愛した妻が死後、掃除機になって帰ってきた!? 愛と抵抗をめぐる現代の寓話
死後も現世で夫の元にとどまりつづけた女性メー・ナークにまつわるタイの怪談『メー・ナーク・プラカノーン』を元に、愛の抵抗、記憶の忘却、クィアの闘いと様々なテーマを内包し、奇想天外な話が繰り広げられていく『ユースフル・ゴースト』。
粉じん公害が深刻化するバンコク。
最愛の妻・ナットを亡くし悲嘆にくれるマーチの元に妻の魂が戻ってきました。しかし、その姿は掃除機だった——。
その頃、マーチの母が経営する工場では、亡くなった従業員が工場の機械に取り憑き、操業停止を余儀なくされていました。
ナットはその問題を解決することで自分は悪霊ではなく“役に立つ幽霊”だと証明しようとします。
『ユースフル・ゴースト』と同じく、“メー・ナーク”の怪談をリメイクし、タイでメガヒットを記録した『愛しのゴースト』(2014)でメー・ナーク役を演じたダビカ・ホーンが本作でも、夫の元に帰ってきた女性の霊を演じています。
映画『ユースフル・ゴースト』の作品情報

(C) 2025 185 FILMS, HAUT LES MAINS, MOMO FILM CO.
【日本公開】
2026年(タイ・フランス・シンガポール・ドイツ合作映画)
【英題】
A Useful Ghost
【監督、脚本】
ラッチャプーム・ブンバンチャーチョーク
【製作】
カトレア・パオスリジャローン、ソーロス・スクム
【製作総指揮】
チャヤンポーン・テーラタナチャイ、クリス・イアムサクンラット
【音楽】
チャイボボン・シールクワ
【キャスト】
ダビカ・ホーン、ウィットサルート・ヒンマラート、アパシリ・ニティポン、ワンロップ・ルングクムジャド、ウィサルット・ホームフアン
【作品概要】
監督を務めたラッチャプーム・ブンバンチャーチョークは、短編映画『赤いアニンシー; あるいはいまだに揺れるベルリンの壁をつま先で歩く』(2020)で、ロカルノ国際映画祭に選出され、短編映画部門の国際コンペティションでヤング審査員賞を受賞。
初長編作となる『ユースフル・ゴースト』では、カンヌ国際映画祭〈批評家週間〉にてワールドプレミアが行われ、同部門でタイ映画として初めてのグランプリを受賞しました。
ナット役を演じたのは、“メー・ナーク”の怪談をリメイクした『愛しのゴースト』(2014)でも、死後に夫の元に帰ってくる女性ナークを演じたダビカ・ホーン。
マーチ役には、ドラマ『運命のふたり』(2018)で人気を博し、本作が長編映画デビューとなったウィットサルート・ヒンマラート。マーチの母・スマーン役には、『デュー あの時の君とボク』(2019)、『ハッピー・オールド・イヤー』(2019)のアパシリ・ニティポン。
そのほかのキャストには、ワンロップ・ルングクムジャド、ウィサルット・ホームフアンなど。
映画『ユースフル・ゴースト』のあらすじとネタバレ

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粉じん公害が深刻化するタイ・バンコク。
アパートの一室で一人で暮らすアカデミックなレディボーイ。ある日、ひどい粉じんに悩まされ掃除機を購入しましたが、夜になると誰かの咳払いが聞こえ、掃除機で吸ったはずのゴミがまた散らばっていました。
翌日、修理を頼むと一人の男性がやってきて、異常ではなく「霊が取り憑いている」と言います。そして、ある工場で起きた出来事について話し始めます。
亡くなった夫に代わり、工場を経営するスマーン。しかし、その工場では、亡くなった従業員の霊が工場の様々な機械や製品に取り憑き、その度に生産が止まってしまいます。
その上、工場の査定の日に従業員の霊が機械に取り憑いて暴れ、工場は認可を取り下げられ操業停止に追いやられてしまいます。
スマーンの悩みは工場だけではありません。次男のマーチのことも悩みの種でした。
妊娠中だった妻のナットが呼吸器の疾患で亡くなり、悲嘆にくれる日々を送るマーチ。マーチはある日、掃除機と奇行を繰り返すようになります。
その掃除機はナットだというのです。「お義母さま」生前のナットの声で、マーチのそばにいたい一心で、現世に戻り掃除機に宿ったと説明します。
生前からナットをよく思っていなかったスマーンと親戚らは、ナットを遠ざけるため、僧侶を呼んだり、工場の製品に取り憑いていいという許可は出していないと、警官に被害届を出したり、様々な手を使ってマーチと引き離そうとします。
霊は、その存在を覚えている人がいるからこそ消えないということを知ったスマーンは、マーチの記憶からナットを消すという電気ショックの治療を敢行します。
治療によって少しずつマーチの中からナットの記憶が消えていき、ナットが現れても「君は誰?」と言うようになってしまいました。
このままでは自分の存在が消されてしまうと、ナットはスマーンの夢に現れて治療をやめるように懇願します。
治療により、マーチの記憶が消えたことで、ナットの姿が透けてしまっていることに気づいたスマーンは、あることを思いつき、ナットに取引を持ちかけます。
映画『ユースフル・ゴースト』の感想と評価

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霊にまで求められる“実用性”
タイでは誰もが知る怪談「メー・ナーク・プラカノーン」は、死後も現世にとどまり、夫と禁断の愛を深めていった女性“メー・ナーク”の物語です。
その物語に着想を得た本作は、掃除機に霊が取り憑くという摩訶不思議な設定に始まり、マーチのそばにいるために、“実用的な幽霊”であることを証明し続けるナットの悲しさと、ナット自身も霊を抹殺することに加担してしまう構図の恐ろしさを浮き彫りにします。
ユーモラスで奇想天外な世界観で彩られながらも、いきすぎた資本主義や権威主義など現代社会への批判と、体制に抗う人々の闘いの歴史です。
虐殺の歴史や名もなき犠牲者。都合よく消し去ろうとする為政者と、何度も何度も「忘れない」と抗う人々。その抵抗の物語には、LGBTQ+の境遇とそれに対する闘争も込められていると言えます。
ナットが実用的であることを証明しようとすることは、裏返せば、実用的でなければ抹消されてしまう、相手にもされないということなのです。
消しても消してもまとわりつくのは、霊だけではありません。バンコクの街を覆い尽くす粉じんもまた、消しても消してもまとわりつくものの象徴と言えます。
まとめ

(C) 2025 185 FILMS, HAUT LES MAINS, MOMO FILM CO.
愛する妻が、掃除機になって戻ってきた!? タイの有名な“メー・ナーク”の物語に着想を得た愛と抵抗の寓話『ユースフル・ゴースト』。
掃除機に取り憑いたナットが夫に会いたいと、病院の受付で号室を訪ねると、「面会時間は過ぎているので朝8時まで待ってください」と言われてしまいます。
霊の存在だけでも驚くはずなのに、話しかけ、勝手に動く掃除機の存在をすんなり受け入れるタイの人々。シュールでコミカルな世界観だけでなく、タイの国にはそのような民話を信じている土壌もあるのではないでしょうか。
霊を大事にするからこそ、亡くなった愛しい人と夢で会いたいと願うのでしょう。夢、すなわち記憶も本作にとって重要な要素です。
記憶や夢はその人のパーソナルなものです。それを侵害し、都合よくかき消してしまう、そんなことが許されていいはずがありません。
人は二度死ぬという話もあります。一度は肉体が死んだ時、もう一度死ぬのは、自分の存在を記憶する人がいなくなった時です。
日本でも先祖の霊を大切にする文化はあります。誰かが記憶し、語り継ぐことで受け継がれていく、その営みを侵害することは誰にもできないのです。
一方で、現代社会における行きすぎた資本主義や実利主義が人の尊厳までも侵害する危うさは否定的出来ない部分もあるでしょう。


































