SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2023国際コンペティション部門 ターミナ・ラファエラ監督作品『バーヌ』
2004年に埼玉県川口市で誕生した「SKIPシティ国際Dシネマ映画祭」は、映画産業の変革の中で新たに生み出されたビジネスチャンスを掴んでいく若い才能の発掘と育成を目指した映画祭です。
第20回目を迎えた2023年度はコロナ禍収束傾向の状況もあってか例年通りの賑わいを取り戻し、オンライン配信も並行して行われる中、7月23日(日)に無事その幕を閉じました。
今回ご紹介するのは、国際コンペティション部門にノミネートされた ターミナ・ラファエラ監督作品『バーヌ』です。
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映画『バーヌ』の作品情報
【日本公開】
2023年(アゼルバイジャン、イタリア、フランス、イラン合作映画)
【原題】
Banu
【監督】
ターミナ・ラファエラ
【出演】
ターミナ・ラファエラ、メレク・アッバスザデ、カビラ・ハシミリ、ジャファル・ハサン、エミン・アスガロフ
【作品概要】
国が戦火に揺れる一方で、力にものを言わせ強引に息子を奪った夫から我が子を取り戻すべく、裁判に協力してくれる証言者を探す母の姿を描きます。
作品を手掛けたのは、アゼルバイジャン出身のターミナ・ラファエラ監督。本作では合わせて脚本、主演も務めました。
本作はラファエラ監督の長編デビュー作ですが、脚本がヴェネツィア・ビエンナーレより毎年募集されている「ビエンナーレ・カレッジ・シネマ」の、「ビエンナーレが製作する4作品」という企画の一本として選ばれ、2022年のヴェネツィア国際映画祭でワールド・プレミア上映されました。
ちなみに「ビエンナーレ・カレッジ・シネマ」では、2015年に日本より長谷井宏紀監督が手掛けた映画『ブランカとギター弾き』が選ばれました。
ターミナ・ラファエラ監督のプロフィール
アゼルバイジャンの映画監督、女優。2015年、アゼルバイジャン文化観光省の助成を受けて製作された長編映画『Inner City』の脚本を担当、作品は複数の国際映画祭で上映され、賞を獲得した。脚本、製作、出演も兼ねた初監督作『A Woman』(20)はパームスプリングス国際短編映画祭でプレミア上映された後、ベンド映画祭の最優秀短編賞など数々の映画祭で賞に輝いた。
映画『バーヌ』のあらすじ
第二次ナゴルノ・カラバフ紛争末期の混乱が続くアゼルバイジャン。夜には外出禁止令が行使され不安が続く中に生きる女性・バーヌは夫にたびたび暴力を振るわれ、すでに家庭生活は破綻していました。
息子を連れ夫のもとから離れて生活していた彼女でしたが、ある日夫は強引に息子を連れ去ってしまいます。
息子の親権を求め闘い始めるバーヌ。息子をわが手に引き戻すためには、裁判で彼女を擁護する証人を探し出す必要があります。
しかし大きな社会的権力を持つ夫の報復を恐れ、だれも彼女を助けようとはしません。
猶予の日が迫る中、バーヌは最後の決断とともに法廷に出ますが……。
映画『バーヌ』の感想と評価
国が不安定な状況下にあった時の一方で、とある国民の中にはこのような人物もいた、という物語の筋を考えると非常に不思議な気分にもなり得るところです。
一方で作品では、これが現代における抗争の姿と示す物語を構成しており、改めて戦争、争うことの無情さを感じさせるストーリーを提供しています。
物語の舞台は、第二次ナゴルノ・カラバフ紛争末期という歴史の節目を迎えたアゼルバイジャン。
この紛争は、アゼルバイジャンとアルメニアの係争地であるアルツァフ共和国(ナゴルノ・カラバフ共和国)との軍事衝突であり、古(いにしえ)より続く両国の非常に複雑な対立関係の上にあります。
主人公バーヌとその主人の関係は、単なる離婚抗争と考えるにはかなり複雑で、かつ国の事情が微妙に絡む点を考えると特異なケースのように感じられるかもしれません。
しかしこの紛争の末路とうまく絡めたストーリーは、両者の関係はもっと普遍的なもののようにも見え、作品からはずっと身近な問題に言及しています。
物語冒頭より、バーヌは息子を奪われたと告発するとともに、夫のDV、ハラスメントといった不条理さを訴えますが、助けを求める彼女に対して周囲の人間は、夫の報復を恐れて協力できないと協力を拒否するとともに、逆に彼女の立場を批判します。
その批判はどこか非協力者たちの言い訳に見えながらも、バーヌ自身の非を否定できない明確な意見であるようにも見えてきます。
そんな中でも彼女は決して夫との別れも、息子もあきらめることができず抵抗を続けていきます。
クライマックスからラストに向けての展開は、結果的にはバーヌにとって願った方向に向かったと思える一方で、どこか釈然としない末路が見えてきます。
そこには「彼女が決して正しいわけではない」と、争いがおこった要因を改めて考えさせるような空気感が漂ってきます。
この抗争劇と歴史的背景の絡め方の巧みさ、物語より発せられるテーマの明確さが見えてくるところであり、「結局、争うということはそこに関わるどちらが正しいわけでもない」というメッセージを発しているのです。
まとめ
アゼルバイジャンといえば、かつて日本女子バレーボール代表の一人であった名リベロ、佐野優子選手が2010年~2011年のシーズンに移籍を果たしていたことが思い出されます。
当時この国のバレーボールリーグは急成長を遂げ、世界的なリーグのレベルに近づいていたといわれておりました。
アゼルバイジャンはトルコの支援を受けているといわれており、世界的にもトップレベルにあったトルコのバレーボールリーグともつながりがあったであろうことは、その後、佐野がトルコのリーグに移籍したことからも想像に難くないでしょう。
ナゴルノ・カラバフ紛争が初めて勃発したのが2014年、そして物語の舞台である第二次紛争は2020年に起きたことを考えると、この国には国際的な間口を広げる姿勢がある一方で、常に近隣諸国との不穏な関係に悩まされているという、矛盾にも似た空気感を覚えます。
ちなみにアルツァフ共和国を構成する人種のもとにあるアルメニアはロシアの後ろ盾があるといわれており、ナゴルノ・カラバフ紛争という出来事からは暗に近年のロシア・ウクライナ情勢を彷彿する光景も見えてきます。
ポイントとしてはとある夫婦間の抗争を描いたものでありますが、その背景からさまざまな要素を交えて「争う」ということ自体の意味を批判的に問うた作品といえるでしょう。