かつての子役スター“ベイビー・ジェーン”を狂気に陥らせたのは一体何だったのか?
ベティ・デイヴィスとジョーン・クロフォードの怪演に思わず息を呑む傑作『何がジェーンに起ったか?』をご紹介します。
映画『何がジェーンに起ったか?』の作品情報
【公開】
1962年(アメリカ映画)
【原題】
What Ever Happened to Baby Jane?
【監督】
ロバート・アルドリッチ
【キャスト】
ベティ・デイヴィス、ジョーン・クロフォード、ヴィクター・ブオノ、メイディー・ノーマン、アンナ・リー、マージョリー・ベネット
【作品概要】
ヘンリー・ファレルの小説に基づきルーカス・ヘラーが脚色を加え、ロバート・アルドリッチが見事に演出。キャストにベティ・デイヴィスとジョーン・クロフォードの2大女優を迎えた戦慄のサイコ・サスペンス。
第35回アカデミー賞(1963年)白黒部門衣装デザイン賞(ノーマ・コック)受賞作品。
他、主演女優賞(ベティ・デイヴィス)、助演男優賞(ヴィクター・ブオノ)、白黒部門撮影賞(アーネスト・ホーラー)、音響賞(ジョゼフ・D・ケリー)ノミネート。第20回ゴールデングローブ賞(1963年)ドラマ部門最優秀主演女優賞(ベティ・デイヴィス)、最優秀助演男優賞(ヴィクター・ブオノ)ノミネート作品。
映画『何がジェーンに起ったか?』のあらすじとネタバレ
1917年、子役スター“ベイビー・ジェーン”の人気は絶頂を極めていました。父親もそんな彼女を甘やかすばかり。一方地味だった姉のブランチは、妹のそんな姿をうらやましく思っていました。
1935年、映画界の道へと進んだジェーンとブランチ姉妹。しかしその人気ぶりは子役時代とは逆転し、いまやブランチの方が押しも押されぬ大スターとなっていたのです。一方のジェーンは、端役ばかりをこなす日々でした。
そんな時期に彼女たちに悲劇が降りかかります。映画関係者の話によると、泥酔したジェーンの乗った車が誤ってブランチを轢いてしまったのだそう。幸い命は取り留めたものの、半身不随となり一生車椅子での生活を強いられることとなってしまったブランチ。事故なのか故意によるものなのか、真相は藪の中でした。
それから長い年月を経たある日、ジェーンとブランチは同居生活を送っていました。泥酔状態だったためにあの事故の記憶がなかったジェーンは、ブランチに対して負い目を感じていたのか、嫌々ながらも彼女の世話しながら生活していたのです。
しかし、最近酒に溺れるようになったジェーンは精神的に異常をきたし始め、ブランチに辛く当たることが多くなっていました。そんな状況を憂いながらも、自分一人では生きられないブランチは2階の自室に籠り、今後のことについてを思いを馳せるばかりでした。
そんな折、隣に住むベイツ夫人が姉妹の邸宅を訪ねてきます。前日にテレビで放映していたブランチ主演の映画を観て感動したというのです。
勝手口で応対したジェーンはあからさまに嫌な顔をして、彼女は誰にも会わないとだけ告げ、ぴしゃりと扉を閉めます。あまりにつっけんどんな態度にあっけにとられるベイツ夫人。
「誰かいらしたの?」とブランチが尋ねましたが、ジェーンは隣の女が来たとだけしか言いませんでした。
その後、通いのメイドであるエルヴァイラがやってきます。ブランチにとっては、いつも味方でいてくれる彼女の存在だけが唯一の心の拠り所でした。
エルヴァイラはジェーンを医者に見せるなり何とかしないといけないと常々ブランチに忠告してきましたが、なかなか踏み切れないブランチ。この家を売りに出して、ジェーンは施設に入れるという考えをエルヴァイラと秘密裏に推し進めていたのです。いつか彼女に伝えなくてはならないのですが、なかなか切り出せずにいました。
するとジェーンが2階に上がってきて、ブランチが大事に育てていた鳥が逃げてしまったと勝ち誇ったように告げ、嫌味ったらしく謝って下へと降りていきました。
絶対わざとやったに決まってるとエルヴァイラ。ブランチは妹の異常さを理解してはいたものの、なかなか彼女をそこまで非難出来ずにいたのです。
その後エルヴァイラが仕事を終えて出て行くと、ジェーンが昼食を持って上がってきました。いい機会だと彼女に家の売却についての話を持ち掛けます。ブランチが財政的な問題が理由だと伝えるも、ジェーンは信じません。常にブランチを監視していた彼女はすでに知っていたのです。自分を追い出そうとしていることを。
ジェーンはブランチが外部と連絡出来ないようするため、電話を取り外し、不敵な笑みを浮かべて階下へと降りていきました。
途方に暮れるブランチ。仕方なくジェーンが持ってきた昼食を食べようと、覆いを外すと、なんとそこには大切にしていたペットの鳥の死骸が乗せられていたのです!思わず叫び声を上げ、震えるブランチ。もう限界だと感じていました。
ブランチはジェーンが外出したのを見計らい、かかりつけの医師に連絡しようと何とか階下にある電話の所まで辿り着けないかと試みますが、全く動かない両足を抱えていてはとても無理だと思い、諦めて自室に戻りました。
一方のジェーンは求人広告を出してもらおうと新聞社へ向かっていました。いまだに“ベイビー・ジェーン”時代の栄光を引きずっていた彼女は、再び表舞台に立ちたいという強い思いを抱いており、そのレッスンのためにピアノの伴奏者を募集しようとしていたのです。
自室へと戻ったブランチでしたが、ジェーンが戻ってきたらと思うと居ても立っても居られない様子でした。ふと外を眺めると、隣のベイツ夫人が庭いじりをしていることに気付きます。彼女は助けて欲しいといった旨のメモを丸めて外に放り投げました。
しかし、不幸にもベイツ夫人が気付くことはありませんでした。折しもジェーンの帰宅と重なってしまったのです。夫人と二言三言交わすジェーン。ふと丸まった紙が落ちているのに気づき、何となくそれを拾い上げて中を確認したジェーン。
その日の夜、ジェーンが夕食を持って上がって来ると、再び揉める2人。こんな身体になったのは誰のせいなのとブランチが切り出すと、一気に黙り込むジェーン。彼女は前々からこの話題を避けていました。
言い争いが続いた後、去り際にブランチが投げたメモを取り出してほくそ笑むジェーン。ゾッとするブランチ。彼女が出て行った後もしばらく放心状態が続きました。
空腹は感じていたものの、鳥の一件があったために夕食の蓋を開けられず、そのまま床についたブランチ。
翌日、ジェーンが出した求人広告が新聞に掲載されていました。売れないピアニストのエドウィンはこの求人を見て応募することにします。電話を受けたジェーンは、ぜひぜひと猫撫で声で受け答えし、その日の夜に家に来るようにと約束しました。
一方、結局夕食には手を付けなかったブランチ。そんな人には朝食なんて必要ないとジェーンが置きっ放しだった夕食の蓋を開け、むしゃむしゃと肉に喰らいつきます。恐怖で開けられなかった夕食でしたが実は何の細工も施していなかったのです。ブランチの行動を見透かしているようでした。
その後エルヴァイラがやってきますが、今日は必要ないとその日の手当だけ彼女に渡し、出て行かせます。納得がいかないながらも帰宅するエルヴァイラ。
その後、再びジェーンが2階へ上がってきました。食事を持ってきたようです。最近ねずみがよく出るといった意味深なことを何故か口にして去っていったジェーン。その言葉に恐怖を感じながらも、あまりの空腹に我慢が出来なくなっていたブランチが蓋を開けると、そこにはネズミの死骸が横たわっていました。
恐怖に嗚咽を漏らすブランチ。それを聞いて高笑いをあげるジェーン。
映画『何がジェーンに起ったか?』の感想と評価
ロバート・アルドリッチという監督はオープニング・クレジットに最も力を入れているのではと勘繰りたくなるほど、どの作品も最高に素晴らしいものを観客へと提供してくれます。
『何がジェーンに起ったか?』にも勿論それが当てはまるのですが、この作品が他と違うのはそれ自体が作品全体における重要な鍵となっているという点でしょう。
子役時代-女優時代をさっと短時間で通り過ぎた所で、さあオープニング・クレジットの始まりです。ここで描かれているは、問題のあの事故の場面。
門に衝突する車。倒れている女性。しかし一切その顔は見えません。スタイリッシュな映像と見事に調和する音楽とで構成されたこの場面ですが、ここにアルドリッチはあるものを仕掛けていたのです。先入観という罠を。
観客は映画関係者の噂という形で事故についての情報を得られます。その本人談ではない(正しいのか定かでない)情報とオープニングの映像とを勝手に結び付けてしまうことにより、最後の最後まで誤った印象のままジェーンを見続けてしまうという事態に自然と陥っていくのです。
このアルドリッチの仕掛けた罠のすさまじい殺傷能力は、最後のブランチの告白の衝撃が何十倍にもなって観客を貫いたことで証明されています。
そうして事故の真相が明らかになることで、戦慄のサイコ・サスペンスという仮面の下に隠れていた別の顔が現れてくるのです。それは、あまりにも悲しく切ない物語でした。
ジェーンの人生を狂わせてしまったという罪悪感から彼女を責めることが出来ず、最悪の事態を迎えるまで耐え続けていたブランチ。
一方、ブランチの人生を台無しにしてしまったという罪悪感から彼女の世話をし続け、知りたくもなかった真相から逃避したジェーン。
互いが互いを罪悪感という鎖で括りつけ合い、動くことが出来なくなってしまった2人。憎み合いながらも、互いを支え合い、依存し合ってきた2人。
そう、これは恐怖や狂気を描いた物語ではないのです。誰かを羨むことや妬むことといった、どんな人の心の中にもあるほんの小さな感情の糸が複雑に絡み合い、ほどけなくなってしまった姉妹の悲劇の物語なのです。
また、その姉妹を演じたベティ・デイヴィス(ジェーン役)とジョーン・クロフォード(ブランチ役)の鬼気迫る演技には、思わず鳥肌が立つほどぞくぞくさせられます。
特にベティ・デイヴィスは当時まだ50代前半だったにも関わらず、それよりももっとずっと老けた印象の醜悪なメイクを敢えて施し、ガラガラにしわがれた声で歌った“パパに手紙を”はグロテスクともいえる異常性をこれでもかと観客に見せつけました。
アカデミー賞で衣装デザイン賞を獲得したノーマ・コックの優れた感覚もさることながら、『イヴの総て』(1950)で女優としての地位を確立したにも関わらず、ますます大きくなっていった彼女のあくなき探求心がここに表れているのです。
まとめ
この作品の姉妹版ともいえる『ふるえて眠れ』(1964)でロバート・アルドリッチが再び両者を起用しようとした時、ベティ・デイヴィスがジョーン・クロフォードを降板させたという話はあまりにも有名です。(結局クロフォードではなくオリヴィア・デ・ハヴィランドが起用された)
単純に映画としての素晴らしさだけでなく、劇中でバチバチとやり合っていた二人が実際に確執を抱えていたとことも考慮に入れると、この作品がいかに貴重で重要なものであるかがお分かり頂けるかと思います。
さらには、ジョーン・クロフォードの義理の娘クリスティーナの告白本『親愛なるマミー ― ジョーン・クロフォードの虚像と実像 ― 』(1978)で暴露された彼女の虐待疑惑(真偽の程は定かではないが…)も頭に入れておくと、この作品にまた異なる(興味深い)側面を与えてくれるはずです。
最後に補足として少しだけ。ベティ・デイヴィスとジョーン・クロフォードの確執といったこの作品の舞台裏を描いた『Feud(原題)』というTVドラマが、アメリカで2017年3月から放送が予定されているのだそう。
ベティ役をスーザン・サランドン、ジョーン役をジェシカ・ラング、他にもアルフレッド・モリーナやキャサリン・ゼタ・ジョーンズなどの豪華キャストを迎えたこのドラマの日本上陸がいつになるのかはまだ決まっていないようですが、半世紀以上の時を経てもいまだに注目を集める『何がジェーンに起ったか?』という作品の偉大さを改めて痛感するばかりです。