2024年3月15日(金)より、映画『キック・ミー 怒りのカンザス』ヒューマントラストシネマ渋谷にて東京初公開!
その後、3月19日(火)に1日1回上映で大阪シネ・リーブル梅田にて公開!
また、カナザワ映画祭2024の松本巡回上映「Outside of Kanazawa」にて、2024年3月30日(土)19:00~には、ゲイリー・ハギンズ監督アフタートーク登壇、3月31日(日)13:30~でも上映!
映画『キック・ミー 怒りのカンザス』は、主人公のスクールカウンセラーのオジサンが、思いやりや優しさ善意を周囲に振りまくほど他人にトラブルや惨劇を巻き起こしていく悪夢のバイオレンス・コメディ。アメリカ・カンザス州カンザスシティ出身であり、普段は図書館司書として働くゲイリー・ハギンズ監督が、10年以上の歳月をかけて完成させた渾身の長編デビュー作です。
今回、カナザワ映画祭「Choice of Kanazawa」と東京本公開を記念して、ゲイリー・ハギンズ監督にインタビュー。
本作の“奇妙”な制作経緯をはじめ、現役の麻薬捜査官でもある主演のサンティアゴ・バスケスさんとの出会い、ハギンズ監督にとっての映画制作における“真の喜び”など、貴重なお話を伺えました。
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CONTENTS
始まりは“架空の映画のポスター”
『キック・ミー』制作のきっかけとなった、ポスターのイメージ案
──本作はどのような経緯で着想されたのでしょうか。
ゲイリー・ハギンズ監督(以下、ハギンズ):本作を作ろうと思ったきっかけは、頭に浮かんだ「架空の映画のポスター」のイメージでした。そしてイメージを実際にスケッチしてみたら、架空であるはずのその映画をどうしても観たくなったのです。
ストーリーに関しては「自身初の短編映画『First Date(原題)』に出演してくれた、サンティアゴ・バスケスの俳優としての才能を紹介する作品を作りたい」という想いと「カンザス州カンザスシティ(以下、KCK)という都市の奇妙さを描いた作品を作りたい」という想いによって、すぐに思い浮かびました。
また本作の脚本をともに手がけたベッツィー・グランは、サンティアゴと同じくKCKにおけるクレイジーなエピソードを数多く持っていたので、脚本の執筆時には85分という尺の中にできる限りそれらを盛り込もうとしました。
ハギンズ:例えば映画の冒頭から登場する3本足の犬のパックは、サンティアゴが警察官だった頃、夜に3本足の犬が徘徊する姿をたびたび目にしたという出来事が基になっています。
また、作中に登場する「ジェンケム」も同様です。ある日ベッツィがKCKでジョギングをしていた時、彼女は木にぶら下がっている妙に膨らんだビニール袋を見かけた。気になった彼女はそこで暮らしていた移民に英語を教えたところ、彼らはビニール袋の正体がジェンケムであり、その袋の中には何が入っているのかを説明してくれたそうです。
映画の主人公が作中で初めてKCKを訪れた際に目の当たりにした、芝刈り機に引っ張られる車椅子の男性、逮捕されるトップレスの女性などの光景も、ベッツィの目撃談を基にしています。またサンティアゴ以外の他のキャストも、プロの俳優ではない、KCKで毎日出会うような本物の変人たちを起用しています。
カンザス州カンザスシティという“奇妙”な都市
──ハギンズ監督にとって、KCKとはどんな都市なのでしょうか。
ハギンズ:KCKは奇妙な歴史を持つ都市であり、川を挟んだ向こうには“双子の都市”といえるミズーリ州カンザスシティ(以下、KCMO)が存在します。
二つの都市は双子の兄弟やライバルのような関係にあり、長年にわたって同じようなペースで発展を続けていましたが、汚職やネグレクトといった社会問題、人生を窮屈なものにさせた高速道路システムなど、1960年代に生まれ始めた都市にとっての様々な苦悩は、川向こうのKCMOが繁栄する一方でKCKの発展を後退させていきました。
しかしKCKの発展の後退は、逆にメキシコ・クロアチア・カンボジアなどからの移民がアメリカへ渡る機会を作り出しました。そして復活したKCKでは、白人が少なく、より活気に満ちた文化圏が新たに生まれました。
この文化同士の衝突、貧困と豊かさの衝突こそがKCKという都市の「奇妙さ」の所以であり、『キック・ミー』の主人公は自身の破滅へと至るまで、それを目の当たりにするのです。
サンティアゴ・バスケスという“新たな《ミフネ》”
──本作の主演であるサンティアゴ・バスケスさんは、作中では同姓同名の主人公を演じています。ハギンズ監督の初の短編映画にも出演したサンティアゴさんですが、監督は彼とどのようにして出会ったのでしょうか。
ハギンズ:彼が麻薬捜査官として潜入捜査をしていた時に、私はサンティアゴと出会いました。
当時の私は、黒澤明の『姿三四郎』(1943)のソフトを探すべく公共図書館で働いていたのですが、そこへサンティアゴがやって来た。潜入捜査のために「麻薬の売人」に扮していた彼はチンピラのような見た目でしたが、そんな彼と私のようなシネフィルが交流することに、お互いが奇妙な魅力を感じたのです。
やがて彼の方から自身が実は警察官であることを明かしてくれ、私たちは友達になった。今考えてみても、信じられないことです。
カンザスシティ国際映画祭2023で最優秀俳優賞を受賞したサンティアゴさん(写真左)とハギンズ監督(写真右)
ハギンズ:サンティアゴとの出会いは私にとって、同じカリスマ性と危険な香りを放つ新たな《ミフネ》との出会いのようなものでした。彼の持つスターとしての力は明白だったため、最終的に私の監督する映画へと出演するよう誘いました。
そしてサンティアゴの俳優としての驚異的な実力を示すためにも、「短編映画」ではなく「長編映画」という、よりスケールの大きな作品で彼と仕事をしたいと考えたのです。
またサンティアゴの演技が最もパワフルになるのは、彼の中で怒りや不満、ヒステリーが頂点に達している時だと理解していました。だからこそ『キック・ミー』では、サンティアゴの演技を狂気のレベルへと到達させるためにも、あえて各場面での芝居のシチュエーションを通じて、何度も屈辱的ともいえる演技をしてもらいました。
一人の心の産物が“変異”していく喜び
──ハギンズ監督が映画制作を始められたきっかけとは何でしょうか。
ハギンズ:DVX10という手頃な価格で手に入る撮影機材と、サンティアゴ・バスケスという強力な俳優との出会いは、38歳だった私にようやく映画制作を始めさせてくれた重要なきっかけとなりました。
当時の私は何作かの脚本を執筆していましたが、資金もなくハリウッド出身でもなかったため、サンティアゴとともにDVX10で『First Date(原題)』を制作するまで、映画制作の可能性は非常に限られているだろうと考えてしまっていたのです。
私が子どもの頃にiPhoneや24pカメラが存在していて、「ビデオ」ではなく「映画」を制作できる環境があったとしたら、もしかすると6歳で映画制作を始めていたかもしれません。
カンザスシティ国際映画祭2023より
──38歳から映画制作活動を本格的に開始し、『キック・ミー』は10年以上の歳月をかけて完成された2023年現在、ハギンズ監督にとっての映画制作の醍醐味とは何でしょうか。
ハギンズ:私がこれまでの活動の中で見つけられた映画制作の真の喜びとは、サンティアゴのような創造的な個性や、私一人では決して開発できない企画やアイディアを生み出せる他者といったそれぞれの才能たちと力を合わせ、一つの作品へと形作れるということです。
他者の力もなしに、「私」という一人の心の産物だけで映画を制作した場合、どれだけ脚本が優れていたとしても平凡な作品でしか完成しません。
多くの協力者たちの才能や能力によって、一人の心の産物が変異し、“創造物”へと姿を変えていく光景は、まさに“魔法”のようだと感じるのです。
インタビュー/河合のび
英語通訳/滝澤令央
ゲイリー・ハギンズ監督プロフィール
アメリカ・カンザス州カンザスシティ出身。フィルムメーカーマガジンによって「インディペンデント映画の新しい顔」に選ばれた映画監督。
過去に監督した短編映画でサンダンス、SXSW、クレルモンフェラン、世界中の数十のフェスティバルで上映経験を持つ。
普段は図書館の司書として勤務しながら、10年以上の歳月をかけて長編デビュー作である『キック・ミー 怒りのカンザス』を完成させた。
映画『キック・ミー 怒りのカンザス』の作品情報
【上映】
2023年(アメリカ映画)
【原題】
Kick Me
【監督・脚本・編集・製作】
ゲイリー・ハギンズ
【脚本・アートデザイン】
ベッツィ・グラン
【製作】
レオーネ・リーヴス
【撮影】
マイケル・ウィルソン
【音楽】
ティルマン・シージ
【キャスト】
サンティアゴ・バスケス、ラモーン・アームストロング、マシュー・スタサス、エリック・ローガン、パッティ・マイヤーズ、エリサ・ジェームズ、ジョシュ・フェイデム、ウォルター・コッペイジ、ジェレマイア・ロッツォ、ベッツィ・グラン
【作品概要】
主人公のスクールカウンセラーのオジサンが、思いやりや優しさ善意を周囲に振りまくほど他人にトラブルや惨劇を巻き起こしていく悪夢のバイオレンス・コメディ。
監督は、アメリカ・カンザス州カンザスシティ出身であり、普段は図書館司書として働くゲイリー・ハギンズ。10年以上の歳月をかけて長編デビュー作となった本作を完成させた。
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映画『キック・ミー 怒りのカンザス』のあらすじ
サンティアゴ・バスケスは、ミズーリ州カンザスシティ(KCMO)の聖シリル高校に勤務するスクールカウンセラー。生徒たちには「Kick Me」の貼り紙を背中に貼られるなどバカにされていたが、学生への思いは誰よりもアツい教育者だった。
しかし、学校一の問題児であるルーサーの退学処分免除のため、彼の実家がある“カンザス州のカンザスシティ(KCK)”へと向かうことに。
ルーサーの両親には会えたものの、肝心の彼は不在。仕方なくルーサーが通っている空手道場へと向かうと、そこでギャングとのトラブルに巻き込まれてしまい、バスケスの悪夢のような逃走劇が幕を開ける……。
果たして彼は、教え子であるルーサーを救い出せるのか?
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編集長:河合のびプロフィール
1995年生まれ、静岡県出身の詩人。
2019年に日本映画大学・理論コースを卒業後、映画情報サイト「Cinemarche」編集部へ加入。主にレビュー記事を執筆する一方で、草彅剛など多数の映画人へのインタビューも手がける(@youzo_kawai)。