会話劇のトークショーの登壇する機会があったのですが、改めて何本かの映画を見返して気になったのは“家族の会話”。
特に“夫婦の会話”は、長年連れ添ったことに慣れてしまい、自然と会話を楽しむことが少なくなってしまうと気が付かされました。
互いが恋に落ちた頃のように、興味や好奇心が湧くような会話はないのだろうか?
今回ご紹介する「恋妻家宮本』は、それにひとつの答えを見せた遊川和彦監督の秀作です!
映画『恋妻家宮本』の作品情報
【公開】
2017年(日本映画)
【脚本・監督】
遊川和彦
【キャスト】
阿部寛、天海祐希、菅野美穂、相武紗季、工藤阿須加、早見あかり、奥貫薫、佐藤二朗、富司純子、入江甚儀、佐津川愛美、浦上晟周、紺野彩夏、豊嶋花、渡辺真起子、関戸将志、柳ゆり菜
【作品概要】
人気テレビドラマ『家政婦のミタ』『女王の教室』などを多く手掛けてきた脚本家の遊川和彦の初劇場監督デビュー作。
重松清の小説「ファミレス」を遊川自ら脚本にして、モントリオール世界映画祭にて正式出品。
映画『恋妻家宮本』のあらすじとネタバレ
50歳の中学教師宮本陽平は、ファミリーレストラン「デニーズ」のメニューを見ながら、料理のオーダーが決められない。
陽平は優柔不断な性格で、人生は選択の連続だと理解しながらも、何が正しい選択なのかと気に掛けて迷い続けてしまうのです。
一方、妻の美代子はシッカリ者で決断や覚悟を決めるのがとても早い。
そんな2人の出会いは大学時代。ファミレスでの合コンをきっかけに、陽平と美代子は交際を始めました。
陽平は大学院に進学、美代子は教員を目指していましたが、彼女の妊娠をきっかけに結婚。男の責任としてプロポーズした陽平は美代子の代わりに教職の道に進みました。
それから27年前に生まれた息子正は予想より早く結婚。被災地の取材がしたいと福島にある新聞社で就職すると、陽平と美代子夫妻は結婚以来、初めて2人きりの生活となってしまいます。
50歳になって初めて、夫婦水入らずで暮らすことを記念して、上機嫌で2本のもの赤ワインを開ける美代子。
一方で陽平は何を会話したら良いか気まず様子。しかし、彼はワインの酒の肴にと、趣味の料理教室で習い覚えた料理をする時だけは楽しそうでした。
美代子は「これからはお互い、お父さん、お母さんじゃなく、名前で呼ぶの」と提案。まさに甘い新婚気分なのです。
しかし、あっけなく酔いつぶれた美代子は居間のソファで寝てしまいます。その妻美代子の寝顔を見て陽平は「やっぱり老けたな…」と呟きます。
陽平は妻に毛布をかけようと寝室で、2人が付き合い始めた頃に、初めて陽平が美代子に貸した本「暗夜行路」を懐かしさそうにめくっていると、美代子の署名入りの離婚届が出てきます。
激しい動揺をする陽平だが、美代子を叩き起こして問い詰めることもできずに、悶々として夜を明かしてしまいます。
翌日から陽平の苦悩の日々を送りながら、美代子が判子を押した離婚届の意味をウジウジと考え、職場の中学校の担任業務にも集中ができません。
担任するクラスの生徒“ドン”こと井上克也の母は、不倫中に自動車事故に巻き込まれ入院しています。ドンはそれをネタしては周囲の友人たちから笑いを取っていました。
ドンのことを心配する同級生の女子生徒“メイミー”こと菊地原明美は、担任の陽平に対して、「先生って教師に向いていないかも」と、ドンはこののままでいいのかと忠告をします。
そんな陽平は、ドンの複雑な家庭事情を案じる祖母の井上礼子に面会にいきますが、これも難敵であって問題ばかり、陽平は担任教師としても何一つ選択ができないのです。
唯一の陽平の趣味で心を落ち着かせている料理教室で、毒舌を吐く主婦五十嵐真珠や、婚約中で花嫁修業中の門倉すみれと同じグループ。
陽平は五十嵐が旦那幸次との離婚検討中と聞き、妻美代子の書いた離婚届について相談を持ちかけます。
すると、五十嵐は妻の不倫だと言い切るので、陽平は美代子の浮気を疑いもしますが、そんな様子はありません。
一方で祖母礼子と喧嘩してからご飯を食べていない教え子のドンの妹エミが倒れてしまうのです。陽平はドンが母親に相談するどころか、病院に見舞いにも行ってないことを知ります。
陽平は簡単な卵かけご飯のレシピを克也に教えますが、本当の問題を先送りにしてい流だけだと、教え子メイミーに指摘された陽平。
陽平の息子正の妻が風邪を拗らせて寝込んでしまったと美代子は福島へ向かいます。そんな時、陽平は「暗夜行路」に挟んであった離婚届がなくなっていることに気付きます。
すると、両親の仲を心配した息子正から電話が掛かってきます。妻優美の風邪は心配はいらない大丈夫と言います。
陽平は息子正に自分たち父母の夫婦について質問をすると、父さんが料理教室に通い出してから母に元気がなくなったと言いました。
一方で、料理教室に来た門倉すみれは、婚約解消して教室も辞めると、陽平と五十嵐野本へ報告にやってきます。2人のように結婚した夫婦を見ても幸せそうではないと言い捨てて去っていきます。
その帰り、陽平と五十嵐は居酒屋へ呑みに行くのですが、そこで五十嵐は、夫の不満はセックスが問題だと思うので、それが本当なのか確かめたいと陽平は彼女に肉体関係を持ちかけられます。
ラブホテルの客室選びの際に、陽平はどれを選べば良いのかやはり迷いながら、五十嵐の強引さに部屋を決めるのです。
映画『恋妻家宮本』の感想と評価
この作品は、驚異の高視聴率を記録したテレビドラマ『家政婦のミタ』(2011)をはじめ、『女王の教室』(2005)『〇〇妻』(2015)『偽装の夫婦』(2015)『はじめて、愛しています。」(2016)などの遊川和彦が、満を持して映画に挑んだ作品。
新人映画監督とはいえ、実績が事欠かない遊川和彦監督ですから、細部へのこだわりの演出はとても行き届いた素晴らしい作品でした。
今回は美術担当のスタッフ表現の観点と、映画のテーマ「正しさより優しさ」の読み解き方という2点を切り口に作品考察をしてみたいと思います。
その前に俳優に監督が投げかけた言葉を少し紹介します。
遊川監督は初めて自身の作品への初出演をオファーした阿部寛には、「僕はこの作品にすべてを懸けています。もしこの作品が気に入らないようなら、どうぞ降りてください」と述べそうです。
また長年コンビを組むことがあった天海祐希には、「僕はこの作品でオスカー狙いますから!」と話したようです。これらからも遊川監督のメッセージを伝えるという強い意気込みの詰まった作品であったかは理解ができます。
この安定感のある2人の俳優を初監督作品に起用したことに、遊川監督の意気込みをとても感じましたが、他にもそれを感じさせたシーンがあります。
それは美術監督の金勝浩一の丁寧な仕事ぶりが見事に冴えた場面です。
2階の寝室で陽平が、志賀直哉の書籍「暗夜行路」に妻が隠していた離婚届を発見する場面です。
遊川監督はこの作品で、美術監督を務めた金勝浩一にちょっとして壁の傷までも生活感のあふれたリアリティを求めていたそうです。
とはいえ、映像的な遊び心も見られるのです。例えば、カメラマンの浜田毅があおり気味で撮影したアングルで、陽平の背後にあった天窓に雨が降りしきる心象表現を見せていました。
もちろん、雨が降ることに微妙に気がつかせる照明の高屋齋の逆光の明かりも見事で、それぞれの映画スタッフとしては労力も掛かる腕の見せ所です。
あれを見た時に、この映画は俳優の演技だけでなく、美術をはじめとしたスタッフみんなで映像表現するのだと、すぐに気が付く場面だったと感じました。
もちろん、あの志賀直哉の書籍「暗夜行路」は陽平が初めて美代子に貸した本。彼は作家を目指しながら好きな女の子に初めて貸した本です、どんな本でも良いわけではなく、遊川監督が選んだのでしょう。
また、作家志望だった陽平がその夢を諦めてできちゃった結婚するために教師になる。妻美代子の方からすれば諦めさたという後めたさから、あの本に離婚届を入れた気持ちの応答を見せた演出です。
これらは遊川監督の演出、阿部寛の演技、美術、小道具などのスタッフの見事に映画的なシンフォニーを見せた場面なのです。
だから、他にも教え子ドンの自宅である祖母井上礼子家の前では、強い風の吹く中で西部劇のように藁の塊が転がっていますし、それぞれの場面によってリアリティだけではなく、心象風景を映像で見せてくれたところは挙げればキリがないでしょう。
個人的にも美術で遊ぶ映画が好みですから、このような作品はとても好感が持てる映画です。
さらには室内セットの中で動きの動線や、俳優に動作的な負荷を与える点、例えばキッチンと居間を繋ぐ境には意味不明な横柱では、長身な阿部寛をお辞儀させたり、キッチンの床収納などでは阿部寛を屈ませるなどの工夫は秀逸です。
これは言われなければ気が付かないでしょうが、何でも無いようなに一見は思えますが、確実に映像表現に関わるとても大切に遊んだ効果ある結果を導いています。
俳優だけではなく、映画スタッフが脚本を深読みしながら、映像を具体化していく作業を見せてくれた、美術監督の金勝浩一をはじめとした美術スタッフに拍手を送りたい作品です。
このようなことを見せてくれた遊川監督は、そえぞれのスタッフにひとつ1つ選択をさせたことが、主人公である宮本陽平のように人生の選択を選ばせていたのだと思います。
それは正に映画のテーマとなっていた、「正しいよりも優しさ」という、映画に対する優しさの思入れの詰まった作品になったのではないでしょうか。
では、次に遊川監督がその「正しいより優しさ」というテーマをおいた意味を読み解いてみましょう。
遊川監督は、「映画を観た人が少しでも優しい気持ちになったり、少しでも愛を大切にしようと思うとか、(中略)それこそが映画を作る意義だと僕は思います」の飛べています。
また、「ここ何年も世の中は正義と正義のぶつかり合いで、そこに妥協や、相手を思いやる気持ちがないと感じていて。映画や芸術を作っている人間の数なんて微々たるものだけど、こんな時代だからこそ「これじゃいかんだろ!」と、(中略)“正しさより優しさ”。正しさにこだわっている限り、優しさは生まれないです」と語っています。
教え子ドンの祖母井上礼子役を演じた女優の富司純子は“正しさの象徴”という厳しい役柄を演じていましたが、孫の克也やエミに手を温かく握られた場面では、“優しさ”が起こす変化とは何かを見せてくれました。
また、遊川監督が一番気に入っている場面でもある、陽平とドンとエミの3人がファミレスにいるシーンもそのような場面でした。
陽平が変わっていく転換点をドンという少年を通して、きっと陽平もドンのような少年であったことを見せてくれた場面で優しさに満ち溢れています。
あの場面では、陽平役の阿部寛だけでなく、ドン(井上克也)役の浦上晟周、井上エミ役の豊嶋花の演技も見事に演じていました。ちなみに遊川監督はこの3人でなければできなかった奇跡のシーンと呼んでいます。
このような点に注目をするとこの映画がきっと優しさを選んで作られてきたことに気が付くのかもしれませんね。
まとめ
この映画の原作は直木賞作家でもある重松清です。
重松は1963年に生まれ、1991年に『ビフォア・ラン』でデビュー。1999年に『ナイフ』で坪田譲治文学賞、『エイジ』で山本周五郎賞、2001年『ビタミンF』で直木賞、2010年『十字架』で吉川英治文学賞、2014年『ゼツメツ少年』で毎日出版文化賞を受賞するなど話題作に事欠きません。
ぜひ、重松清原作の『ファミレス』を読んでみることをお薦めいたします。
また、映画の中で天海祐希が演じた妻美代子の思い出の曲で、重要な挿入歌として使用され、ラストシーンでも歌詞の内容をよりよく見せてくれた、吉田拓郎の名曲「今日までそして明日から」も忘れてはなりません。
エンディングできっと出演者みんなで歌うだろうなと期待をさせた上で、遊川監督が各キャラクターを演じた役柄のひとり一人がそれぞれにあった歌詞をパートを口ずさんだ時には感動ものでした。
また、今回の役柄でお色気のあった五十嵐真珠役が見事に光った円熟期に入った女優の菅野美穂。ひとりリズムをとって振っている手がみんなとズレていた点も可愛らしく、また夫幸次役の佐藤二朗が優しく促す点もお見逃しなく!
最後になりましたが、まだ『恋妻家宮本』を観ていないあなたのために、恋妻家の意味と、映画のスピンオフを紹介いたします。
恋妻家【こいさいか】の意味は、妻への思いに気がついた夫のこと。言葉にすると新しいけど、世界中の夫のなかに必ず眠っている気持ち。*愛妻家のようにうまく愛情表現できないので、気持ちが伝わりにくいのが欠点。という解説がありました。
また、以下のスピンオフを観てから映画をご覧になってみるのも良いかもしれませんよ。
スピンオフ1.恋妻家中村
スピンオフ2.恋妻家前田
スピンオフ3.3番テーブル(未来の恋妻家田中)
神は細部に宿るを体現したかのような優しさの遊川和彦監督のデビュー作、そして宮本陽平を日本人俳優では阿部寛の他に演じられる人はいません。
また、遊川監督は、何よりも撮影現場に参加した女優の天海祐希の様子に関して、「女王として全スタッフに対して「幸せになれ」っていう厳しさと優しさがある」とまで言わせた、彼女の今までにはない演技にも注目です。
ぜひ、『恋妻家宮本』は新たな日本映画の夫婦映画の秀作です!お見逃しなく!