『六人の嘘つきな大学生』は《嘘つき問題》の物語?
映画情報サイト「Cinemarche」編集長・河合のびが気になった映画・ドラマ・アニメなどなどを紹介し、空想・妄想を交えての考察・解説を繰り広げる連載コラム『のび編集長の映画よりおむすびが食べたい』。
第15回でご紹介するのは浅倉明成の大ヒット同名小説を映画化した、「日本の就活」が題材の密室サスペンス×青春ミステリー『六人の嘘つきな大学生』です。
大企業の新卒採用試験で最終選考まで勝ち残った6人の大学生が、自身の嘘と罪を暴露される中で全員が疑心暗鬼と化す密室の心理劇と、面接から数年後に明かされる《あの日》の真相を描いた本作。
本記事では映画『六人の嘘つきな大学生』のネタバレ言及とともに、就活生6人が内定を目指す大企業「スピラリンクス」のネーミングに込められた《嘘つき問題》の物語と、《嘘を強いられる戦い》の中でも絶えることのない絆を考察・解説していきます。
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CONTENTS
映画『六人の嘘つきな大学生』の作品情報
【日本公開】
2024年(日本映画)
【原作】
浅倉秋成
【監督】
佐藤祐市
【脚本】
矢島弘一
【キャスト】
浜辺美波、赤楚衛二、佐野勇斗、山下美月、倉悠貴、西垣匠中田青渚、木村了、渡辺大
映画『六人の嘘つきな大学生』のあらすじ
誰もが憧れるエンターテインメント企業「スピラリンクス」の新卒採用試験で、最終選考まで勝ち残った6人の就活生。
最終選考で「6人でチームを作り、1ヶ月後のグループディスカッションに臨む」という課題を与えられた6人。全員での内定獲得を夢見て万全の準備を行い、その中で絆も育んでいったが、最終選考の前夜に突如として「課題の変更」が通達された。
「6人の中で勝ち残るのは1人だけで、その1人は6人の総意で決めてほしい」
最終選考の当日、戸惑いながらも「全員で『自身以外で、採用されるに相応しい誰か』への投票を行い、それを数度繰り返すことで『最も得票数が多い=最も採用されるに相応しい1人』を決める」という方法を選択する6人。
しかし選考会場で6通の怪しい封筒が見つかり、その中に6人それぞれの《嘘と罪》を告発する内容が記されていることが発覚したことで、誰もが疑心暗鬼と化す。そしてお互いを罵り、疑い続ける悪夢の最終選考は、最悪の形で幕を閉じた。
最終選考の日から、8年後。誰もがそれぞれの道を歩み出した中で、とある1人を見舞った不幸な出来事をきっかけに、6人は《あの日》の事件の真実と向き合うことに……。
企業名「スピラリンクス」に込められた意味を考察・解説!
「SPIRALINKS(渦巻き状の絆)」の意味とは
洞察力に優れた嶌衣織(浜辺美波)、穏やかで誠実な性格でチームを支える波多野祥吾(赤楚衛二)、「フェア」を信条とするリーダータイプの九賀蒼太(佐野勇斗)、語学が非常に堪能な矢代つばさ(山下美月)、内気だが分析力に優れた森久保公彦(倉悠貴)、元スポーツマンで正義漢の袴田亮(西垣匠)……。
そんな6人が抱える《嘘と罪》という裏の顔。そして、一見すると醜い裏の顔を見つめることで初めて分かる、裏表という二面だけでは計れない人間の《真実》という顔を映し出した『六人の嘘つきな大学生』。
過去の過ちから自身を『価値のない人間』と蔑む九賀が、『価値のある人間』を見定められない無能な人事部を愚弄・嘲笑するために、最終選考での醜い争いを引き起こした……。
就職活動という場を通して、図らずも多くの若者たちの人生を翻弄することになる企業に対する「そんな企業の人事部は、《人材》ではなく《人間》として就活生たちを見ているのか?」という問いに、本作は風刺たっぷりな事件の真相で答えます。
なお、本作で6人が新卒採用試験の最終選考まで勝ち残った《誰もが憧れるエンターテインメント企業》という触れ込みの企業の名前は「スピラリンクス(SPIRALINKS)」。
一見すると「spiral(渦巻状の、螺旋状の)」と「link(環、輪、結びつけるもの、連結、絆など)」を掛け合わせた造語である企業名ですが、本作の物語の題材である「就活」とタイトルにも冠された「嘘つき」というキーワードと関連付けた時、別の意味が込められている可能性が浮かび上がってきます。
日本の就活では不可避の《嘘つき問題》の物語
就活経験がある方にとっては基本知識といえる、日本の就職活動を象徴する試験の一つに「適性検査」というものがあります。
採用応募者の働く上で必要となる基礎学力を測る「能力検査」と、その人間性を知るための「性格検査」の2つで主に構成された試験であり、企業との相性を測るほか、応募者の多い大企業では面接選考の前の「ふるい」に用いられることが多いです。
その中でも日本国内企業の9割が採用している適性検査が、リクルートマネジメントソリューションズ社が開発した「Synthetic Personality Inventory」……略称「SPI」です。
また、SPIをはじめとする適性検査で出題される問題の中には「集まった人間のうち1人を除いて全員が嘘をついているが、嘘をついていない者は誰か?」という風に、嘘つきとそうでない者を見分けさせ、回答者の判断推理の能力を測る《嘘つき問題》というものがあります。
「嘘をついているのは誰で、誰が嘘をついていないのか?」……真実という事情があるものの、自身が抱く罪悪感を拭い切れないがゆえについてしまった就活生6人の嘘を暴露していく本作の物語は、「スピラリンクス(SPIRALINKS)」の頭に冠された「SPI」という単語もふまえると、SPIなどの適性検査で出題される《嘘つき問題》からも着想を得ているのかもしれません。
まとめ/《嘘を強いられる戦い》でも絶えない絆
……しかしながら、「スピラリンクス(SPIRALINKS)の頭に冠された「SPI」という単語もふまえると、本作はSPIなどの適性検査で出題される《嘘つき問題》からも着想を得ているのかもしれない」という推理は、「就活生たちの嘘を暴く物語」という本作が持つ特徴のほんの一部分に言及したものに過ぎません。
先述の通り、スピラリンクス(SPIRALINKS)という企業名は「spiral(渦巻状の、螺旋状の)」と「link(環、輪、結びつけるもの、連結、絆など)」を掛け合わせた造語であることが窺えます。
もし「渦巻く絆」と訳せば「『順風満帆な人生』が確約される大企業への内定を、絶対に勝ち取りたい」「そのためには、自身が抱える秘密を隠し通したい」という思惑が渦巻く中でも、同じ目的を目指す者として育んだ就活生6人の絆が連想できます。
あるいは、最終選考での嘘の暴露によって渦巻く嵐のごとく荒れ、崩壊していく就活生6人の絆の顛末も示唆しているともとれます。
そして何より、渦巻きという模様は太古から「循環」「死と再生」「永遠」の象徴として用いられてきました。
一度は育んだものの、最終選考での事件で崩壊してしまった就活生6人の絆。しかし時を経て再び事件と向き合ったことで、それぞれがついた嘘に秘められた真実を知り、初めて「就活という《嘘を強いられる戦い》に翻弄された者」としての絆に気づくことができた……。
時代の移り変わりとともに《嘘を強いられる戦い》も様々に形を変えながらも、その戦いに人が翻弄され、時には心も体も死へと追いやられる現実は一向に変わりません。
しかしながら、《嘘を強いられる戦い》によって死に追いやられても、それでも再生に至り、絶えることのない絆は確かに存在する……「SPIRALINKS(渦巻き状の絆)」というネーミングには、そんなメッセージが込められているのかもしれません。
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編集長:河合のびプロフィール
1995年静岡県生まれの詩人。2019年に日本映画大学・理論コースを卒業後、映画情報サイト「Cinemarche」編集部として活動開始。のちに2代目編集長に昇進。
西尾孔志監督『輝け星くず』、青柳拓監督『フジヤマコットントン』、酒井善三監督『カウンセラー』などの公式映画評を寄稿。また映画配給レーベル「Cinemago」宣伝担当として『キック・ミー 怒りのカンザス』『Kfc』のキャッチコピー作成なども精力的に行う。(@youzo_kawai)。