欲深ヘッジファンドに大泡を吹かせた庶民投資家の実話をコメディタッチで描く
アカデミー助演女優賞を獲得した『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』(2017)のクレイグ・ギレスピー監督の映画『ダム・マネー ウォール街を狙え!』。
2021年、SNSを通じて団結した個人投資家たちが金融マーケットを席巻し全米を震撼させた“ゲームストップ株騒動”を描いた、『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』のポール・ダノ主演、ピート・デビッドソン、ビンセント・ドノフリオ、アメリカ・フェレーラ、セス・ローゲンらが共演のコメディを、ネタバレ有りで解説致します。
CONTENTS
映画『ダム・マネー ウォール街を狙え!』の作品情報
【日本公開】
2024年(アメリカ映画)
【原題】
Dumb Money
【製作・監督】
クレイグ・ギレスピー
【共同製作】
アーロン・ライダー、テディ・シュワルツマン
【製作総指揮】
マイケル・ハイムラー、ジョン・フリードバーグ、ジョニー・ホランド、ベン・メズリック、ローレン・シューカー・ブラム、アンドリュー・スウェット、レベッカ・アンジェロ、ケビン・ウルリッヒ、キャメロン・ウィンクルボス、タイラー・ウィンクルボス
【原作】
ベン・メズリック著「The Antisocial Network(原題)」
【脚本】
ローレン・シューカー・ブラム、レベッカ・アンジェロ
【撮影】
ニコラス・カラカトサニス
【編集】
カーク・バクスター
【キャスト】
ポール・ダノ、ピート・デビッドソン、ビンセント・ドノフリオ、アメリカ・フェレーラ、セス・ローゲン、アンソニー・ラモス、セバスチャン・スタン、シャイリーン・ウッドリー、デイン・デハーン
【作品概要】
『クルエラ』(2021)、『アイ,トーニャ史上最大のスキャンダル』のクレイグ・ギレスピー監督が、『ソーシャル・ネットワーク』(2011)の原作者ベン・メズリックのノンフィクションを2023年に映画化(日本では2024年2月2日に劇場公開)。
2021年1月、個人投資家キース・ギルが発端となり、SNSを通じて団結した有志たちが金融マーケットを席巻した“ゲームストップ株騒動”を、コメディタッチで描きます。
『フェイブルマンズ』(2023)のポール・ダノがキースを演じ、ビンセント・ドノフリオ、アメリカ・フェレーラ、セス・ローゲン、シャイリーン・ウッドリーらが共演。
映画『ダム・マネー ウォール街を狙え!』のあらすじとネタバレ
2021年1月25日、フロリダ州マイアミ。自宅の豪邸の隣の空き家を取り壊してテニスコートを作ろうとしていた『メルビン・キャピタル・マネジメント』創業者ゲイブ・プロトキン(推定純資産4億ドル)に、大手ヘッジファンド『ポイント72』CEOのスティーヴ・コーエン(推定純資産120億ドル)から連絡が入ります。
スティーヴからゲームソフト小売業『ゲームストップ』の株価を確かめるよう言われ、同社株が100ドルを超えていることを知り顔面蒼白となるゲイブ。すぐさま、同じく大手ヘッジファンド『シタデル』創業者ケネス(ケン)・グリフィン(推定純資産160億ドル)から連絡を受けるも、まともに応対できません。
ネット掲示板レディット内の株式フォーラム「ウォールストリートベッツ(以下、WSB)」を利用していた小口の個人投資家たちが、倒産間近と囁かれていたゲームストップの株を買うよう呼び掛けたことでショートスクイーズが発生、同社株を空売りしていたヘッジファンドに大損害を与えたのです。
騒動の発端は、YouTubeでは“ローリング・キティ(怒れるネコ)”、レディットでは“ディープ・ファッキン・バリュー”という2つのハンドルネームを持つ男キース・ギル(推定純資産9万7427ドル)でした。
時は遡り2020年9月。
普段は保険会社で金融アナリストとして働くキースは、帰宅すると自宅の地下室で赤いハチマキに猫のTシャツ姿になって、WSBのフォロワー向けに株式投資の動画配信をしていました。
ゲームストップ株に愛着を抱いていたキースは、独自の指標分析に基づき、5万3000ドルを同社株に投資して掲示板で公開します。
そんなキースに賛同した、看護師でシングルマザーのジェニー・キャンベル(推定純資産1万5644ドル)、ゲームストップ店舗で働くマルコス・ガルシア(推定純資産136ドル)、同性カップルでテキサス大学生のハーモニー・ウィリアムズ(推定純資産−18万6541ドル)とリリ・パリゾー(推定純資産−14万5182ドル)といった小口投資家たちは、次々とゲームストップ株を買い始めていくのでした。
金融商品取引所に上場する銘柄を識別するために付けられるコードで、ゲームストップ株に割り当てられた「GME」はネットミームとなり、WSB上で「ウォール街を占拠せよ」を掲げる投資家が急増していることが、報道で取り沙汰されるように。
その頃、新興証券会社『ロビンフッド』のCEO、ブラッド・テネフとバイジュ・バット(共に推定純資産10億ドル)がインタビュー取材を受けていました。
同社はコロナ禍以降、手数料無料で1ドルから株取引ができるスマホ証券アプリの提供で急成長しており、2人は「ウォール街を“占拠”するのではなく“民主化”したい」と意気揚々と語ります。
さらにインタビュアーから手数料無料でどう収益を上げているのかと尋ねられ、顧客からの注文はHFT(高速取引)業者に回送され、その業者はコンピュータで素早く自動取引を繰り返してマージンを得て、そのリベートがロビンフッドに支払われるというPFOP(ペイメント・フォー・オーダーフロー)方式を取っていると回答。
付け加えて、その主なHFT業者は債券や株式商品を取扱う世界有数のマーケットメーカー『シタデル・セキュリティーズ』で、「ケンのヘッジファンドと同名だけど別会社」と語ったところで、慌てて話題を変えてしまうのでした。
そして時は21年1月25日に戻り、ゲームストップ株のショートスクイーズが大々的に報道されるや否や、誰よりも驚いたのは1日で最高400万を儲けてしまったキース。瞬く間に有名人となった彼の自宅前に集まったフォロワーたちの声援を浴びるように。
妻のキャロラインと一緒に実家に行ったキースは、両親にゲームストップ株のことを説明し、母親から違法な事はやっていないのかと問われ、即座に否定。弟のケビンや父親に株を売らないことを不思議がられるも、キャロラインが「彼を信じてあげて」と夫をフォローするのでした。
一方で、日に日に損失がかさんでいくゲイブは、妻の命令でスティーヴから数十億の融資を受けることにします。
『ダム・マネー ウォール街を狙え!』の感想と評価
アメリカの株式市場を揺るがした1人の庶民
2021年1月末のアメリカで、倒産間近と囁かれていたゲームソフト小売業『ゲームストップ』の株を小口投資家たちが続々と購入。前年12月末の時点で18.8ドル程度だった株価が、翌年1月末には約350ドルという18倍もの値上がりをしたことで、同社株を空売り(株価下落を予想して保有していない株式を他所から借りて売り、一定期日までに買い戻した差額で利益を得る方式)していた大手ヘッジファンドは大損失を被りました。
この“ゲームストップ株騒動”は日本でもテレビ東京の経済ニュースなどで報じられ、覚えている方もいると思いますが、この旗手となった投資家キース・ギルを主人公に描いたのが、本作『ダム・マネー ウォール街を狙え!』です。
キース本人はドンキーコングとスーパーマリオぐらいしかテレビゲームをプレイしていなかったそうですが、新型家庭用ゲーム機の発売に伴い、新規顧客を獲得して経営を立て直せると考えていたゲームストップ社の動向を見据え、「多くの投資家は深く掘り下げていない」と、2019年6月からトータルで5万3000ドルを同社株に注ぎ込んでいました。
キースの行動について日本の一部週刊誌上では「一種のゲーム感覚で株投資していたのだろう」とするコンサルタントの見解もありましたが、彼は純粋に自らの投資哲学をネット上で公表していたにすぎなかったのです(本人は自身のYouTubeチャンネルを「株投資の教育チャンネル」と語る)。
それにしても、2020年9月から21年1月頃までに起こった出来事を、22年には映画として製作してしまうフットワークの軽さには感服するしかありません。
大魚を制した雑魚投資家たち
この株騒動が起こった背景には、主に2つの事情が考えられます。1つは、2008年のリーマン・ショックです。
大まかに言うと、アメリカの住宅ローン(サブプライム・ローン)市場が崩壊したことで多くの庶民が失業や破産に追い込まれたこの金融危機。しかし中には、これを事前に察知して株価が下がる方に投資する、いわゆる「世紀の空売り(ビッグ・ショート)」を行って巨額の富を得たヘッジファンドの機関投資家(法人の大口投資家)も存在しました。
世紀の空売りの詳細は『マネー・ショート 華麗なる大逆転』(2016)を観ていただくとして、このリーマン・ショックを利用した機関投資家が「人の不幸で儲けるとは何事だ」と非難されたのも事実。ゲイブ・プロトキンにスティーヴ・コーエン、ケン・グリフィンといった、本作に出てくるヘッジファンド側の投資家たちが欲深く描かれているのも、そうした背景があるのでしょう。
ただ彼らをそこまで強欲かつ悪辣な性格にしていないのは、本作の企画が立ち上がったことを知ったケン本人が映画製作を止めさせようと、自分の役にキャスティングされた俳優(ニック・オファーマン)に脅しをかけたといういざこざを受けてのことと思われますが…。
そしてもう1つの事情は新型コロナウィルス。騒動の発端となった2020年はコロナパンデミックが猛威を振るっていたため、多くの庶民が不安、疲弊を抱えていた時期でした。
そんな、収入が激減したり、失業して困窮したりしている現状に光明を見出そうとスマホ片手に株投資していた“雑魚”投資家たちの前に現れたのが、空売りされていたゲームストップ株の価値の見直しを訴え続けるキースだったのです。
雑魚投資家たちの中には、それこそ「ゲーム感覚で」株投資をしていた人もいたでしょうが、コロナ禍などお構いなく空売りで儲けることができるヘッジファンドの“大魚”投資家たちに、一泡どころか大泡を吹かせようとしたわけです。
注目したいのは、主要登場人物の個人投資家たちが直接顔を合わせるシーンが皆無な点。ネット掲示板の株式フォーラム上で、実名も素性も互いに知らぬ雑魚たちが束になって大魚に立ち向かう図式は実にユニークです。
終盤、オンラインでの聴聞会に臨んだキースは、誰もが株式投資でチャンスを掴めることへの感謝と、投資は健全なものであるべきという願望を述べます。
豊富な資産を持つ機関投資家に株を空売りされてしまうと、いくら小口投資家が買っても下がってしまうという、歴然とした力関係が存在する株式市場の構造の問題を突くと同時に、民主主義アメリカの今も映しているのです。
米下院金融委員会の聴聞会に応じるキース・ギル(本人)
まとめ
今年1月からスタートした新たな少額投資非課税制度(新NISA)もあってか、株式投資がより身近になった昨今。かといって、本作『ダム・マネー ウォール街を狙え!』が投資初心者の参考にはならないと断言しておきます。
株価の1日の動きについて値幅制限(ストップ)がある日本の株式市場では、ゲームストップ株騒動のようなケースはまず起きにくいですし、そもそも一つの銘柄に全財産を注ぎ込むキースのやり方はあまりにもリスクが高いので、初心者はまず分散投資で始めるのがベターでしょう。
ただ、生活が苦しい弱者たちが夢を抱いて団結し、欲深き強者に“ダム・マネー(愚かな資金)”を使って勝利したという痛快さを楽しめますし、キース本人とソックリゆえのキャスティングとは思いますが、ポール・ダノの人の良さあふれる演技も見もの。
「株のことはよく分からないから…」と、観るのを避けるのは惜しい一本です。