます。
そのことを知ったおさんは、すべて自分のせいで起こった事件であることを、お玉に謝りに行きます。しかし、そこで夫とお玉の関係を知ることに。
以春をこらしめようと、お玉の部屋で以春を待つ、おさん。そこにやって来たのは、蔵から逃げ出した茂兵衛でした。
店を出ていくことを決めた茂兵衛は、おさんの反対を押し切り一人逃げようとします。しかし一緒にいる現場を番頭の助右衛門に見られ、大騒ぎに。2人は不義密通の疑いをかけられ、やむなく駆け落ちすることに。
あらぬ誤解から、一緒に逃亡することになった茂兵衛とおさん。今ならまだ、おさんだけでも帰したい。おさんを説得するも、聞き入れてくれません。
追手が2人に迫ります。険しい道をボロボロになって逃げる2人。「もう、疲れた。死にたい」おさんの言葉に覚悟を決めた茂兵衛は、川に船を出します。
映画『近松物語』の感想と評価
モノクロ映画といえども、4Kデジタル復元ということで映像がとても綺麗です。
むしろモノクロの明暗が、悲恋をさらに盛り上げます。
駆け落ち、秘めた想い、身分の違う恋。悲恋、心中の話は近松門左衛門におまかせあれです。付き合ったり、離れたりしながら悲しい恋の結末に向かう男女の姿が、せつなくも美しく描かれています。
そして注目するのが役者陣です。64年前の作品になるので、残念ながら亡くなられた俳優さんもいますが、昭和の時代のトップスターばかりです。
茂兵衛役の長谷川一夫さんは、歌舞伎出身の映画俳優。銭形平次シリーズをはじめ多くの作品に主演され、男も女も惚れた永遠の二枚目と言われるほどの人気でした。
おさん役の香川京子さんは、日本映画全盛期のころ、どの監督からも引っ張りだこの人気女優さんでした。
最近では、テレビドラマ『この世界の片隅に】で、17年ぶりのドラマ出演と話題になりました。
所作ひとつ取っても色っぽく、艶のある演技。手を触れるだけで、見つめ合うだけで、こんなにも色気がでるものか。そんなスターの演技に注目です。
まとめ
近松門左衛門の人形浄瑠璃の演目「大経師昔暦」が原作の、映画『近松物語』をご紹介してきました。
女性映画の巨匠と呼ばれた溝口健二監督の、悲恋の中にある厳しさや美しさが存分に出ている作品です。
また、溝口監督の、ワンショットの長回しとロングショットを組み合わせてワンシーンを作り出す演出は、国内外問わず、多くの監督がお手本にしたと手法で知られています。
映画は1954年公開の作品ですが、原作は正徳5年(1715年)のものです。
300年以上前の江戸時代に、形は変われど、同じ作品を観ていた人がいるという史実。時を経て、なお愛され続ける作品の魅力を堪能ください。