地方都市を舞台にリアルで甘酸っぱい青春模様を描いた映画『高崎グラフィティ』。
ワケありで将来に悩みを抱える卒業間近の高三男女5人の3日間の触れ合いと、一瞬の輝きを切り取った王道的な青春映画です。
商業デビュー作とは思えない川島直人監督の演出の手腕に、魅力的なキャストのアンサンブルも合わさり2018年を代表する作品が出来上がりました。
映画『高崎グラフィティ。』の作品情報
【公開】
2018年(日本映画)
【監督】
川島直人
【キャスト】
佐藤玲、萩原利久、岡野真也、中島広稀、三河悠冴、佐藤優津季、冨手麻妙、狩野健斗、山元駿、JOY、川瀬陽太、奥野瑛太、渋川清彦
【作品概要】
地方都市のとある学校の卒業式の後の3日間。将来、恋、友情に悩む若者たちのリアルな感情を描きつつ、映画ならではのフィクションを加えた青春映画。
小規模公開ながらも万人が楽しめるよう爽やな青春ドラマでありながら、ヒリヒリした側面も持つ作品です。
監督は商業デビューの川島直人。主演は現在26歳で監督の大学同期ながら高三にしか見えない瑞々しい無垢な魅力を放つ佐藤玲。
そのほか『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』で鮮烈な演技を見せた萩原利久など若い実力派が集結。また奥野瑛太や川瀬陽太に渋川清彦など中堅ベテランが映画を際立たせています。
映画『高崎グラフィティ。』のあらすじとネタバレ
群馬県高崎市のとある高校。3月を迎え卒業式が行われました。
3年の1つのクラスで最後のホームルームが行われ、教師が「じゃあ、それぞれ将来やこれからどうするのかそれぞれ発表してもらいます!」と言い出します。
みんな恥ずかしながら将来の夢や進路を発表していきます。イケてる女子グループの大塚寛子は、年上の社会人の彼氏がいるのでその人と結婚して幸せな家庭を築くと宣言。
お調子者の関谷直樹は、東京の大学に行ってテニサーに入って楽しく過ごすといい、クラス1の秀才の河合康太は「東大に受かったので公務員にでもなって恥ずかしくない人生を送ります」と述べました。
寛子と同じグループの吉川美紀は、ファッションが好きなので東京の服飾の専門学校に進学するといい、その後ろにいた美紀の幼なじみの阿部優斗は「たぶん実家を継ぐ」と適当に答えます。
その日の夜、クラスメートたちだけで卒業記念パーティーが開かれる予定で、パーティ前にいろいろと準備もあるので各々家に帰っていきます。
美紀が家に帰ると、父の正晴がどこかに電話をしていました。
母親が他界して以来、美紀と正晴は2人暮らしでしたが、家のことはほとんど美紀がやっていました。
正晴は美紀の卒業を祝うと、どこかへ出かけて行ってしまいます。
その後、進学進学する予定の専門学校から電話が入り、まだ入学金が払い込まれていないと言われてしまいます。
急いで父に電話するもつながらず、美紀は「これ聞いたらすぐ折り返して」と怒りの留守電を入れます。
寛子は彼氏に会いに行きます。彼氏は彼女のバイト先のカフェ店長で30代の男。
4月から同棲したいと寛子は提案しますが、彼氏ははぐらかして「最後の制服姿だし」と寛子にキスしようとします。
寛子は「こないだもそうやって結局これからのこと話すのウヤムヤになったじゃん」と不満を述べます。
家に帰った康太は、私服に着替えて出かけようとしますが、母親から遊んでる場合かと咎められます。
実は康太は東大受験に失敗し浪人する予定でした。クラスのみんなの前でどうしても本当のことが言えず嘘をついてしまったのです。
直樹は卒業パーティーの会場で準備をしながら、仲良くつるんでいた浩二と太一とくだらない話をしています。
直樹は卒業を迎えたので思い切って、同じクラスで美人の松本礼奈に告白をしようと思うといいますが、浩二と太一は気まずそうな表情を浮かべます。
礼奈は太一と付き合っていたのです。直樹はその場でそれを聞いて唖然とします。
優斗が家に帰ると父親が作業をしていました。彼の家業は自動車整備工場。優斗は自分はそこを継ぐんだろうと漠然と考えていました。
父親は卒業したばかりの優斗を見て「工場のことは無理して考えなくてもいいぞ。自分のやりたいことをやりなさい。」と言いますが、優斗は何がしたいというものはありませんでした。
優斗は卒業パーティーにも行く予定はなく、時間つぶしにコンビニに行きます。そこで高級車に乗った先輩の君島和樹がやってきました。
君島はヤンキー崩れの男でしたが、最近は金回りがよくなっており、優斗に声をかけ車に乗れと言います。
優斗が助手席に座ると、君島はロレックスの腕時計を渡して「卒業祝いだ」といいます。そんな君島に優斗は今何をしているのか思わず聞きました。
君島はそのまま車を運転して彼の職場に優斗を連れて行きます。そこは一見ただの中古自動車のディーラー屋でした。
特にやりたいことがなかった優斗は、君島に「ここで働かねえか」と誘われ快諾します。
しかし、よくよく話を聞いてみるとその会社は、裏であくどい商売をしており、保険に入った後、仕事にあぶれているホームレスや出稼ぎ外国人にその車を運転させ、わざと事故に合わせることをやっていました。
それでおりた保険金で儲けてた大金の一部を運転者に渡すという保険金詐欺です。
運転者は高確率で怪我をして入院することもありますが、それでも採算がとれるくらいの金額が入ってきていました。
その日も、中東系の外国人が悲壮な顔で車に乗り込んでいるのを優斗は見つけました。
君島は会社の社長に恩義があると話し、優斗に渡した時計も昔、社長から貰ったものだと感慨深げに語る君島。優斗は彼のことを尊敬していましたが、会社の裏商売に戸惑います。
美紀はパーティー前に仲良しグループの寛子、礼奈、香澄と一緒にカラオケに来ていました。
浮かない顔をしていた美紀に3人は何かあったのか尋ねると、彼女は父が入学金を払わず失踪したことを話しました。
3人は同情しますが、礼奈と香澄は「じゃあ、東京に行かずにこっちに残るかも知れないんだよね。ずっと一緒じゃん。よかったじゃん。」と半笑いで言ってきます。
美紀は思わず「良くないよ!」と声を荒らげてしまいます。香澄たちも「は?」と顔をしかめ険悪な雰囲気になり、寛子はみんなをなだめて話を切り替えさせました。
香澄は「今日、優斗に告白しようかな」と言い出します。クールでイケメンな優斗は一部で人気でした。
恐らく優斗は来ないだろうという美紀に、香澄は「じゃあ優斗のこと呼んでよ、幼馴染でしょ?」と言います。
美紀は優斗に電話するために部屋を出ていきます。美紀がいなくなった後に香澄と礼奈は美紀の悪口を言い出します。
「さっきの美紀の態度ありえなくない?」
「東京行くからってみんなのこと見下してるよね」
「美紀の着てる服別にそんなセンス良くないし」
影口を聞きながら寛子は苦笑いしていました。
美紀は優斗に電話した際に、いい口実が思い浮かばず「大事な話があるから来て」と言いました。
それを聞いた優斗は君島に「いったん抜けます」と告げ、パーティ会場に向かいます。優斗は昔から美紀のことが好きだったのです。
その後、美紀の携帯に父から電話がかかって、「入学金の件どうなってんの?」と問いただしますが、父は「大丈夫、何とかするから」と言って電話を切ってしまいます。
父正晴は優斗がさっきまでいたディーラー屋に来ていて、正晴は駐車場にある中古の車の一つのキーを持っていました。
助手席を開けてダッシュボードの中にある通帳を取り出します。誰のものかはわかりませんが窃盗をしようとしていました。
しかし、そのタイミングでディーラー屋の従業員がやってきて、正晴はトランクに隠れます。
卒業パーティーも始まり、美紀たちも参加していました。
直樹はこっそり用意していた酒を飲んで酔っ払っており、香澄や礼奈たちに暴言を吐いてしまいます。
それを止めに入った浩二と太一にも直樹は「裏切り者!!」と言ってしまい一気にその場は険悪になります。
直樹は康太を無理やり誘って会場を抜け出します。
「俺たちもう東京行っちゃうんだからここで失敗しても怖くねーだろ」と直樹は駅前でナンパを始めます。
康太は乗り気ではなくそれをただ見ていました。
直樹は「俺実はまだ童貞なんだよ」といい、康太に「お前もだろ?」と笑いかけると、彼は「違うよ…」と言いますが、それ以上言い返せませんでした。
ちょうどそこに優斗が通りかかります。
優斗がパーティに参加することが意外だと感じた直樹は、彼に理由を聞きます。美紀に呼び出されたことを言うと直樹は「それ告白じゃね?」と囃したてます。
3人は会場に戻ります。
香澄と礼奈は「美紀が進学できないかも」という話をふざけながらみんなに言いふらしていました。おまけに寛子の30越えの彼氏の事も馬鹿にし始めます。
美紀は2人に食ってかかろうとしますが寛子はそれを止めます。そこに優斗たちが会場に入ってきます。
直樹は美紀が優斗に告白するものかと思っていましたが、会話していうちに香澄が告白するつもりだったと気づきます。
しかし優斗は香澄のみんなを馬鹿にした態度に怒り、「お前自分が思ってるほど可愛くねーから」と言って会場を出て行ってしまいます。
それを追って美紀、寛子、直樹、康太も外に出ます。
5人は「うちのクラス表面だけでバラバラだったよね」と文句を言った後、直樹の提案でその5人で2次会をすることにします。
3月の寒空でしたが直樹が花火をしたいと言い出します。
やがて5人は川原で発炎筒を燃やして花火がわりにしてはしゃいでいました。
優斗は「俺らで美紀の親父さん探さね?」と提案します。美紀は遠慮しますが、ほかの3人はいい考えだと協力したがります。
そこに駐在が通りかかり、火器を使っている5人を補導しようと追いかけます。
5人は一斉に逃げ出し、誰もいない明け方の商店街を走りながら楽しそうに笑います。
彼らは駐在から逃げ切り、美紀の家で少し仮眠を取ったあと、5人揃って朝食を食べていました。
どうやって美紀の父を捜すかを話し合い、手分けして父のよく行く場所を探すことにします。
映画『高崎グラフィティ。』の感想と評価
予告編から商業映画デビューへ
本作は「未完成映画予告編大賞MI-CAN」という堤幸彦(映画監督)を筆頭に、大根仁(演出家)、平川雄一朗(演出家)、小原信治(作家)といった、気鋭のクリエイターをかかえる映像制作会社オフィスクレッシェンドが、次代を担うクリエイターの発掘・育成を目指して創設した映像コンテストで勝ち残った作品です。
映像制作を通してお世話になってきたさまざまな地域への感謝の気持ちを表すために「作品の舞台となる地域名をタイトルにすること」を条件に、3分以内の予告を作り応募するコンテストです。
『高崎グラフィティ。』も当初存在しない映画の予告として作られ、コンテストを勝ち抜いて長編として誕生しました。
まだ27歳の川島監督らしく、若い感性を活かした青春映画となっています。
「私たちの日常を、大人たちは青春と呼んだ。」というキャッチコピーの通りで、「ただあの頃は良かったな」となるような青春モノではなく、まだ何者でもなく、しかしもう子供とも呼べない年齢になってしまった若者たちのコンプレックスや鬱屈した感情を切り取った作品です。
ワケありな若者たちを演じた主演5人は、若者特有の尖った雰囲気、未熟な感じを体現する演技を見せてくれています。
川島監督はクランクイン前、キャストの5人に実際に仲良くなっていてくれという要求を出し、撮影中もよく5人で遊んでいたそうです。
朝食を囲むシーンや花火のシーンなどは演技を超えた仲良しな雰囲気が伝わり、アドリブも込みのリアルな会話も非常に楽しいです。
高校を卒業して開放感を感じつつ、漠然と不安を感じていたあの頃の感覚というのは誰もが感じていたものではないでしょうか。
中堅の演技派俳優に注目!
本作はそんな青春の再体験するのだけが魅力ではなく、鬱屈した若者たちという要素以外に「地方都市の闇」というテーマも盛り込まれており、実績ある中堅俳優たちが見事に体現してくれています。
主人公5人よりちょっと上の世代で、鬱屈したまま大人になってしまった地方のうらぶれたチンピラ君島役の奥野瑛太。
彼は『SRサイタマノラッパー』(2009)で演じたチンピララッパーと同じく、近寄りがたいけど哀愁の漂う素晴らしい演技を見せてくれています。
彼の「カッコ悪いとこ見せちまったな」と言って自嘲する時の表情など、切なくなってきます。
そんな君島を雇っている悪徳社長を演じた川瀬陽太。
絶妙に「うわこんな人いそう…」と思わせる地方のブラック企業の社長を見事に演じており、優斗が「自分が事故る」といった時の笑顔などはゾッとするほど恐ろしいです。
最後に美紀の父役を演じた渋川清彦。最近はいろんな映画で活躍されています。
彼の老けてるけど少年ぽさの残る顔つきや憎めない雰囲気の笑顔などが、大人になりきれていないダメ親父役にとてもハマっていました。
渋川はラストの美紀が車のトランクの中を覗くシーンで、彼の顔を映すカットは無いにも関わらず実際にトランクの中に入っていたそうです。
そのおかげで美紀役の佐藤玲さんの演技も格段に良くなり、川島監督は渋川さんの優しさと役者魂に惚れたと語っています。
ちなみに川島監督は、本作のプロモーションにも熱心に関わっており、twitterやアップリンクでの上映後のトークショーでも積極的に上記のような撮影秘話を話してくれています。
アップリンクではほぼ毎日上映後に、川島監督のトークショーが開かれていますので、見てからじゃんじゃん質問するのも楽しいです。
舞台設定を高崎にしたのは、東京から近すぎず遠すぎずいい感じのロケーションが多かったからだそうで、川島監督が好きな1973年のジョージ・ルーカス監督の『アメリカングラフィティ』を組み合わせ、『高崎グラフィティ。』というタイトルにしたそうです。
まとめ
本作『高崎グラフィティ。』は、2018年を代表する青春映画。このような地方に光を当てたリアルな作品がどんどん出てきてくれれば日本映画界も明るいのではないのでしょうか。
昔を懐かしむというより、作品を観ると「あ~俺もあの頃からずっと色々悩んでたな~」と、再確認してまた頑張ろうと思える、そんな映画です。
主演を務めた佐藤玲は撮影当時25歳だったそうですが、完全に女子高生にしか見えない、あどけない魅力をバンバン振りまいてくれているのも注目ポイントです。