映画『心平、』は2024年8月17日(土)より新宿K’s cinemaほかで全国順次公開!
東日本大震災から3年後の2014年・福島で、社会に馴染めない兄と未来を諦めた父、家に縛られる妹の家族3人が踏み出す小さな一歩を描いた映画『心平、』。
『ダラダラ』(2022)で長編監督デビューを果たした山城達郎監督が、2014年に竹浪春花が書いた脚本を気に入り、長年温めていた企画を映画化。厳しい現実をしなやかに生きる家族の姿を、幻想的な表現も交えつつ現実味ある手触りで描きました。
このたび劇場公開を記念し、映画『心平、』の主人公・心平役を演じた奥野瑛太さんにインタビュー。
奥野さんご自身の東日本大震災当時の記憶をはじめ、心平という《日常を生きる人間》を演じるために意識されたことなど、貴重なお話を伺えました。
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東京で呆然と立ち尽くした3月11日
──奥野さんが本作で演じられた主人公・心平は、東日本大震災から3年後にあたる2014年の福島で、父・妹の二人とともに生きています。震災が起こった2011年3月11日当時、奥野さんはどちらにいらっしゃいましたか。
奥野瑛太(以下、奥野):当時、僕は東京・荻窪にあった小さな劇場で、とある舞台作品に参加していました。取り壊しが決まっていた劇場での最後の公演で、同日の昼に本番初日を迎える予定だったんですが、そのゲネプロ中に震災が起こりました。
舞台上には「最後の公演だから大がかりな演出をしよう」と水を張り《池》が作られていたんですが、地震の揺れで水がジャポン、ジャポンと溢れ出したんです。地下の劇場でただならぬ揺れを感じた後にやっとの思いで地上に出て、向かいにあった電気屋さんのテレビで流れるニュースを見て初めて東北での出来事を知りました。
「ああ、嘘だろ」と車も家も何もかもが津波に流されていって、全てが飲み込まれていく映像を見ている状況が現実なんだとは思えなくて、ただ東京で呆然と立ち尽くしていた…当時は、そんな感覚でした。
それから日が経つごとに福島の原発事故をはじめ、震災による被害がより視覚化され現実味を帯びていきましたが、当事者の方たちを襲った絶望感には到底及ばないものの、強い不安の中にはいたと感じています。
今の自分が身を置いている「生きている」という現実を、否が応でも意識せざるを得ない出来事に直面したことは、どうしようもなくショックではありました。
物語に対し《都合が良い》人間ではなく
──本作の主人公・心平を演じられるにあたって、奥野さんは山城監督と心平の人物描写について意見交換を重ね、心平という役を見つめ直されたと伺いました。
奥野:竹浪さんは『トテチータ・チキチータ』(2012)のドキュメンタリー制作を通じて福島を撮影する中で垣間見た、そこで生き続ける方々の生活を『心平、』の脚本にも反映されているでしょうし、「福島での撮影」にこだわり県内を徹底的にロケハンされていた山城監督も、福島という土地と深く向き合おうとしていました。
完成した映画で「軽度の知的障害をもっている」「自閉症スペクトラムの傾向がある」という点が心平の個性の一部として映し出されていますが、初期段階の脚本では心平のそうした個性が、物語に対し《都合が良いように》描かれているのではと感じる部分があったように思います。
奥野:心平という人間を見つめ続けた結果として表現されたものというよりも、ある物語を紡ぎ出したいから、心平を利用しているんじゃないかとふと思いました。それをしたいだけなら本作の主人公は、例えば「福島という土地から飛び出したならず者のお兄ちゃん」とかに代替可能のような気がし、心平という人間を描く必要がなくなることへの違和感をまず伝えました。
そして、「ずっと変わることのない心平がもつ純粋さ・無垢さ」という初期段階から脚本に通底している心平の魅力を大切にした上で、専門家の視点も取り入れ一層深く彼のことを見つめていけば、彼の生きている人間としての姿を映画に反映できるんじゃないかと意見しました。
《何でだろう》だらけの日常を生きる人間
──役作りにおいて、奥野さんが常に心がけていることとは一体何でしょうか。
奥野:役を作るっていうのはどうも恣意的な感情が先行しそうなので正直よくわからないのですが。演じる役への理解を深めるということにおいては、自分が日常で普段何気なく感じたり振る舞ったりすることに「それは、一体どういうものなのか」と問い直すことが、近道であり糸口になっている気がします。
人間が感じること・やることは割と《何でだろう》の連続だと思うんですが、なかなかそれらを逐一自覚することはありません。演じる時のある段階においては、それらをなるべく意識化し再考し、そしてまたポカン忘れて、《何でだろう》だらけの日常を生きる必要があるのかなと思ってます。
ただ、日常を生きる人間としての感情・行動を問いてみることはあっても、役に対して「彼はこんなことを感じ、行動する人間なんだ」と決めつけてしまうことは絶対にしたくありません。
人間には意識化しても到底説明し切れない《余白》の中で、衝動的かつ意味もなく生きていたりもします。そう考えるとやっぱり、演技を「作る」という言葉は、自分にとっては少し違うかもしれないですね。
そもそも「演じる」という汎用性のある言葉自体が人によって捉え方が大きく違っていて、「作る」以外にも例えば「なる」と捉えている人もいれば、「表現する」と捉えている人もいる。
自分の「演じる」が一体何なのかは現時点では何とも言えないですが、それでも役に対する決めつけをせず、心も身体も瞬間的に動かせる感覚をもって現場にはいたいと考えています。
《生きていく》という変化の取捨選択の連続
──最後に、完成した本作を初めてご覧になった時のご感想を改めてお聞かせください。
奥野:多くの方が常日頃から何かしらの悩みにぶち当たっている中で、変わっていくことの大切さと、変わらないでいることの大切さは避けられません。
他者との関係性に影響を受けて気づかぬうちに変わっていくこともあれば、その人が意志のもとに変わろうとすることも、現実的な状況に対して変わっていかなくてはいけないこともあります。
ある意味では人生は「何を大切だと感じて変わるのか、変わらないのか」の取捨選択の連続なんだと思いますが、本作は心平が瞬間瞬間に感じたこと、彼の《生きていく》ということの連続を、とても純粋かつ無垢に描いています。
変わること、変わらないことを考え続けるのは大変ですが、それこそが本当に生きていく中では大事なんだと、人間としても俳優としても改めて思わされました。
インタビュー/河合のび
撮影/田中舘裕介
ヘアメイク/HORI(BE NATURAL)
スタイリスト/清水奈緒美
奥野瑛太プロフィール
1986年2月10日生まれ、北海道出身。日本大学芸術学部映画学科に在学中からインディペンデント映画や小劇場で活動。
入江悠監督『SR サイタマノラッパー』(2009)のMC MIGHTY役で印象を残し、シリーズ3作目『SR サイタマノラッパー ロードサイドの逃亡者』(2012)で映画初主演を務めた。
主な映画出演作に『アルキメデスの大戦』(2019/山崎貴監督)『スパイの妻』(2020/黒沢清監督)『すばらしき世界』(2021/西川美和監督)『ラーゲリより愛を込めて』(2022/瀬々敬久監督)や主演作『死体の人』(2023/草苅勲監督)など多数。またドラマではNHK連続テレビ小説『エール』(2020)『最愛』(2021)など。
2024年は『バジーノイズ』(風間太樹監督)『碁盤斬り』(白石和彌監督)『湖の女たち』(大森立嗣監督)が公開。
映画『心平、』の作品情報
【日本公開】
2024年(日本映画)
【監督】
山城達郎
【脚本】
竹浪春花
【プロデューサー】
田尻裕司、坂本礼、いまおかしんじ
【キャスト】
奥野瑛太、芦原優愛、下元史朗、河屋秀俊、小林リュージュ、川瀬陽太、影山祐子、浦野徳之、前迫莉亜、守屋文雄、蜷川みほ、吉田奏佑、成田乃愛、西山真来
【作品概要】
『ダラダラ』(2022)で長編監督デビューを果たした山城達郎監督が、2014年に竹浪春花が書いた脚本を気に入り、長年温めていた企画を映画化。東日本大震災から3年後の2014年・福島で、社会に馴染めない兄と未来を諦めた父、家に縛られる妹の家族3人が踏み出す小さな一歩を描く。
主人公・心平役は、2024年に『バジーノイズ』『湖の女たち』『碁盤斬り』など次々と話題作に出演する演技派俳優・奥野瑛太。「軽度の知的障害者」という役柄を演じる上で、監督と共に専門家へのリサーチを行い、慎重に「心平」という血の通った人物を作り上げていった。
また心平の妹・いちご役を『ダラダラ』にも出演した芦原優愛、父・一平役を『なん・なんだ』(2022)の下元史朗が演じた。
映画『心平、』のあらすじ
福島のある小さな村に住む心平は、幼い頃から通っている天文台で働く妹・いちごと、兼業農家の父・一平を手伝いながら暮らしていたが3年前に起きた原発事故によって農業ができなくなってしまった。
以来、職を転々としてきた心平は、今は無職。父・一平は、そんな心平に軽度の知的障害があることに向き合えないでいる。小遣いをやるだけで、息子の未来のことを諦めている一平は、不本意な自分自身のことも酒でごまかしていた。
妹・いちごは、そんな呑んだくれの父と働かない兄のために家事をする日々に、ウンザリしている。母は、自分を産んですぐに家を出ていったきり、帰ってこなかったという。「私たちは捨てられたのだ」と、いちごは全部を恨んでいる。
そして、近所の住民から「心平が避難中の家々で空き巣をしているらしい」と聞いたいちごと一平は、家を出たまま帰ってこない心平を追いかけて《ある場所》へとたどり着く。
そこで見たものは、思いがけない光景だった──。
編集長:河合のびプロフィール
1995年生まれ、静岡県出身の詩人。
2019年に日本映画大学・理論コースを卒業後、映画情報サイト「Cinemarche」編集部へ加入。主にレビュー記事を執筆する一方で、草彅剛など多数の映画人へのインタビューも手がける(@youzo_kawai)。