連載コラム「偏愛洋画劇場」第7幕
手に汗握る脱獄もの映画は多々ありますが、今回はその中で私が最も好きな作品についてご紹介したいと思います。
色々な意味で似たような作品は一個もない映画、フランス映画の『穴』(1960)です。
手がけたのはヌーヴェル・ヴァーグの監督たちに敬愛された、『現金に手を出すな』(1954)、『モンパルナスの灯』(1958)で知られる、ジャック・ベッケル。
ベッケル監督の遺作であり、観たらすぐ誰かにおすすめしたくなること間違いなしの本作。
一体なぜとんでもない映画なのか?ネタバレ無しで魅力をお伝えします!
映画『穴』のあらすじ
舞台はフランスのサンテ刑務所、ガスパールという若い男がある部屋に移されてくるところから物語は始まります。
実はもともといた4人の囚人たちは前々から脱走計画を企てていました。ガスパールにも計画を話し、夜な夜な淡々と床に穴を掘り計画を実行していく5人。いよいよ脱走するという日、ガスパールはなぜか刑務長に呼び出されるのです…。
キャストは元脱獄犯!
『穴』は1947年のサンテ刑務所で実際に起こった脱獄事件に携わった1人、ジョゼ・ジョヴァンニの小説を原作としています。
また無口ながらも頼り甲斐のあるキャラクター、ロランを演じたジャン・ケロディもこの事件の脱獄犯の1人。
残りのキャスト達もほとんどプロの俳優ではないのです。
本作には音楽がほとんどありません。
大胆すぎるほど鮮やかに穴を掘る音。壁を砕く音。休んでは掘り、砕き、休み、そしてまた掘り…淡々とこなす作業を彼らと同じ分だけの時間で見守ることになる私たちは、実際にそこにいるかのような緊張感に襲われます。
また刑務所を舞台にした映画といえば少々荒っぽい囚人たちや非道な刑務官のキャラクターが登場することが多いですが、『穴』のサンテ刑務所での生活は皆穏やかそうに見えるところも興味深いポイントです。
理不尽な刑務官もいなければ暴力事件を起こしそうな囚人もいない。皆刑務所の中で協力しあい、まずいパンやコーヒーを分け合いつつ毎日を過ごしています。
表向きの刑務所生活と裏で着々と進められる脱獄計画、流れる不穏さと緊迫した空気、そして伏線を一気に回収するその衝撃の結末には呆気にとられずにはいられません。
裏切るか?裏切らないか?
『穴』がただの脱獄映画ではない理由、それは実際の脱獄犯をキャストしたというのももちろんですが、5人の囚人たちの人間関係、繊細な心理描写にあります。
信頼関係の築き上がった古株4人と、後から入ってきた新しい囚人、ガスパール。
彼のことを本当に信用していいものか?ガスパールとマニュという男が穴を開けてできた通路をくぐり抜け、脱出できることを確認できるシーン。
彼らはここで自分たちだけ助かるか否かの葛藤はあったか。
もし1人だけ「脱獄をやめる」と言い出すものがいたらどうするか。
脱獄直前に訴えが取り下げられたことを聞かされたら…。
以上のような彼らの微妙な心の揺れ動き、信頼度を試される出来事についての描写が多々あり、そしてなだれ込むその結末。
ロランが言い放つ台詞はどんな意味を持つのか、何に向けてのその言葉なのか。
そのような視点で作品を見ていただくと、面白い鑑賞できるはずですよ。
まとめ
果たして彼らは脱獄できるのか?彼らは最後に、何を思うのか?
元脱獄犯、素人のキャストたちを起用し、臨場感たっぷりに描いた傑作脱獄劇『穴』。
個性際立つ5人の立場に寄り添って、最後の最後までお楽しみください。
次回の『偏愛洋画劇場』は…
次回の第8幕は、オリヴァー・ストーン監督の『ナチュラル・ボーン・キラーズ』をご紹介します。
お楽しみに!