伝わらなくてもいい。伝えたいと思ったー。
言葉がうまく話せない志乃、音痴な加代。不器用な二人の傷だらけでまぶしい日々。
押見修造の人気漫画を映画化した『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』をご紹介いたします。
『幼な子われらに生まれ』の南沙良と『三度目の殺人』の蒔田彩珠の実力派二人によるW主演作となった本作。
さらに監督を本作で長編商業映画デビューを果たす気鋭・湯浅弘章が、脚本を『百円の恋』で日本アカデミー賞最優秀脚本賞など数々の賞に輝いた足立紳が務めています。
映画『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』の作品情報
【公開】
2018年(日本映画)
【監督】
湯浅弘章
【キャスト】
南沙良、蒔田彩珠、萩原利久、小柳まいか、池田朱那、柿本朱里、中田美優、蒼波純、渡辺哲、山田キヌヲ、奥貫薫
【作品概要】
原作は押見修造の同名漫画。『幼な子われらに生まれ』の南沙良と『三度目の殺人』の蒔田彩珠の実力派二人が主演を務めている。
監督は本作で長編商業映画デビューを果たす気鋭・湯浅弘章。脚本を『百円の恋』で日本アカデミー賞最優秀脚本賞など数々の賞に輝いた足立紳が務め、傷だらけで眩しい十代の青春映画を作り上げた。
映画『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』のあらすじとネタバレ
高校の入学式の朝、大島志乃は目覚まし時計が一回なっただけでスイッチを止め、目覚めました。
制服を身に着け、鏡に向かいながら、自己紹介の練習を始めます。
「大島志乃です」
しかし、実際、教室で自己紹介が始まると、志乃は、どんどんうつむき始めます。
ついに順番が回ってきました。どうしても最初の「お」からあとの言葉が出てきません。話そうとすればするほどどんどん話せなくなり、先生やクラスのみんなの視線が突き刺ささってくるのを感じて、さらに言葉がでてきません。
やっと、「志乃、大島です」と言うと、お調子者の男子生徒の菊地強が「えー、外人なの?」とちゃかしたため、クラスの笑いものになってしまいました。
家に帰ると母親が「どうだった?」と尋ねてきましたが、志乃はそんなことがあっただなんておくびもださずに、二階にあがっていきました。
うまくしゃべれないため、クラスに馴染めず、お弁当も一緒に食べる人がいないため、校庭の片隅で一人で食べる志乃。
「あ、その唐揚げおいしそう」「ひとつあげるね」一人で会話している時はこんな言葉もすらすら言えるのに。なぜ喋れなくなるのでしょう? 緊張のあまりなのか、理由はよくわかりません。
担任の先生は、少し勇気を出せば世界が変わるよ、一緒に頑張ろうと励ましてくれるのですが・・・。
放課後、自転車に乗ろうとすると、隣の自転車が倒れ、将棋倒しで一列全てが倒れてしまいました。
「痛っ!」
ちょうど通りかかった女の子の足に自転車があたったようでした。「ごめんなさい」と言おうと思うのですが、うまく言うことが出来ないうちに女子生徒は去っていきました。
女子生徒は志乃と同じクラスの岡崎加代でした。いつも誰にも無関心で、何かに怒っているかのような表情をした少女でした。
ある日、志乃が一人でお弁当を食べていると、前の道を加代が歩いていく姿が見えました。
志乃が近づくと、加代の歌が聞こえてきました。それはかなり音程をはずしていて、志乃は思わず笑ってしまいました。
「誰?」加代はあわてて叫び、志乃は前に出て、こないだはごめんなさいと言おうとしますが、うまくいえません。
加代は手帳とペンを志乃に渡すと「話せないなら書けば?」と言いました。「何か面白いこと書いたら、そのペンと手帳、上げる」
思わず書いた言葉は、合格だったようです。
クラスに馴染めなかった二人の少女はこうして知り合い、仲を深めていきました。
志乃は加代としゃべっていると、言葉も少しずつスムーズに出てくるようになってきました。
加代は小さい頃からミュージシャンになりたいと思っていて、ギターも弾けるのですが、音痴で、中学の時に同級生の笑いものになったという辛い過去がありました。
志乃の歌声を聴いた加代は、志乃と一緒にバンドしよう!と言い出します。加代がギターを、志乃がヴォーカルを担当し、文化祭に出ようと誘うのでした。
「無理無理!」と断る志乃に、「特訓しよう! 特別夏期講習!」と加代は言い、バンド名も「しのかよ」に決まりました。
「志乃とだったらうまくいきそうな気がするんだ」。
二人は誰も知り合いが来ないだろう遠い駅を選んで、橋の上で路上ライブをすることにしました。
誰もいない中、初めて歌いきった二人は、高揚感に包まれていました。「もう一回」。
何度も続けているうちに、足を止めてくれる人も増えてきました。加代の優しいギターの音と、志乃の一生懸命な歌が響きます。
もう少し、人の多いところでやってみようと場所を変えた時、あの、菊地強が自転車で通りかかり、「お前ら、何やってんの? 俺が観衆になってやるから歌って」と大声を上げました。
以前、自分の喋り方を菊池に真似されてバカにされたことがある志乃は思わず逃げ出してしまいました。
数日後、「菊地って、中学の時、いじめられてたんだって。あのキャラじゃね」と加代が志乃に言いました。
菊池は、周りの空気を読めずに暴走してしまう性格をしており、高校でもクラスメイトから徐々にハブられ始めていました。
菊池が「しのかの」に自分も加わりたいと言ってきます。友達が一人もいないという彼は、そこを自分の居場所にしたくて必死でした。
話をしてみれば、菊地もかなりの音楽好きで、加代と話があいます。
「どうする?」という加代に「加代ちゃんがいいと思うなら」と賛成した志乃でしたが、実際、菊地が練習場にやってくると、喋るどころか歌うことも出来なくなってしまいました。
映画『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』の感想と評価
ふとんから手が出てきたと思ったら、目覚まし時計のベルが鳴った瞬間にその指がストップボタンを押しているという冒頭シーン。
目覚ましが鳴り続けても起きなかったり、ずいぶん鳴ってからやっと止めるといったシーンはこれまで映画で何度も観た記憶がありますが、こんなに短い目覚まし時計はあまりないでしょう。こんなところからも、ヒロインの、入学式の日を迎えた緊張と複雑な心境が伝わってきます。
うまくしゃべることができない志乃、歌が好きなのにうまく歌えない加代、周りに配慮できず、感情のまま行動してしまう菊地。
大勢の中で、人と違うということが、とりわけ、学園生活という日常の中で、どれほど、苦しいことか。彼女たちの痛みが、ひりひりと伝わってきます。
これは決して彼女たちだけの特殊なことではなく、誰もが多かれ少なかれ、感じ、恐れていることではないでしょうか。
なるべく仲間に迎合して、はみ出さないよう、目立たぬよう、一人ぼっちになってしまわないよう、皆、どれほど、気を使っていることか。
学校という小さな世界が自分を取り巻く全世界だと思っているのが学生時代です。もっと大きな世界があるなんて、その頃にはわからない。
だから、「文化祭」という一種の「ハレ」の日が、クライマックスとして描かれるのは説得力があります。いつもと違うその日だからこそ、志乃は前に出られたのでしょう。あの時の彼女の叫びは、「詞を書かない?」と声をかけてくれた加代への、応えでもあります。
『魔法はいらない』という歌の、加代が作った歌詞への返歌でもあるといえるでしょう。
ジム・ジャームッシュが『パターソン』という「詩」の映画を撮りましたが、本作は「詞」の映画として記憶に留めて置くべき映画となっています。
海辺の田舎町を背景に、引きの構図を多用し、少年、少女たちの息吹を瑞々しくとらえ、温かい視線で見守った、青春映画の秀作です。ラストは意表をついていますが、そのエピソードか語る背景を想像して、胸が一杯になりました。
まとめ
湯浅弘章監督は、林海象監督や押井守監督のもとで助監督を務め、本作が長編商業映画のデビュー作となります。若い俳優をしっかりと演出し、素晴らしい演技を導き出しました。
ほぼ順撮りし、主演の二人、南沙良と蒔田彩珠が実際に打ち解けていく様子が、役柄にも反映され、リアリティを生み出しています。
南沙良は全身全霊の演技を見せ、また、美しい歌声も披露。一生懸命で初々しいその歌声は、プロの歌い手にはない輝きをみせました。
また、蒔田彩珠は、次第に表情が柔らかくなっていく加代を丁寧に演じ、キャラクターの持つ優しさ、暖かさを表現しました。
原作は押見修造氏の人気漫画。脚色を担当したのは、『百円の恋』(2014/武正晴監督)の足立紳。この人に頼めば絶対面白い、と確信できる数少ない脚本家の1人ですので、その点は安心してみることが出来ましたが、期待以上でした。
海辺のバス停のまだ暗い中での始発のバスを固定のカメラで長回しで撮ったシーンなど、光の表現も素晴らしく、『パンとバスと2度目のハツコイ』(2018/今泉力哉監督)、足立紳の監督作『14の夜』(2016)などで活躍する撮影監督・猪本雅三の腕が光ります。