SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2023国際コンペティション部門 マキタカズオミ監督作品『ヒエロファニー』
2004年に埼玉県川口市で誕生した「SKIPシティ国際Dシネマ映画祭」は、映画産業の変革の中で新たに生み出されたビジネスチャンスを掴んでいく若い才能の発掘と育成を目指した映画祭です。
第20回目を迎えた2023年度はコロナ禍収束傾向の状況もあってか例年通りの賑わいを取り戻し、オンライン配信も並行して行われる中、7月26日(水)に無事その幕を閉じました。
今回ご紹介するのは、国内コンペティション部門にノミネートされた マキタカズオミ監督作品『ヒエロファニー』です。
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映画『ヒエロファニー』の作品情報
【公開】
2023年(日本映画)
【英題】
Hierophanie
【監督】
マキタカズオミ
【出演】
伊勢佳世、古屋隆太、鄭亜美、工藤孝生、波多野伶奈、橋本拓也、朝香賢徹
【作品概要】
娘を失い心に傷を負う臨床心理士の女性と、神の存在に無意識に疑問を投げかける神父、そして心より神に心酔する女性らが出会うことで巻き起こる奇妙な出来事を負った心理系ホラー。
作品を手掛けたのは、マキタカズオミ監督。SKIPシティ国際映画祭では2013年に『アイノユクエ』、2015年に『これからのこと』、そして2019年に『産むということ』と3回短編がノミネートされており、本作は長編デビュー作品となります。
臨床心理士の主人公・詩織役を、舞台女優として活躍する伊勢佳世が担当。彼女は俳優座に入団後、前川知大主催・イキウメの全作品に参加しています。
また神父・長谷川役を『かそけきサンカヨウ』などの古屋隆太が担当、同じく名を連ねている鄭亜美とともに古屋も青年団に所属しており、豊富な舞台経験を持つ個性的な出演陣が、その実績を生かした印象的な演技を披露しています。
マキタカズオミ監督のプロフィール
演劇ユニット「elePHANTMoon」主宰、脚本家として、『成れの果て』(2021)、『日曜日とマーメイド』(2022)などを執筆してきた。
また、ディレクターとして、「ほんとにあった!呪いのビデオ」や心霊番組の演出を担当。
映画『ヒエロファニー』のあらすじ
精神科の病院にて臨床心理士として勤務していた詩織でしたが、ある日家に帰ると、娘が首吊り自殺をしてしまいます。
詩織は娘の死の理由を知ることができなかった自身に悩み、このことをきっかけにクリニックを退職し、図書館で無料相談を始めます。
そしてまた別のある日、教会に赴く神父・長谷川から、問題を抱えた信徒の辻村に会ってほしいと頼まれます。
詩織は辻村に会いに教会へと向かいますが、それが衝撃的な結末の幕開けとなるとは、予想だにしないままに…。
映画『ヒエロファニー』の感想と評価
本作の非常にアピールされるポイントとしては登場人物それぞれの個性よりはむしろ、物語自体のテーマに対しての印象が強く残る点にあります。
マキタカズオミ監督は、本作について旧約聖書にあるヨブ記というエピソードを基に執筆したそうです。
物語の内容としては「神のもとにサタンが現れ、信者の信仰心の動機、思いの強さを疑い、当時幸せの絶頂にあった信仰深い信者の一人であるヨブに対しさまざまな不幸をもたらしその信仰心を試した」というもの。
最後にヨブはサタンによりひどい皮膚病に冒されるという運命をたどります。当時、皮膚病は社会的に死を宣告されたも同然であることを意味しており、彼は絶望の淵に追いやられていたわけですが、それでも神を呪わず信仰心を捨てなかった彼の行いにより、神はサタンに勝利します。
この物語に対し、主人公・詩織はどちらかというと臨床心理などの考えから現実を直視する人間であり、信仰とは若干相容れない雰囲気を漂わせます。
一方で自身の人生に悩む辻村、熱烈な女性信者に挟まれ、神を信じつつも、どこか信仰にのめり込めない神父・長谷川。彼は辻村に対し信仰の力意外にも何らかの救いが得られないかを模索し詩織への相談を薦めます。
またある日、自身の体に表れた異変について、女性信者から「神に認められた聖痕」であるという言葉を受けるも、それを彼は半ば無視し医者の診断を受けることを希望。
この行動からは「医師の診断を受けたいと考えるのは当然」と思える一方で、神父の心理状態がヨブ記に記されるエピソードに合致するのかと強く想像させるように促されていきます。
詩織と長谷川、一見対照的な存在にも見える二人の存在感にはやがて共通する部分を見出しつながっていくようにも見え、宗教的な議論に発展するテーマ性を醸していきます。
ときに現れるショッキングな映像がアクセントとなり、全体に漂うミステリアスな空気感とともにそのテーマ性をさらに強く印象付けている作品だといえるでしょう。
まとめ
演技ユニットの主催も行われているというマキタカズオミ監督。当初舞台演劇を目指したものの、本作はコロナ禍でその計画が進められなくなったこともあり映画作品に方向転換したことでできたという経緯があったといいます。
メインキャストを務める伊勢佳世、古屋隆太、鄭亜美はそれぞれ舞台を中心に活躍する役者陣だけあり、一言一句のセリフと表情に対して重みのある演技が見どころです。
役者同士のコールアンドレスポンス的なバランスのよさも、このスタッフ、役者陣ならではのカラーといえるでしょう。
一方で奇をてらったような映像はほとんどないにもかかわらず、そんな人物像をしっかりと捉えた画角は非常に印象深く、重厚なミステリー作品として仕上がっています。
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