連載コラム「映画と美流百科」第6回
今回は、9月1日(木)から公開予定の『ディヴァイン・ディーバ』をご紹介します。
キャッチコピーは、ブラジル発“ドラァグクイーン版”「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」。
ブラジルのドラァグクイーンカルチャー黎明期を支えた8人が、70歳以上になってステージにカムバックする姿を追ったドキュメンタリー映画です。
本作は、国際的に活躍する女優レアンドラ・レアルの、監督デビュー作でもあります。
CONTENTS
映画『ディヴァイン・ディーバ』の注目ポイント
ドラァグクイーンと軍事独裁政権
ドラァグクイーンとは、女性性を強調した派手なメイクと衣装のパフォーマーのことです。
名前の由来は諸説ありますが、引きずるという意味の英語dragから来ているという説があります。裾を引きずるほど派手な衣装を着るというイメージからです。
日本語では、薬のドラッグ(drug)と区別するために、「ドラァグ」と表記するのが一般的です。
ゲイ文化の中で生まれた異性装であるドラァグクイーンは、男性の同性愛者や両性愛者が多いのですが、時には女性が扮することもあります。
本作に登場するディーバ(歌姫)たちは、1960年代のブラジルにおけるドラァグクイーンカルチャーの黎明期を支えた「第一世代」と呼ばれる人たちです。
1964年にクーデターで民主政権が崩壊したブラジルは、1985年まで軍事独裁政権時代が続きます。
1960年代のブラジルでは、女性装で劇場でパフォーマンスするのは許されていましたが、その姿で外を歩くのは禁じられていました。
当時を回想するメンバーのインタビューでも、監視の目を掻い潜ったり、逮捕されたり、中にはヨーロッパなどに飛び出しキャリアを積んだ話などが語られています。
当時の保守的な道徳観念に屈することなく立ち向かった彼女たちにとって、劇場のステージだけが自由を謳歌し自分を表現できる唯一の場所だったのです。
レアンドラ・レアル監督と劇場
ディーバたちの拠点となったヒバル・シアターは、レアンドラ・レアル監督の祖父、アメリコ・レアルがリオ・デ・ジャ・ネイロに設立した劇場でした。
女優だったレアル監督の母親もその舞台に立ち、幼いころから劇場に出入りしていたレアル監督は、当時からディーバたちと顔見知りだったそうです。
2004年に劇場創立70年を記念して、この劇場からキャリアをスタートさせたレジェンドたちを集めて「ディヴァイン・ディーバ・スペクタクル」が開催されました。
その特別版として、レジェンドたちのデビュー50周年祝賀イベントが2014年に行われ、リハーサルや彼女たちのインタビューを中心に構成されたのが本作という訳なのです。
久しぶりの舞台に四苦八苦したり、体力的な不安を垣間見せたり、かつての思い出をユーモア一杯に語ったりと、裏表のない姿をカメラに収められたのは、ディーバたちと監督の長年の関係性があったからこそできたことだといえます。
それぞれの人生が透けるインタビュー
本作では、当時の貴重な映像や写真を織り交ぜながら、ディーバたちの様々なオンとオフが紹介されています。女装時と素顔の姿、ステージとプライベートの姿などなど。
普段からきっちり化粧をする人もいれば、60・70歳になったら普通の女性でもしないでしょう?とステージの外では素顔で過ごす人がいたり、プライベートでは短髪で男性の服装で過ごす人がいたりと、女性装のスタンスはそれぞれです。
過去には女性らしさを求めて、ホルモン注射を打ったり、手術をしたりも。中には手術を拒んだ人もいましたが、その理由も様々。
デビューや注目を集めることになったキッカケや、その時の家族の反応、絶頂期に降りかかった予想外の出来事、パートナーのことなど、彼女たち自身から語られる人生は、決して一筋縄ではいきませんでした。
厳しい状況の中でも、希望と理想を追い求める情熱には圧倒されるものがあります。
幼いころに舞台の袖からディーバたちを眺めていた少女が、監督として真正面からレジェンドたちに迫った『ディヴァイン・ディーバ』は、ブラジルのクラブカルチャーを華麗に彩った、ドラァグクイーンたちの貴重な記録映画です。
性的マイノリティーについての関連作品
ロックで魂の声を叫ぶ『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』
参考映像:『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』(2001)
『ディヴァイン・ディーバ』ではスローなステージナンバーが中心でしたが、ロックで盛り上げるのは『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』(2001)です。
旧東ドイツ生まれのハンセルは、米軍ラジオでロックを聴くのが大好きな少年でした。
大人になってアメリカ軍人と恋に落ちた彼は、結婚するために性転換手術を受けヘドウィグと名乗ることにしますが、手術が失敗したため“アングリーインチ(怒りの1インチ)”が股間に残ってしまいます。
結婚を機に、アメリカへ渡ったヘドウィッグですが、その幸せは長くは続きませんでした。
次に音楽好きな美少年トミーと恋に落ちたヘドウィッグは、自分のロックの知識を教え込み一緒に音楽を作りますが、ヘドウィッグの股間のアングリーインチに気付いたトミーは去って行き…。
はたしてヘドウィグは、彼女の探し求める愛を手に入れることができるのでしょうか。
本作の監督・脚本・主演を務めるのは、ジョン・キャメロン・ミッチェルです。元々この作品は、彼が原作・主演を務めたオフ・ブロードウェイで上演されたミュージカルでした。
愛への渇望と喪失感が込められた歌詞が胸に響く、美しきドラァグクイーンのミュージックビデオとしても楽しめますが、じつはプラトンの「愛の起源」やベルリンの壁をモチーフにした、奥深い示唆に富んだ傑作です。
性別を超えた愛をつらぬく『リリーのすべて』
参考映像:『リリーのすべて』(2015)
これまでに紹介した2つの作品には、女性に近づくために身体にメスを入れた人たちが登場しますが、最後に紹介する『リリーのすべて』(2015/トム・フーパー監督)は世界で初めて性適合手術を受けたリリー・エルベの実話を元にした映画です。
1928年のデンマーク。風景画家のアイナー(エディ・レッドメイン)は、肖像画家の妻ゲルダ(アリシア・ヴィキャンデル)との間に子どもを望みながら、画家として充実した日々を送っていました。
ある日ゲルダの女性モデルが来られなくなったため、アイナーは代役を務めます。
これを機に、自身の中に潜む女性性について意識するようになったアイナーは、女装するようになり“リリー”として過ごす時間が増えていきます。
アイナーは自分の心と身体が一致しないことに悩み始め、病院へ行き精神疾患と診断されますが、その結果に納得できず葛藤します。
一方、自分の愛した夫アイナーが、だんだんと男性でなくなっていく様子に戸惑うゲルダでしたが、次第にリリーを受け入れていきます。
解決策が見出せない二人は移住先のパリである婦人科医と出会い、性適合手術を受けるという道があるのを知ります。しかし、その手術は前例のないもので…。
自分の本質に気付き苦悶するアイナーは、トランスジェンダーが知られていない時代だったからこそ、より茨の道を歩んだといえます。
その状況の中で、男性ではなく女性として生きる道を選んだパートナーを、最後まで支えたゲルダの決心も胸を打ちます。
主演二人の繊細で細やかな演技にも注目したい秀作です。
まとめ
性的マイノリティーと聞くとイメージが先行して、ステレオタイプな捉え方をすることがあるかもしれません。
今回、取り上げた『ディヴァイン・ディーバ』のような作品を観ると、彼女たちはそれぞれが個性的で、決して一括りにできるものではないと気付かされます。
ジェンダーやセクシャリティーは、とてもセンシティブな問題なので、出る側も作る側もどれだけの勇気がいったのかと想像します。
あたたかい眼差しで真摯に向き合い、生き方や愛のカタチの多様性を描いてくれた、これらの作品に感謝するとともに、それを受け止められるやわらかい心を忘れないようにしたいものですね。
次回の『映画と美流百科』は…
次回も9月1日(木)から公開予定の映画、『きみの鳥はうたえる』をご紹介します。
お楽しみに!