映画『シェアの法則』は2023年10月14日(土)より新宿K’s cinema、10月21日(土)より横浜シネマ・ジャック&ベティ他で全国順次公開!
シェアハウスを経営する老夫婦と様々な事情を持つ住人たちとの心の交流を描いた舞台作品を映画化した『シェアの法則』。
「踊る大捜査線」シリーズなど数多くの舞台・テレビ・映画作品で名脇役として活躍し続ける俳優・小野武彦の、俳優業57年目にして初の映画主演作となった作品です。
今回の劇場公開を記念し、本作でシェアハウスの住人の一人・高柳美穂役を演じられた貫地谷しほりさんにインタビューを行いました。
「自分自身で“正解”を決めない」という演技に対する考え方、俳優というお仕事と“生活”に向き合う中で気づいたご自身にとって大切なものなど、貴重なお話を伺えました。
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人生には色んな形の“変化”がある
──本作ではシェアハウスの住人の一人である高柳美穂を演じられましたが、貫地谷さんは彼女をどのような人間と捉えていたのでしょうか。
貫地谷しほり(以下、貫地谷):自分の大切なもののためなら、どんなことでも一生懸命になれる強さは素敵だと思う反面、本当は誰かに頼りたかったんだと思います。
それがシェアハウスを機に色々な変化が起こったことで、ようやく頼ることができたといいますか、少しずつ心の殻が解れていったんです。
私自身も20代の頃は、精神的な壁にぶつかっても壁を長くは見ずに、壁のない違う方向へと進むことでとにかくガムシャラに仕事を続けていました。ですが30代に入った時、どうしても避けられず向き合わなければいけない問題が目の前に現れました。
今となってはどんな問題だったかも忘れたのですが、当時の私は心を抉られ、とても疲れてしまったのは覚えています。それでも、あの時に起きた“変化”を経験したからこそ、最終的に自分が感じたことのなかった優しさに気づけたんです。
変化は少しずつ緩やかに訪れるものもありますが、本作での美穂のように、いきなりやって来て何もかもを変えてしまうほどに大きなものもあります。ただ私自身もそうした形の変化を経験したことがあったので、「そういうことも、人生にあるよな」と美穂に訪れた変化を受け取ることができました。
自身の演技に“正解”を出さない
──貫地谷さんが演技において常に心がけていることは何でしょうか。
貫地谷:誰かを演じる際には、基本的に“共感”のポイントを探すことはあまり考えないようにしています。共感は演じている自分自身が意識していなくても知らず知らずのうちに生まれるものだと思いますし、共感が持てるものを役に求め過ぎると、演技に対して自分が“ジャッジ”をしてしまうことになるんです。
演技における“正解”は、とても脆いものです。撮影当時の時代や環境によって一度は“正解”と判断されても、数年後には変わっているかもしれない。そして自分が共感を持てるものを探すのは、結局は勝手に演技の“正解”を決めてしまうことでしかなくて、それをしても“人間”は演じられないんです。
そもそも人間は、矛盾をずっと抱えながらも、時には自分でも理解できない行動をしてしまう生き物だと考えています。ただ、そうした価値観はここ数年で身に付いたもので、昔は脚本を読んだ際に「この役はこんな行動をしないのでは」と一瞬でも感じた時には、監督に相談することもありました。
ただ今は、少し違和感を持っても実際に演じてみることでその行動に納得できたり、それが役の振り幅にも変わるという良い側面を知ったので、演技に対して自分自身で白黒を決めることはしないように意識しています。
またSNSを見ていても、演じている私自身でも気づかなかったほどに作品や演技を深く考察してくださっている方がいるんです。「観てくださる方がいて初めて作品は完成する」と身を以て実感することが多々あったからこそ、自分の中で演技を自己完結させたくないんです。
作品制作における“目線”を促す役目へ
──作品制作の現場も「無関係だった人々が共通の目的のために集い、お互いを尊重しながら同じ時間・場所を共有する」という点ではシェアハウスと通ずるものがあります。貫地谷さんにとって、作品制作の現場は一体どんな場所・時間なのでしょうか。
貫地谷:現場は作品に向かってみんなが一緒に歩けている時はいいんですが、「自分はこう見えたい」「自分はこんな成果を上げたい」と少しでも目線がずれたり、他者の尊重を見落としてしまうと、途端にバラバラになってしまいます。
俳優のお仕事を始めたばかりの頃は、どうしても「この演技をやってみたい」と自分自身へ目線を向けてしまうことがあり、そういう時には監督や共演者の方など周りの大人たちが目を向けるべきものを教えてくれていました。
ただ年々、自分も周りがようやく見えるようになってきた中で、作品制作に対してどう向き合えばいいのか、その現場で自分はどう立ち振る舞うべきなのかを以前よりも考えられるようになりました。本当に少しずつではありますが、今では私が、かつての大人たちの役目を担えるようになってきたのかもしれません。
ただ、宮崎美子さんが演じられたシェアハウスの管理人の喜代子さんのように、みんなの立場を気遣った上で目線の方向を促してあげるのは、本当に難しいことでもあります。
それでも喜代子さんがシェアハウスを運営できていたのは、彼女が「みんながそれぞれに幸せを得る」という大きな夢と、それゆえの寛容さを持っていたからだと思います。私自身も、喜代子さんのような“夢”を持ち続ける心を常に忘れたくないと感じています。
“生活”とともにある自分として立ち、表現する
──現在の貫地谷さんの“夢”は何でしょうか。
貫地谷:俳優というお仕事も含めて、今はとにかく“生活”が充実することが一番大切だと思っています。
20代の頃はとにかく仕事に明け暮れていたのですが、ある日の撮影中に「ああ、出すものが本当にもうない」という感情で心が止まってしまった。その時にインプットの大事さを痛感しましたし、ただ仕事だけを続けても自分の価値はなくなってしまうのではと焦りました。
生きているだけでも、その人に価値はあるんです。当時の私はそのことに気づけていなかったのですが、自分の“ありのまま”を面白いと言ってくれる夫との出会いもあって、今では本当に心が楽になりました。だからこそ、自分の幸せについて考えた時に一番に行き着くのは、やっぱり家族との“生活”なんです。
そして俳優としては、何も飾らなくても“ありのまま”の自分として、“生活”とともにある自分として現場に立ち、表現をできるような人間でありたいと感じています。
インタビュー/河合のび
撮影/田中舘裕介
貫地谷しほりプロフィール
1985年生まれ、東京都出身。2002年『修羅の群れ』で映画デビュー。
映画『スウィングガールズ』(2004)で注目を集め、NHK連続テレビ小説『ちりとてちん』(2007)で初主演を務めエランドール賞・新人賞を受賞。また主演映画『くちづけ』(2013)では第56回ブルーリボン賞・主演女優賞を受賞した。
近年、ドラマでは『テセウスの船』(2020/TBS)『顔だけ先生』(2021/フジテレビ系)『大奥』(2023/NHK)、映画では『夕陽のあと』(2019)『総理の夫』(2021)『サバカン SABAKAN』(2022)主演映画『オレンジ・ランプ』(2023)などにも出演。
俳優としての活動に留まらず、NHK『アストリッドとラファエル文書係の事件録』の主人公アストリッドの吹替を担当し第17回声優アワードで外国映画・ドラマ賞を受賞するなど、声優・ナレーターなど様々な分野で幅広く活躍している。
映画『シェアの法則』の作品情報
【公開】
2023年(日本映画)
【監督】
久万真路
【脚本】
岩瀬顕子
【キャスト】
小野武彦、貫地谷しほり、浅香航大、鷲尾真知子、宮崎美子、岩瀬顕子、大塚ヒロタ、小山萌子、上原奈美、内浦純一、山口森広、岩本晟夢、久保酎吉
【作品概要】
シェアハウスを経営する老夫婦と様々な事情を持つ住人たちとの心の交流を描いた舞台『シェアの法則』(作:岩瀬顕子/上演:劇団青年座)を映画化。舞台版に引き続き岩瀬が脚本を担当し、『うちの執事が言うことには』の久万真路が監督を務めた。
主人公・春山秀夫役を演じたのは、「踊る大捜査線」シリーズをはじめ数多くの作品で名脇役として活躍し、本作が俳優業57年目にして初の映画主演作となった小野武彦。
共演には実力派俳優の貫地谷しほり、人気上昇中の浅香航大、名脇役として知られる鷲尾真知子など。さらに、小野とは俳優デビュー作のドラマで共演して以降、40年来の仲である宮崎美子が出演を果たした。
映画『シェアの法則』のあらすじ
東京の一軒家で暮らす春山夫妻。自宅を改装して始めたシェアハウスには、年齢も職業も国籍もバラバラの個性的な面々がおり、彼らは互いに協力し合い、時には衝突しながらも、共同生活を営んでいる。
管理人である妻の喜代子は食事会を開いたり相談に乗るなど、住人たちの母親のような存在だったが、ふとした事故をきっかけに入院することとなった。そこで、しばらくの間、夫の秀夫が妻の代わりを務めることになる。
社交的な喜代子とは対照的に、人づきあいが嫌いで誰とも打ち解けようとしない秀夫は、住民からも疎まれ、息子の隆志に対しても厳しく接している。そんな中、キャバクラで働いている美穂が勤務先でトラブルを起こし呼び出されることになった。
これは、自分の価値観でのみ物事を見てきた男が、様々な境遇の人たちと関わる事によって、少しずつ相手を《思いやる》ことを学んでいく物語。
編集長:河合のびプロフィール
1995年生まれ、静岡県出身の詩人。
2019年に日本映画大学・理論コースを卒業後、映画情報サイト「Cinemarche」編集部へ加入。主にレビュー記事を執筆する一方で、草彅剛など多数の映画人へのインタビューも手がける(@youzo_kawai)。