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Entry 2024/10/27
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【ネタバレ】ジョーカー2|ひどい/酷評/つまらない理由は?考察解説でミュージカル映画化が描く《代えの利くエンタメ》へのショック療法と患者の正体|のび編集長の映画よりおむすびが食べたい12

  • Writer :
  • 河合のび

なぜ『ジョーカー』続編は「ミュージカル映画」と化したのか?

DCコミックス「バットマン」シリーズの人気ヴィラン《ジョーカー》の誕生秘話を描き、ベネチア国際映画祭で金獅子賞、アカデミー賞で主演男優賞などを受賞した『ジョーカー』(2019)の続編『ジョーカー フォリ・ア・ドゥ』。

「社会への反逆者」「民衆の代弁者」に祭り上げられた《ジョーカー》ことアーサー・フレックの後日談を、彼が犯した殺人の裁判を中心に描き出します。

本記事では、アメリカ本国での公開当初から散見する『ジョーカー フォリ・ア・ドゥ』の酷評や賛否両論の最大の要因である「ミュージカル映画化」についてクローズアップ

映画本編のネタバレ言及とともに、ミュージカル映画の歴史をなぞらえて描き出す「代えの利くエンターテインメント」としての《ジョーカー》の肖像、ミュージカル映画化というショック療法を受ける「二人狂い」の患者の正体について探っていきます。

連載コラム『のび編集長の映画よりおむすびが食べたい』記事一覧はこちら

映画『ジョーカー フォリ・ア・ドゥ』の作品情報

【日本公開】
2024年(アメリカ映画)

【監督】
トッド・フィリップス

【脚本】
スコット・シルバー トッド・フィリップス

【撮影】
ローレンス・シャー

【音楽】
ヒドゥル・グドナドッティル

【キャスト】
ホアキン・フェニックス、レディー・ガガ、ブレンダン・グリーソン、キャサリン・キーナー、ザジー・ビーツ、リー・ギル

【日本語吹き替えキャスト】
平田広明、村中知、山田裕貴、斎藤志郎、塩田朋子、角野卓造、木下浩之、上村祐翔、種市桃子、福西勝也、前田一世、伊沢磨紀

【作品概要】
DCコミックス「バットマン」シリーズの人気ヴィラン《ジョーカー》の誕生秘話を描き、第76回ベネチア国際映画祭で金獅子賞、第92回アカデミー賞で主演男優賞などを受賞した『ジョーカー』(2019)の続編作品。

自身が犯した殺人によって「社会への反逆者」「民衆の代弁者」の象徴にされたものの、前作ラストで逮捕された《ジョーカー》ことアーサー・フレックの後日談が展開される本作。前作に続きアーサーをホアキン・フェニックスが演じ、アーサーが出会う謎の女リー役をレディー・ガガが務めた。

また監督のトッド・フィリップスをはじめ、脚本のスコット・シルバー、撮影のローレンス・シャー、前作でアカデミー作曲賞を受賞した音楽のヒドゥル・グドナドッティルらスタッフ陣が続投した。

映画『ジョーカー フォリ・ア・ドゥ』のあらすじ

「生まれて初めて、俺は一人じゃないと思った」

理不尽な世の中の代弁者として、時代の寵児となった《ジョーカー》ことアーサー。彼の前に現れた謎の女リーとともに、狂乱が世界へ伝播していく。

孤独で心優しかった男の暴走の行方は?誰もが一夜にして祭り上げられるこの世界……彼は悪のカリスマなのか、ただの人間なのか?

映画『ジョーカー フォリ・ア・ドゥ』の感想と評価

なぜ「ミュージカル映画」と化したか?

世界的な大ヒットを記録した『ジョーカー』(2019)の続編作品として製作された『ジョーカー フォリ・ア・ドゥ』。

しかしその評価はアメリカ国内での公開時点で賛否両論となり、日本での公開を迎えた後も「アーサーは自ら《ジョーカー》の役を降りた」「そもそも彼は《私たちが知るジョーカー》とは別人だった」という展開と結末に、《何者でもない者》だったアーサーが《ジョーカー》となるまでの過程を描いた前作とのギャップに困惑する人々が、ネット上でも多々見受けられました。

しかし、中でも特に観る者を困惑させたのは、前作と打って代わっての「ミュージカル映画化」ではないでしょうか。

冒頭のアニメーションシーンはもちろん、医療刑務所で出会った謎の女リー・クインゼルに恋したのを機にアーサーは歌に取り憑かれ、現実世界でも妄想の世界でも歌い続けるというあり様に。

アーサーが文字通り「ミュージカル映画の住人」になってしまうも、結局は自ら「ミュージカル映画の住人」であることをやめる……「続編でもアーサーは《ジョーカー》として、理不尽な社会にさらなる混乱を巻き起こしてくれるだろう」と期待していた『ジョーカー』ファンには、あまりにも期待と異なる展開だったはずです。

現実の世界でも妄想の世界でもリーへの愛を、そして《ジョーカー》を演じる羽目になった男アーサー・フレックとしての人生を歌い続けるアーサー。

くどいほどに延々と繰り返されるミュージカルシーンは観る者の心を蝕み、全ては映画終盤にて《ジョーカー》という役を降りた自身を拒絶し、決別の歌を口ずさむリーに対してアーサーが吐露した「もう歌いたくない」「話したい」という本音に流れ着きます。

ミュージカル映画の歴史と「代えの利くエンタメ」

なお、本作には多くの名作ミュージカル映画の楽曲が登場しますが、アーサーとリーが医療刑務所の上映会で観た映画は『バンド・ワゴン』(1953)であり、二人が同作の劇中曲「That’s Entertainment」を歌う場面が描かれる他、アーサーは他の場面でタップダンスも披露

そのことからも本作のアーサーには、ミュージカル映画の黎明期(1920年代後半〜1930年代)と黄金期(1940年代〜1960年代)……ミュージカル映画の華の時代を語る上で欠かせないダンサー・歌手・俳優のフレッド・アステアの姿も投影されていることが察せます。

なぜ『ジョーカー フォリ・ア・ドゥ』はミュージカル映画となり、映画の「古き良き時代」の歴史でもある、ミュージカル映画の歴史がふんだんに盛り込まれたのか。その理由は、「代わりにショーを観られる場所」としてのかつてのミュージカル映画の側面にあるといえます。

元々は演劇の一ジャンルであった「ミュージカル」が映画という表現形式にも採用され浸透していった要因には、世界初のトーキー(発声)映画にしてミュージカル映画『ジャズ・シンガー』の誕生で映画と音楽の融合が決定的に実現したのはもちろん、1929年の世界恐慌によってミュージカルを公演するブロードウェイの各劇場が経営難に陥ったことも関係しています。

社会に理不尽を押し付けられ、ダンサーや役者などの劇場を追われ職を失った者たちが、映画という「ブロードウェイに代わって、ショーを演ってくれる場所」へと集った。そしてブロードウェイでショーを観ていた観客たちも「代えは利くが、今はそこでしかショーを観られない場所」として、映画を観に行くようになった。

そんなミュージカル映画の黎明期における人々の心の動きは、理不尽な社会を生きる中で「自分は演りたくないけど『誰か』には演ってほしい憂さ晴らし=社会を支配する上流階級層への攻撃」を欲した結果、上流階級層を偶然殺した男に……《何者でもない者》であるがゆえに代えが利くアーサーに、「憂さ晴らしのショーを代わりに演じ、魅せてくれる道化」の役を押し付け、彼が歌い踊る様を楽しむ大衆の心の動きと重なるのです。

言葉ではなく《歌とダンス》を欲する観客

しかしながら、「ミュージカルをブロードウェイの代わりに観られる場所」としてのミュージカル映画は、映画そのものが「代えの利くエンターテインメント」と評され続ける中で、もはや遠い過去の話であることは言うまでもありません。

そして「代えの利くエンターテインメント」とは、愚かながらも心優しき人間であったはずのアーサー・フレックが演じさせられた《ジョーカー》という役のことでもあります。

その黎明期と黄金期において、くどいほど大量に製作された、代えの利くエンターテインメントとしてのミュージカル映画……物語性にも力を入れた作品もある一方で、その多くは「ミュージカルをブロードウェイの代わりに観られる場所」として、作中の物語の描写以上に「歌とダンス」の演出が優先され、観客もそれを楽しみに劇場へ訪れていたといえます。

物語よりも、歌とダンスを……それは、「ミュージカル映画という体を成したショーを観に来る観客は、歌とダンスを楽しみにしているだけで、映画の世界という現実を生きる一人の人間としての、登場人物の言葉を聞きに来たわけじゃない」と言い換えることもできます。

「二人狂い」の患者は、アーサーと《私たち》

《ジョーカー》の歌とダンスを観客は求めていて、アーサー・フレックの言葉に耳を傾けるために、裁判という舞台に来ているわけではない。《ジョーカー》の観客の一人であり共演者であるリーも、あくまでも会話ではなく歌とダンスでしか答えない……その結果、アーサーは最後には自ら《ジョーカー》という役を降り「もう歌いたくない」「話したい」と口にしたのです。

また前作『ジョーカー』に続いてアーサーが《ジョーカー》として理不尽な社会を混沌に陥れ乱舞する姿を……アーサーの人間としての言葉そのものに興味はなく、彼が演じる《ジョーカー》が歌い、踊る姿を期待する人々も、ある意味では《ショーの観客》を演じているのだと言えます。

ジョーカー』の続編『ジョーカー フォリ・ア・ドゥ』はそんな人々に対し、ミュージカル映画(あるいは映画そのもの)が持つ「代えの利くエンターテインメント」の歴史をなぞらえながら、まるでショック療法のように、観ていて苦痛を感じるほどのミュージカルシーンをこれでもかと浴びせる

そうすることで、アーサーを「代えの利くエンターテインメント」の演者にしてしまった自分たちもまた、ショーの観客という演じてしまっていること……アーサーと同じ「代えの利くエンターテインメント」の一部なのだと、本作を観た者に気づかせるのです。

妄想を共有し、妄想の中で役を演じ続ける……そんな「フォリ・ア・ドゥ(二人狂い)」に罹っているのは、ポスタービジュアルを飾るアーサーとリーではなく、アーサーと《私たち》なのです。

まとめ/「人生は影法師」役を降りても、代役は現れる

映画冒頭の「古き良き時代」のカートゥーン・アニメーションの場面で、アーサー自身の影である《ジョーカー》に翻弄され、最後には《ジョーカー》に罪を押し付けられ、警察官たちに殴られ続けた果てに倒れます。

影という形で描かれる、アーサーが演じさせられた《ジョーカー》という役……シェイクスピアの四大悲劇の一作にして、主君暗殺という己の罪と運命に心が耐え切れず、暴政を振るった果てに最後は《王》という役から引きずり下ろされる男を描いた戯曲『マクベス』の下記のセリフを思い出す方もいるはずです。

人生は歩きまわる影法師、哀れな役者だ、
舞台の上で大げさに見栄を切っても
出番が終われば消えてしまう。

白痴の話す物語だ、
喚き立てる響きと怒りはすさまじいが、
意味は何一つありはしない。
(シェイクスピア『マクベス』第5幕・第5場)

その人生において《ジョーカー》という役に心を蝕まれた役者であり、自ら役を降りて舞台を退場しても「この世から消える」という運命は避けられなかったアーサー

そして「喚き立てる響きと怒りはすさまじいが、意味は何一つありはしない」とまで評されてしまう「白痴の話す物語」を、どうしても『ジョーカー』『ジョーカー フォリ・ア・ドゥ』で描かれたアーサーという男の一生に重ねてしまうのです。

アーサーがこの世から消えた後、《ジョーカー》を演じるのは誰なのか。『ジョーカー フォリ・ア・ドゥ』はラストシーンにて、医療刑務所でアーサーをナイフで刺した受刑者の青年が「口をナイフで裂く姿」によってそれを示唆しています。

しかしながら、たとえ受刑者の青年が本当に《ジョーカー》を演じることになったとしても、結局はアーサーの代役であり、彼もまた「代えの利くエンターテインメント」……原作アメコミにおいて作者ごとに様々なジョーカーの肖像が存在するように、ただの「《ジョーカー》を演じる一人」に過ぎないのです。

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編集長:河合のびプロフィール

1995年静岡県生まれの詩人。2019年に日本映画大学・理論コースを卒業後、映画情報サイト「Cinemarche」編集部として活動開始。のちに2代目編集長に昇進。

西尾孔志監督『輝け星くず』、青柳拓監督『フジヤマコットントン』、酒井善三監督『カウンセラー』などの公式映画評を寄稿。また映画配給レーベル「Cinemago」宣伝担当として『キック・ミー 怒りのカンザス』『Kfc』のキャッチコピー作成なども精力的に行う。(@youzo_kawai)。


(C)田中舘裕介/Cinemarche





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