イザベル・ユペール×キム・ミニ×ホン・サンス
陽光まぶしいカンヌを舞台に繰り広げられる、映画祭の裏事情。
ホン・サンス監督の『クレアのカメラ』をご紹介します。
映画『クレアのカメラ』の作品情報
【公開】
2018年(韓国映画)
【原題】
Claire’s Camera
【監督】
ホン・サンス
【キャスト】
キム・ミニ、イザベル・ユペール、チャン・ミヒ、チョン・ジニョン
【作品概要】
韓国の名匠ホン・サンスが、『3人のアンヌ』でも組んだイザベル・ユペールと今や公私共にパートナーであるキム・ミニをキャストに迎え、カンヌ国際映画祭を背景に、ユーモアとペーソスに溢れた人間観察の映画を完成させた。
イザベル・ユペールとキム・ミニがそれぞれの出演作の上映でカンヌ国際映画祭を訪れたわずかな期間を利用して撮影を敢行。カンヌ映画祭が生み出した極上のシネママジック。
映画『クレアのカメラ』のあらすじとネタバレ
映画会社で働くマニは、カンヌ国際映画祭への出張中に、突然社長のナムから解雇されてしまいます。
入社してから5年、解雇される理由に心当たりがないマニは、悪いところがあれば、直しますから、と社長に訴えますが、社長は聞く耳を持ちません。
「あなたは正直とは言い切れない」と社長は言い、どのような点でそう思われたのですか?と尋ねても私が判断したからよ、と応えるだけ。
今すぐの解雇で、アパートも出るようにと言われ、マニは納得できませんでしたが、社長の意思は堅く、受け入れざるをえませんでした。
帰りの飛行機のチケットが変更できないため、マニはカンヌに残り、観光でもして時間をつぶすことにしました。
フランス人でパリに住むクレアは、カンヌ国際映画祭で、友人の映画が上映されるので、初めてカンヌにやってきました。
カフェで、隣の席に座っている男にクレアは声をかけました。男は韓国人で映画監督だと名乗ります。
「私は音楽教師で、時々詞を書く。写真を撮る」と言うと、クレアは男の写真を撮りました。
男は「ソ」と名乗り、二人は握手をしました。一緒にカンヌの街を歩き、図書館へ。フランス語の詞を朗読するクレアに、暗証したいから、フランス語を教えて、とソは頼み、ちょっとしたレッスンが行われました。
翌日、ソは、ナム社長と会食していました。酒癖の悪いソは、酒の勢いで、マニと関係を持ってしまい、そのため、ナムがマニを解雇したというのが事の顛末のようでした。
「彼女はもう帰ったかな」とソは独り言のように言いました。
そこへ、たまたまクレアがやってきて、ソと挨拶を交わすと、二人をカメラにおさめました。
なぜ、写真を撮るのかと尋ねられたクレアは、「一度シャッターを切った相手は別人になるから」と答え、朝から撮った写真を取り出し「観ますか?」とソに差し出しました。
ソは、その中に、マニの写真があったことに驚きます。
クレアは、彼女がとてもきれいだったので、写真を撮らせてもらったのだと応え、1人先に店を出ていきました。
「なぜ、彼女がまだカンヌにいるんだ?」とソ。
「情けない人だわ。酒の勢いで若い女に手を出すなんて」とナムが言うと、既に相当の酒を飲んでいたソは、「別れよう。仕事のパートナーとしてやっていくほうが、二人は長続きする」と言い出し、ナムは慌てます。
海岸沿いをぶらぶらと歩いていたマニは、そこでクレアと出会い、意気投合。マニは自作の歌をクレアに歌って聞かせます。
クレアの撮った写真を観ていると、そこにソとナムの写真があり、驚きます。クレアは「彼は酔っぱらい」とソのことを紹介し、ナムを「彼に恋している女」と紹介するのでした。
解雇の理由がわかったマニはクレアに自分がくびになった話をし、解雇を言い渡されたカフェに二人でやってきました。
ここに大きな犬が寝ていたとマニが言うと、私も見た、もしかしたらこの店の犬かもしれない、とクレアは店の中に入っていきました。
すぐに、クレアは戻ってきましたが、オーナーとあの犬が一緒でした。クレアは犬の写真を撮りました。
「なぜ写真を?」とマニが問うと、「物事を変える唯一の手段だから」とクレアは応えました。
マニはクレアに一部始終を話し、クレアはその場でマニの写真を撮りました。
映画『クレアのカメラ』の感想と評価
『それから』、『夜の浜辺でひとり』、『正しい日/間違えた日』、『クレアのカメラ』と立て続けにホン・サンス作品が上映され、嬉しい限りですが、この『クレアのカメラ』が最もコミカルで、ホン・サンスの持ち味であるユーモアのセンスが最も発揮されている作品となっています。
キム・ミニが、自分の預かり知らぬところで、被害を被るというのは、『それから』と全く同じパターンですが、本当に他人の恋愛沙汰って関わると難儀なものです。しかし、本人は大変でも見ている側にはえてしてコメディに映るもの。こうしたシチュエーションはまさにホン・サンスの独断場です。
ホン・サンス作品には、明らかにホン・サンスの分身のような中年男性(大概映画監督)が出てくることが多いのですが、本作の「ソ」という映画監督は、酔っぱらいの女好きで、ずばり、ホン・サンスそのもの(!?)
自虐的セルフパロディーと言ってしまっていのかどうか定かではありませんが、その分身が、実生活のパートナーであるキム・ミニに酔っ払って絡んで、彼女にひどくいや~~な顔をされているシーンがなんともいえません。
キム・ミニはこの作品でも凛として、気品と愛らしさが漂うヒロインを演じており、自作の歌を披露する場面はその歌詞が独創的で、映画館では笑いがおきていました(是非映画館でご確認を!)。
そして、なんといってもイザベル・ユペール。
ホン・サンス監督作品は『3人のアンヌ』(2012)に続いて2本目となります。
イザベル・ユペールは、『エル ELLE』((2016/ ポール・バーホーベン監督)のヒロインのように、一筋縄ではいかない凄みのある人物を演じたかと思えば、『間奏曲はパリで』(2013/マルク・フィトゥシ監督)のように、可愛らしいチャーミングな女性も演じ、大変振り幅の広い女優さんなのですが、今回はとても軽やか。
帽子をかぶり、トレンチコートを着て、せかせか歩いているのを観ていると、まるで、彼女は実は「探偵」なんじゃないかと思えてきます。
それも、現実的な探偵ではなく、好奇心旺盛の「少女探偵」的なイメージです。少しとぼけた雰囲気も新鮮でした。
その存在と写真を撮るという行為が、作品にファンタスティックな味わいを与え、軽やかで洒落た一編に仕上がりました。
まとめ
本作は、2016年のカンヌ国際映画際の最中に撮影されました。
イザベル・ユペールは、『エル ELLE』、キム・ミニはパク・チャヌクの『お嬢さん』(2016)で、ともにコンペティション部門でカンヌに来ており、その数日間を利用して撮られたというから驚きです。
この即興のような映画づくりに、女優たちがのりのりで参加しただろうことが容易に想像でき、愉快な雰囲気が全編にあふれています。
なんと幸せな映画を撮るのだろうか、まるで『世界中がアイ・ラヴ・ユー』(1997)を撮っていた頃のウッディ・アレンを彷彿させます。
今後、ホン・サンスがどのように進化するのか、相変わらず、ホン・サンスらしい作品を撮り続けるのか?
いずれにしても楽しみでなりません。
ヴィヴァルディ「四季」より「冬」(L’Inverno)が全編に流れているのも良い感じです。